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“働く”を定義し直さないと、オフィスは自由にならない

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言うまでもなく、オフィスは働くための場所です。それは周知の事実ではあるものの、“働くため”という側面が強調されればされるほど、どこか居心地の悪さを感じるのは気のせいでしょうか。コロナ禍を経て、仕事と暮らしの距離は変わりつつあります。これまでと違った角度からオフィスという場所を見つめてみるとしたら、どのような視点が必要なのか。建築・デザイン事務所DDAA/DDAA LABを主宰し、実験的なデザインとリサーチに取り組む元木大輔さんに伺います。

元木大輔(もとぎ・だいすけ)

DDAA/DDAA LAB代表。CEKAI所属。Mistletoe Community。シェアスペースhappa運営。東京藝術大学非常勤講師。 1981年埼玉県生まれ。2004年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後、スキーマ建築計画勤務。2010年DDAA設立。2019年、コレクティブ・インパクト・コミュニティを標榜し、スタートアップの支援を行うMistletoeとともに、実験的なデザインとリサーチのための組織DDAA LABを設立。2021年第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展参加

オフィスには「仕事を効率化させるために」という枕詞が必ずついてくる

コロナ禍を経て、オフィス回帰の流れが生まれています。ただ、コロナ禍で大きなパラダイムシフトが起きたことを考慮すると、オフィスという場所に何が必要なのかをあらためて考えるタイミングに差し掛かっているようにも思えます。元木さんは、これからのオフィスの在り方をどのように考えていらっしゃいますか?

元木

結論からいうと……まだ明確な答えがないな、と感じています。そもそもオフィスって、どこまでいっても“働くための場所”だから、とても不自由なんですよね。それでいて、わがままというか。

わがまま?

元木

せっかくオフィスをつくるなら「顔を見てコミュニケーションを取れたほうがいい」という意見がある一方で、「集中したいから話しかけられたくない」という要望もある。また、管理者サイドは全員とコミュニケーションしたいけれど、新人からすれば上司にずっと見られながらいいパフォーマンスを発揮するなんてできるわけがない。こういう矛盾がたくさん詰まっているんですよ。

インタビューに回答する元木さんの様子

確かにいろんなニーズに応えていく必要がありますよね。

元木

それらを根本から解決するためには、“働く”ということ自体を捉え直さなければいけないわけですが、これって遡ろうとしたらどこまでも遡れてしまうテーマなんですよね。たとえば現代社会では、なぜか学校を卒業したら働くことになっているじゃないですか。あらためて考えてみると、これは不思議な話で。極端なことを言えば、石を研いでつくった弓矢で鹿やウサギを狩って生きてもいいはずじゃないですか。でも、何かしらの職に就くのが当たり前になっている。これは“自分の人生をどんなふうに充実させるのか?”という選択肢が、狩猟時代にくらべてものすごく増えているという話でもあり、資本主義という社会システムのなかに「生きる」が組み込まれているという話でもあります。

本来であれば、私たちは生きるために働くわけですが、その逆転現象が起きているということですよね。それほど資本主義が強くなっている、と。

元木

とはいえ、働くための空間という側面を強化していくと、それはそれで働きにくい環境になってしまう。だから、どの企業でも快適に働くためのさまざまな工夫を凝らしていますよね。「社員がリラックスできるように」とか「ストレスなく過ごせるように」とか理由をつけて。でも、そこには「仕事を効率化させるために」という枕詞が必ずついてくるわけです。当然ながら、家やカフェ、それから公園や商業施設も、それぞれに何かしらの目的があってつくられます。ただ、実際のところは何をして過ごしてもかまわない。ところがオフィスという場所には、ここで働かなくてはいけないという強制力が発生します。その強制力があるかぎり、オフィスは自由にならないんじゃないかと思うんです。

インタビューに回答する元木さんの様子

“効率的でなくても豊かだと思える時間”を増やす方向に、考え方の舵を切るほうがいい

資本主義に変わるシステムが今のところない以上、不自由さのなかで優先順位をつけてオフィス空間を設計していく必要があると思うのですが、何を足がかりに考えていけばいいのでしょうか。

