「介護フリー」で働ける時代の終わりに、私たちはどう向き合うか
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働きながら家族などを介護する「ワーキングケアラー」は約365万人(2022年)(※)と過去最多水準にあり、いまや働く誰もが介護の当事者になり得る時代になっています。
介護離職の背景に、個人の努力だけでは解決できない、社会の変化と企業の働き方の「ズレ」があるとしたら――。そのズレを「個人の事情」として片づけるのか、「組織の設計課題」として引き受けるのかが、いま企業に問われています。
前編となる本記事では、まず介護と働くにまつわる現状を整理したうえで、家族社会学を専門とする立命館大学教授・筒井淳也さんとともに、介護離職の背景を探ります。
(※)「就業構造基本調査(2022)(p.24)」- 総務省

立命館大学 産業社会学部 教授
1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部卒業。同大学大学院社会学研究科博士後期課程満期退学。博士(社会学)。2014年より立命館大学産業社会学部教授。専門は家族社会学・計量社会学。著書に『仕事と家族』(中公新書)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書)、『社会を知るためには』(ちくまプリマー新書)、『社会学―非サイエンス的な知の居場所』(岩波書店)、『数字のセンスを磨く』(光文社新書)など。
働きながら介護をするのは「当たり前」の時代へ
まずはSmartHR Mag.編集部にて、介護と働くにまつわる現状を整理します。介護を理由に離職する人が増えています。5年ごとに発行される総務省の「令和4年就業構造基本調査」によると、介護離職者は直近1年間で10.6万人にのぼり、2017年から2022年にかけて増加傾向にあります。
また、同調査によると、働きながら家族などを介護する「ワーキングケアラー」は約365万人(2022年)。前回調査(2017年)から約18万人増え、過去最多水準です。これは就業者の約20人に1人がワーキングケアラーである計算です。働きながら介護を担うことが、いまや特別な状況ではなくなったといえるでしょう。

(出典)「令和4年就業構造基本調査(p.25)」 - 総務省統計局
介護離職を生む構造的要因を考える
なぜ介護離職が増えるのでしょうか。SmartHR Mag.編集部では、3つの構造的要因に注目し、以下の仮説を立てました。
家庭でケアを担う人がいることを前提にした日本企業の働き方が、
共働きが一般化した社会に、適応できていないのではないか。
(1)「支え手ありき」で設計された働き方
日本企業の組織や働き方は、「家事や介護を家庭に任せられる労働者」を前提に設計されてきたのではないでしょうか。長時間労働や残業を厭わず、転勤や配置転換にも応じ、突発対応にもいつでも対応できる、そうした働き方が「望ましい」とされてきた面があります。こうした働き方は、家庭で家事や介護を担う誰かがいなければ容易ではありません。
「支え手ありき」の労働者像の背景には、複数の要因があると考えました。ひとつは「家事や家族の世話は女性の役割」という性別役割分担の規範です。加えて、女性は非正規雇用の割合が高いなど、男性に比べて働き方を調整しやすい立場に置かれてきた就業構造の違いもあるのではないでしょうか。
こうした規範と就業構造が、女性に「介護を担うこと」を、男性に「仕事を優先すること」を求めてきたと考えられます。実際、総務省の調査では、介護離職した約10.6万人のうち、約8割を女性が占めています。一方、男性には「一家の大黒柱として働くべき」というプレッシャーが働き、介護を理由に働き方を変えにくい実態も指摘されています(※)。
(※)『ワーキングケアラーの介護負担と就業への影響について-離職の可能性に着目して-』- 内閣府経済社会総合研究所
(2)共働き社会の到来による、家族介護の担い手の変化「
家事や介護を家庭に任せられる労働者」は今や当たり前ではありません。総務省統計局によると、2023年には共働き世帯は1,278万世帯と、専業主婦世帯(517万世帯)の倍以上に達しています。
この変化は、家族介護の担い手にも影響を与えています。かつて「子の配偶者(いわゆる嫁介護)」が主な担い手の一角を占めていましたが、この20年弱で「子の配偶者」は減少し、「実子」や「配偶者」が主たる担い手になっています。家庭内だけで介護を吸収する余地が縮小し、働く個人に直接のしかかっています。

(3)業務の属人化と「見えにくさ」が、両立を阻む
こうした社会の変化に、企業の働き方や職場の受け止め方はまだ十分に追いついていないようです。ここでは、業務の属人化と、介護実態の見えにくさという2つの観点からみていきます。
業務の属人化が、制度利用をためらわせる
従業員1,000名以上の企業では約60%以上がメンバーシップ型雇用を採用しています。仕事が「職務」ではなく「人」に紐づき、「その人でなければ回らない仕事」が生じやすくなります。結果として、介護休業や介護休暇といった制度が整っていても、「代わってくれる人がいない」「周囲に迷惑をかける」と感じ、利用をためらう構造につながります。
実際、制度を利用しない理由としては「仕事が忙しい」「代替要員がいない」が上位にあがっています。

