子育てペナルティの放置が、組織を静かに衰退させる。経営課題として人事が引く4つのレバー
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育児と仕事の両立を支える制度整備は進んでいます。それでも出産を経た女性のキャリアや賃金は、出産前の軌道に戻りにくい現実があります。前編では、「子育てペナルティ」の背景にある「家庭」「職場」「社会制度」の構造的な課題について探りました。後編では、この構造に対して企業や人事担当者がどう向き合うかを考えます。山口慎太郎・東京大学大学院経済学研究科教授の知見をお借りし、評価や昇進の見直し、人事の役割など、組織として取り組むべきポイントを考えていきます。

東京大学大学院経済学研究科教授
1999年慶應義塾大学商学部卒業、2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。2006年、米ウィスコンシン大学にて経済学博士号(Ph.D.)取得。カナダ・マクマスター大学准教授などを経て、2017年より現職。専門は、結婚・出産・子育てを経済学的に分析する「家族の経済学」と、労働市場を扱う「労働経済学」。著書に『「家族の幸せ」の経済学——データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(光文社新書)など。
企業が「子育てペナルティ」の問題に踏み込みづらい理由
前編では、出産・育児を機に女性の賃金やキャリアに不利が生じる「子育てペナルティ」の実態とその背景にある構造的な課題を、論文や統計データなどをもとに整理しました。そして、家庭内での性別分業の規範や、職場における評価・昇進の慣行などが複合的に影響していることがみえてきました。

では、こうした構造的な課題に対して、企業や人事はどのように向き合えばよいのでしょうか。
子育てペナルティは、企業や人事にとって踏み込みづらい課題ではないかと感じています。そこにはどのような背景があるとお考えですか。
山口教授
たしかに、踏み込みづらい課題だと思います。その理由はいくつか考えられます。
まず、課題に取り組むインセンティブが強くない点が挙げられます。とくに経営層は、現在の仕組みのなかでキャリアを築いてきた世代です。自らが歩んできた前提を問い直すことは容易ではありません。
また、取り組みの成果が出るまでに時間がかかる点も影響しています。施策の効果が現れるまでに数年単位を要するケースが多く、その間に担当者や意思決定者の立場が変わることもあるため、継続的な取り組みとして位置づけにくくなります。
評価や昇進の仕組みを見直すとなると、経営の根幹に関わるため、組織内での合意形成のハードルも高くなりがちです。
そして何よりも、問題そのものが見えにくい点も大きな要因です。私たちが研究対象とした企業は、両立支援制度を早い段階から整備し、母親が働きやすい環境づくりに取り組んできていました。それでも詳細にデータを分析するまでは、自社で生じている子育てペナルティを十分に把握できていませんでした。個別の現象としては感覚的に認識されていたとしても、構造的な問題としては共有されていなかったのでしょう。
見えにくいまま放置される経営リスク
企業や人事が子育てペナルティに踏み込めない状態が続くと、どのような経営リスクが生じるのでしょうか。
山口教授
すぐに大きな変化が現れるわけではありませんが、中長期的には無視できないリスクが生じると思います。
まず、管理職候補層が薄くなっていくことです。女性の優秀な人材が昇進の過程で離脱したり十分に育たなかったりすると、意思決定層が同質化します。同質性が高まると多様な視点が失われ、問題の見落としやコンプライアンス上のリスクにもつながりかねません。
また、採用への影響も考えられます。女性管理職比率の開示が進むなかで、女性が活躍していない企業は優秀な人材から選ばれにくくなります。
意思決定層が同質化すると、イノベーションが生まれる機会も減っていくのでしょうか。
山口教授
そのとおりです。イノベーションは異なる経験や知識、価値観の交差から生まれます。意思決定層が同質化すると、議論に持ち込まれる視点が限られ、新しい発想が生まれにくくなります。判断そのものも偏りやすく、顧客や現場の実態を捉え損なうことにつながります。
たとえば、女性が主な顧客である事業において、意思決定層に女性がいなければ、顧客の潜在ニーズまでを捉えることが難しく、適切な判断を下しにくくなります。
もちろん、単純に性別の数をそろえればよいという話ではありませんが、多様性を確保するうえで、性別比率は大切な指標の一つです。