元木

フレームワークで考えると、オフィスには「個人」「チーム」「集中」「コミュニケーション」という4つの要素が最低でも必要です。それらを「個人×集中」「チーム×集中」「個人×コミュニケーション」「チーム×コミュニケーション」と目的ごとに組み合わせ、できるだけ多様な状態で用意している空間が、現段階におけるかぎりなく正解に近いものだと思います。たとえば、執務エリアに固定席とオープン席を両方設けて、「集中」と「コミュニケーション」を気分に合わせて選べるようにしたり、執務エリア全体を見通せる角に管理者の席を配置しつつ、パーテーションやグリーンを間にうまく挟むことで、管理者とスタッフの視線が直接まじわらない設計にしたり。ただ、それも「仕事を効率化させるために」が前提になっているので、新機軸は見い出せていない気がするんですよね。だから、別の視点で捉え直したほうがいいのだろうなという問題意識はあります。

インタビューに回答する元木さんの様子

答えはまだ定まっていないにせよ、解決の糸口のようなものは見えているのでしょうか。

元木

ぼんやりとですが、今とは真逆の“効率を優先しない方法”を模索することが鍵になるんじゃないかと考えています。結局のところ、効率を重視した先にあるのって、すべてをお金で解決する世界だと思うんです。でも、それってものすごく陰鬱だなと。加えて、大量生産・大量消費を推し進めることにもなり、それは地球規模で良くないと多くの人が気づいています。温室効果ガスにしても化石燃料にしても、就職や教育のシステムにしても、効率化だけを求めてもいいことはありません。加えて、近い将来、物事を効率化させる役割はAIが引き継ぐことになると思うんです。だとすると、“効率的でなくても豊かだと思える時間”を増やす方向に、考え方の舵を切るほうがいいんじゃないかなって。

人間が非効率を引き受ける、と。

元木

実際、いろんなことを試しながら仕事ができるのは、自分の時間を有意義に過ごすという意味ではすごく幸せなことだと思うんです。その点、僕らはありがたいことに実験的なプロジェクトに関わらせていただく機会がほとんどで、動きはじめたときは落としどころがはっきりしていない場合も少なくありません。だから、回り道もたくさんするし、無駄も多い。でも、やりながら考えていると新たな視点を得られるし、役に立たないと思っていた知識がときに活きる場面もあるんですよ。そうやって非効率なものが山ほどあるなかから、社会を変える大きなイノベーションが起きたらいいじゃないですか。

人間が非効率を引き受けるとなったら、あらためて“なぜ働くのか”が大事になりそうですね。

元木

本来の仕事って、何かしらの理由があると思うんですよ。先ほどの例でいえば、昔の人たちは生きるために狩りをしていたわけだし、狩りのためには道具が必要だった。だから、石を研いで先端を尖らせるという作業が発生するし、なかには石を研ぐのが抜群にうまい人がいて、自然と依頼が舞い込んでくるようになる。すると、石研ぎが仕事になるわけですよね。そういう順序が大切な気がします。

インタビューに回答する元木さんの様子

仕事のなかに非効率性を組み込んだうえでオフィスの在り方を考えるとしたら、どのようなことから考えるのがいいと思いますか?

元木

逆説的になりますが、「オフィスのなかだけで解決しない」という方向にひとつ手がかりがあるような気がしています。これまでも話していたように、すべての要素をオフィスだけで満たすのはなかなか難しいんですよね。それなら、オフィス以外の場所に活路を見い出してみたらどうかなと。子どもを見ながら少しでも仕事を進めたい人は家で働くほうがいいし、思いきり集中したいときにはどこかのホテルに籠るほうがいいですから。あとは、オフィスの機能を自宅に取り込んでみるという方法も考えられます。家で勤務する環境を整えるための予算を会社が用意し、デザインにもガイドラインを設けて、暮らしのなかにオフィスの延長になる空間をつくってみるとか。

インタビューに回答する元木さんの様子
インタビューに回答する笑顔の元木さんの様子

人生のなかで仕事と暮らしを行ったり来たりするように、オフィスやほかの場所にも行ったり来たりできる関係が生まれてくるとおもしろそうですね。

元木

そうですね。人が集まる場所であることには変わりないので、関係のひだをつくったり、コミュニケーションの表面積を広げたりできるのは、オフィスの魅力だと思います。それをもっと大きな枠組みのなかで考えられるようになると、何かしらの変化の兆しが生まれるのではないでしょうか。

執筆:菅原さくら
撮影:小池大介

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