1,100万人の働き手不足か、AI代替で不足ゼロか。2つの2040年予測が示す未来
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この記事でわかること
- 「人手不足」と「AIで不足ゼロ」、2つの予測の読み分け方
- 角度が違っても両者が一致する、確度の高いシグナル
- 人事・労務が今から手を打つべき3つの視点
目次
「1,100万人の働き手不足」か「AI代替で不足ゼロ」か。同じ2040年の日本を扱いながら、異なる未来を描いた2つの予測レポートがあります。この2つのレポートから何が見えてくるのか。読み解き方と人事・労務に活かす観点を雇用系シンクタンク代表理事・社会保険労務士の松井勇策先生に伺いました。
産学連携シンクタンク iU組織研究機構 代表理事・社労士
情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門領域:雇用政策・人的資本)。社労士・公認心理師・AIジェネラリスト。多くの企業の組織人事系支援や事業支援を行う。雇用系の政策や法令と、人材戦略の融合領域の実務知見が核心。2025年には上場企業経営者200名程度に対する経済同友会での講演や実務支援を行った。名古屋大学法学部卒業後、前職の株式会社リクルートにて組織人事や採用へのコンサルティング業務ののち、東証一部上場時の事業部の体制整備の責任者。多くのメディアへの寄稿等多数。
2040年の労働市場を描いた2つの予測
近年、労働をめぐるニュースが一段と増えています。労働時間規制の議論、AI活用と生産性、リスキリング、副業・兼業、現場人材の不足。「日本の働き方が大きな変化を迫られている」という空気を感じる方も多いかもしれません。
こうした変化は、人員計画や採用、制度設計といった人事・労務の実務に関わる一方、断片的なニュースから、会社や組織として何にどう備えるべきか理解するのは簡単ではありません。
そこで手がかりになるのが、2040年の労働市場を予測した2本のレポートです。リクルートワークス研究所が発表した『未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる』と経済産業省が公表した『2040年の就業構造推計(改訂版)』。発表した機関も時期も異なるレポートですが、松井先生は「対立しているわけではなく、同じ未来を別の角度から照らしている」と語ります。
2つのレポートを並べて読むと、これからの人事・労務の役割をどう捉えればよいか、手がかりが見えてきます。それぞれのレポートを、さっそく松井先生と読み解いていきましょう。
はじめに、それぞれのレポートの概要を教えてください。
松井先生
リクルートワークス研究所の『未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる』は、国勢調査などの統計をもとに、2040年の労働需給を産業別・職種別に推計したレポートです。「このままでは2040年に約1,100万人規模の労働供給が足りなくなり、暮らしを支えるサービスの維持も難しくなる」という結論が示されました。
物流や介護、建設といった暮らしを支える仕事の担い手が、社会全体で足りなくなっていく。ほぼ全職種で人手不足が起き、放置すれば生活維持サービスそのものが立ち行かなくなる。そんな強い危機感が貫かれているのが特徴です。
経済産業省の『2040年の就業構造推計(改訂版)』は、2026年に公表されたばかりの新しい推計です。AIの活用が進むことを前提に、産業構造の変化を織り込んで2040年の就業構造を描いたものです。労働力は全体として不足せず、むしろ経済成長が実現するという展望が示されています。
ただし楽観一色ではありません。AIによる代替で事務職が約440万人余る一方で、AI・ロボットなどの利活用人材(約340万人)と現場人材(約260万人)が大きく不足するという、深刻な職種ごとの需給のミスマッチが指摘されています。
同じ2040年を扱いながらも、印象が違いますね。
松井先生
ただ、どちらかが正しい、間違っているという話ではありません。レポートの前提や目的の違いを踏まえれば、両者が異なる結論にたどり着くこと自体は自然だと捉えています。

(松井勇策氏作成のスライドをもとに編集部で作成)
結論の違いは「3つの前提」から生まれている
各レポートの前提や目的の違いについて詳しく教えてください。
松井先生
レポートで描かれる未来像の違いを生んだ要因は大きく3つあると考えています。経済成長の前提、AI省力化の織り込み方、そしてレポートの政策的な狙いです。
(1)経済成長をどう見立てるか
まず、経済成長の前提が大きく違います。
リクルートワークス研究所のレポートは、基本的にゼロ成長、ないしはマイナス成長も十分にあり得るという、縮小し続ける経済構造を前提にしています。だからこそ、人口減少がそのまま労働供給の制約として響いてくるという結論になります。
