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介護離職を防ぐ。人事・労務が取り組むべき両立支援【社労士が解説】

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働き方の多様化が進む今、「オフィスか、家か」「仕事か、プライベートか」といった二元論で考えを巡らしても、一律の答えは出てきません。タイミングに応じてどちらの選択肢も取れるようにする。そんな柔軟性のある発想が個人にも企業にも求められています。そこでこの特集「働く&」では、「A or B」ではなく「A and B」を実現するための両立支援制度にフォーカス。

今回は、介護と仕事の両立のため、人事・労務ご担当者がどのようなことに取り組むとよいか、専門家に解説いただきました。

お役立ち資料

働く& 〜両立を考える〜

こんにちは。社会保険労務士の宮原です。

我が国では、2023年9月現在、75歳以上人口が初めて2,000万人を超え、10人に1人が80歳以上となりました。日本の高齢者人口の割合は、世界で最高となり、世界に類を見ないスピードで高齢化が進んでいます。

【出典】統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで- - 総務省統計局

高齢化が進むと必然的に親や配偶者を介護する人口も増え、その中には仕事をしながら家族などの介護に従事する、いわゆる「ビジネスケアラー」も多く含まれています。

介護は育児と違って「子供が1歳になるまで」といった期間の見通しが立たないことが多く、仕事との両立に悩み離職を選ぶ人も少なくありません。そして離職を選ぶ労働者のうち多くの割合を占めるのが40〜50代の働き盛り世代で、会社内で重要なポストに就いていることも多いです。

経済産業省は、2030年にはビジネスケアラーにまつわる経済損失が約9.1兆円(※)にのぼると試算しており、人材不足の深刻化に伴いビジネスケアラーの問題が国家的課題となることは間違いありません。

【出典】「新しい健康社会の実現」2023年3月資料3- 経済産業省商務・サービスグループ P32

ビジネスケアラーが仕事と介護の両立に悩む要因の1つに「勤務先の問題」が挙げられます。両立のための制度が整備されていない、周囲の無理解により制度の利用を諦める、そもそも制度の存在が周知されていないといった理由により、「仕事を続けていては介護に取り組めない」と思い詰めて離職を選ぶことがあるのです。

国は介護離職を防ぐためのさまざまな制度を定めていますが、それだけで介護離職を減らすことはできません。労働者の「働き続けたい」という希望に応えるため、会社ができる取り組みについて解説します。

仕事と介護の両立支援における、5つの取り組み

ここからは、厚生労働省が策定する「介護離職を予防するための仕事と介護の両立支援対応モデル」をもとに、実際に会社の取り組みをみていきましょう。

(参考)「仕事と介護の両立支援ガイド」 - 厚生労働省

1.介護に関する実態把握調査の実施

まず必要なのは、自社の従業員が抱えるニーズを把握することです。従業員向けの調査の実施をとおして、自社の従業員が仕事と介護の両立についてどんな問題を抱えているのか、今後抱える可能性があるのかを把握しましょう。

調査の際は厚生労働省が発行している「(従業員用)実態把握調査票」を参考にするとよいでしょう。

(参考)  「企業における仕事と介護の両立支援実践マニュアル P45」 - 厚生労働省

なお、実態調査への回答は任意とし、回答を強制したり、回答しなかったことで不利益な取り扱いをしないようにしましょう。なぜ調査を実施するのか、従業員に丁寧に説明することが大切です。以下のような質問項目を参考にしてみてください。

質問項目例
内容例
介護経験の有無・可能性
・介護をした経験があるか、どのように関わったか
・現在、介護しているか、どのように関わっているか
・介護していることを勤務先に相談しているか
・今後家族を介護する可能性、主たる介護者になる可能性はあるか
介護に関する不安
・介護することについてどの程度不安を感じるか
・介護に関してどのような不安を感じるか
介護中の働き方に対する意識
・介護をしながら現在の仕事を続けることができると思うか
・介護することになった場合、どのような働き方が望ましいと思うか
・介護休業に対する考え方
制度の認知度
・公的介護保険制度の被保険者か
・公的介護保険制度について知っているか
・地域包括支援センターについて知っているか
・勤務先の両立支援制度について知っているか​

(参考)平成27年度 仕事と介護の両立支援事業 介護離職を予防するための仕事と介護の両立支援対応モデル 両立支援実践マニュアル - 厚生労働省

2.制度設計、見直し

実態調査によって抽出された課題をもとに、自社で整備すべき制度を検討しましょう。会社独自の制度を検討する前に、まずは法律で定められている制度が確実に整備されているかを確認します。

