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現場との「関係構築力」が人事担当者のキャリアを左右する

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上場企業の「人的資本の情報開示義務化」など、人的資本経営への本格的な取り組みが必要になる昨今では、人事・労務担当者が担う役割はより大きくなり、業務の幅は従来よりも多岐にわたっています。

株式会社メンバーズ 専務執行役員 CHROの武田 雅子 氏に、人的資本経営時代の人事・労務担当者に求められるコンピテンシーやスキルについてインタビューしました。前編では「人事担当者のキャリアを伸ばすためのヒント」をご紹介します。

武田 雅子 氏

株式会社メンバーズ 専務執行役員 CHRO

2008年、株式会社クレディセゾンにて初の女性人事部長、その後人事および営業推進事業部の担当取締役として、組織の風土改革を実施。2018年よりカルビー株式会社にてCHROとして働き方改革や社員の意識改革に取り組む。2023年より株式会社メンバーズにて専務執行役員CHRO。全員がリーダーシップを発揮する組織の構築を目指す。

「向かい合う」姿勢が人事のディープ・スキル

人事の業務には大きく分けて周りが「憧れる業務」といわゆる「裏側の業務」があります。憧れる業務の代表は、私が人事のキャリアスタート時に担当していた「採用と能力開発、研修の業務」です。学生や社員からも一番目について、常にキラキラして、正しいことをアナウンスしていく綺麗な部門ですよね。やっている担当者も気持ちよくなれる「憧れる業務」と呼べるでしょう。

その一方で、「裏側の業務」は、多くの社員に「人事部門の人は嫌いだ」と思われるような仕事です。たとえば、想定外の異動の発令や転勤を伝えたり、チームの問題社員に役割として注意するような「できればやりたくない仕事」です。昇格の発令もありますが、降格を伝えることもあります。

思わしくない組織サーベイの結果を伝えるのも、本当はやりたくない役割ですよね。私は、クレディセゾンで人事部長に昇格したときに、「裏側の業務」もしなければいけないことを、いつも上司を見ていてよくわかっていたので、内示を受けたときに嫌すぎて泣いたんです。39歳で、「30代で人事部長に昇格したのは社内初のことだから光栄なこと」と、前任の部長は言ってくれたのですが、私が社員に指摘しても誰も聞いてくれないのではと不安でした。

そのときに、総務の担当役員が「あなたが泥をかぶる仕事をやらない限り、誰もあなたを部長と認めてくれないよ」とはっきり言ってくれたことが、とてもありがたくて、それで「はっ!」と自分の目が覚めたのをいまだにはっきりと覚えています。そこからは「進んで泥をかぶりにいこう」と腹を決めたので苦ではなくなりましたが、最初は私も「裏側の仕事」をするのは嫌でした。

「うれしい裏切り」の醸成が組織改革につながる

「裏側の仕事」は、「人事が憧れる人材開発業務」においても、しなければならない場面があります。たとえば、研修態度に問題がある社員がいた場合、態度を正さなければいけません。これも勇気が必要な行動ですよね。単に指摘するだけではなく、態度を改めてもらうまでが人事担当の仕事です。真逆に見える「人事が憧れる業務」と「裏側の仕事」ですが、同じようなスキルが求められます。石川明さんの著書『Deep Skill(ディープ・スキル) 人と組織を巧みに動かす 深くてさりげない「21の技術」』(ダイヤモンド社)にもある「ディープ・スキル」の言葉を拝借して、私は「人事のディープ・スキル」と呼んでいます。

究極的には人事のディープ・スキルは、一言で言うと「愛」だと思います。もう少し掘り下げると、「グロースマインドセット」と言って「人は絶対に成長するものだ」というスタンスで向かい合うことです。人事としてキャリアアップしていくためは、勇気も必要ですが、大前提は愛が必要なのではと思っています。

たとえば、組織のなかで成果をあげられていない社員がいたとしても、「何か事情があって活躍できないのかもしれない」と興味をもって、愛や好奇心をもってヒアリングからスタートします。まずは逃げずに、その人への共感から始めなければいけません。

愛をもって接していくことで、想像していた以上に状況が好転する場合がたくさんあります。私はこれを「うれしい裏切り」と呼んでいるのですが、「うれしい裏切り」が組織の中でたくさん起こり始めると、チームもうまくいき始めたり、ミラクルが起こるのです。

「変わるきっかけ」があれば改革は自ずと推進する

私が出会えた「うれしい裏切り」で印象に残っているのは、ある女性の職場での出来事です。私は、がんサバイバーの就労を支援するボランティアをしていますが、そこで相談を受けた女性は、非常に恵まれた職場にいらっしゃるのに、大きな不満を抱えていました。がんになったこと以上に彼女の主張はかなり過分に聞こえたので、正直なところ彼女の訴える上司との関係修復には至らないだろうなと私は考えていました。それでもいくつか形ばかりのアドバイスをして当日は相談を終えたのです。