さらに、仕事と介護の両立への不安として、「自分の仕事を代わってくれる人がいないこと」が35.8%と最多です。両立の難しさが、個人の問題にとどまらず、業務の属人化という組織構造とも深く関わっていることをうかがわせます。

開示されにくく、企業は実態を把握しづらい
経営課題としての優先度の低さも見逃せません。正規雇用のワーキングケアラーの約3割(34.0%)は職場に介護の状況を開示していないという調査結果もあります。「理解が得られないのでは」という懸念から開示を控える従業員が多く、企業側が実態を把握できない。編集部では、この「見えなさ」が、企業が対応に踏み出しにくい一因とみています。
実際、大企業でも介護に関する従業員のニーズや満足度を把握している割合は15.2%にとどまり、育児(34.2%)の半数以下です。

(出典)「健康・医療新産業協議会 第10回健康投資WG 事務局説明資料①(今年度の進捗と今後の方向性について)令和5年12月7日」- 経済産業省
この3点から考えられる仮説が、「家庭でケアを担う人がいることを前提にした日本企業の働き方が、共働きが一般化した社会に適応できていないのでは」です。この仮説について、家族社会学を専門とする立命館大学教授・筒井淳也さんにお話を伺いました。
介護離職はなぜ増えている? 少子化・長寿化・日本型雇用の壁
近年、介護離職やワーキングケアラーが増え続けています。社会や家族のどのような変化が、この状況をつくり出しているのでしょうか。

