「忙しい人=頑張っている」は本当?無意識に潜む「残業バイアス」と4つの対策
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こんにちは、精神保健福祉士・特定社会保険労務士の宮原です。
従業員(部下)のことを「頑張っているな」と感じるのはどんなときですか? 目標の進捗が順調なときや、売上などの大きな成果が出たときかもしれません。あるいは、残業している姿を見たときに感じるかもしれません。
「残業は美徳」という価値観は、いまや過去のものとなりつつあります。それでも、遅くまで残っている姿を見ると、「頑張っているな」と感じる方もいるのではないでしょうか。多くの場合、それは半ば無意識のうちに起こることがあります。
本記事では、長く働く姿を無意識に高く評価してしまう認知のクセを「残業バイアス」と表現します。そのうえで、残業バイアスが生むリスクを整理し、人事担当者の視点からその対策を考えていきます。
残業は減っても消えない「労働時間で測るクセ」
リクルートマネジメントソリューションズが発表した「長時間労働に関する実態調査2025」によると、正社員の労働時間は2017年調査と比較して短縮傾向にあります。
たとえば、2017年調査では、200時間以上の割合は女性が18.5%、男性は42.4%にのぼっていますが、2025年は10.3%(男女)に減少しています。反対に、月140時間未満で働く人は、男性2.7%、女性3.8%から20.3%へと増えています。

さらに同調査では「労働時間ではなく成果で評価してほしい」と考える人が80.7%にのぼります。また、日本の人事部「人事白書調査レポート2023」によると、能力や成果、職務による評価制度を運用する企業が約7割を占めています。被評価者の意識だけでなく、評価の考え方そのものが、「労働時間」から離れているのです。
一方で興味深いのが、「長時間労働に関する実態調査2025」において、37.7%が「周囲より早く退社する人を見ると、仕事に対するやる気がないと感じる」と回答している点です。

「労働時間で評価してほしくない」と願いながら、その一方で「早く帰る人にはやる気がない」と感じてしまう。この矛盾した結果こそ、「目に見えやすい労働時間」が私たちに与える影響力の大きさを物語っているのです。
見えやすいひとつの情報が、その人の評価全体を左右する。これはまさに、心理学でいう「ハロー効果」です。ハロー効果は、意図して誰かをひいきするのとは違い、自分でも気づかないうちに自動的に働きます。このように、無意識のうちに評価や判断を歪めてしまうバイアスをまとめて「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み・偏見)」と呼びます。ハロー効果は、その代表的なひとつです。
無意識に、労働時間の長さが「頑張っている」と印象づけてしまう。これが「残業バイアス」です。多くの場合、そこに悪意はなく、だからこそ静かに広がっていくのです
「残業=頑張り」と感じてしまう、3つのクセ
では、なぜ労働時間の長さが「頑張り」を印象づけてしまうのでしょうか。残業そのものが悪いわけではなく、成果が伴う残業もあります。
問題は、「労働時間」に、評価や自己認識が引っ張られてしまうことにあります。ここでは3つの「クセ」から、その仕組みを整理します。
(1)認知のクセ:労働時間は「認知コストが低い指標」
仕事の質や定性的な成果は、数値に置き換えにくく、目に見えづらいため、評価には時間と手間がかかります。対して「何時間働いたか」という事実は、それ自体がひとつの数値であり、手間をかけることなく自然と目に入ります。
この「手間」を説明するのが、心理学でいう「認知コスト」です。認知コストとは、脳が情報を理解し、判断を下すまでにかかるエネルギーや精神的な負担のことで、情報や選択肢が多いほどこのコストは高くなります。成果や質の見極めは認知コストが高く、それに比べて労働時間は低いコストで把握できます。そのため、つい労働時間から「頑張っているかどうか」の印象をもってしまうのです。
ただし、実際には労働時間そのものが評価に直接つながることは、ほとんどありません。多くの企業は、能力や成果にもとづいて評価しています。残業バイアスによって、「長時間働いているので頑張っている」と印象づけられ、人材抜擢や人事異動などの判断に影響してしまうことがある。これこそが、前述したハロー効果です。
(2)構造のクセ:労働時間は「法律上の基本の単位」
「労働時間」は、労働契約や賃金計算といった法律の世界で、古くから使われてきた基本の単位です。労働基準法は労働時間を基準に賃金や割増賃金などについて定め、労働安全衛生法は使用者(企業)に対して労働時間の適正把握義務を課しています。
つまり、「労働時間」は組織の中で制度的に「見なければならないもの」として設計されているのです。見やすく管理されているからこそ、評価の手がかりにしてしまう。このような構造上の背景も、残業バイアスを後押ししているのです。
(3)自己評価のクセ:労働時間は「頑張りを測るものさし」
残業バイアスは、他者を評価するときだけに働くわけではありません。「私は残業して頑張っている」と、自己評価の「ものさし」にしてしまうこともあります。
そして、この自分に向けたものさしは、しばしば他者への要求に姿を変えます。「自分はこれだけやっているのだから、あなたも」という思いが、残業バイアスのひとつの要素になっています。
このような状態からメンタルヘルス不調やハラスメントのリスクが生まれることも少なくありません。次章では、残業バイアスが生むリスクを解説します。
残業バイアスが招く、4つのリスク
「残業=美徳」という価値観は、とうに薄れています。生産性が求められるいま、残業バイアスは過去の問題に思えるかもしれません。
しかし、ここまでみてきたように、残業バイアスは無意識のクセとして残り続けています。そしてAIや効率化で「短い時間で成果を出す」ことが当たり前になるほど、この潜在したバイアスは見過ごせなくなります。
ここからは、残業バイアスが引き起こす影響を4つの場面に分けてみていきます。