経済産業省のレポートを見ると、こちらは経済成長を前提としたシミュレーションです。名目GDP成長率+3.1%(実質+1.7%)、2040年度の国内投資は200兆円といった経済成長シナリオを前提に、AI・ロボットの活用やリスキリングによる労働の質向上を含んでいます。
(2)AI省力化をどこまで織り込むか
2つ目は、AIによる省力化をどこまで織り込んでいるかの違いです。
リクルートワークス研究所が予測を行った2023年時点では、ChatGPTの「GPT-4」とAPIが登場した直後で、実務におけるAI活用の方向性がまだ具体的にわかっていませんでした。レポートのなかでも「自動化」というワードは出てきますが、AI活用そのものは推計に明確に織り込まれてはいません。
そこから2、3年が経ち、AI活用が現実的に進んできた状況を踏まえて推計し直しているのが、経済産業省のレポートです。「AIを活用すれば、産業構造や必要な人材像はこう変わる」というロジックが、現実的な手応えとともに組み込まれている点が大きな違いでしょう。
(3)レポートの政策的な狙いの違い
3つ目は、レポートが置かれている政策的な文脈の違いです。
リクルートワークス研究所のレポートは「このままでは社会が立ち行かなくなる」という警鐘を鳴らし、社会的合意をつくり直すための土台として強い意義をもちました。
一方、経済産業省の推計は「AIをどう活用し、産業構造をどう変えていくか」という産業政策の文脈に沿って作成されています。AIを使って実質的に生産性を上げ、付加価値の高い産業構造への転換を目指す視点で論点を整理している。だから、職種ごとの需給のミスマッチといった切り口が前面に出てくるのだと捉えています。
結論が違うこと自体は「対立」ではないとよくわかりますね。
松井先生
両者は、それぞれの目的に沿って、その時点で得られる統計やデータを用いて、誠実に未来を描き出しています。違いがあるのは、見ている角度と立っている場所が違うからなのです。だからこそ、両方を並べて読むことに意味があります。

(松井先生作成のスライドをもとに編集部で作成)
角度が違っても、両者が示すシグナルがある
ここまで違いを見てきましたが、両者が一致している点もあるのでしょうか。
松井先生
あります。むしろ私は、前提や目的が違う2つの予測が同じ方向を指している部分こそ、確度の高いシグナルとして読むべきだと考えています。一致している点が、大きく2つあります。
(1)AI人材は、どちらの未来でも不可欠
1つ目は、AI人材の重要性です。
経済産業省のレポートでは、AI人材の不足が明確に指摘されています。リクルートワークス研究所のレポートを見ても、人材不足の解決策として自動化の重要性が言及されていますから、AIによる自動化を担う人材が必要になるという方向性は共通しています。
ただし注意したいのは「AI人材」が何を指すのかは、経済産業省のレポートでもそこまで明確に定義しきれていない点です。私見では、いわゆる技術専門職としてのエンジニアではなく、AIをどう信頼して業務に組み込めるかを判断できる「AIジェネラリスト」のような像が近い気がしています。本来は別の領域に専門性をもち、自分の業務を分解してAIに任せる部分と人が判断する部分を切り分け、現場の運用に組み込んで改善を回していける人材です。
たとえば日立製作所は、グループ全体で5万人のAI人材を確保する計画を発表しました。2025年度の統合報告書を読むと、AIに特化したテクニカル人材というより、「AIエージェントと一緒に働いて付加価値を高めていく」という人材像が浮かび上がってきます。
(参考)日立、AI人材5万人育成へ 鉄道・エネルギーで新サービス- 日本経済新聞
(参考)日立 統合報告書2025 - 株式会社日立製作所
つまり、「AI人材を増やす」と言ったときに、社内で誰をどう育てるか、どう配置するかは、各社の事業や働き方の文脈で定義し直す必要があります。AI人材という言葉を、外から借りてくる人材像としてではなく、自社のなかで定義するのが重要になるでしょう。
(2)現場人材の不足は、どちらでも避けられない
2つ目は、現場人材(エッセンシャルワーカー、運輸、建設、介護、製造など)の不足です。
ここは両レポートが明確に一致しています。AIやロボットの活用が進んでも、現場人材の不足が完全に解消されるわけではありません。
ただ、現場人材の不足にどう向き合うかについては、両者の打ち手のヒントを組み合わせて考えるとよいと思います。リクルートワークス研究所は、外国人労働者の活用や働き方の見直しを論点に挙げ、経済産業省は、AIやロボットとの協働で1人あたりの影響範囲を広げる方向性を示しています。
加えて、現場人材やAI人材の多くは、業務委託や自律的な働き方と親和性が高い点は見逃せません。一人親方、フリーランス、複数社のプロジェクトに関わる専門人材。こうした働き方が労働市場の重点になっていくとすると、業務委託の方も含めた「広い意味での人材確保」が、社内雇用の人材確保と同じくらい重要になっていくはずです。
共通点を踏まえると、2040年の実像はどのあたりに落ち着くと見ていますか?
