忙しい人ほど、料理が「効く」理由。長谷川あかりと考える、働く人のセルフケア論
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忙しくなると、真っ先に後回しになるのが「自分のこと」ではないでしょうか。仕事が立て込むと、食事は"済ませるもの"になり、何を食べたいかを考える余裕もない。こうした食の揺らぎは、自分を労る余裕がなくなっているサインかもしれません。
働く人のパフォーマンスは、企業の制度や環境だけでなく、日々のセルフケアにも支えられています。しかし、限られた時間のなかで、自分を整える時間はなかなかとれないものです。そんな今、料理を「最も身近なセルフケア」として捉え直しているのが、料理家・管理栄養士の長谷川あかりさんです。
今回は長谷川さんに、目まぐるしい毎日を送る人に向けて、料理が働く人の心身にもたらす効能と、自分を整えるための実践的なヒントについて伺いました。

料理家・管理栄養士
料理家、管理栄養士。埼玉県生まれ。10歳から20歳まで子役・タレントとして活動、NHK『天才てれびくん』はじめ、さまざまな番組に出演する。大学で栄養学を学んだ後、SNSで始めたレシピ投稿が注目を集め、瞬く間に大反響となり人気アカウントに。雑誌、WEBなどで幅広く活躍。『つくりたくなる日々レシピ』(扶桑社刊)、『わたしが整う、ご自愛ごはん 仕事終わりでもサッと作れて、じんわり美味しいレシピ30days』(集英社刊)、『時間が足りない私たちの新定番 「私、天才かも!」レシピ』(講談社刊)、『フライパンひとつで作るゆるごちそう 煮込み・蒸し・スープ』(幻冬舎刊)、『いたわりごはん2 今夜も食べたいおつかれさまレシピ帖』(KADOKAWA 刊)、『長谷川あかり DAILY RECIPE Vol.5』(扶桑社)など著書多数。
食事は、今の「消耗度」を映すバロメーター
仕事が忙しくなると、食事が「ただ済ませるもの」になってしまうことがあります。長谷川さんは、こうした働く人の「食の揺らぎ」をどう捉えていますか。
長谷川さん
仕事が忙しい時期は、自分自身に手をかけられていない状況が続きますよね。部屋が散らかっていても気にならなくなったり、お風呂に入るのが億劫になったり、いろいろなことが少しずつ崩れていくループに入ってしまうこともあると思います。
食事も、そのループのなかで揺らぐものの一つです。お風呂や掃除と違って、食事は1日に何度もあるので、忙しくて余白がなくなると、真っ先に「ただ済ませるもの」になりやすいかもしれません。
逆にいえば、食事の状態は「今、自分がどれくらい消耗しているか」のバロメーターにもなる。働き続けるうえで、見逃せないサインだと思います。
「料理をしたいのに、できない」は、現代特有の悩み?
働く世代が「料理」に感じている悩みはどのようなものでしょうか。
長谷川さん
「料理をしたくないけれど、しなければいけない」という声よりも、「料理がしたいのに、できない」という声のほうがはるかに多い印象です。
その背景には、二つの変化があると思っていて。一つは、料理をするかどうかを自分で決める時代になったことです。数十年前まで、料理は「多くの家庭において女性が家族のために担うもの」と役割が明確で、「料理をしたい/したくない」といった感情が入り込む余地がなかった。
近年は、「無理に料理をしなくてよい」という発信も増えましたし、冷凍食品やレトルト食品、身近なスーパーで買えるお惣菜のクオリティも上がっています。男性が作ることも当たり前になり、状況に合わせて作るか作らないかを誰もが決められるようになりました。よい変化である一方、自分で判断する難しさも生まれました。現代ならではの悩みですね。
もう一つは、SNSで人の暮らしが見えるようになったことです。「本当はこうあったほうがよいのだろうな」という空気を感じて、「できない自分は、よくない」という感覚に陥りやすいのだと思います。
自分で決められるからこそ、「できなかったこと」が自分の責任に感じられるんですね。
長谷川さん
そうですね。「料理をしたいのに、できなかった」「ファストフードで済ませてしまった」という状態を、自分の怠惰のように感じてしまう。一昔前とはまた違ったつらさが、今の働く人の暮らしにはあるのだと思います。
なぜ、忙しい人ほど料理が「効く」のか
長谷川さんは「料理」という行為が、働く人にとってどんな意味や効力をもつと考えていますか?
