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公表して終わりにしない。男女間賃金格差の解消を「人材活躍」の前提に

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目次

男女間賃金差異の公表義務化が、2026年4月から常時雇用する労働者101人以上の企業へと広がりました。制度の整備が進む一方で、日本の男女間賃金差は依然として大きく、現在のペースが続けば、OECD平均(11%)の水準に達するまで約30年かかるとの試算もあります。では、なぜ賃金格差の縮小はこれほど緩やかなのでしょうか。

前編では、男女間賃金格差の背景に、思い込み・評価・登用が相互に関係する構造的な要因がみえてきました。後編では、構造を動かす打ち手へとつなげるにはどうすればよいのか。企業の意思決定や現場の運用につなげるヒントを、日本総合研究所主任研究員の小方尚子さんとともに考えます。

(出典)日本の男女賃金格差、OECD水準に追いつくまで30年-JPモルガン - Bloomberg

小方 尚子

日本総合研究所 調査部

日本総合研究所調査部 マクロ経済研究センター 主任研究員。東京大学教養学部教養学科卒業後、三井銀行(現三井住友銀行)入行と同時に三井銀総合研究所(現日本総合研究所)へ出向。アジア経済、米国経済の調査分析を経て、家計部門を中心に国内マクロ経済分析に従事。2021〜2024年、経済社会システム総合研究所客員主任研究員。

なぜ、企業は賃金格差の解消に踏み込みづらいのか

男女間賃金格差を生む3つの構造的要因

前編では、男女間賃金格差が「個人の選択」だけでは説明しきれず、思い込み・評価・登用が絡み合う構造のなかで残ってきたことを整理しました。制度は整いつつあるのに、企業が賃金格差の解消に踏み込みきれないのは、なぜでしょうか。

小方さん

大きな要因は、人や組織がこれまでのやり方を変えることへの「抵抗感」だと思います。長年うまく回ってきた仕組みがあると、「これで問題なくやれているのだから、このままでよい」と考えがちです。こうした組織の慣性が、問題に踏み込む一歩をためらわせているのではないでしょうか。

もう一つは、「男性従業員の納得感」の問題です。賃金格差の縮小に取り組むなかで、「女性だけが優遇されているのではないか」との受け止めが現場で生じると、戸惑いや反発につながり、制度の見直しや運用の改善が進みにくくなります。

「女性活躍」から「人材活用」へ、視点を変える

こうした構造に対して、企業は全体としてどのように向き合えばよいのでしょうか。

小方さん

登用や評価、働き方といった個別の要因に一つひとつ対応することに加え、企業全体として人材活用のあり方そのものを見直すことが重要だと考えています。

近年、多くの企業で「女性活躍」の推進は経営の重要テーマとして位置づけられています。女性活躍は、賃金格差の解消と、組織全体の人材活用の底上げに、ともに結びつくテーマです。

ただ、見方を一歩広げる必要もあります。女性や高齢者の労働参加が進んだとしても、日本の労働力人口は2030年代前半をピークに、減少へと転じると見込まれています。高齢化が進み、現役世代の人口が減っていく社会であるだけに、女性活躍は他国以上に取り組みを急ぐべき課題になってきています。

だからこそ、「女性のための取り組み」ではなく「持続可能な経営のための取り組み」として、女性活躍を「人材活用」の中心に位置づけ直すことが、これからの経営の出発点になります。

労働力人口の見通し

(出典)小方尚子さんのご提供資料をもとに編集部作成

そのうえで、もう一つ付け加えたい視点があります。それは、経営が動けば、構造が動き出す、との見方です。経営トップが本気で旗を振れば、登用や評価の仕組みを見直す意思決定が進み、機会配分の偏りを解消する取り組みも動き出しやすくなります。その積み重ねが、結果として賃金差の縮小につながります。経営の決断こそが、構造的な課題を動かす起点になるのではないでしょうか。

女性活躍は、賃金格差の改善だけでなく、企業の持続性にも関わるテーマなのですね。

小方さん

はい。ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の観点からも、女性活躍への取り組みが不十分な企業に対して、投資家が人的資本の観点で説明を求める場面は増えつつあります。消費者の側からも、ダイバーシティや人的資本への配慮が十分でない企業は、ブランドの観点で不利になり得ると考えられます。

女性活躍への対応は、もはや人事課題にとどまりません。企業のブランド価値や持続的な成長に直結する経営課題として、位置づけが変わってきています。こうした流れを背景に、大企業・中小企業を問わず取り組みを進める企業も着実に増えており、全体として前向きな変化がみられます。

人事の打ち手(1)女性活躍を「経営の言葉」でトップに伝える

では、経営トップの決断を引き出すために、人事には何ができるのでしょうか。

小方さん

日本企業はトップダウンの色合いが強く、経営トップのメッセージ次第で組織全体が動きやすい面があります。だからこそ、トップ自らが女性活躍は企業の成長に欠かせないテーマだと認識をもち、明確なメッセージとして打ち出すことがカギになります。

