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「全員が何かを抱えている」時代の組織。企業はどこまで「介護」に関与するか?

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「正社員か非正規雇用かという二択ではなく、その間に多様な選択肢をつくっていく」。立命館大学教授・筒井淳也さんは、企業が取り組むべきことのひとつに、そう答えます。

前編では、介護離職が増え続ける背景を、筒井さんとともに探りました。後編では視点を企業に移します。なぜ介護支援は広がりにくいのか。「誰もが何かを抱えている」時代に、企業は働き方をどう設計し直せばよいのか。具体的な打ち手を伺いました。

筒井 淳也(つつい・じゅんや)さん

立命館大学 産業社会学部 教授

1970年福岡県生まれ。一橋大学社会学部卒業。同大学大学院社会学研究科博士後期課程満期退学。博士(社会学)。2014年より立命館大学産業社会学部教授。専門は家族社会学・計量社会学。著書に『仕事と家族』(中公新書)、『結婚と家族のこれから』(光文社新書)、『社会を知るためには』(ちくまプリマー新書)、『社会学―非サイエンス的な知の居場所』(岩波書店)、『数字のセンスを磨く』(光文社新書)など。

なぜ育児支援は語りやすく、介護支援は広がりにくいのか

前編では、介護離職が増え続ける背景に(1)少子化、(2)長寿化、(3)日本型雇用の硬直的な働き方の3つの要因があると指摘いただきました。ジョブ型雇用を導入する企業はなお2割前後にとどまり、多くの企業は今も職務を限定しないメンバーシップ型の働き方を基本としています。後編では、企業や人事が向き合える「日本型雇用の硬直的な働き方」を中心に、企業が何をできるかを探っていきます。

育児支援を積極的に打ち出す企業が増えた一方で、介護支援を打ち出す企業はまだまだ少ない印象を受けます。なぜでしょうか。

筒井さん

理由はいくつかありますが、根本にあるのは、介護という営みが「将来への投資」の文脈に乗せにくいことです。育児であれば「次世代を育てる社会的投資」として前向きに語りやすい側面があります。子供を育てやすい環境を整えることは、将来の社会にとってプラスになる。支援する意義を、多くの人が共有しやすいといえます。

一方で、介護はどうしても「今ある負担への対応」と捉えられがちです。もちろん、要介護状態の方を支えること自体はとても重要です。しかし、「将来への投資」というストーリーに結びつけにくいため、企業としても積極的に打ち出しづらい。その構造が、介護支援の優先順位を上げにくくしている一因だと思います。

「将来への投資」というストーリーに乗せにくいという話のほかにも、介護支援が広がりにくい理由はあるのでしょうか。

筒井さん

もう一つは、介護が「外から見えにくい」性質をもつことです。前編でお話ししたように、介護の重さには個人差があります。比較的軽いケースであれば、現行の介護保険制度で「なんとかなっている」ように周囲には映ります。仕事を続けながら通院の付き添いやデイサービスの調整をしている同僚がいても、外側からは深刻さが伝わりにくい。職場全体としても「今のところ問題は生じていない」という認識に落ち着きやすいのです。

ところが、現行制度では対処しきれない重い介護に直面した方は、十分に相談できないまま退職に至るケースがあると考えられます。従業員が静かに職場を去っていくため、企業にとっては、問題が表面化していないように見えてしまうのだと思います。

もう一歩踏み込んで伺います。企業が介護支援に前向きになりきれないとしたら、根底にはどんな事情があるのでしょうか。

筒井さん

正直に申し上げれば、どんな企業も、できれば仕事に専念できる人材を採用したいと考えるのが自然です。アメリカの社会学者であるアーリー・ラッセル・ホックシールドは、家庭負担から自由な労働者、すなわち「ゼロドラッグ人材」こそが企業が欲する人材だ、と論じてもいます。家庭やそこでのケア負担を抱えていない人のほうが、戦力として見込みやすい。そう考える企業側の事情も、特別なことではありません。

ただ、「ケアを抱えた人の活躍は難しい」という体制のままだとこれからの時代には対応できません。労働人口が減少している今、いずれ人材を確保しづらくなっていくでしょう。むしろ、ケアを担うことを前提に働き方を整えておくこと自体が、人材を惹きつける強みになります。前編でも伝えたとおり、2022年時点でも、20人に1人がワーキングケアラーとなる時代です。介護制度の充実を条件に職場選びする人も増えてくると考えられます。

