介護離職を防ぐ人事の「初期対応」。"判断"を支える支援とは
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介護休業や短時間勤務、テレワークなど、仕事と介護の両立支援制度の整備は確実に進んでいます。しかし、総務省の調査によると、介護離職者は直近1年間で10.6万人にのぼり、増加傾向にあります。
なぜ制度を整えても離職を防げないのでしょうか。離職の分かれ目は、制度の有無ではなく、企業側の「初期対応」にあります。
本記事では、4,000件以上の介護相談に関わってきた川内氏が、人事・労務担当者が押さえるべき初期対応と支援のポイントを解説します。

NPO法人となりのかいご代表理事
1980年生まれ。上智大学文学部社会福祉学科卒業。老人ホーム紹介事業、外資系コンサルティング会社、社会福祉法人一廣会かないばら苑(川崎市麻生区)などでの在宅・施設介護職員を経て、2008年に市民団体「となりのかいご」設立。2014年に「となりのかいご」をNPO法人化、代表理事に就任。厚生労働省「令和2年度仕事と介護の両立支援カリキュラム事業」委員、育児・介護休業法改正では国会に参考人として出席。書籍『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』(日経BP)など。
なぜ介護離職の増加は、経営リスクなのか
介護離職は個人の問題として扱われがちですが、企業にとっても重大な経営リスクです。親の介護に直面しやすい40~50代は、管理職や管理職候補、熟練した技術職など、現場の中核人材です。中核人材の流出は、採用・育成コストの発生だけでなく、長年培ってきたノウハウの喪失やチームの生産性低下を招きます。

(参考)経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」をもとに当社作成
また、損失は離職というかたちでしか現れないわけではありません。介護を抱えながら働く従業員は、夜間対応の疲労や日中の家族からの連絡で精神的負担が大きくなり、いわゆるプレゼンティーイズム(出勤しているにもかかわらず、体調や精神的な問題から業務効率が低下している状態)に陥ることがあります。
高齢化が進むなかで、介護を抱えながら働く従業員は確実に増えています。介護離職は、いまや人的資本経営における重要課題の1つといえるでしょう。だからこそ、制度整備に加えて、離職を防ぐための支援の設計が求められているのです。
「制度を整えれば両立できる」という思い込みを手放す
多くの企業では、「制度を整えれば仕事と介護の両立は可能である」という前提で支援が考えられています。しかし、この認識そのものを見直す必要があります。
自ら抱え込む構造をどう壊すか
本来、制度は従業員が安心して働き続けるための支えとなるものです。しかし実際には、制度の利用が「直接介護を担う時間」を増やし、介護に深く入り込んでしまう構造を生むこともあります。一度その状態に入ると、仕事との両立は急速に難しくなります。
当法人が2026年5月に公表した「介護離職白書2026」でも、介護離職者の60.3%が、何らかの両立支援制度を利用したうえで離職していたことが明らかになっています。制度を使っていたにもかかわらず、離職に至っている人が一定数いるのです。
離職者には2つの傾向が共通して見られます。
1つ目は、「自分が直接介護をしなければならない」という意識の強さ(※1)です。自分の生活を後回しにして介護に向き合ってしまう傾向があります。
2つ目は、介護離職者の半数以上が、介護開始から半年未満で離職している(※2)という事実です。長年の疲弊の末ではなく、初期の混乱期に「もう続けられない」と判断してしまっているのです。
つまり、制度をどれだけ整えても、「従業員の意識」と「初期の判断」を支えられなければ、離職は防げません。制度を整えることと、離職を防ぐことはイコールではないのです。
(※1)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「介護離職者の離職理由の詳細等の調査」p.182
(※2)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「労働者調査 結果概要」令和4年3月(厚生労働省委託調査)p.37
「相談されてから支援する」では、間に合わない
ほかにも、企業側が見直すべき前提があります。それは、介護は「見えにくい」という特性です。育児の場合は、社会保険上の手続きなど会社に報告する機会がありますが、介護の場合はそうではありません。多くの従業員は、会社に伝えないまま介護を抱え込んでしまいます。こうした状態を「隠れ介護」と呼びます。
隠れ介護が続き、ようやく相談が届く頃には、すでに「休職」「離職」しか選択肢がない状態に陥りがちです。企業が受け身のままでいると、この段階でしか関われず、結果として離職を防ぎにくくなります。「相談がない=問題がない」ではありません。だからこそ、従業員の相談を受け身で待つのではなく、企業側から情報を発信する「プッシュ型」の関与が欠かせません。
「制度を整える」から「判断を支える」へ
両立支援において重要なのは、制度を提供することではなく、意識と行動を変える支援です。具体的には、従業員が次の3つを「当たり前」にできる環境をつくることが重要です。