(1)個人のリスク:「忙しい自分」でしか、自分を肯定できなくなる
自分自身に対して残業バイアスが起きているとき、「忙しい自分には価値がある」「予定が埋まっていないと落ち着かない」という感覚が、少しずつ心に根を張っていきます。
ここで注意したいのが、「ワーク・エンゲージメント」と「ワーカホリズム(仕事への依存・働きすぎ)」の違いです。前者は「仕事にやりがいを感じ、いきいきと熱中している」という前向きな状態を指しますが、後者は「働かずにはいられない」「休むと罪悪感を覚える」といった、不安や強迫感に追い立てられた状態です。表面的にはどちらも「よく働く人」ですが、心身の不調に強く結びつくのは後者です。
この不安感から、やがて「長時間働いている」という軸で自分を評価してしまう。これを、心理学では「条件つきの自己肯定感」と呼びます。こうした状態は、気分の落ち込みやうつにつながりやすいと考えられています。
また、近年はAIの活用や効率化によって、短い時間で仕事を終えられる場面も増えています。ところが残業バイアスが残っていると、効率よく働いて定時で終えた日に「もっとできたことがあるのでは」と自分を責めてしまいます。このような感覚の積み重ねが、メンタルヘルスをむしばむ要因となり得るのです。
(2)対人のリスク:「頑張っている自分」が「無意識の圧」を生む
「自分はこれだけ残業して頑張っている」という感覚は、「モラル・ライセンシング」と呼ばれる心理を生み出すことがあります。モラル・ライセンシングとは、よいことをしていると、その自負が免罪符のようになり、多少不適切な言動をとっても許されると感じてしまう心理を指します。
この感覚は、定時退勤、時短勤務の人に対する「心ない一言」につながるリスクをはらみます。「あの人は楽でいいよね」といった言動が、ハラスメントの入り口になりかねません。
ここで重要なのは、こうした言動を「個人の性格の問題」で片付けないことです。本人に悪気はなく、「頑張っている自分」への誇りと結びついた言動です。
(3)組織のリスク:「帰りづらい空気」が、残業の基準を引き上げる
残業バイアスは、個人の問題にとどまりません。個人と組織がともに労働時間をものさしとしてしまうと、「早く帰る人は頑張っていない」という見方が、暗黙のうちに広がっていくことがあります。すると「周りがまだ働いていると、帰りづらい」という同調圧力となって、チーム内に広がっていくのです。
実際に「長時間労働に関する実態調査2025」では、20〜30代の正社員のうち12.7%が「ほかの人が働いていると帰りづらい雰囲気がある」と回答しています。これは5番目に多い回答です。

一度こうした同調圧力が生まれると、「このくらいの残業は普通だ」という基準がチーム内にできます。一人ひとりは「早く帰りたい」と思っていても、互いに空気を読み合うことで、基準が少しずつ引き上げられてしまいます。これは、職場の心理的安全性が損なわれる典型的な構図です。
(4)管理職のリスク:「評価の手前の判断」が歪む
残業バイアスが最も見えにくい形で現れるのが、管理職の日常的な判断です。「誰に重要な仕事を任せるか」「リーダー候補は誰か」。こうした人事評価の手前にある判断には、自分でも気づかないうちに残業バイアスが忍び込むことがあります。
多くの管理職は、労働時間の長さで人を選んでいるつもりはないでしょう。それでも、本来は別であるはずの「労働時間の長さ」と「頼れる」という評価が、知らず知らず重なってしまうことがあります。
残業バイアスがかかった状態で重要な役割を決めていくと、労働時間に制約のある優秀な人材が、成長の機会を得にくくなります。これは、女性活躍の推進や男性の育児休業取得の流れにも逆行する、見過ごせない問題です。
残業バイアスを外す4つのアプローチ
4つのリスクに対し、人事担当者として何ができるのでしょうか。ここからは、残業バイアスを外す4つのアプローチを紹介します。