バランスを取るうえでの目安はありますか。
山口教授
一律の数値を示すことは難しいですが、各階層やチームごとの男女比を確認することが出発点になります。一般的に、組織内における少数派比率が3割を下回ると発言しにくくなる傾向があります。そのため、組織のさまざまな階層で3分の1程度は女性比率を確保するのが目安でしょう。
家庭と企業の接点をどうつくるか?
前編では、性別分業に関する規範意識が子育てペナルティの一因になると整理しました。一方で、家庭内の分担は私的な領域であり、企業や人事が踏み込むべきではないという意見もあります。この点について企業が関与できる余地はあるのでしょうか。
山口教授
プライバシーを尊重し、家庭のあり方に過度に口出しすべきではないという考え方はもっともです。とはいえ、企業が動くことで変えられる余地もあります。
とくに出産を経た女性が継続的にキャリアを築くうえでは、配偶者の協力が不可欠です。実際に女性活躍が進んでいる企業では、本人の意欲を引き出すだけでなく、配偶者も含めてキャリア形成を支える取り組みが重視されています。
具体的にはどのような取り組みでしょうか。
山口教授
たとえば、保育園の送り迎えや日常的なケアの分担について、夫側の関与を促す取り組みです。
ある企業では、子供が生まれる前の段階で「両親学級」のような機会を設けています。女性従業員だけでなく、配偶者である男性にも参加を呼びかけ、育児や家事の分担について早い段階から話し合ってもらう狙いです。
こうした取り組みは家庭内の役割分担を整え、出産後の就業継続・キャリア形成を支えます。結果として、長期的な人材活用にもつながります。
「キャリアの早回し」や評価の見直しがカギ

家庭内での性別分業規範だけでなく、職場の評価や昇進の慣行にも課題があると前編で指摘がありました。人事としてどのような働きかけができるでしょうか。
山口教授
実態として、能力があっても評価や昇進に反映されていない人材が一定数いると感じています。前編でもお話ししたとおり、労働時間・評価・昇進は連動しやすい構造があり、労働時間に制約が生じると評価が伸びにくく、それが昇進の遅れとして蓄積されていきます。とくに出産を経た社員は、能力があっても労働時間の制約が評価や昇進のネックとなりやすい現実があります。
本来、プレイヤーとしての優秀さとマネージャーに求められる能力は異なるものです。しかし現実には、労働時間などが評価に影響し、適切に人材が引き上げられていない状況が起きています。
これを踏まえると、誰をどのように評価し登用していくのか。人事がより積極的に関与していく必要があると考えられます。そのうえで、人事や経営層としては労働時間と評価を切り離すことが重要です。長く働けることが評価につながる構造を見直し、成果や役割にもとづく評価基準を明確にしていく必要があります。
評価のほかに機会配分も重要な要素だと感じます。仕事のアサイン面で人事ができることはあるのでしょうか。
山口教授
そうですね、機会配分は人事が踏み込める重要な領域の一つです。ポイントは、キャリアの早い段階でどのような経験を積んでもらうかです。女性の場合はライフイベントの影響を受けやすいため、出産や育児の前の段階でやりがいのある仕事やチャレンジングな役割を経験できる仕組みや機会が大切です。
その一つが「キャリアの早回し」です。将来の幹部候補に対して、早い段階から責任ある業務や重要な役割を任せていく。営業であれば重要度の高い顧客を担当させるなど、成長につながる経験を意図的に割り当てていくイメージです。
こうした経験を通じて、仕事の手応えや成長実感が生まれ、「子供を育てながらも働き続けたい」という意識にもつながっていきます。
評価、機会配分のほかに、人事が動かせる領域はありますか。
山口教授
社内制度の見直し、とくに配偶者手当は検討の余地があります。多くの企業では制度上、男女を区別していません。しかし実態としては、男性社員が受給している傾向があります。結果として、出産後の女性の就労調整を後押しし、家庭内の収入差を広げる一因にもなっているのです。
こうした状況からみると、配偶者手当のあり方を見直すことは、比較的着手しやすく、効果も見込みやすい施策の一つだと考えています。
人事に求められる役割の再定義
企業や人事は子育てペナルティを長期的に緩和していくために、自らの役割をどのように捉え直す必要があるでしょうか。
山口教授
多くの企業が両立支援制度を整備し、ルール通りに運用するところで止まってしまっています。しかし、制度はあくまで手段であって目的ではないので、制度の効果を検証する視点が欠かせないと思います。
男性の育児休業はわかりやすい例です。制度として整備されていても、「存在しているだけ」になっていないか。実際に取得しやすい環境になっているか、取得を通じて社員のエンゲージメントや企業への信頼が高まっているか、といった点まで確認することが重要です。
両立支援制度が実際に使われているかどうかは、見えにくい部分もありそうです。
山口教授
だからこそ、制度の運用実態を可視化していくことが大切です。自社で整備した制度がどの程度利用され、意図したかたちで機能しているのか。まずはデータで実態を把握すべきです。
そのうえで、想定通りに活用されていない場合は何が障壁になっているのかを特定し、運用を見直していきます。

