女性活躍推進法から10年。男女間賃金格差が縮まらない背景にある「機会格差」の構造
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近年、男女間賃金差異の公表義務化が進み、自社の賃金や登用を点検する必要に迫られている企業も多いのではないでしょうか。
長年の法整備を経て、男女間の賃金格差は少しずつ縮まってきました。それでも2025年の調査によると、正社員でみても女性の賃金は男性の78.7%にとどまります。なぜ、性別による賃金格差はこれほど残り続けるのでしょうか。
前編では、その背景にある構造的な要因を、日本総合研究所主任研究員の小方尚子さんとともに読み解きます。

日本総合研究所 調査部
日本総合研究所調査部 マクロ経済研究センター 主任研究員。東京大学教養学部教養学科卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)入行と同時に三井銀総合研究所(現日本総合研究所)へ出向。アジア経済、米国経済の調査分析を経て、家計部門を中心に国内マクロ経済分析に従事。2021〜2024年、経済社会システム総合研究所客員主任研究員。
制度上は平等でも、なお残る男女間賃金格差
そもそも賃金については、労働基準法が性別を理由とする差別的取り扱いを禁じています。そのうえで、労働をめぐる男女間格差の解消に向けた枠組みは、長い年月をかけて一歩ずつ整えられてきました。
1985年に男女雇用機会均等法が制定され、2015年には女性活躍推進法が成立しました。2022年の同法改正では、常時雇用する労働者301人以上の企業に男女間賃金差異の公表が義務化。さらに2026年4月施行の改正では、対象が常時雇用する労働者101人以上の企業まで拡大し、「女性管理職比率」の公表も新たに義務化されました。
こうした法整備を経てもなお、男女間賃金格差はいまも大きいままです。厚生労働省「令和7(2025)年賃金構造基本統計調査」によると、正社員でみても、女性の賃金は男性の78.7%※にとどまります。本記事では正社員を中心に取り上げていますが、非正規雇用も含めると、男女の差はさらに大きくなります。女性活躍推進法の成立から10年以上が経っても、なぜ差はこれほど残り続けるのでしょうか。
※正社員・正職員の所定内給与額(残業代などを除いた基本給)をもとにした比較で、「男性387.4千円・女性304.9千円」より算出。
(出典)令和7(2025)年賃金構造基本統計調査の概況「雇用形態別」(第6-1表)- 厚生労働省
賃金格差を生み出す「思い込み」「評価」「登用」
法制度のうえでは平等が定められても、なお残るこの差はどこから生まれているのでしょうか。SmartHR Mag.編集部は、賃金格差にまつわる複数の調査や統計をもとに要因を探りました。
まず参照したのが、厚生労働省の分析です。男女間賃金差異の要因が、役職・勤続年数・学歴・労働時間などに分けて算出されています。

「各要因が男女でそろっていたら、賃金差はどれだけ縮むのか」の試算による影響度は、次のとおりでした。役職に就いているかどうかが、男女間の賃金差に大きく影響しているといえそうです。
- 役職:8.8ポイント
- 勤続年数:3.6ポイント
- 学歴:2.2ポイント
では、こうした「役職の差」は、どこで生まれているのでしょうか。SmartHR Mag.編集部は、2つの要因が積み重なって登用の偏りとなり、役職の差につながっているのではないか、と考えました。
(1)「重要な仕事は男性が担うべき」という思い込み
21世紀職業財団の2015年度の調査では、「重要な仕事は男性のほうが多く与えられると思う」と答えた女性が5〜6割、男性も4〜5割にのぼりました。直近の2024年の調査でも、「重要な仕事の担当は男女関係ない」と考える割合は2018年と比べてほぼ横ばいで、大きな進展はみられません。
こうした思い込みのもとで重要な案件や責任あるポジションが男性に偏れば、女性は重要な仕事を経験する機会そのものを得にくくなっていきます。
(出典)若手女性社員の育成とマネジメントに関する調査研究(2015年度)- 公益財団法人 21世紀職業財団
(出典)【4回目 状況調査】男女正社員対象 DEI推進状況調査(2024年実施)- 公益財団法人 21世紀職業財団
(2)「いつでも働ける人」ほど評価されやすい文化
「長時間、いつでも対応できる人ほど高く評価される」文化が強い職場では、時間に制約のある人ほど、力を発揮しても評価や経験の機会を得にくいと考えられます。実際、職場の労働時間が長い企業ほど、正社員や管理職に占める女性の比率が低くなるという研究結果も報告されています。
そして、その時間の制約は、女性に偏りやすいのが実情です。日本の女性の無償労働時間(家事・育児・介護など)は男性の約5.5倍にのぼると示されており、家事や育児の負担が女性に偏るぶん、「いつでも働ける」土俵に立ちにくいのは女性のほうになりがちです。
(出典)企業における職場環境と女性活用の可能性 - 山本勲(2014年)
(出典)女性活躍・男女共同参画の現状と課題 - 内閣府(無償労働時間の男女比はOECD「Time use across the world」2021年データにもとづく)
(3)機会の隔たりと時間的制約が積み重なって生まれる「登用の偏り」
重要な仕事を任される機会の偏りと、時間に制約があると評価されにくい文化。この2つが経験と実績の差を生み、昇進・選抜の段階での偏りとなって表れます。実際、管理職への登用比率は男性1人に対し女性0.24人にとどまります。こうした登用の偏りが積み重なった先に、賃金差の最大要因である「役職の差」が生まれていくと考えられます。
役職の差は、賃金そのものだけでなく、退職金や年金、再就職時の処遇にも波及し、生涯所得の差として残っていきます。
(出典)女性の昇進しやすさは男性の4分の1 管理職登用に壁(2025年3月)- 毎日新聞
社内のルールが平等でも、現実には差が生まれていきます。この構造について、男女間賃金格差に詳しい小方さんに解説していただきました。