2か月後に再び相談に現れた彼女は「武田さんのアドバイスをそのまま職場で実践したら、上司や同僚の態度が変わって仕事がしやすくなりました。周りから配慮してもらえるようになって、仕事もしっかりと頑張れています」と話してくれたのです。彼女が素直にアドバイスどおりに実践したところ、予想以上に環境が好転したそうなのです。そんなことがあるのかと、まさに「うれしく裏切られた」気持ちでした。人にレッテルを貼る意味のなさを仕事外でも感じた出来事でした。

クレディセゾン時代にも、チームが予想以上の結果を残した場面に何度も立ち会いました。当時は、立て直し担当として、組織で苦戦しているチームのマネジメントを任されていました。どのチームでも半年で業績を回復させて、すべての職場で全社表彰される結果を出してきました。毎回、相手にレッテルを貼らずにグロースマインドセットで向き合ってきた結果です。

当初は「予算ギリギリ達成までが限界」と思っていたチームも、ある時点から私の想像を超える動きが生まれました。メンバーがそれぞれ工夫し始めて、結果を残しているメンバーが苦戦しているメンバーに教えたり、アルバイトメンバーのトレーニングを始めたりして、営業成績が飛躍的に向上していったのです。

そのときの私は、メンバーにHOWをあまり教えていませんでした。セゾンカウンターが何のためにあって、テナントとして入っているデベロッパーさんが何を今期の目標にしているのかを話しただけでした。変わるきっかけがあれば、メンバーの頭が回転し出すので、私が「いいね!」と褒めると、さらにチームは変わっていきました。

組織改革のカギは運用時の施策継続

人事部門の難しさは、他部門を常にウォッチできないことです。目標設定と評価はラインマネージャーしかできないので、私が実務を通じて組織を改革できるのは、しょせん自分のチームだけ。人事はスムーズにマネジメントできる仕組みはつくれますが、現場のマネジメントはできないので、正直なところですが、その限界を感じます。現場に介入できないジレンマを抱えている人事担当の方も多いと思うのですが、物理的にできないことは割り切るしかありません。

それを踏まえ、人事担当者ができる組織改革は、仕組みづくりと仕組みに対する実績づくりです。会社が向かっている方向や自分たちのビジョンに向けて、どのような仕掛けと実績を出せば社内が変わっていくのかを考えるべきです。ポイントは、よい仕組みを構築するだけではなく、運用時も施策を継続していくことです。

運用に苦戦している原因は、制度の導入後に人事担当者が現場をチェックしていないことが多いのではないでしょうか。新しい仕組みに対して社員がどのように感じているのかや、どこがスタックしているのかを調べていないことが、多くの原因になっているように感じます。

そこからが人事担当者の腕の見せ所です。「この岩を一緒にどかしてあげよう」と、どかしてくれる人事担当者だったら、現場の社員も「それなら前に進める」となりますよね。岩をどかさないで「みんなが進んでくれない」と言っても、それは進んでくれないですよね。

現場の意見を反映して仕組みの改善を継続する

多くの人事担当者は、頑張りどころを間違えています。構築当初の仕組みは6〜7割の仕上がりでよくて、あとはみんなで運用しながら考えていけばよいのです。最初に100%を出して力尽きるのではなく、7割できたら合格で、残りは現場の意見も取り入れて改善しながら詰めていく。そうすることで現場が「我々のために変えてくれた」「あれは自分の意見なんだ」となったら、協力してくれるようになるので、人事担当者は今以上に仕事がしやすくなるというものです。

私はカルビー時代に、現場からのフィードバックがほしいので、工場を定期的に視察していました。現場の社員の皆さんに心を配りますし、現場からのクレームにもしっかり返す関係を築くようにしています。

「現場からの信頼」が人事施策浸透につながる

人事担当者としてのミッションを果たすためには、日頃から信頼をどれくらい勝ち得ているかが大事になります。たとえば、現場でトラブルがあったときに「ディープ・スキル」が問われるわけです。そのときマネージャーに「一緒に解決するから見ていてね」と伝えて、現場に突っ込んでいって背中を見せる。現場からの信頼を勝ち得ていって、何かあったときには相談してもらえるような関係をつくっておくことが大切ですね。

そのためには、組織全体をウォッチすることが重要になります。パワハラの要素があるマネージャーなどの問題社員がいる場合に、その人と自分の関係だけを考えてしまうと強く言えないこともあります。でも「組織全体を改善するため」と思えば、毅然とした態度で注意しなければなりません。だからこそ、人事担当者には「愛と好奇心」が必要になるわけです。

組織全体や未来を考えれば、「これは言わないといけない」となるわけです。強く言えない理由は、自分の保身を考えてしまうからでしょう。利他の思いがあって、組織の未来を考えていたら、毅然とした態度を取れるはずなんです。

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