たとえば、ある大企業では、社長が就任直後に女性活躍を経営課題として掲げ、数値目標や制度整備を通じて全社的に推進した事例があります。

人事がアクションを起こすのであれば、まずは経営トップへの働きかけが有効です。その際に欠かせないのは、なぜいま取り組むべきかを「経営の言葉」で伝えることです。

具体的には、女性活躍の推進が業績向上や競争力強化、人材獲得における優位性につながると示すこと。実際、子育て中の女性の多くは正社員としてキャリアを続けることを望んでおり、両立できる環境を整えた企業ほど、優秀な人材を確保・定着させやすくなると考えられます。

こうした経営メリットを具体的に示し、トップの意思決定に結びつけること。これも、人事の大きな役割なのではないでしょうか。

(参考)育児離職と育休の男女差実態調査(2025)- マイナビ転職

小方 尚子さん

人事の打ち手(2)思い込みは「自覚」と「事実把握」の両輪で解く

経営トップの後押しを起点に、賃金格差を生む課題解決の具体策を伺います。まず、「子育て中の人に負担の大きい仕事は酷だ」といった無意識的な思い込みには、どう向き合えばよいでしょうか。

小方さん

無意識的な思い込みについては、「頭では理解しているが、行動が変わらない」状態にとどまっている組織が多いと感じます。だからこそ、理解を行動に結びつける取り組みの継続がカギになります。

向き合い方には、2つの方向があります。

内向き:自分のなかの思い込みを自覚する

一つは、自分のなかに思い込みがあると自覚することです。研修や日々の運用を通じて、管理職層を軸に組織全体へ働きかけます。トップが明確なメッセージを発信することも、もちろん効果的です。

外向き:相手のキャリア志向を事実で把握する

もう一つは、対象となる社員のキャリア志向を、思い込みでなく事実として把握することです。「女性は責任あるポジションを望まないはず」と推測するのではなく、本人がどう働きたいかを直接知ること。そのためには、サーベイなどで本音を引き出せる心理的安全性が欠かせません。経営層や管理職が日ごろから「多様な働き方を歓迎する」と発信し、安心して答えられる土台をつくる。こうしてデータを通じて思い込みを事実で確かめていきます。

内向きの自覚と、外向きの把握。この2つを組み合わせることが、無意識的な思い込みへの現実的な打ち手になります。

同時に、女性自身への支援も同じ重みで進めていきたいところです。女性管理職やリーダーの前例がまだ少ないなかでは、自信をもてないと感じる人もいます。けれども、人は経験を積みながら成長していくものです。「成長は経験のあとからついてくる」との前提を組織内で共有し、キャリア研修などを通じて挑戦を後押しすることが、女性のキャリア形成を支える土台になるのではないでしょうか。

人事の打ち手(3)「時間ではなく成果」制約を不利にしない評価へ

次に、無制限に働ける人ほど評価されやすい仕組みも、男女間賃金格差を生む一因だと前編で整理しました。どう見直せるのでしょうか。

小方さん

時間に制約があっても能力を発揮でき、正当に評価される仕組みへと見直すことが重要です。

具体的には、長時間労働ではなく成果や生産性を重視する評価への転換と、業務や経験機会が特定の人に偏らない配分の見直しです。両者は車の両輪のような関係で、人事が主体となり、評価の軸と運用の双方を同時に見直すことがカギになります。

出産や育児といった一時的な制約が、その後のキャリアや賃金に影響し続ける点も課題です。

小方さん

女性の働く時間に制約が生じるのは、多くの場合、出産・育児といった一時的なライフイベントによるものです。その期間に休職や時短勤務を選んだだけで、昇格の遅れや基本給の伸びの差がその後も積み上がり、一時的な制約が長期的な賃金差として残っていく仕組みは、見直す必要があります。

具体的には、短時間勤務や一時的な離職を経ても、復帰後に再び経験や役割を広げられる機会を確保することです。人事が主導して、キャリアを回復できる配置設計と評価制度を整えていけるとよいでしょう。

加えて、育児休業などで一時的に離れる社員を、現場で支える側への配慮も欠かせません。バックアップを担う社員に適切な評価や手当を設けることで、休む側・支える側の双方が納得できる仕組みが整います。

均衡の取れた評価運用は、時間に制約のある人を例外扱いしない設計です。介護なども含め、誰もが制約を抱えうるこれからの時代には、女性だけでなく、すべての社員にとって働きやすい職場づくりにつながります。

「評価・昇進・配置」を見直す人事のアクション例

人事の打ち手(4)候補者層を厚くする、計画的な育成と配置

役職登用の偏りについては、どう対処すべきでしょうか。

小方さん

まずは、地道に人材を育てることが何より重要です。現状では役員クラスの女性は限られており、社外取締役などでも、同じ人材に複数の企業から声がかかる状況がみられます。裏を返せば、それだけ候補となる人材の層が薄いのです。

だからといって、登用だけを短期的に急ぐと、本人にも組織にも過度な負荷がかかり、継続性を損ねるおそれがあります。とくに無理な役員登用は意思決定の質の低下を招きかねず、企業の業績にとってもプラスになりにくいといえます。ここで欠かせないのは、いまの20代・30代の女性が、10年後・20年後に管理職や役員を担えるよう、計画的に育成する視点です。