人的資本経営の視点から見ても、両立支援の目的は休ませることではなく、働き続けられる状態をつくることです。制度を「整える」から、意識と行動を「変える」支援へ。この発想の転換こそが、これからの両立支援に求められています。
介護の相談を受けたとき、人事が押さえたい初期対応とは?
ここからは、実際に従業員から介護の相談を受けたとき、人事・労務担当者が押さえておきたい初期対応のポイントを整理します。
制度の説明にとどまらず、判断を支える
突然の介護に直面した従業員は、情報が不足したまま判断を迫られ、「自分がやらなければならない」という責任感から、直接介護に入り込みやすい状態にあります。このとき制度だけを提示すると、「制度を使って自力で乗り切るしかない」と受け取られかねません。
この段階で重要なのは、従業員の判断を支えることです。人事や上司がまず伝えるべきことは次の3点です。
- 家族だけで抱え込まなくてよいこと
- 制度は「直接介護」のためではなく「体制づくり」のために使うもの
- 地域には相談できる公的窓口があること
なかでも、地域包括支援センターなどの外部の相談先につなげることは、初期段階の支援としてきわめて有効です。人事・労務担当者が従業員と一緒に相談先の地域包括支援センターを検索し、「まずここに相談してみましょう」と具体的に示すだけでも、その後の展開は大きく変わります。
当法人の「介護離職白書2026」でも、「会社にのみ相談していた人は、家族や専門家にも相談していた従業員と比べて異動転職率が高い」「専門家につながれている人ほど支援満足度が高い」という結果が示されています。専門家が介入することで、精神的・物理的な負担が軽減され、両立しやすい状態をつくれる可能性があるといえるでしょう。
人事・労務担当者の役割は、社内で問題を解決しきることではなく、必要な相手につなぐ「ハブ」としての役割だと言えます。専門家や家族と役割を分け合うかたちが、結果として従業員にとっても、人事・労務担当者にとっても、無理のない両立支援につながるのです。
初期対応の違いが、離職と継続を分ける― ケーススタディ
実際、私が相談に関わってきたなかでも、初期対応のわずかな違いが、その後の経過を大きく分けるケースを数多く見てきました。ここでは、離職に至ったAさんと、両立を続けられているBさんのケースを紹介します。
Aさん:制度説明だけで終わり、離職に至ったケース

Aさんは母親の様子が気になり、制度について上司に相談しました。返ってきたのは、「原則、『常時介護を必要とする状態』でなければ休暇・休業は使えない」という説明だけ。説明自体は間違っていませんが、「それだけで終わってしまった」ことが、Aさんを直接介護へと押し戻してしまいました。
「会社は助けてくれない」と感じたAさんは、隠れ介護に陥ります。その後、実家でのテレワークが特例として認められたものの、仕事に集中できない状況が続き、最終的には「一身上の都合」での退職に至りました。
Bさん:判断を支えられ、両立を続けられたケース

Bさんも同じように上司に相談しました。上司は制度を説明するだけでなく、「まず地域包括支援センターに相談してみよう」「一緒に調べようか」と、具体的な行動につなげたのです。
その結果、介護認定やサービス導入が進み、週2回のデイサービスと週2回のヘルパー利用が実現。ケアカンファレンス(各関係者が情報共有や問題解決を検討する会議)への出席時のみ半日の介護休暇を取得するなど、最小限の負担で両立を続けられています。
2つのケースの違いは、介護の深刻さでも、制度の違いでも、従業員の能力の差でもありません。企業側の初期対応です。
「3つの段階」を意識して継続的な支援を
状況の変化にあわせて、関わり方を少しずつ見直していくことが両立支援のカギになります。ただし、すべてを人事・労務担当者だけで抱える必要はありません。管理職と連携しながら、無理のないかたちで支えていくことが大切です。
介護支援は、大きく「相談・調整期」「両立体制構築期」「両立期」の3段階に分けて考えられます。