松井先生
個人的には、現実はリクルートワークス研究所と経済産業省、両者の見立ての間のどこかに着地するのではないかと考えています。
リクルートワークス研究所が示した「労働供給制約」というシグナルは、AIが進化したからといって消えるものではありません。経済産業省が示した「AI活用による産業構造の転換」も現実に進みつつあります。
どちらかの未来だけが訪れる、ということではなく、両者の要素が組み合わさった現実が訪れる。だから人事・労務担当者は、2つのレポートのどちらかを選ぶのではなく、並べて読み解くと実務的にも意味があります。
人事・労務に関わる人が、今認識すべき3つのこと
ここまでの議論を踏まえて、人事・労務担当者が、今押さえておくべき視点を教えてください。
松井先生
3つあります。「働き方の変革」「人材ポートフォリオとリスキリング」「労基法改正と人的資本経営の両輪」です。
(1)両シナリオに対応できる「働き方の変革」が土台になる
松井先生:
まず根本にあるのが、どちらのシナリオが来ても通用する「働き方の変革」を、今から進めておくことです。
労働供給が大きく制約されるシナリオでも、AIで生産性を上げて成長するシナリオでも、共通して求められるのは、自律的で、分散的で、AIと協働できる働き方です。働く場所や時間の柔軟性、業務委託の方も含めたチーム編成、AIをメンバーとして組み込んだ業務設計。こうした要素が、両シナリオに耐える土台になります。
「AIをメンバーとして組み込む」とは、具体的にはどういうことでしょうか?
松井先生
ポイントは、個人がAIで自分の生産性を上げる話と、組織としてAIを使う話は別物だということです。
人事・労務にとって効いてくるのは、後者です。 たとえば私が支援しているある企業は、育児中の方が多く、働く時間が一人ひとりバラバラで、業務がかなり分散しています。そこにAIをチームのメンバーのように組み込んでいて、「ここまで進めました」と一言入れれば状況をすぐ共有してくれる。結果として、時間や場所が分散していても、仕事が途切れずに前に進んでいきます。
また、人事の実務に近いところでも効きます。たとえば評価面談の伝え方や、理念の浸透、人事制度の運用は、これまで各マネージャーの価値観に委ねられ、メッセージがばらつきがちでした。そこにAIを介在させると、伝え方や基準をそろえやすくなり、制度の一貫性を保ちやすくなります。
国の政策も同じ方向を向いています。近年、国のAI政策が相次いでまとまるなかで打ち出された「人工知能基本計画(通称:AI基本計画)」では「AIと協働する」という方針が掲げられ、AIを使って人間の力をより伸ばしていく考え方が示されています。AIと協働する働き方への転換は、各社の工夫であると同時に政策の後押しもある大きな流れです。
「働き方の変革」を進めるうえで、人事・労務の担当者は何を意識しておくとよいのでしょうか。
松井先生
私がよくお伝えしているのは、人事戦略や経営戦略の言葉よりも、もう一段深いところで「自社にとっての働き方とは何か」を描ききることが大事ということです。
たとえば10年後、自社ではどんな人がどのように働いていて、どこで付加価値を生んでいるのか。AIエージェントは社内のどこに配置されていて、人間はどんな判断や創造に向き合っているのか。曖昧でもいいのでまず考えてみる。
そこからバックデートして考えると、10年という期間は長くはなく、ここ数年の組織人事系の方針や変革の重要性が見えてくるのではないでしょうか。その逆算する視点で、自社にとっての働き方を捉えるのが重要だと思います。
私はこれを、経営戦略・人材戦略のもうひとつ上の階層にある「働くことをどう捉えるか」という全体像、「世界観」と呼んでいます。企業のミッションやビジョン、パーパスともつながりますが、それらとも違うものです。AIエージェントやITによる効率化をどこに置き、人間がどこで力を発揮するのか。その判断の拠りどころになるものです。
なぜ「世界観」が必要かというと、人的資本経営でよく言われる「経営戦略から人材戦略を設定する」という考え方だけでは、今後の変化に対応しきれなくなるからです。今後はAIエージェントなどのリソースが加わり、働き方の多様化がさらに進んでいきます。「人が何をすべきか」という自社独自の価値観がなければ、人材戦略の設計がぶれてしまうでしょう。
こうした「世界観」を描ききれていれば、新しい法改正や政策のニュースが流れてきたときにも「自社の方向性とどうつながるか」を判断しやすくなり、その場しのぎを防げるはずです。

