育児との両立に「助走期間」を。復職支援を見直したSmartHRのDEIB担当に聞く
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多くの企業が取り組む、育児と仕事の両立支援。一方で、制度を整えた先で、両立する社員の定着や活躍に悩む声も少なくありません。今回は、SmartHRでDEIB推進を担う泊(とまり)さんに、SmartHRの両立支援、なかでも営業職の育休後の復職支援における課題と“頑張り”に頼らない仕組みづくりを聞きました。
株式会社SmartHR 人事統括本部/人材・組織開発本部/エシカルワーク部/DEIBユニット
大学卒業後、営業職を4年間経験したのち人事へ転じる。2014年よりDEIを専任で担い、前職のデロイト トーマツ グループではManagerとしてDEI推進および人材開発を担当。2024年7月、株式会社SmartHRへ入社し、DEIBの戦略立案および各種施策の企画・実行を担う。
個別対応から型化へ。SmartHRの両立支援の歩み
泊さん入社前の、SmartHRにおける育児との両立支援の歩みを教えてください。
泊さん
私の入社前から産前産後休業(以下、産休)や育児休業(以下、育休)は利用されていました。一方で復職時のフローは未整備で、休職中や復職時の対応は都度の個別対応に頼る部分もありました。
本人には両立やブランクへの不安があり、会社側にはアサインの量と質や、目標設定・評価の仕方がわからない悩みがありました。男性育休も給与や評価がどうなるかわからず、選択肢に入りづらい状態でした。
転機は、2021年のD&I推進委員会の発足です。経営層も参加するD&I推進分科会が発足し、女性活躍推進法にもとづく行動計画を策定。「ライフイベントでキャリアを諦める社員がいない組織」をゴールに掲げました。
2022年には産休・育休からの復職フローを整えるプロジェクトがスタート。対応の型化が進められ、労務による復職面談のマニュアル化や休職期間に応じた評価対象、成果給の判断ルールを定めたガイドラインが整備されました。
泊さんが入社された2024年には、すでに制度は整っていたのですね。
泊さん
育児や介護をはじめ、多様なライフイベントや家族のケアを抱える社員を支える制度が、高い水準で整備されていると感じました。
フレックスタイムやリモートワークの制度をはじめ、独自の出生準備休暇やベビーシッター代の補助制度など、安心して「休める・戻れる」制度が実際に広く活用されていました。

こうした制度の前提には、どういった考え方があるのでしょうか?
泊さん
制度によって働きやすさを高めることは、活躍の土台であり大前提です。そのうえで私たちが大切にしたいのは、育児や介護などと両立しながらも、本人が望むキャリアを実現できる、仕事に本気で向き合える状態をつくることです。
「本気で働ける」とは、時間や働き方に制約があるなかでも、本人がもつ力を存分に発揮できている状態と捉えています。周囲が一方的に期待値を下げるのではなく、かといって本人の頑張りだけに任せるのでもない。本人の意向や状況を踏まえながら、安心してキャリアを積み、力を発揮できる組織をつくりたいと考えています。

女性活躍推進のなかで、育児や介護などライフイベントとの両立支援はどのように位置づけられていますか?
泊さん
SmartHRの女性活躍推進は、「女性管理職比率のKPI設定」「個別育成の強化」そして「両立支援」の3つを柱にしています。そのなかで両立支援は活躍の土台をつくる取り組みです。
管理職候補の育成や登用を進めても、ライフイベントを経るなかで長期的なキャリアを描きづらい・積み重ねづらい環境が残っていれば、本人が安心してチャレンジするのは難しいですよね。両立支援は女性がキャリアを止めず、望む機会が訪れたときに自信をもって手を挙げられる状態をつくるための重要な柱と位置づけています。
戻れても、続けられない?ヒアリングでみえた復職後の壁
制度が整っているなか、営業職(※)の育休後の復職支援に取り組むきっかけは何だったのでしょうか。
※本記事における「営業職」は、SmartHRのセールス、IS(インサイドセールス)、CS(カスタマーサクセス)を指します。
泊さん
DEIBユニットの立ち上げにあたり、経営層や管理職層など、異なる視点や立場からみえている課題をヒアリングしました。
そのなかで浮かび上がってきたのが、営業職における育休復職後の定着・活躍の壁でした。個人として数値目標をもつ営業職の社員のなかには、育休復職後、数値目標を追わない職種に転換したり、サポート的な役割に移行したりするケースが少なくなかったんです。
もちろん、職種や役割の転換自体が悪いわけではありません。ですが、育休からの復職を控えるメンバーに話を聞くと「営業の仕事を続けたいが、復職後のキャッチアップや数値目標の達成へのプレッシャーに耐えられる気がしない」と胸の内を明かしてくれる人もいました。
本人の続けたいという意向やこれまでの実績があるにもかかわらず、環境のせいで諦めざるを得ない。こうした状況は放置してはいけないと感じました。
復職やその後の定着の課題には、どういった要因があったのでしょうか?