そうなった際、介護支援はコストではなく、「選ばれる企業になるための投資」と捉え直せると考えています。ここに早く気づいた企業ほど、組織としての競争力を高めていけるはずです。

「静かな人材流出」が、企業の見えない損失に

こうした介護離職は、企業にとってどんなリスクになるのでしょうか。

筒井さん

介護離職はもちろんのこと、人材の離職は企業にとって大きな損失です。長年かけて育てた人材が辞めれば、その人が積み重ねてきたノウハウも判断力もネットワークも、すべて失うことを意味し、企業にとって大きな見えにくい損失です。そのうえ介護離職するのは、業務経験が豊富な中堅以上が多い。「代えがきかない人」ほど、ある日突然いなくなるリスクを抱えているといえます。

経済産業省は、従業員がビジネスケアラーになることによる損失と介護離職による損失の合計を試算。製造業のモデル試算では、2030年時点で大企業(従業員3,000名)が年間約6.2億円/社、中小企業(従業員100名)が年間約773万円/社の損失があるとされている。

(参考)「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」- 経済産業省をもとに当社作成

損失を防ぐうえで、まず壁になるのは何でしょうか。

筒井さん

そもそも介護休業や介護休暇という「育児・介護休業法」で定められた制度があること自体は多くの人が知っているのかもしれませんが、詳細までを知っている人はきわめて少ないでしょう。学校で習うわけでもなく、制度を知らないままに、ある日突然介護が始まるのです。

制度を事前に知っていれば、「こういう仕組みがある」と前もって準備でき、会社にも相談しやすくなります。制度の存在と使い方をあらかじめ周知しておくだけでも、静かな離職を防ぐ一定の効果が期待できます。さらに、知っているだけでなく実際に利用しやすい組織づくりも重要になってきます。制度があっても「迷惑をかけたくない」と利用をためらう人は少なくないからです。

企業ができる介護支援の現実解

企業が個人の家庭の事情にどこまで踏み込むべきなのかは、悩むところです。

筒井さん

「踏み込む」とネガティブに聞こえますが、会社側が「気にかけている」という姿勢は、介護を担う人にとって支えになると考えています。

私自身、今の勤務先に勤め続けている理由の一つは、サポート体制がしっかりしていることです。何か困ったときも助けてもらえそうだ、という安心感があるだけで、働き続けやすくなる。会社があれこれ家庭の事情を詮索する必要はないかもしれませんが、会社が気にかけていると伝わること自体が、大きな支えになるのです。

その「気にかけている」という姿勢は、制度でも示せます。たとえば、企業によっては「介護帰省手当」を支給している仕組みを設けています。具体的には、介護で帰省の必要が発生した際、距離に応じて会社が手当を支給します。東京から九州までの帰省で、5万円ほど支給される例があると把握しています。

介護を担う人の負担が軽減されるだけでなく、会社が応援してくれているような心理的安全性も感じられますね。働き方の柔軟さも、こうした制度から少しずつ広がっていきそうです。

筒井さん

おっしゃるとおりです。たとえそうした手当の支給が難しくても、比較的早期に着手できる打ち手は、大きく3つあると考えています。

筒井さん

1つ目の「長期利用を前提とした短時間勤務制度」は、両立の土台です。育児とは異なり、介護はいつまで続くのかが見通せません。現在の多くの企業では、短時間勤務は育児を念頭に「例外的・短期的」な制度として設計されています。介護においても、制度設計の前提から見直し、短時間勤務を数年間続けられる仕組みにする必要が出てきます。

2つ目の「3日単位で取得できる柔軟な休暇」は、遠距離介護で力を発揮します。離れて暮らす親の介護では、突発的な入院への対応や、定期的な帰省、通院の付き添いなど、まとまった時間が必要になる場面が多いからです。

また、「介護者自身を介護から一時的に離すための休暇」も大切です。これはレスパイトケア(respite care)という考え方です。日本ではまだ十分に浸透しているとはいえませんが、介護をする人が一時的に介護から離れ、休息をとる(=レスパイト)というものです。長期化しやすい介護では、ケアを担う側も心身に大きな負担を抱えます。ケアを担う人が燃え尽きないための制度設計は、これからの企業が優先度高く取り組む領域です。

3つ目の「リモートワークの活用」は、いまや欠かせない要素です。「リモートワークなら両立できる」とは限らないものの、親と同居していない人が多い現代では、帰省先から勤務できる環境は大きな安心材料になります。

