変えるのは「環境」。シニアの再活性化につながる3つの処方箋
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いわゆる働かないシニア問題に対して、企業は明日から何を変えられるのか。パーソル総合研究所の小林祐児さんは、「いま手元にあるツールの使い方を変えるだけで、たしかな手応えを得られるはずです」と語ります。
前編では、シニア再活性化の構造的な課題を語ってもらいました。後編では、小林さんとの対話を通じて、構造をふまえた3つの処方箋を紹介します。

パーソル総合研究所 主席研究員 執行役員 シンクタンク本部長
パーソル総合研究所 主席研究員 執行役員 シンクタンク本部長 上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。著作に『職場の対話はなぜすれ違うのか』(光文社)、『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『学びをやめない生き方入門』(テオリア)、『ミドル・シニアの脱年功マネジメント』(労務行政)など多数。
シニア再活性化施策のミスマッチ
前編では、シニアの不活性化が個人の問題ではなく、2つの要因が重なって生まれることをみてきました。
- 日本型雇用システム:20〜40代で「やりたいこと(Will)」を問われないまま、「社内出世」という単一のエンジンだけで走り続け、50代でそのガソリンが切れてしまう
- 年齢主義(エイジズム):年上管理職がシニア社員に率直な指摘がしづらく、結果として「頑張りすぎずに済む」状態に
では、実際に企業ではどのような施策を実施しているのでしょうか。パーソル総合研究所が当時実施した「企業のシニア人材マネジメントに関する実態調査(2020)」によると、シニア人材に対して何らかの施策を実施している企業は62.9%。実施率トップは「ポストオフ・役職定年制度」の38.1%でした。

役職を外し、立場と処遇を年齢で切り替える役職定年は、いわば「期待の区切り直し」です。一方で、外した役職に代わる新たな期待や役割を、会社として言語化する施策は見当たりません。代わりに上位に並ぶのは、スキルアップ研修(30.6%)やキャリアプランニング研修(30.1%)といった、本人のキャリア自律をうながす施策です。
役職を外す制度は整えても、その先に会社として何を期待するかを言語化する施策は見当たりません。上位に並ぶのは個人に向けた研修です。会社側の期待の言語化は空白のまま、個人側への働きかけだけが積み上がっている。ここに、施策のミスマッチがあります。
シニア社員に活躍してもらうには、「シニア社員の意欲が低い」を出発点に置く施策設計そのものを、問い直す必要があるはずです。後編では 、引き続き小林さんへの取材をもとに、3つの処方箋を紹介します。
シニア社員の再活性を生む3つの処方箋
前編では、シニア社員の不活性化が個人の意欲ではなく、日本型雇用システムと年齢主義による構造的な問題だと伺いました。本質的な構造をふまえたときに、どのようなアプローチが考えられるでしょうか。
小林さん
目を向けるべきなのは、「個人の意欲」ではなく、「環境」や「関係性」 です。シニア社員を取り巻く環境や関係を企業が設計し直すこと。それが、シニア人材活用を前に進める処方箋になります。なぜ個人の意欲ではなく環境・関係性なのか。それは、日本人のWillの立ち上がり方にあります。
日本人はWill自体が弱いのではなく、Willが立ち上がるプロセスが違うのです。欧米の「ろうそく型」が、本人のなかにある「やりたいこと」に火をつけて燃やすモデルだとすれば、日本は「炭火型」。人とのつながりや、他者からの刺激のなかで、やりたいことが事後的に立ち上がってくる。
たとえば、「周りからどうみえるか」「空気を読まなければ」「和を乱してはいけない」という、他者との関係性のなかで動く特性です。これをポジティブに活用する設計へと転換するのです。