長谷川さん
仕事のことが常に頭の片隅にあって、気づくと考え続けているような人にほど、料理をしてほしいと思っています。
煮込む時間は、焚き火を眺める時間に似ている
仕事から頭が離れない人にこそ、というのはなぜでしょうか。
長谷川さん
料理をすると、頭の中がごそっと「料理モード」に切り替わるんです。料理には決まった段取りがあって、包丁を使ったり、火加減を見たりしているうちに、自然と意識が料理以外のことから離れていく。一度始めると、目の前の作業に没頭せざるを得ない。ほぼ「デジタルデトックス」に近い感覚だと思います。
一方で「疲れているときほど煮込み料理がおすすめ」とも発信されていますね。煮込む時間は、どんな効果をもたらしていますか。
長谷川さん
煮込む時間は、焚き火を眺めているのに近い感覚だと思うんです。半分放っておいて、半分はうっすらと意識している……それくらいの距離感で料理と接する。この時間は、五感を伴うヒーリングでもあり、瞑想のような癒しの効果をもたらしてくれます。私個人としては、料理は作業療法に近しい行為だと思っています。

(提供)赤ワインとチョリソーのリゾット -『長谷川あかり DAILY RECIPE Vol.5』(扶桑社)/撮影:山田耕司(扶桑社)
数十分で得られる「成功体験」が、心の回復につながる
同じ「癒し」でも、瞑想とは違う点もありそうです。料理ならではの効能は、どこにあるのでしょうか。
長谷川さん
料理はほかの家事と違って、「生み出す」要素があります。掃除や洗濯は元の状態に戻すための家事ですが、料理は何もないところから一皿を作り出す。「何かを生み出したい」欲求は、人にとって根源的なものだと思います。料理は、その欲求を毎日満たせる手段なんです。
「生み出すおもしろさ」を感じやすい行為ですね。
長谷川さん
「自分が作り出した」という高揚感を生みますし、しかも料理は、数十分後に結果が返ってきます。「思ったとおりにできた」「おいしくできた」という手応えを、その場で感じられるんです。
仕事は結果が出るまでに数か月、場合によっては数年かかることもありますよね。
その点、料理は自分の意思で動いた結果をすぐに受け取れる。だから成功体験につながりやすいんです。忙しいときほど、こうした小さな達成感が、すり減った心を満たしてくれると思います。
自己効力感は、小さな成功体験を重ねることで育つといいますよね。料理は、それを毎日のなかで得やすい行為なんですね。
「手間パ」という発想。少しの手間が「自分を大切にした」実感に

(提供)『長谷川あかり DAILY RECIPE Vol.5』(扶桑社)/撮影:山田耕司(扶桑社)
料理はさまざまな形で、働く人を回復させるんですね。
長谷川さん
はい。料理は、たしかな実感の残るセルフケアになります。仕事が忙しいときにこそ、1日数分でも「今日、自分のことを大切にできた」と実感できる時間を作ることが大事だと思います。「自分のために作って、自分で食べる」という行為は、体にも心にも効く。食事は1日に何度もあるので、その一部がセルフケアになればラッキーですよね。料理は、とても「手間パ」がよい手段だと思います。
「手間パ」がいい、とは?