(1)相談・調整期
ここまで述べてきた「判断の支援」を行う段階です。従業員が外部支援につながれるよう情報提供しながら、必要に応じて業務面の配慮を検討し、従業員が情報収集と体制構築に向き合える時間を確保します。
(2)両立体制構築期
勤務時間や業務分担、制度の使い方を整理し、両立計画をかたちにしていきます。とくにこの段階では、管理職の理解と連携が欠かせません。管理職の理解が不足していると、過度な遠慮や配慮によって、かえって従業員の孤立を招くことにもなりかねません。
(3)両立期
定期的なフォロー面談で負担の変化を確認し、必要な場面で休業制度をピンポイントに活用するなど、状況にあわせて体制を見直していくことが重要です。
初期段階で従業員が外部支援につながり、3段階を通じて継続的に伴走することで、介護は「抱えるもの」から「マネジメントするもの」へと転換されます。この転換が起きれば、両立の可能性は大きく広がります。
法改正で義務化された対応。成果を分ける“3つの心構え”
2025年4月に育児・介護休業法が改正され、仕事と介護の両立支援に関する新たな義務が課されました。
個別周知・意向確認
介護に直面した従業員から申し出があった場合、企業は個別に制度を周知し、利用の意向確認を行なうこと。
介護に直面する前の早い段階での情報提供
介護に直面する前の早い段階(40歳前後など一定年齢)で、情報提供を行なうこと。
雇用環境整備
相談窓口の設置や研修の実施など、両立支援のための環境整備。
(参考)厚生労働省「育児・介護休業法 令和6年改正内容の解説」
一見すると前向きな改正ですが、各義務を実施する際に企業側が意識しておくべき心構えがあります。「判断支援」の視点が重要です。

【心構え(1)】個別周知・意向確認時
制度の枠組みを伝えるだけでなく、「家族だけで抱え込まなくてよい」「外部支援を頼ってよい」という前提まであわせて伝えることが、判断を支える第一歩になります。
【心構え(2)】情報提供時
40歳前後など介護に直面する前の情報提供は、心の準備という意味で重要です。一方で、制度の中身だけを伝えると「いざとなれば休めるから自分でなんとかしよう」という誤った前提を強化しかねません。情報提供は、制度の使い方の前提である「直接介護のためではない」と伝える場として位置づけるべきです。
【心構え(3)】雇用環境整備
相談窓口や研修を整えること自体は必要ですが、「困ったときに使うもの」と認識されてしまうと、相談が上がる頃には手遅れになります。仕組みを用意するだけでなく、企業側から定期的に働きかける「プッシュ型」の運用へと発想を切り替える必要があります。

「家族だけで抱え込まない」「直接介護に入り込まない」「早い段階で外部の支援につなぐ」という3つの前提を企業が理解し、従業員に発信できてはじめて、制度は本来の効果を発揮します。
「誰もが両立できる職場」を目指して
重要なのは、一部の人だけが実現できる両立ではなく、「誰もが無理なく働き続けられる状態」を目指すことです。交替勤務や現場業務など、柔軟な働き方が難しい職場であっても、初期対応のあり方次第で、従業員が安心して働き続けられる可能性は大きく変わります。反対に、制度が整っていても、本人が孤立感や不安を抱えたままでは、離職につながってしまうこともあります。
だからこそ、人事・労務担当者に求められるのは、一人ひとりの状況に向き合いながら、現場とともによりよい支援のあり方を探り続ける姿勢なのかもしれません。制度を整えるだけで終わらせず、「この職場なら相談できる」と感じられる環境を少しずつ育てていく。その積み重ねが、働きやすい職場づくりにつながっていくのではないでしょうか。