泊さん
現場の声を整理していくと、大きく3種類の要因がみえてきました。
1つ目は、営業職という職種の性質です。営業職は個人で数値目標を追い、それが人事評価に直結しますから、復職直後から数字のプレッシャーをひとりで抱え込みやすかったのです。出張や突発的な顧客対応など、時間や場所の拘束を避けづらい点も不安につながっていました。
2つ目は、休職によるブランクと生活環境の変化です。SmartHRは事業や組織も速いスピードで絶えず進化するため、1年以内の休職でも情報や業務感覚に大きなブランクが生じます。キャッチアップの負荷が非常に高くなっていました。
実務感覚や知識を取り戻すだけでも大変なうえ、業務経験にかかわらず「育児との両立」においては誰もが初心者です。子供の体調不良や保育園からの呼び出しなど、不確実性と隣り合わせで仕事を再開する難しさもありました。
3つ目は、組織の受け入れの仕組み不足です。制度を整える前、復職者の数値目標の調整やキャッチアップの支援、段階的な復職の設計などは属人化していました。上長は「フォローしたいけれど、どこまで踏み込んで配慮していいのかわからない」と悩み、本人も申し訳なさから支援を求めることを遠慮してしまう。結果として、復職後の定着や活躍が本人の頑張りに依存する状態が続いていたと捉えています。

復職者は新規入社者同様に。本気で働くための助走期間をつくる
どのように解決策を考えていったのでしょうか?
泊さん
課題を整理するなかで考えたのは、復職直後に助走期間が必要だということです。それも、配慮して負荷を下げるための期間ではなく、あくまで本気で働くための助走期間です。
復職直後は、新しい生活リズムのなかで仕事に戻っていく時期です。休職前と同じ前提で成果を求められ、そこでつまずいてしまうと、今の職種で働き続ける意欲や自信が失われる可能性もあります。逆に、助走期間のなかで「両立しながらでも成果を出せた」という感覚を得られれば、その後の両立の自信や、今の職種でキャリアを築いていけるという手応えにつながるはずです。
この課題認識をもとに営業領域責任者や経営層と議論を重ねるなかで出てきたのが、長期の育休からの復職者を「中途採用などで新規に入社する社員(以下、新規入社者)」と同様と定義し、明確な助走期間を設ける考え方でした。SmartHRでの勤務年数が長い復職者も、長期休職を経て育児と業務を両立させることについては初心者です。それなら、中途で新しく入社した方と同じように慣らしの期間と手厚いオンボーディングがあるとよいのではないか。そう考えて、制度を構想していきました。
制度の具体的な中身についても教えてください。
泊さん
個人で数値目標をもつ営業職に向けて、以下の3つの支援を導入しました。
1.新規入社者同様の数値目標設定
6か月以上の育休から復職する社員に対して、復職直後は負荷を抑えた目標からスタートし、一定期間を経て通常目標へ戻していく運用を採用しました。
参考にしたのは、新規入社者の目標設定です。新規入社者が入社直後から高い数値目標をもたないのは、キャッチアップの期間が必要だからです。この考え方はすでに組織で共有されているため、育休からの復職者の数値目標もこれに準拠すれば、同じ考え方で説明できます。特別扱いではなく「成果を出すために必要な助走期間」として位置づけられるので、本人・上長・組織にとって納得感があり、運用もしやすいと考えました。
2. 新規入社者同様のオンボーディング
同じく6か月以上の育休から復職する社員に対して、アップデートされたプロダクト情報や営業プロセスをキャッチアップするためのプログラムを提供しました。
対象を6か月以上としたのは、半年以上離れると組織やプロダクト、営業プロセスの変化も一定あり、キャッチアップの負荷が高くなりやすいと考えたためです。育休復職の経験がある社員の経験談も参考にしました。
3. 各フェーズにおける面談のマニュアル化
3か月以上の育休による休職者を対象に、上長と本人が産休前・復職前・復職後の各フェーズで話し合うべき項目をマニュアル化しました。
復職後の働き方やアサイン、突発対応が起きたときの動き方などは、家庭の事情に踏み込む部分もあり、上長はどこまで聞いてよいのか遠慮しがちです。会社公式の項目を設けることで、上長の経験や個人の配慮に依存せず、必要な対話を自然に実施しやすくなります。
本人にとっても「会社として確認していることなんだ」と受け止めやすく、相談しやすくなると考えています。面談のみ対象を3か月以上としたのは、育児との両立が始まるタイミングの支援として、より短い休職でも実施したほうがよいと考えたためです。
なお、今のところ利用者は女性が多いものの、いずれも要件を満たす営業職の社員なら、性別を問わず使える仕組みとして設計しています。
個人の声を、「組織の課題」に翻訳し、必要性を共有
制度を検討するにあたって悩んだポイントはありますか?