「善意」と「合理的な判断」が生む機会の差
編集部では、男女間賃金格差の最大要因である「役職の差」が、「思い込み」と「評価文化」の積み重なりから生まれているのではないか、と仮説を立てました。この見立てはいかがでしょうか。
小方さん
とても整理された見立てだと思います。私の見方も近く、各種調査の結果とも整合します。
その「思い込み」は、賃金にどう影響しているとお考えですか。
小方さん
仮説のとおり、無意識的な思い込みは、女性の賃金を直接下げるのではなく、「機会の差」を経由して影響していると考えられます。
重要な案件や責任あるポジションの配分が男性に偏り、経験と実績の差が積み上がっていきます。その差が昇進や昇給の場面で表面化し、賃金の差として現れるのです。
つまり、男女間賃金格差は、いまの状態だけでなく、これまで「何を経験してきたか」によっても生じています。そう捉えることが、格差の解消を考えるうえで大切だと思います。

小方さん
もう一つ、無意識の思い込みのほかに、一見「合理的」にみえる判断が影響している側面もあります。それが、「統計的差別※」と呼ばれる現象です。
※個人の能力や意欲ではなく、所属するグループの「平均的な傾向」をもとに判断を下すこと。
先ほどの無意識的な思い込みとは、少し性質が異なります。「彼女に無理をさせたら気の毒だ」という善意から、無意識に手心を加えてしまう。これも無意識的な思い込みの一つです。一方、「統計的に女性は途中で抜ける確率が高いから、長期の案件は男性に」と判断するのが統計的差別です。
一見すると、過去のデータにもとづく合理的な判断にもみえます。ただ、判断の根拠になっているのは、その人自身の能力や意欲ではなく、「女性は途中で抜ける確率が高い」という集団の傾向です。一人ひとりを見ないまま機会が振り分けられるため、結果として、思い込みの場合と同じように機会の差が生まれていきます。
「彼女のために」という善意も、「データにもとづく」という合理性も、本人の能力や意欲を見ないまま機会を振り分ける点では同じです。その積み重ねが、機会の差を少しずつ広げていく。そう捉えると、賃金差の背景にある構造がみえやすくなります。
「いつでも働ける人」が自然と評価されやすい構造
2つ目は、「『いつでも働ける人』ほど評価されやすい文化」です。この評価のあり方は、賃金にどう影響しているとお考えですか。
小方さん
評価される対象が「時間の融通がきく人」に偏ると、家事や育児で時間に制約のある人は、力を発揮しても評価されにくくなります。そして、その「時間の融通」には、男女差があります。
その差は、数字にも表れています。正社員の平均勤続年数は、男性14.4年に対し女性10.7年と、短いままです。家事や育児の負担が女性に偏りやすい現状では、女性は傾向として「いつでも働ける」土俵に立ちにくいのです。
(出典)令和7(2025)年賃金構造基本統計調査の概況「雇用形態別」(第6-1表)- 厚生労働省(表下部「勤続年数」の行を参照)
こうした評価の差は機会や経験の差として積み重なり、結果として賃金の差につながります。1つ目の「思い込み」と同じく、間接的に賃金に影響しているのではないでしょうか。
制度上は成果で評価すると掲げる企業も多い一方、実際には結果として長く働ける人が評価される職場も少なくありません。このズレはなぜ生まれるのでしょうか。
小方さん
背景には、仕事の境界が明確に定まっていないことがあります。多くの日本の職場では、業務の範囲を厳密に区切らず、突発的な対応や予定外の依頼にも柔軟に応じることが暗黙のうちに求められやすいと考えています。その背景には、日本の多くの企業が、職務を限定せずに人を採用し、配置転換を重ねながら長く育てる雇用慣行をとってきたことがあります。担う仕事を入社時に細かく決めないぶん、業務の範囲はおのずと曖昧になりやすいです。
その結果、現場では即応できる人ほど重宝され、重要な案件や成長機会もその人に集まりやすくなります。
加えて、「即応性」や「対応量」は目にみえやすい一方、限られた時間で出した成果はカウントされにくい側面もあります。「あの人はいつも応じてくれる」との記憶は積み上がりやすい一方で、「短い時間で同じ成果を出した」事実は評価のなかでみえにくくなりがちです。
結果として、本来は成果にもとづくはずの評価が、運用の段階で「時間の融通がきく人」を選び続けてしまうのです。これが、「成果で評価する」という建前と「時間の融通がきく人が評価される」という実態のズレの正体だと考えています。