具体的にどのようなデータを見ていくとよいでしょうか。
山口教授
新たに大がかりな調査を行う必要はありません。多くの企業はすでに人事データを保有しているので、まずは手元のデータを活用するのが出発点です。
今回のテーマに即すると、たとえば賃金や評価、昇進といった指標を男女別に分けて把握するとよいと思います。どの段階で差が生じているのかを可視化すれば、課題の所在が特定できます。
一方で、データ自体はあっても十分に分析されていないケースも見受けられます。その背景には、データを扱える人材が限られているという事情もあります。ただ最近では、HRテックの活用により、基本的な分析は比較的容易に行えるようになっています。そうした仕組みを取り入れたり、必要に応じて専門人材を確保したりするのも有効です。
人事・現場・経営三者連携の出発点はデータ共有
人事・現場・経営の三者が連携して子育てペナルティに向き合うためには、どこから始めるのがよいでしょうか。
山口教授
制度の運用状況に加えて、キャリア全体の実態を人事・現場・経営の三者で共通把握することです。
その際にも重要になるのがデータです。出産の前後5年、10年の賃金や昇進の男女差、同期入社の男女のキャリアの進み方の違いなど、基本的な比較でも構いません。それだけでも自社の状況はかなり明らかになります。
また、労働時間と評価の結びつきも確認するとよいでしょう。想像以上に「長く働くこと」が評価に直結しているケースも多くみられます。
評価については、制度を設計する経営層と、実際に現場で行われている評価との間にズレが生じているケースがあると前編でお話がありました。
山口教授
どうしても現場では、長く働ける人が目の前の課題を解決してくれるため、重宝されやすいのは自然なことです。繰り返しになりますが、それをそのまま昇進の基準にするのは適切ではありません。
報酬として評価することと、昇進させることは切り分けて考える必要があります。この整理ができていないと、長時間働ける人ばかりが昇進しやすくなってしまいます。
こうした課題意識は、経営層には必ずしも共有されていないようにも感じます。
山口教授
そこは意識的に揃えるべきです。経営層は既存の仕組みでキャリアを築いてきた世代でもあり、「これまでうまくいっていた」という感覚から、何が問題なのかを捉えにくい面があります。
しかし、労働力不足が進むなかで人材獲得競争は一段と激しくなっています。出産後のキャリアや賃金の差を放置したままでは、10年後、20年後、人材のパイプラインが先細るおそれがあります。
子育てや働き方に起因する課題への対応は、人材育成や採用競争力に直結する投資です。人事はデータや現場の実態を最も把握できる立場にあります。自社の実態を経営戦略にどう接続するかが、これからの人事に問われるテーマです。
経営層の理解は不可欠ということですね。
山口教授
はい。最終的に組織を動かすのは経営層です。問題が表面化していない企業ほど危機感をもちにくい傾向がありますが、女性人材が十分に活躍できていない状態は、長期的には人材プールの縮小につながります。
こうしたリスクを具体的に示し、経営課題として共有することが、人事の大切な役割だと思います。

子育てペナルティは公平性だけでなく、生産性の問題でもある
最後に、人事担当者や経営層に向けて、「子育てペナルティ」という切り口からみえてくる働き方や組織のあり方についてメッセージをお願いします。
山口教授
多くの企業が働きやすさの向上に取り組んでいます。しかし、従来の評価や昇進の仕組みが、結果として働く時間に制約のある人材を不利にしているケースも少なくありません。
これは公平性の問題にとどまらず、企業の生産性に関わる問題でもあります。本来であれば活躍できる人材が、十分に力を発揮できていない可能性があるからです。
今後は育児に加えて介護の問題も広がり、時間に制約のある人材はより一般的な存在になっていきます。そうしたなかで企業には、一人ひとりの制約を前提に、それぞれの力を十分に引き出す仕組みづくりが求められているのです。
(取材・文/POWER NEWS編集部、写真/横関一浩)
編集後記
取材を通じて強く印象に残ったのは、山口教授が繰り返された「合理的な判断」という言葉でした。家庭が世帯所得の最大化を考えるのも、現場が即応性の高い人材を重宝するのも、経営が既存の仕組みを維持しようとするのも、それぞれの立場からみれば自然な選択に映ります。しかし、それらが重なり合うと、出産を経た女性のキャリアや賃金は、出産前の軌道に戻りにくくなっていく。個々の合理が積み重なって構造を形づくる。その仕組みに、あらためて気づかされました。
制度整備を重ねてきた企業ほど「やるべきことはやってきた」という感覚をもちやすいかもしれません。ただ、その感覚の裏側で、日々の評価や昇進、仕事の配分を通じて、小さな差が静かに積み重なっていきます。男女間賃金差異や女性管理職比率の開示が広がるなかで、日々の評価や配属に向き合い続ける人事・労務担当者の方々にとって、「構造の問題」はどこか抽象的に感じられるかもしれません。
それでも、「やってきた」と感じる企業ほど、構造を見つめ直すことで得られる気づきは多いはずです。見つめ直すといっても、大がかりなことではありません。人事データを男女別に並べ直してみる、配偶者手当の運用を一度見直してみる。そうした小さな検証こそが、構造を揺さぶる確かな入口になるはずです。「制度はあくまで手段であって目的ではない」。山口教授はそう語ってくれました。
SmartHR Mag.では、これからも制度整備の先にある課題に目を向けていきたいと思っています。数字の前進の裏側で、誰がどんな合理のもとで何を選んでいるのか。そうした問いは、人事・労務に携わる方々と一緒に考えていきたいテーマです。