計画的な育成が要になるのですね。加えて、タレントマネジメントの面ではどうでしょうか。

小方さん

もちろん、タレントマネジメントそのものを見直すことも欠かせません。

背景には、世帯のなかで収入を伸ばしやすい側が仕事を優先し、もう一方が家庭を担うほうが“合理的”になりやすい構造があります。現状ではその役割分担に男女差があり、出産や育児のタイミングで働き方を調整するのは女性側に集中しがちです。結果として、キャリアが中断されたり、経験の蓄積や昇進機会に差が生じたりして、継続的にキャリアを積み上げることが難しくなる側面があります。

こうした状況を踏まえると、個々の育成施策だけでなく、タレントマネジメントや配置のあり方そのものを見直すことが、人事に求められます。たとえば、育児などで時間に制約のある社員でも中核業務に関われる配置設計です。これにより、女性が昇進経路から外れることを防ぎ、管理職・役員候補のキャリア形成を途切れさせない仕組みにつながります。

小方 尚子さん

人事の打ち手(5)データの可視化・共有から、組織を動かす

数値の公表で終わらせず、経営のアクションにつなげるために、データをどう分析し、共有すればよいのでしょうか。

小方さん

現在は、正規・非正規といった大まかな区分ごとに、男女の平均賃金の差異を示す形での公表が中心です。ただ、それだけでは実態はみえにくいのが実情です。大切なのは、もう一歩踏み込んで、データを細かく分析することです。

たとえば、同じ学歴・同じ入社年次の社員が、5年後・10年後にどのようなキャリアを歩んでいるのかを、男女別にみていくことです。そうしたデータを継続的に確認することで、昇進や配置、機会の与え方に偏りが生じていないかを検証できます。

たとえば、同じ大学を卒業し同時期に入社した社員を比べると、「男性は平均5年で昇進する一方、女性は7年ほどかかっている」傾向が複数の場面で確認されるとします。個別の事例だけで断定はできませんが、同じ傾向が繰り返しみられるのであれば、個人差ではなく、なんらかの構造的な要因が影響している可能性が考えられます。

そして、こうして可視化したデータは、人事が抱え込まずに経営層と現場間で共有することが重要です。経営はそれを意思決定の根拠として受け止め、現場は自分たちの実感と照らし合わせます。同じ事実を人事・経営・現場の三者が共有してはじめて、打ち手が具体的に動き出します。

大切なのは、「平均賃金の男女差」として公表される数値を超えて、「この差が生まれる原因は正当なものか」を問い続けること、そしてその問いを人事・経営・現場で分かち合うことです。データを可視化し、共有することが、規定の外側にある構造を動かす出発点になります。

同条件でも生じる昇進スピードの差

公平性の問題から、経営の前提条件へ

最後に、男女間賃金格差を切り口に、経営者や人事担当者へメッセージをお願いします。

小方さん

不当な男女間賃金格差を残したままでは、人材を十分に活かせず、企業は生き残れません。まず、その認識をもつことが出発点になります。これまでは人手に余裕があり、「長時間労働が可能な人だけ働けばよい」との発想でも成り立ってきました。けれども、これからはそうはいきません。

人材が限られるなかで、特定の層だけに依存するのではなく、誰もが力を発揮できる状態を組織としてつくれるか。それが、企業の成長を左右する分かれ目になります。

男女間賃金格差への取り組みは、もはや公平性や女性活躍の問題にとどまりません。企業が持続的に成長するための、経営の前提条件になってきているのではないでしょうか。

編集後記

取材を通じて何度も立ち返ったのは、「合理的な判断」でした。収入を伸ばしやすい側が仕事を優先し、もう一方が家庭を担う。企業は、長年うまく回ってきた仕組みを守ろうとする。そのどれもが、それぞれの立場からみれば自然な選択です。しかし、その積み重ねが家庭・職場・制度の各層で絡み合い、その歪みが「完全にはなくならない男女間賃金格差」として表面化してきているといえるでしょう。

賃金格差にまつわる情報の公表義務化が広がり、企業は取り組みを避けられない局面を迎えています。とはいえ、日々の評価や配置に向き合う人事・労務担当者にとって、「構造」は、どこか抽象的に感じられるかもしれません。「不当な男女間賃金格差を残したままでは、人材を十分に活かせず、企業は生き残れない」。小方さんのこの言葉は、その抽象を、目の前の経営課題へと引き寄せてくれます。

構造を動かす入口は、まずは小さな一歩が大事なのかもしれません。同じ学歴・入社年次の社員が、5年後・10年後にどんなキャリアを歩んでいるかを、男女別に比較してみる。そういった小さな検証が、規定の外側にある構造を見つめ直すきっかけになるはずです。SmartHR Mag.では、これからも女性活躍をはじめとする多様な人材活用の取り組みや事例、その背景にある社会課題を掘り下げていきます。

(取材・文/POWER NEWS、写真/横関一浩)

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