登用の偏りは、母集団形成の段階ですでに生じている
機会と評価の偏りが続いた結果が、3つ目の「登用の偏り」につながるわけですね。この登用の差はなぜ、ここまで開いてしまったのでしょうか。
小方さん
背景の一つに、そもそも管理職や役員の候補となる層に、女性が入りにくくなりやすい構造があります。採用した女性社員の数そのものより、総合職や基幹的なポジションで経験を積む機会や、そこでの評価・育成の積み重なりによって、管理職候補の母集団に差が生まれるケースが少なくありません。母集団の段階で差がつくことが、その後の登用差に影響していると考えています。
加えて、昇進の過程でも女性比率は段階的に下がる傾向があります。管理職として育成・登用される時期は、ちょうど育児や介護のピークと重なりやすい時期です。家事や育児の負担が女性に偏りやすい現状では、管理職コースから外れたり、負担の軽い働き方を選んだりするのが女性側になりやすいのも実態です。
もう一つ見落とせないのが、過去の制度設計が、いまの世代にも影響を残している点です。いま働いている世代には、かつて「一般職」として、補助的業務を担う前提でキャリアを始めた女性も含まれます。長期的なキャリアを歩む対象としてみられにくかった時代背景もあり、昇進や職務拡大を見据えた育成の機会が限られていました。本人の能力や意欲ではなく、過去の制度設計に起因する経験と機会の差が、いまの役割や評価につながっている面もあります。
近年では総合職・一般職の区分を見直す企業も増え、若い世代では男女差を設けない運用も広がっています。公平性を意識した設計への移行は、前向きな動きだと感じています。
「所属する企業」「就職前の進路」も賃金差の一因に
企業内での構造以外にも、格差を広げる要因があるのではないでしょうか。
小方さん
視野を広げると、「どの企業に、誰が所属しているか」も効いてきます。一般に、賃金水準の高い大企業ほど女性比率が低く、女性は賃金の低い企業や非正規雇用に多く位置する傾向がみられます。出産や育児を機に非正規へ移ったり、いったん離職して非正規で再就職したりするケースも、少なくありません。こうした分布の偏りも、社会全体でみたときの男女の賃金差の一因になっています。
さらに、差は就職前から芽生えています。大学院進学率や専攻分野の選択にも男女差があり、女性は保育や栄養といった分野に進む割合が比較的高い一方、工学などへの進出は限られる傾向があります。こうした進路選択の背景にも、「女性はケアの役割」「理系は男性」といった性別役割の規範が影響している可能性があります。無意識的な思い込みは、企業のなかだけでなく、社会のあちこちに織り込まれているのかもしれません。
人事が教育や社会全体の構造に直接手を入れることは、難しいかもしれません。それでも、自社で起きている差が「個人の選択の結果」だけではなく、もっと大きな構造の一部かもしれないと知っておくことは、打ち手の精度に影響します。たとえば、中途採用で非正規から正規への転換を支援する、社外の構造を踏まえて自社の母集団形成を見直すといった発想にもつながります。
個人の選択や意欲の差として語られがちな男女間賃金格差。しかし、その背景では、思い込み・評価・登用、そして企業の外の構造までが複雑に絡み合って作用しているようです。規定のうえでは平等でも、その外側で差が生まれてきたと考えられます。では、この構造に対して、人事や経営には何ができるのでしょうか。後編では、いま人事や経営に求められる視点を、小方さんとともに考えます。
(取材・文/POWER NEWS、写真/横関一浩)

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