短時間勤務、柔軟な休暇、リモートワーク。この3つの組み合わせによって、ようやく両立の現実的な解が見えてきます。

中長期的には、介護支援を人材戦略の一部として捉えていく視点も重要になりそうです。制度の整備に加えて、現場の運用面で意識することはありますか。

筒井さん

前編でも触れたとおり、業務の属人化が進んだ職場では、制度があっても「迷惑をかけたくない」と利用をためらう人が多いです。

だからこそ、上司が部下に目を配り、「最近どうですか?」「大丈夫?」と声をかけるだけでも、介護をしている人にとっては安心材料になります。

もう一つ、職場の受け止め方の意識を変えたい点があります。

今の日本では、誰かが介護で抜けて職場に負担が生じると、周囲の視線は「抜けた本人」に向かいがちです。しかし、本来そこで見直すべきなのは、一人の不在によって業務が回りにくくなる体制そのものではないでしょうか。この視線の向きが変われば、無理をして静かに辞めていく人は、減っていくはずです。個人ではなく業務体制に問いを向け直すことから、組織の地力が育っていきます。

「全員が何かを抱えている」時代の組織設計

介護に携わる人が増え続けるなか、この課題を組織の課題として捉えると、企業にはどのような変化が求められるのでしょうか。

筒井さん

介護は個別性が高く、対応の定型化が難しい。だからこそ、現場の担当者や管理職に任せきりにするのではなく、企業として一人ひとりの事情を把握し、ノウハウを蓄積していく必要性は、今後ますます高まっていきます。まずは大企業が率先して取り組み、そこで得たノウハウを業界横断で共有していけるのが理想です。

そして将来は、働き方自体も変えていく必要があると思っています。厚生労働省が推進している「多様な正社員」という考え方です。勤務地を限定した「勤務地限定正社員」や労働時間を限定した「勤務時間限定正社員」など、正社員のなかに多様な選択肢を設けることで、いわゆる正社員と非正規雇用との二極化を緩和しようとする施策です。

「ジョブ型雇用」への移行が進みつつあるという話もありますが、本来のジョブ型雇用は、職務に紐づく賃金相場が社会全体で形成される仕組みであり、1社だけで成り立つものではありません。特定の職業に就いたときの賃金が、どの企業に勤めていても適用されるのがジョブ型です。こうした「社会全体で、職務ごとの賃金相場が共有される」本来のあり方は、少なくとも正規雇用の間ではまだ十分に広がっていないのが実情です。

ジョブ型への移行が進まなくとも、正社員か非正規雇用かという二択ではなく、その間に多様な選択肢をつくっていく。これは、今の仕組みのなかでも着手できる現実的な一歩だと思います。介護を抱えながらも働き続けられる受け皿として、こうした仕組みが企業に広がっていくことが重要です。

『多様な選択肢をつくる』という発想は、介護支援を超えて、組織全体の働き方設計に通じる視点ですね。

筒井さん

そのとおりです。すべての働き手が、何らかの家庭の事情を抱えている。その前提に立って働き方を整えていくことが、これからの企業に求められています。

介護に向き合える組織づくりは、介護を担う人だけのためではありません。結果として、全従業員にとって働きやすい組織へとつながっていく。介護を「特別な事情への対応」ではなく、「組織のあり方を見直す入口」として捉えてみる。こうした視点で、ぜひ取り組んでいただけたらと思います。

編集後記

取材を通じていちばん強く感じたのは、私たちが介護を、知らず知らず「育児支援の延長」で捉えてしまっていたことでした。けれど両者は、まるで違う。だからこそ、育児支援の発想をそのまま当てはめても、介護にはうまく届かないのかもしれません。

企業はどこまで従業員のケアに関わるべきなのか。その問いに、唯一の正解はありません。けれど、「すべての働き手が、何らかの家庭の事情を抱えている」。この前提に立つことが、出発点になるはずです。介護に向き合える組織は、介護を担う人だけでなく、いつか誰もが直面しうる「自分ごと」に向き合える組織でもあります。

引き続きSmartHR Mag.では、働くことと介護・育児・治療などとの両立にまつわる取り組みや事例、その背景にある社会課題を掘り下げていきます。これからの組織のあり方を、皆さんと一緒に考えていけたらと思います。

(取材・文/土橋水菜子・POWER NEWS、企画・編集/佐々木 四史)

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