(2)人材ポートフォリオの戦略的組み換えとリスキリングは「今」
松井先生
2つ目は、人材ポートフォリオの戦略的な組み換えと、リスキリングへの早めの着手です。
経済産業省のレポートで示された事務職とAI人材・現場人材の需給のミスマッチは、企業内で何も手を打たなければ人材の偏りとして残り続けます。
ここで重要なのは「AI人材を採用する」よりも「自社のなかにAI人材を育てる」発想です。AI人材は外から借りてくるテクニカルな存在ではなく、各社の業務文脈のなかでAIエージェントを使いこなせるジェネラリストとして育てていく方向性のほうが長期的には有効なはずです。
では、どのように育てる人材像を設計するのか。人材の育成方針を経営戦略と紐づけるのが鍵になります。どんな事業を伸ばすのか、そのためにどんな人材が必要なのかを整理してはじめて、リスキリングの方向性も定まります。言葉にすれば当たり前ですが、体系的にできている会社は意外と多くありません。
たとえばカルビー株式会社は、国内コア事業を支える「α人財」と、海外や新規事業を切り開く「β人財」という2類型を採用・育成の枠組みとして用いています。事業の方向性に応じて求める人材像を明確に定義したこのモデルは、AIを活用できる人材をどう位置づけ育てるかを考えるうえでも応用できるはずです。
(参考)カルビー、初の『Human Capital Report』を公開独自の「全員活躍指数」(人的資本インデックス)を策定- 株式会社カルビー
また、こうした人材像の設計を、働き方や労務制度と紐づけている会社はまだ少ないのが現状です。たとえば「尖った人材は柔軟な働き方のほうが力を発揮するはずだ」あるいは「現場の自律性を高めるには裁量制が必要」など。人材像と働き方を接続させて議論し、人事制度と労務制度を設計していくことが、今後ますます重要になります。

(3)「労基法改正×人的資本経営」の両輪で考える
松井先生
3つ目は、労基法改正対応と人的資本経営を、別々のテーマとして扱わないことです。
2027年以降に向けて検討されている労働基準法の大改正は、14日以上の連続勤務の禁止、勤務間インターバルの法制化など「どう規制が強まるか」「必ず対応しなくてはならない新しい規制は何か」が強調されがちな印象があります。ただ、私はこういう見方には大きな違和感を覚えます。
労働基準法の大改正の本質は、労働時間規制の柔軟化、副業・兼業の通算性の緩和による促進、事業場概念の再検討(就業規則などを作成する単位が柔軟化する)など、規制を緩め、「自律的・分散的な働き方を社会全体で受け入れる土台をつくる」ことにあります。規制が強化される部分については、働く時間や環境の境界を明確にすることで、自律的な働き方を促す目的があります。
労基法改正を単なる規制ではなく、自律的に働くことを推進するものとして捉え、働き方の戦略を立案するのが重要です。成長戦略会議の労働市場改革分科会では、人的資本経営の人材戦略と労働行政(労基署・ハローワークなど)を一体化させた資料が公式に提出されるなど、行政の側でも、人的資本経営と労務制度の一体化が初めて明確に位置づけられ始めています。これは今までにない大きな動きです。
人事・労務に関わる人にとっては「労基法改正への対応」と「人的資本経営の推進」を別々のプロジェクトにせず、接続させながら設計することが、これまで以上に重要になります。

最後に、改めて読者にお伝えしたいことはありますか?
松井先生
2つのレポートは、それぞれが誠実に2040年の労働市場を描き出しています。どちらかが正しくて、どちらかが間違っている、という見方はあまり意味がないと思います。
大切なのは、「どちらが当たるか」を待つのではなく、複数の視点を手がかりに、自社の未来を考え続けることです。
労働供給制約は確実に進みます。AIによる産業構造の変化も確実に進みます。両方が同時に進む現実のなかで、自社はどんな働き方を選び、どんな人材像を描き、どんな付加価値を生んでいくのか。この問いに向き合うための“地図”として、2つのレポートを並べて読む。それが、今の人事・労務担当者に求められている視点だと思います。
2040年は、長いようで意外と近い未来です。法令対応や短期的な施策に追われる日々のなかでも、ときどき視点を引き上げて、中長期の地図を確かめる時間をもっていただければと思います。

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