育児に関する制度とは違い、介護に関する法定の制度は認知度が低く、介護休業を取得できると知らない労働者も少なくありません。制度の周知方法を検討することも重要です。

育児中の従業員向けに会社独自の制度を導入している場合は、介護中の従業員にも制度利用の門戸を広げることで課題解決につながるかもしれません。

3.介護に直面する前の従業員への支援

冒頭でもお伝えしたとおり、家族介護は育児と異なり「いつ始まり、いつ終わるのか」が予測できません。そのため心の準備ができず、どこか他人事のように受け止めてしまいがちです。

しかし、いざ仕事と介護の両立が必要となった場合に考えるべきことは多岐にわたり、仕事だけを考えてはいられません。そのため、従業員に心の準備をしてもらうことはとても大切です。ここでも、厚生労働省が発行するさまざまなツールを活用できます。

※ (参考)「企業における仕事と介護の両立支援実践マニュアル P52〜64」 - 厚生労働省

仕事と介護の両立のイメージを持っていただくために、事例を紹介するのも有効でしょう。

※ (参考)「仕事と介護両立のポイント」 - 厚生労働省

4.介護に直面した従業員への支援

実際に家族介護に直面した従業員に対する支援は、大きく3つの段階があります。

  1. 相談・調整期
  2. 両立体制構築期
  3. 両立期​
これまでに解説した内容を図にしたもの_介護に直面した従業員への両立支援の流れの図

(出典)「仕事と介護の両立支援ガイドP14」 - 厚生労働省

具体的な支援の前提としてまず意識していただきたいのは、介護に直面した従業員に対して「働き続けられるよう支援する」というメッセージを明確に伝えることです。

無理をして心身の不調に陥ったり、「会社に迷惑をかけてしまう」と思い詰めて安易に離職を選択することのないよう、会社として支える姿勢を明確にすることで、従業員は安心します。

従業員から相談があった場合、働き方の調整の要否や、両立支援制度の利用について検討します。「仕事と介護の両立支援面談シート兼介護支援プラン」を利用するなどして、従業員とともに課題や希望を整理しましょう。

介護休業など、国が定める制度の利用を理由として不利益取扱いをすることは法律で禁じられており、職場内の理解も促進することが重要です。介護に関する制度を人事担当者がすべて把握するのは難しいかもしれませんが、介護保険の相談窓口など基本的なポイントはすぐに伝えられるようにしておきましょう。

仕事と介護の両立は、従業員の心と身体の両面に影響を及ぼす可能性があります。定期的に面談を実施し、変化の兆しを見落とさないことも大切です。

(参考)「企業における仕事と介護の両立支援実践マニュアル P65〜67」 - 厚生労働省

5.働き方改革

介護に直面した従業員が利用できる制度の整備はもちろん大切ですが、それらの制度を積極的に利用するためには、前提となる働き方改革や生産性向上の取り組みも必要です。

介護や育児だけでなく、病気治療などさまざまな労働者の事情に合わせた働き方を可能にするために、日頃からのコミュニケーションや仕事の見える化、効率化が必要です。

互いに助け合って業務を遂行できるように、すべての労働者にとって働きやすい環境づくりを目指しましょう。

仕事と介護の両立支援制度について

ここまでは、取り組み方法について解説しました。つぎに、育児や介護と仕事を両立するために国が定めている制度をご紹介します。

育児・介護休業法

これらの制度は、たとえ企業が就業規則に定めていなくても当然に労働者の権利として保障されているものです。「会社に取り決めがないから介護休業は取得できない」ことはありません。企業側もこれらの制度を認知していないことがありますので、注意しましょう。

制度
概要
介護休業
要介護状態にある対象家族1人につき通算93日まで、3回を上限として分割して休業を取得できます
有期契約労働者も要件を満たせば取得できます
介護休暇
通院の付き添い、介護サービスに必要な手続きなどのために、年5日(対象家族が22人以上の場合は年10日)まで1日または時間単位で介護休暇を取得できます
所定外労働の制限(残業免除)
介護が終了するまで、残業の免除が可能
時間外労働の制限
介護が終了するまで、1か月24時間、1年150時間を超える時間外労働を制限できます
深夜業の制限
介護が終了するまで、午後10時から午前5時までの労働を制限できます​
所定労働時間短縮等の措置
事業主は、利用開始の日から3年以上の期間で、2回以上利用可能な次のいずれかの措置を講じなければなりません
・短時間勤務制度 ・フレックスタイム制度
・時差出勤の制度 ・介護費用の助成措置
※労働者は、措置された制度を利用できます
不利益取扱いの禁止​
介護休業などの制度の申出や取得を理由とした解雇など不利益な取扱いを禁止しています
ハラスメント防止措置
上司・同僚からの介護休業等を理由とする嫌がらせ等を防止する措置を講じることを事業主に義務付けています