資料「自律的キャリアはなぜ難しい? ――ミドル・シニアの学ぶ意思をどう引き出すか(パーソル総合研究所 主席研究員 小林祐児)」より
処方箋(1)「Will」を封印し、「期待」を言語化する
アプローチの具体策として、1つ目の処方箋は何でしょうか?
小林さん
「『Will』の封印と『期待』の言語化」です。
「自分が何がしたいか、Willを見つけてください」と問うのではなく、代わりに「会社として、その人に何を期待するのか」を伝えます。「若手のメンターになってほしい」「この領域の実務をバリバリ回してほしい」など、役割を明確に言語化します。
「置かれた場所で咲く」ことに30年間最適化してきたのですから、会社として「咲くべき場所」を指定すればよいのです。
処方箋(2)年下管理職に丸投げしない
役割を明確にしても、管理職と部下の年齢逆転によるマネジメント課題「年齢主義の壁」が残るのではないでしょうか。
小林さん
そのとおりです。だからこそ、シニア社員のマネジメントを現場の管理職に丸投げしてはいけません。2つ目の処方箋は「マネジメントの分散」です。
前編で指摘したように、年下管理職にとって、年上の部下に率直なフィードバックを伝えるのは精神的な負担がかかります。せっかく言語化した期待も、現場で握り直す役目まで年下管理職ひとりに委ねてしまうと、結局は年齢主義の壁に阻まれてしまうのです。
この状況を打破するには、経営層や人事、あるいは上位レイヤーの役職者が介入し、コミュニケーションコストを分散するしかありません。会社としての期待値を毅然と言語化し、シニア社員と合意するプロセスを組み込む必要があります。
具体的にどのようなアクションに落とし込めばよいでしょうか?
小林さん
たとえばMBOであれば、「期待値通達」と「評価者研修」の同席化です。
多くの企業では、シニアへの期待は個別面談で本人に、評価のつけ方は評価者研修で管理職に、と別々に伝えています。これを両者が同じ場で受けとる1つのセッションに統合するのです。
そこで経営層や人事から「会社としてこうした期待をもっています。果たされていなければ、現場の上司の評価とは別に、会社として判断します」と、両者に向けて伝える。管理職が言いづらいことを会社が引き取り、上司と部下に同時に届ける。これが、年齢主義の壁を越える突破口になります。
上司とその部下に、同じ言葉を同時に聞いてもらうわけですね。
小林さん
そうです。日本人は「誰が一緒に聞いているか」で行動を変える傾向があります。
わかりやすい例が、SNSです。同じ投稿でも、自分だけが見ているうちは受け流せても、「これだけの人が、問題だと感じている」と可視化された瞬間、無視できないという「ざわざわ」が生まれます。「一人で受けとる情報」と「みんなが見ているとわかる情報」とでは、受け止め方が違うのです。
これは、会社がシニア社員に期待を伝える場面でも同じです。期待値の通達と評価者研修を別々に、一人ずつ受けてもらうだけでは、この「ざわざわ」は生まれません。
個別に情報を届けるよりも、「場で共有された」という共通認識こそが、行動を変える鍵になるわけですね。
小林さん
同じ場で同時に聞くことで、「会社は本腰を入れているぞ」「上司もこれを聞いているから、頑張らなければ」という強固な共通認識が生まれます。これが、年齢主義に縛られないマネジメントへの第一歩になります。

パーソル総合研究所 主席研究員 執行役員 シンクタンク本部長 小林祐児さん
処方箋(3)「半径5メートル」の環境を設計する
日々の業務環境においてはいかがでしょうか。
小林さん
3つ目の処方箋は、「半径5メートルの再設計」です。
半径5メートルとは、同じプロジェクトのメンバーや隣席の同僚など、日々顔を合わせる範囲です。 ここをどう設計するかで、本人の行動は大きく変わります。
シニア社員に対して「一人で自律して取り組んでください」と突き放すと、孤立し、意欲はさらに低下していきます。そうではなく、他者を巻き込む環境に、意図的に配置するのです。
たとえば、業務をペアワーク化したり、ゼミ形式でプロジェクトを任せたりする。関係からWillが立ち上がる特性をふまえると、「ここで自分がサボったら、ペアの相手に迷惑がかかる」「周りから浮いてしまう」という心理がはたらき、必死になります。
キャリアについて話す場を設けるときも、手上げ制でキャリアカウンセリングを個別に受けてもらうよりも、同年代の社員を部門横断で集めてペアカウンセリングを実施しましょう。そのほうが、コストも抑えられ、効果も高まります。