泊さん
復職者へのサポートと現場の負担とのバランスです。復職者の数値目標を軽減すれば、その分を組織全体としてどう受け止めるかも考える必要がありますから、この形で本当に現場が回るのかは悩みました。
ただ、目標設定の仕組みを確認するなかで、ひとつの光明が見えました。SmartHRでは、営業職の数値目標を、会社全体の目標をもとに、半期ごとの組織体制やチームごとの役割を考慮しながら設計しています。そうした仕組みの性質上、復職直後の助走期間にあるメンバーの存在を、新規入社者と同じように計画段階で考慮できるロジック自体はあったため、明確な運用として組み込むことができました。
とはいえ、仕組みとして予算を考慮できればすべてが解決するわけではありません。実際には、お子さんの急な体調不良によるお休みをどうカバーするか、限られた時間のなかでどう成果を出していくかなど、現場の管理職やメンバーがフォローし合って初めて成り立つ部分もあります。
だから、無理なく回る完璧な仕組みができたというより、現場で起こりうる負担をあらかじめ見立てたうえで、一緒に最適解を探りにいくためのスタートラインに立てた、というのが今のフェーズだと思っています。
新たな制度に対して、営業組織のマネージャーなどから戸惑いの声はありましたか?
泊さん
「なぜこの施策が必要なのか」という戸惑いはあまりなかったですね。経営層や営業組織の管理職層とも制度の必要性を共有できたからかもしれません。
復職者が元の営業職を続けられず、他の職種や役割への転換が常態化すれば、受け入れ先となる部署の人員が過多になる可能性もあります。組織としても採用や育成に投じてきた時間とコストを活かしきれなくなり、営業として積み上げた経験を組織の力にできなくなります。何より本人のキャリアの選択肢も狭まってしまいます。
こうしたリスクを関係者間で共有して「復職支援は組織の未来を守るために必要な投資である」という共通認識をスムーズにもつことができたと思います。
必要性や課題を共有するために、議論をするうえで意識していたことはありますか?
泊さん
大きく2つあります。1つは、完成した案ではなく、素案の段階から相談することです。経営層や営業組織のマネージャーに随時意見をもらいながら、素案を調整していきました。現場側の「これでいけそう」という実感があったからこそ、制度の納得感を共有できたと思います。
もう1つは、なるべく中立的な立場で議題をもっていくことです。当事者の声は事実として伝えつつ、あくまで「従業員に継続してパフォーマンスを発揮してもらうために何ができるか」を組織課題として論理的に議論できるよう意識していました。
復職者全員が目標達成。次なる課題はマネジメントの多様性
制度の導入による成果や手応えを教えてください。
泊さん
制度の利用が始まった2025年4月から6月の復職者8名を対象に、本人および各マネージャーへのヒアリングを実施しました。個人予算を持つ社員については、全員が復職直後の軽減された数値目標を達成できていました。
本人たちへのヒアリングでは、全員から「問題なくスムーズに立ち上がれた」との回答を得られました。また、マネージャーからも本人たちが「より高い役職を目指したい」「新しい領域に挑戦したい」と、キャリアに対して意欲的であるという報告を複数受けています。助走期間があることで、仕事と家庭を無理なく両立でき、制約があっても成果を出せたという自信がついたのではないでしょうか。この自信がさらなる成長へのモチベーションにつながっているのだと感じました。

育児にかぎらず、両立支援について今後取り組みたい課題はありますか?
泊さん
マネジメント層の多様性をどう支えるかには、引き続き取り組んでいきたいと考えています。ライフイベントを経ても、責任ある役割やキャリアへの挑戦を続けられる状態をつくることは、両立支援の大事なテーマです。
その一環として直近では、時短勤務をしながら数値目標をもつ管理職の評価や目標設定の考え方を整理し、ガイドラインを作成しました。SmartHRの人事制度では、時短勤務の場合は勤務時間に応じて給与が調整されるため、目標も同じ割合に調整します。しかし、管理職がもつのは個人の目標ではなく、メンバーの達成を積み上げたチーム全体の目標です。本人の勤務時間が8割になっても、単純に組織の目標を減らすのが難しい面もあります。
そこでガイドラインでは、時短勤務による稼働制約を踏まえつつ、役割期待や組織目標とのバランスを個別に設計し、本人と関係者で事前に合意することを基本としました。
勤務時間に制約があるなかで、個人としての働き方と、組織における成果責任をどう両立していくのか。ガイドラインを土台に運用を重ねながら、本人だけでなく上長や組織も含めた関係者全員が、納得感をもって挑戦できる状態に磨き続けていきたいと考えています。
※掲載内容は取材当時のものです。