長谷川さん
「ちょっとの手間で、自分にとってのリターンが大きいこと」です。タイムパフォーマンス(以下、タイパ)を優先すると、面倒な手間は削りたくなりますよね。
でも料理はほんの少し手間をかけるだけで、驚くほどおいしくなることがあるんです。そこで「私って天才かも」と思える瞬間も生まれて(笑)。何よりも、「手間をかけた」事実そのものが、「自分のことを大切にできた」という実感に結びつくので、セルフケアとしてもすごくリターンが大きいんですよね。自分の意思で動いた結果が、よい形で自分に返ってくる。その一連の時間こそが、ご自愛そのものだと思います。
タイパだけでは測れない価値が、料理にはあると。
長谷川さん
そうです。「タイパ」だけで考えるなら、作らないほうがよいです。ただ、少し手間がかかる分、体と心に効いてパフォーマンスが上がるなら、損はしません。カップ麺より少し手間がかかるけれど、その分ハッピーになれる、そんな感覚です。
しかも、作った時間があるからこそおいしく感じられる料理ほど、「今日も作る選択をしてよかった」と感じやすい。だから、自分のための料理ほど、ほどよく手間をかけたほうがいいと思っています。ひと手間を一番実感できるのは、ほかでもない自分なので。
私がレシピを紹介するときも「手間のかけ甲斐がある」ことを意識して伝えています。
「限界丁寧ごはん」は、自分を見捨てないための応急処置
長谷川さんが提唱する「限界丁寧ごはん」。このコンセプトの核にあるものを教えてください。
長谷川さん
「限界のときでも作れる、丁寧な生活の味がする料理」です。その丁寧さは、些細なことでも構いません。たとえば、白米のパックごはんを玄米のパックに替えるとか、レンジで温めて食べるのは同じだけれど、季節の野菜を加えるとか。「あえてこうした」という選択が、丁寧さを感じさせてくれるんです。忙しさで心が削られていくなかで、少しでも「丁寧にできた、自分を雑に扱わなかった」と思えたのなら、それは応急処置として心を支えてくれます。
「限界丁寧ごはん」が誕生した背景には、長谷川さんご自身の経験もあったとか。
長谷川さん
はい。今は昔と比べて、ずっと自由に生きられる時代です。一方で、その自由さが、「何が正解か」「何を基準にすべきか」がわからない、別のしんどさを生んでいると感じています。
だからこそ、「最低限、このぐらいの生活をしなきゃ」と、ラインを高めに設定してしまう。スキンケアをせずに眠ってしまった日、ヨガに行くつもりが行けなかった日、「こうありたい自分」から外れるたびに落ち込み、ラインから外れる恐怖がつきまとう。
私自身もそうした状態に陥っていました。そこから引き上げてくれたのが「料理」でした。料理のセルフケア的な効力を、なるべくライトに共有したいと考えて生まれたのが「限界丁寧ごはん」です。
忙しくてクタクタでも、最低限の手間で「丁寧な暮らし」の味がする料理を作って、食べる。「こうありたい自分」から外れた日でも、自分を見捨てずにいられる。そんな願いを込めています。

(提供)「限界丁寧」のポイポイつくねスープ - 『長谷川あかり DAILY RECIPE Vol.5』(扶桑社)/撮影:山田耕司(扶桑社)
「丁寧≒自分を雑に扱わない」という態度は、仕事や長く働き続けるためのスタンスにどう影響すると考えますか?