介護保険制度

介護保険制度とは、(1)65歳以上の者(第1号被保険者)、(2)40〜64歳の医療保険加入者(第2号被保険者)が被保険者となるもので、65歳以上の者は原因を問わず要支援・要介護状態となったときに、40〜64歳の者は末期がんや関節リウマチなどの老化による病気が原因で要支援・要介護状態になった場合に介護保険サービスを受けられます。

市町村が窓口になりますので、まずは相談に出向くとよいでしょう。

介護保険サービス利用のポイントになるのはケアマネジャーという専門家です。仕事と介護をどのように両立したいと考えているかなど、積極的に相談に乗ってもらいましょう。

介護保険制度利用の流れ(イメージ図)

※ (出典)「介護保険制度の概要」令和3年5月 - 厚生労働省老健局

介護休業給付金

雇用保険の被保険者が、対象家族を介護するために介護休業を取得した場合、一定の要件を満たすと介護休業給付金の支給を受けられます(支給額は労働者ごとに異なります)。支給申請は、介護休業終了後に事業主が行います。申請には期限がありますので、注意してください。

仕事と介護の両立支援制度の周知

繰り返しになりますが、仕事と介護を両立する働き方はまだ認知度が低く、国が定めるさまざまな両立支援制度も活用されていないのが現実です。

仕事と介護の両立支援を促進する第一歩は、労働者に制度を知ってもらうことではないでしょうか。人事担当者の方には、チェックリストを使用して周知のポイントを確認されることをおすすめします。

※  (参考)仕事と介護の両立支援 ~両立に向けての具体的ツール~   - 「『仕事と介護の両立支援制度』を周知しよう」チェックリスト(トモニンマークあり) - 厚生労働省 

従業員に対して制度を周知することはもとより、部下から相談を受ける可能性のある管理職に対しては別途対応方法を周知することも大切です。

また、2023年6月19日付で公表された「今後の仕事と育児・介護の両立支援研究会報告書」において、以下のような提言がなされました。

  1. 家族の介護の必要性に直面した労働者が申出をした場合に仕事と介護の両立支援制度等に関する情報を個別に周知すること
  2. 労働者が介護保険の第2号被保険者となるタイミングなどの時期に、両立支援制度等の資料を配布するなどの情報提供を一律に行なうこと

今後、これらの提言をもとに情報提供などが義務化される可能性が高く、人事担当者の方は制度の変更にも注目しましょう。

(参考)今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会報告書を公表します - 厚生労働省

今後、誰もがビジネスケアラーになる可能性がある

人的資本投資が企業価値の重要な指標となるなか、労働者が働き続けることを支援するのは企業の重要な役割であり、貴重な労働力を大切にすることは企業の発展に欠かせません。

誰もがビジネスケアラーとなる可能性があると認識し、互いに協力するwell-beingな職場環境づくりを進めましょう。

  1. Q1. 要介護状態とはどういう状態をいいますか?

    育児・介護休業法に定める「要介護状態」とは、負傷、疾病又は身体上もしくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり常時介護を必要とする状態のことをいいます。必ずしも要介護認定が必要というわけではありません。常時介護を必要とする状態や介護休業の申出を受けた場合の対応については、こちらをご確認ください。

    (参考)「よくあるお問い合わせ(事業主の方へ)」 - 厚生労働省

  2. Q2. 仕事と介護の両立支援制度とはどんなものがありますか?

    国が定める制度以外で企業の取り組みの例としては、以下のようなものが挙げられます。

    • フレックスタイム制の導入
    • 勤務間インターバルの導入
    • テレワークの推進
    • 介護に関する基礎知識研修や管理職向け研修の実施
    • 社内外の複数相談窓口の設置
    • 心身の不調を回避するセルフケアの促進

    実際に企業がどのような取り組みを行なっているのか参考にするのもよいでしょう。

    (参考)「家庭と仕事の両立支援ポータルサイト 企業の取組事例」 - 東京都産業労働局

お役立ち資料

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