エンジンを1つにしない。再生産を止める長期処方
ここまでの3つは、いま目の前にいるシニア社員が動き出すための処方箋でした。そもそも、不活性化を繰り返さないためにできることはあるのでしょうか。
小林さん
あります。「エンジンを1つにしない」ことです。
前編でお話ししたように、シニア社員の不活性化は、「社内出世」という単一のエンジンで50代を迎えることで起きると私は考えています。裏を返せば、20〜40代のうちに専門性や市場価値といった"別のエンジン"を育てておけば、役職定年でガソリンが切れても走り続けられます。
具体的には、異動や目標管理、キャリアの対話を、50代ではなく30代・40代から入れていくこと。あわせて、職場の外で学ぶ機会を施策として用意することです。
シニア社員の不活性化を繰り返さないために、現役世代に対して、今から着手する価値があります。
最後に、シニア人材の活用に取り組む人事担当者に向けてメッセージをお願いします。
小林さん
まず、魔法の杖はないと思ってください。日本企業が享受しているメリットの副作用なので、1つの施策でひっくり返ることはありません。そもそも、企業主導で柔軟に社員のジョブの内容を変えられること自体、世界的にみてもめずらしい仕組みです。
ただ、今すでに手元にあるツールの使い方を変えるだけで、たしかな手応えを得られるはずです。今回紹介した処方箋は、どれも制度改定ではなく、運用の変更です。人事制度のコンサルタントを入れて派手な改革をするのもよいですが、その前にできることもあるはずです。
年功賃金の是正は少しずつ進み、シニア社員を現役と同じ評価・賞与の対象にする企業も増えています。その流れを加速させるために、人事が一歩踏み込む。それが、いまもっともリアリティのある打ち手です。
シニア人材の活性化は、もはや「福利厚生」や「配慮」ではありません。明確な「経営戦略」です。経営と人事が覚悟を決め、構造そのものに目を向け、運用を変えられるか。それこそが、シニア人材を再活性化するための鍵なのです。
編集後記
取材を通して印象に残ったのは、小林さんの「魔法の杖はない」という言葉でした。シニアの不活性化は、いま目の前にいる個人の問題ではなく、日本企業が30年以上かけて積み上げてきた構造の副産物である。この課題の根深さは、取材を進めるほどに腹に落ちていきました。
同時に、この構造に心当たりのある方も少なくないのではないでしょうか。平等主義や与えられた経験のなかで競争を続けてきた経験、「あなたのWillは」と問われてもすぐに答えが出てこない経験。これらは、いまのシニアだけの問題ではなく、世代を問わず働く者の足元に地続きで広がっています。「働かないシニア予備軍」は、自分自身のなかにもいるのかもしれません。
それでも、構造を理解した上で目の前のシニア社員一人ひとりと向き合うことが、たしかな活性化につながる。その積み重ねの先に、20〜30年後のシニアの働き方を変えていく未来がある。そう信じさせてくれる対話でした。
最初の一歩として、シニア社員に対して「会社として何を期待するか」を言語化する。そして、その期待と役割を合意するプロセスから始める。ここから動かすだけで、打ち手は空回りしにくくなるはずです。
目の前の一手の積み重ねは、やがて、より大きな問いに連なっていきます。シニア社員の活躍は、短期的には目の前の労働力不足を埋める一手であり、長期的には次世代シニアの労働力を不活性化させないための、構造的な問いでもあります。その両方を見据えながら、SmartHR Mag.では、これからも労働力不足時代の働き方を、構造側から問い直していきます。
(執筆/周藤瞳美、写真/曳野若菜)

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