長谷川さん
自分を雑に扱わないことは、自分のままならなさを許容することだと思うんです。「今日はこれで十分」と思えるようになると、他人のままならなさにも理解を向けられるようになる。そうすると、人間関係が健やかになり、結果的に働きやすくなると考えています。
「どんなときも、こうあるべき」とルールが先行している人は、自分自身にも無理をさせていることが多く、人にも厳しくなってしまう傾向があると思います。
一方で、自分にとって最適な選択ができている人って、人に対しても愛をもって接しやすいと思います。私が「限界丁寧ごはん」で伝えたいのは、「あなたにはあなたの最適解があるし、私には私の最適解がある。だから、自分にとって適切なものを選んでいこう」というスタンスです。
完璧にできない日があってよい、と自分に対して思える人は、他人に対してもそう思える。そういう「100点ではない自分を認める習慣」が、すり減らずに長く働き続けるための土台になると考えています。
意図さえあれば、買ってきた惣菜も立派な料理
毎日の食事をどのように捉えると、セルフケアにつながりやすいでしょうか。
長谷川さん
意識してみてほしいのは、「手料理だと思えるものの範囲を広げる」ことです。たとえば、「食物繊維が足りないから、きんぴらとひじきを買おう」とか、「ストレスが溜まっているから、フライドチキンも追加しよう」とか、選択にたしかな意図があれば、出来合いのものも立派な自炊だと思っています。
仕事で疲れて自炊する余力がない日でも、「今日の自分に必要なもの」を考えて選べていれば、それはセルフケアになる、と。
長谷川さん
そうなんです。茹でただけの野菜、切っただけの野菜、焼いただけの野菜を「料理ではない」と思っている方もいますが、それも料理だと認めていきましょう。
たとえば、「余熱で火を通したブロッコリーの食感が好きだから」のように、「なぜならば」に答えられる選択を増やしていくほど、ご自愛になる自炊の領域はどんどん広がっていきます。
また、「ギリギリ味の想像がつかない料理」に挑戦するのも手ですね。作ってみないと味がわからない……そんな料理を作って食べて、伏線回収をする。そういうエンタメ性があると、料理が単純な作業にならず、楽しみながら作れるようになります。
「自分のために料理を頑張ろう」という気持ちはなかなか起きにくいものですが、こうした小さなワクワクが、その一歩をそっと後押ししてくれるんです。

(提供)左:キャベツのオイル蒸し、右:ピーチジュースと赤ワインで本格エスニックカレー -『長谷川あかり DAILY RECIPE Vol.5』(扶桑社)/撮影:山田耕司(扶桑社)
最後に、忙しい毎日のなかで、料理を「最も身近なセルフケア」として捉え直すための、はじめの一歩を教えてください。
長谷川さん
まず、ブロッコリーを茹でてみてください。茹で時間を変えて、一回実験するような感覚で食べ比べてみてください。「私この茹で加減めちゃくちゃ好きかも」という感覚があると、料理の入り口が一気に開きます。
冷奴にいつもチューブ生姜を使っているなら、一度だけおろしたての生姜をかけて食べてみてほしいですね。おいしいと思ったら、次からおろす手間が苦じゃなくなります。そこにリターンを感じられなければチューブのままでいいんです。
大事なのは、自分の好きな味を知っていくこと。それは結局、自分のことを知る機会になります。自分が何を好きで、何を選びたいのか。その問いかけが、忙しさのなかで置き去りにしてきた自分を取り戻すスイッチになります。料理を、そのきっかけにしてもらえたら嬉しいです。
(取材・文:西山 武志、企画・編集:佐々木四史)

関連書籍のご紹介
長谷川さんの最新刊『DAILY RECIPE Vol.5』(扶桑社)が発売されました。記事でも触れられた「限界丁寧ごはん」を発展させた「超限界丁寧」特集では、限界度別にレシピを紹介。限界度90%の日に頼れる市販惣菜のアレンジから、70%の日にちょうどいいスープまで。肩の力がふっと抜けて、無理なく続けられるレシピが並びます。
さらに、意外な組み合わせやユニークな見た目を楽しむ「信じてほしいレシピ」も。名前から心躍る、思わず試したくなる一皿です。
疲れた日も、余裕のある日も。その日の気分に寄り添ってくれる一冊です。
SmartHRのポッドキャスト番組『WEDNESDAY HOLIDAY(ウェンズデイ・ホリデイ)』の長谷川あかりさん出演回では、レシピづくりの舞台裏や、無理なく続けられる料理のヒントをたっぷり語っています。





