組織が自走し、従業員が成長する。AI時代の人事に求められる「7つの転換」とは?
- 公開日
AIの進化に伴い、人事担当者の役割は大きく変化しています。日々の業務から評価制度のつくり方、組織設計の考え方まで、「何をどう変えればいいかわからない」と悩む方も多いのではないでしょうか。
SmartHRでは人事リーダーの皆さまを対象とした少人数制の交流会「Executive Premier Talks」を定期開催しています。今回登壇されたのは、ライフネット生命やカインズなど多くの企業でCHROを歴任し、現在はYKK AP株式会社でCHROを務める西田政之さんです。数々の組織変革を先導し、ご自身も豊富な経営経験をもつ西田さんに、AI時代に求められる人事のあり方を伺いました。以下、西田さんの講演内容をお届けします。

YKK AP株式会社 専務執行役員CHRO(最高人事責任者)兼人事戦略本部長
1987年金融分野からキャリアをスタート。国内外の投資会社でファンドマネージャー等を経験。2004年にマーサーへ入社し人事・経営分野へ転換。2013年に同社取締役COOに就任。2015年ライフネット生命保険株式会社に入社し、取締役副社長兼CHROとして組織戦略を牽引。2021年株式会社カインズの執行役員CHRO兼CAINZアカデミア学長、2023年株式会社ブレインパッドの常務執行役員CHROを歴任し、組織開発や人事強化を手掛ける。2025年6月より現職。
AI時代、人事は組織変革を先導する存在へ
人事担当者の役割は、ビジネス戦略から独立した「オペレーションオーナー」から、ビジネス戦略と結合した「ビジネスパートナー」へと変化してきました。AIが進化する今後の社会において、人事はさらに組織変革を先導する「リーディングパーソン」へと変化していくでしょう。
「AIによってホワイトカラーが消滅する」と危惧する声もありますが、私はそうは思いません。AIは人間の知的活動の多くを支援・代替できるようになるでしょう。しかし、人間そのものを置き換えることはできません。外界と共鳴する認知、世界の複雑性を感じ取る感性、他者と関係性をつくり出す力。こうした人間にしかできない力が、これからの時代に価値をもつと考えています。
このような前提に立ち、企業と人事には、人材・組織・評価の前提を改めて見つめ直すことが求められています。私は、ここに「7つの転換」があると考えています。

7つの転換(1)理念:欠乏から意味へ
人事施策を発表する際、みなさんの多くはマズローの欲求階層説を使い、「環境や条件をよくすれば(不足や欠乏を埋めれば)、誰もが自己実現に向かう」と説明してきたのではないでしょうか。しかし、マズローの理論が示されてから、すでに長い年月が経ちます。現代のエンゲージメントは「満たされれば稼ぐ・動く」というところから、「意味があるから働く」へと重心を移しつつあると私は感じています。これはまさに、ヴィクトール・E・フランクルが示した「意味への意志」という考え方です。
これからの人事戦略は、制度や処遇だけでなく、物語やパーパス、共感を社員と共有することが鍵になります。人を動かす前に意味を問うこと、その人がどんな情熱を抱いているかを理解し合うことが、真の納得を生むのです。

7つの転換(2)制度:管理から鏡へ
人事制度はこれまで人を測定し、管理する道具として使われていましたが、これからは「その組織が何を本当に大切にしているか」を如実に映し出す鏡として機能するでしょう。制度は鏡であると同時に、組織文化を育む処方箋としても機能します。
制度が道具ではなく鏡となる時代には、人事が唯一の正解を示す必要はありません。むしろ、組織が自ら答えを見いだせる問いを立てることが重要になります。従業員と問いを共有し、お互いモヤモヤしながら一緒に向き合っていく。それもひとつのあり方だと私は思います。その過程を通じて双方が成長していくような関係性が、今後の主流になるのではないでしょうか。
制度の位置付けもこれまでのような「完成品」ではなく、「土壌の整備」や「発酵の仕掛け」になっていくはずです。たとえば評価制度は、能力や成果を測るツールにとどまらず、組織と個人が関係性と揺れ動きを点検する手段にもなっていくでしょう。 こうした制度によって運営される組織は、構造が整った集団というよりも、ズレと余白を共有するしなやかな集団へと変わっていくでしょう。