(1)個人リスクへの対策:研修で自己評価のものさしを置き換える
前章の個人のリスクでみたように、日々の自身の残業時間を目にするなかで、つい「今日も遅くまで働いた=頑張った」と、自分を無意識に時間で評価してしまいがちです。だからこそ、意識して「何がどれだけ前に進んだか」で1日を振り返る。この習慣が出発点になります。
とはいえ、これを個人の心がけに委ねるのは、本人の負担も大きく、長続きしづらいものです。そこで人事担当者としてできることは、この意識の転換を個人任せにせず、組織として後押しすることです。
たとえば、メンタルヘルス研修はその有効な場のひとつです。ワーク・エンゲージメントとワーカホリズムの違いを伝え、休むことを「サボり」ではなく「持続的に成果を出し続けるための回復時間」と位置づけ直す。こうした働きかけが、「忙しくしていること」に価値を見出す感覚をゆるめ、自己否定の連鎖を断ち切ります。
AI活用によって業務が圧縮されることへの漠然とした不安も、ものさしが忙しさや時間から離れていけば、自然と前向きな気持ちに変わるはずです。
(2)対人リスクへの対策:自分ごと化させる研修設計
対人のリスクで触れた「モラル・ライセンシング」は、研修などの一般的な対策が効きにくいのが特徴です。本人には、自分が誰かを傷つけているという自覚がありません。むしろ「頑張っている自分」への誇りと結びついているため、「自分は加害者かもしれない」という前提自体が、なかなか自分ごとになりにくいのです。
そこで効果的なのが、研修の設計を少し変えることです。たとえば、「誰よりも真面目に働いてきた人が、つい同僚に『あの人は楽でいいよね』と漏らしてしまう」といったケースをグループワークで話し合ってみる。すると、これまで無意識にモラル・ライセンシングの状態にあった人が、「これは自分のことかもしれない」と、気づきやすくなります。
「言ってはいけない言葉」で縛るのではなく、「自分の頑張りが、いつの間にか誰かへの圧力になっていないか」と、自らを振り返る機会を与えることが重要です。
(3)組織リスクへの対策:「健全な働き方」を問い直す
組織内でできあがった「残業の基準」に対し、企業側が「健全な働き方とはこういうものだ」と一方的に伝えても、大抵の場合は効果がありません。
人事担当者に求められる役割は、各チームが自分たちの言葉で「自分たちにとっての健全な働き方とはなにか」を話し合う「場」を設け、支えることです。答えを与えるのではなく、安心して本音を出せる、心理的安全性が確保された土台を整えることが重要です。
(4)管理職リスクへの対策:残業バイアスの可視化
管理職の判断に対しては、「残業している」という事実が、本人も気づかないうちに人材の抜擢や配置の判断に紛れ込みます。やめようと意識して防げるものではないからこそ、無意識の判断を可視化することが必要です。
その具体策として、「自分は何をもって『この人』と感じたのか」を言語化し共有することです。たとえば、推薦理由を書き出してほかの管理職と確認し合う、評価会議で根拠を説明する、といった形が考えられます。
理由を言語化しようとすると、「いつも遅くまで頑張っているから」という残業バイアスが見えてきます。さらに、その理由を他者の目を通すことで、一人では気づけなかったバイアスにも気づきやすくなります。
ただし、レビューする側も、同じ残業バイアスをもっていたり、見るべき観点が欠落していると、その歪みに気づけません。レビューの際に「頑張り以外に、具体的な成果や行動が明確になっているか」などの指標を設けられると、残業バイアスの見落としを防げます。
いち管理職の主観に依存せずに判断する仕組みは、公正な抜擢や配置につながるだけでなく、ハラスメントや不利益取扱いといった法的なリスクから組織を守ることにもつながります。
残業バイアスとの向き合うことが、誰もが働ける職場をつくる
残業バイアスをなくすことは、おそらく簡単ではありません。これは、特定の誰かに非があるという話ではなく、私たち誰もが陥りうる、無意識のクセだからです。
それでも、一人ひとりが残業バイアスを外すことを意識できれば、その影響は少しずつ和らぐはずです。残業バイアスと向き合うことは、ハラスメントの防止や職場の心理的安全性の向上、さらには女性活躍の推進や男性の育児休業取得促進につながっていきます。これらはいずれも、国が企業に求める方向性であると同時に、「誰もが働き続けられる職場」という、人手不足社会の中で企業が存続をかけて取り組むべき課題です。
「目に見える時間」にとらわれていないか、問い直してみる。その積み重ねの先にこそ、人も組織も健やかに成長する未来がやってくるのではないでしょうか。

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