筒井さん
編集部の整理とも重なる部分はありますが、私はもう少し前の段階、人口構造から考えています。要因は、大きく分けて3つあると考えています。
まず、もっとも大きいのが「少子化」です。いまでこそ、日本は少子化が進んでいますが、かつては兄弟姉妹が5人、10人といた時代もありました。その場合、介護を担うのは、主にそのうちの1人で事足りたため、残りのきょうだいは介護を負担しない、いわば“介護フリー”の状態でいられたわけです。
ところが、きょうだいが1〜2人になると、少なくともどちらかが親の介護を引き受けなければなりません。つまり、少子化によって介護に携わる人の割合がぐっと高まったのです。
2つ目が「長寿化」です。昔は平均寿命が短く、病気や加齢によって日常生活に他者の介助が必要となる「要介護状態」が長引くことは稀でした。
しかし現在は、医療の進歩によって多くの方が長生きできるようになった。長寿化が進むほど、認知症の発症リスクは高まります。介護離職のうち、認知症に関係しているケースはきわめて多いのです。認知症を抱えた方の介護は、現行の介護保険制度の想定をはるかに超えた深刻な心身の負担を伴うことも少なくありません。
そして3つ目が「日本型雇用の硬直的な働き方」です。職務内容を明確に定義して切り分け、その業務を担当できる人材を採用・配置する欧米の「ジョブ型」と比べ、日本のメンバーシップ型雇用は職務範囲が曖昧なことが多く、業務が属人化しやすい。そのため、「急に抜けたら周囲に迷惑がかかるのでは」という心理的なためらいが生まれやすくなります。
結果として、「急な休みの取りづらさ」につながっています。介護は突発的なケアの連続ですから、“ちょっとした休み”がとれないと、仕事との両立が難しくなり、退職へと追い込まれてしまうのです。
「休みがとりにくい」という状況は、育児との両立でもたびたび問題になっていますね。
筒井さん
業務が属人化しやすい環境は「自分が抜けたら同僚に負担をかけてしまうのではないか」というためらいを生みます。これは育児でも介護でも共通しています。
一方で、育児と同じ文脈で考えられないのが、介護の難しさです。
育児支援の延長では対応できない「介護特有の難しさ」
育児とは違う、介護ならではの難しさとは何でしょうか。
筒井さん
介護には育児にはない独自の側面があります。
・終わりがみえず、始まりも予測できない
・介護にかかる負担の個人差が大きい
・要介護者と離れて暮らしているケースが多い
・夫婦間だけの分担問題ではない
まず、育児と介護を比較したときの明確な違いが、携わる「期間」です。子供は乳幼児期には手がかかっても、やがて成長していきます。一方で介護は「終わり」も「始まり」もみえません。
70代で介護が始まる人もいれば、90代で突然要介護になる人もいます。親が何歳のときに、どういう健康状態で介護が必要になるのか。終わりはもちろん、始まりも見通せないのが介護の特徴かもしれません。
筒井さん
そのとおりです。さらに介護は、日常生活の一部に介助が必要なのか、排せつや食事など全般にわたって24時間の介護を要するのか、個人差がかなり大きいです。厚生労働省が定めた、どの程度の介護(介助)を必要とするかを表す「要介護度」だけでも計7段階(要支援1〜2、要介護1〜5)に分かれています。
また、時代とともに、要介護者と同居している人が減少傾向にあります。介護者が、自宅と親の住まいの間を行き来するケースも珍しくなく、いわゆる「遠距離介護」が常態化しているのも介護特有の難しさのひとつです。
そして、介護には「誰が面倒を見るのか」といった「分担」にも、独自の構造があります。育児の場合、子育ての分担は主に夫婦間の問題になります。しかし、介護はより複雑な役割期待のギャップがあります。
たとえば、現在の50代前後の方を対象に「将来、介護を必要とする状態になった際、誰にケアを任せたいか」を聞くと、女性(妻)側の回答で最多なのは「ヘルパーさん」です。一方、男性(夫)側が同じ状況で聞かれると「妻」と答える人が多い。「長年、家事も育児も担ってきた妻なら任せられる」という感覚が背景にあるわけです。さらに、親が子供に頼む場面でも、息子よりも娘に頼みたいという意識がまだ根強いようです。
日本型雇用と家族モデルの深い結びつき
「誰に介護してほしいか」について、夫・妻・親の答えがかみ合っていないのですね。その期待は、なぜいまも特定の方向へ偏ってしまうのでしょうか。
筒井さん
そこには、日本型雇用と家族モデルの歴史が複雑に絡んでいます。
兼ねてから主流だった日本型雇用の特徴は、「転勤・残業・配置転換を受け入れる代わりに、終身雇用と昇給が保証される」という点にあります。勤務地も労働時間も企業に委ねる。こうした働き方は、家庭を支える人がいるからこそ成り立つものです。その役割を担ったのが専業主婦でした。
まず「企業に尽くす働き方」と「それを家庭で支える存在」が、セットで前提とされていたのですね。
筒井さん
そうです。どちらかが先というより、この2つはかみ合いながら成立していきました。高度成長期から1980年代にかけて、日本型雇用と専業主婦モデルは一体となって成熟していきました。1986年には国民年金の「第3号被保険者制度」が新設され、専業主婦モデル、もしくは夫の扶養の範囲内で働く「主婦パート」というモデルが制度的にも確立されました。
制度がそのモデルを“お墨付き”にした、ということですね。
筒井さん
そうです。興味深いのは、日本がこのモデルを強化していた1980年代、欧米はすでに共働き社会へと舵を切っていた点です。いわば日本は、世界の流れに逆行する形で専業主婦モデルを温存し続けてきた。そのひずみが、共働きが当たり前になったいま、働く一人ひとりの負担として表れているのだと思います。
その後、共働きが当たり前になり、「自分の親のケアは自分で担う」という意識も広がっていきました。専門的には「親子関係の個別化」と表現できるでしょう。その結果、男性も含めた労働者一人ひとりに介護の負担がのしかかるようになってきた。それがいまの状況です。
ところが、「誰がケアを担うのか」という期待のレベルでは、いまも女性が前提になっていると思います。専業主婦モデルや主婦パートモデルのなかで生きてきた50代前後の男性は、自身の介護を「妻にしてほしい」と期待し、その親世代も、自身の介護を「息子よりも娘に」と望む。ケアの担い手として期待されるのは女性に偏っている。ここに介護をめぐる性別の非対称があります。もちろん、現在はさらに共働き化が進んでいるので、10年、20年後にはこの傾向は変わっていくはずです。
誰もが介護を担う時代になっても、「ケアは女性が担うもの」という認識は、なかなか変わらないのですね。
筒井さん
そうですね。介護について議論するとき、よく「現在でも『介護は嫁(子の配偶者)がするもの』という認識をもつ人は多いのですか?」と尋ねられます。
ですが、実際は「嫁(子の配偶者)が介護する」という時代は、多くの人が思っているよりずっと前から終焉を迎えつつあります。国民生活基礎調査によると、2022年において、主な介護者のうち「子の配偶者」(このうち一部がいわゆる「嫁」です)が占める割合は5.4%です。2004年だと20.3%ですから、ここ20年でもかなり減少しています。にもかかわらず「まだ嫁介護が多いはずだ」というイメージを抱いている人は少なくない。介護に関しては、こうした「現実」と「イメージ」のさまざまな認識のズレが、混乱を生んでいる一因でもあります。
筒井さんの話からは、少子化・長寿化・共働き化という大きな変化が起きているにもかかわらず、私たちの働き方も、「誰が介護を担うのか」という意識も、その変化に追いついていないことが見えてきます。
少子化と共働き化が進んだいま、働く誰もが介護の当事者になり得ます。では、この変化に対して、企業や働く私たちはどう向き合えばよいのでしょうか。後編(2026年6月22日公開)では、「企業はどこまで家庭に踏み込むべきか」という問いをめぐって、筒井さんとともに具体的な打ち手を探ります。
(取材・文/土橋水菜子・POWER NEWS、企画・編集/佐々木四史)