揺れ動きやズレ、余白といった不確定な要素が増えるこれからの組織では、組織と従業員との対話がますます重要になります。1on1などの施策においても、対話の質を上げることが有効だと考えています。
対話の質の向上は、従業員との関係の質を高め、強い信頼関係を築くことにもつながります。どんなに優れた施策をつくっても、その土台に信頼関係がなければ従業員はなかなか動いてくれません。見せかけではなく、従業員のことを心から信じてキャリア支援に向き合えるか。その姿勢が、制度の効力を左右する時代になっていくでしょう。
これからの組織は「物語が交差し、新たな価値が創発する場」に
7つの転換(3)人材観:資源から物語へ
これまでの人事は、スキルや能力といった資源をいかに最適配置するかに気を配ってきました。しかしこれからの時代、人間の価値は「何ができるか」から「どんな意味と経験の連続として生きているか」に移行していきます。人間は、自らの経験や価値観を物語として共有することで、大きな仕事を成し遂げてきました。今後の組織は、人を配置する場所ではなく、多様な物語が交差し、新たな価値が創発する場として設計しなければならないと考えています。
7つの転換(4)学習・キャリア:知識・昇進から問い・編集へ
従来のキャリアは、決められた階段を登るようなものでした。しかしAI時代には、知識の量がもつ価値が相対的に低下し、代わりに「何を問うか」という力が重要になってきます。キャリアも、多様な経験を編集して意味付けるプロセスへと変化するでしょう。計画された経験だけでなく、予期せぬ偶然の出会いがキャリアに新たな意味を加えるのです。
7つの転換(5)組織:構造から関係性へ
組織はこれまで、階層や役割によって定義される構造でした。これから組織においては、人と人との関係性のなかでイノベーションなどの価値が生まれるでしょう。関係の質がその企業のパフォーマンスを左右する時代になると思います。
7つの転換(6)成果観:数値から循環へ
これまでの組織では、主に売上や利益といった数値によって成果を測ってきました。しかしAI時代には、価値が連鎖して再生産される構造そのもの、いわゆるサステナビリティが成果になる時代です。YKK APは以前から「善の巡環」を提唱してきましたが、これを経営構造として具現化することが求められるフェーズに入っていると考えています。
7つの転換(7)評価:KPIからKHIへ
結果を数値として捉えるKPI(重要業績評価指標)などの指標では、過去の結果は捉えられても、その背後にある人の変化や組織の質まではなかなか捉えられませんでした。
YKK APは今、「KHI(Key Human Indicators)※1」という独自の指標を設定し、挑戦や学習、信頼といった変化を人間ならではの観察力や感性によって感知し、可視化する試みを進めています。組織において何が変わりつつあるのかという予兆を捉えるうえで、非常に有効な指標になると考えています。
(※1)組織の健全性や従業員の意識・行動変容といった、数値化しにくい「人と組織の状態」を測るための指標
KPIが成果という結果を捉える指標だとすれば、KHIはその結果が生まれる前提条件を整える「先行指標」です。両者を統合してはじめて、経営は過去と未来の両面を捉える立体的なものになると考えています。
これまでの評価制度は、主に人を測る道具として使われてきました。しかしこれからは、組織の自己理解を深める「対話装置」へと進化させていくとよいでしょう。AI時代における評価は、過去の成績のみで判断するものではなくなります。成績よりも、その人がどんな情熱を抱いているかという物語を理解し、それに沿った未来に対して何を期待しているのかを伝えることがメインになるでしょう。KHIはこうした評価を実践するうえで必要不可欠な指標になると思います。
KHIの例
KHIの項目 | 観察ポイント | 捉えたい兆候 |
|---|---|---|
組織の温度感 | 現場の空気や熱量の変化 | 活性度・停滞の予兆 |
発言量 | 会議や対話での発言の多寡 | 心理的安全性の度合い |
心理的安全性 | 安心して発言・挑戦できているか | 信頼関係の成熟度 |
7つの転換がつながり、「自走する組織」が生まれる
「7つの転換」はそれぞれ独立した要素ではなく、すべてが因果関係でつながっています。
(1)人はなぜ動くのか(理念)
(2)組織はどのような状態か(制度)
(3)人をどのように見るのか(人材観)
(4)人はどう育つのか(学習・キャリア)
(5)企業は人にどう関わるのか(組織)
(6)何を成果とするのか(成果観)
(7)成果をどのように捉えるのか(評価)
この一連の循環を貫くのが、外発的な管理から内発的な意味への転換です。管理から意味へ、構造から関係、数値から循環へ。こうした大きな転換のなかで、人事の役割は「制度をつくること」から、「意味と変化を設計すること」に進化していくでしょう。
建築思想で組織を再設計する「Architect HR」
こうした変化を人事戦略に落とし込むために策定したのが、YKK APの人事戦略ストーリー「Architect HR」です。 建築思想を応用し、「基盤」「構造」「素材」「接続」「透明性」という5つの柱で組織を再設計することを提案しています。
まず1on1による意味付け支援で「善の巡環」をベースとする基盤をつくり、制度という構造(骨組み)や「人」という素材を加え、部門横断や越境の実現を通して接続(関係性)を設計する。最後にKHIによる組織の可視化や、意思決定・評価・配置プロセスの開示によって透明性という光を差し込ませる。この5つの柱を通じて、個人の自律的な学びやキャリア形成が自己成長、ひいては社会貢献につながる。そんなストーリーを描いています。
組織を「森」にたとえる
「Architect HR」では、組織のエコシステムを生態系になぞらえて捉える取り組みも進めています。 組織を「森」にたとえると、一本一本の木(個人)は自立しています。しかし、土の中では「菌根菌ネットワーク(地下のつながり)」が張り巡らされ、水や養分だけでなく情報も循環し、互いに支え合いながら成長しています。
こうした関係性を前提とすると、人事の役割は、単に制度や仕組みを最適化することではありません。変化に適応しながら進化する生態系のようなエコシステムを設計し、人や組織が自ら成長するための条件を整えることにあります。その土壌があってはじめて、組織は自律的に学び、育ち続けることができるのです。
信頼と余白を組織づくりの起点に
AIが多くの業務を代替するなか、「なぜ働くのか」「なぜこの組織で挑戦するのか」といった意味付けは、これまで以上に重要になります。「意味があるから人が動く」というAI時代だからこそ、人事の本質的な役割は、物語やパーパスを通じて、一人ひとりが意味を見いだせるよう支援することにあります。評価制度や各種施策も、すべてはそのための手段です。
主体性の土台となるのは、対等な目線で築く「信頼」
ただし、意味を示すだけで従業員が動くわけではありません。その土台として欠かせないのが、組織のなかに「信頼の文化」を構築することです。管理する側とされる側ではなく、対等な目線で信頼関係を築けたとき、従業員は主体的に動きはじめるのだと思います。
そもそも人事制度とは、従業員の生き方に寄り添い、その人らしい成功を後押しするためのものだと私は考えています。一人ひとりのキャリアに、どれだけ誠実に寄り添えるか。そこに、これからの人事の真価があらわれるのだと思います。
成長を生むのは、管理しきらない「余白」
もうひとつが「余白」です。そのためには、あえて管理しきらない領域を残し、すぐに成果や効率を求めすぎないことが大切です。その「余白」が従業員の成長や新しい可能性を生み出します。信頼を土台にした余白のある組織では、従業員は自分とは異なる価値観や予期せぬ経験に触れやすくなります。そうした出会いを通じて、従業員は自分自身を問い直し、更新していくのです。
これからの人事に求められるのは、従業員を信じることと、そして従業員の可能性を広げられる余白をつくることです。この「信頼」と「余白」が、人と組織の自律的な成長を支える土壌になります。私は、この考え方を「Architect HR」と呼んでいます。Architect HRとは、制度を設計することではなく、人と組織が自ら成長し続ける「生態系」を設計することです。だからこそ、これからの人事に求められるのは、「制度をつくる人」ではなく、「組織の変化を設計する人」です。人と組織が自ら進化し続ける環境を設計すること。それが、AI時代における人事の役割だと私は考えています。
では、この「信頼」と「余白」を組織のなかで実際にどう育てていけばよいのでしょうか。西田さんとYKK AP株式会社の取り組みを、続く対談記事で詳しく伺いました。





