問いを立てる人事へ。好奇心で動き、AIで実験する組織の支え方
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近年、多くの日本企業でAI導入が進む一方、生産性向上などの成果や効果の測定はこれからという企業も少なくありません。働き方や組織が大きく変わるなか、AI活用を事業や組織の成果につなげるために、人事にはどのような役割が求められるのでしょうか。
SmartHRでは人事リーダーの皆さまを対象とした少人数制の交流会「Executive Premier Talks」を定期開催しています。今回登壇されたのは、クレディセゾンやカルビーなど複数の企業で人事責任者を歴任してきた武田雅子さん。AIによる組織や人事の役割の変化を伺いました。以下、武田さんの講演内容をお届けします。

株式会社SmartHR 社外取締役、株式会社事業人 顧問
1989年株式会社西武クレジット(現株式会社クレディセゾン)入社。営業統括部門の人材育成担当、戦略人事部長などを経て、2014年人事担当取締役。2016年営業推進事業部担当役員として組織風土改革を推進。2018年カルビー株式会社へ入社、2019年より常務執行役員 CHRO 人事総務本部長。働き方改革や越境施策を推進。2023年より株式会社メンバーズ 専務執行役員 CHROを経て、2024年10月より現職。株式会社コロプラ 社外取締役。
データでみる、日本企業の生成AI活用の現在地
期待を大きく上回る効果の実感は1割未満
はじめに、日本企業の生成AI活用の現在地をいくつかの調査データから見ていきましょう。

PwC Japanグループの調査(2026年6月発表)によると、売上高500億円以上の企業・組織のうち、生成AIの活用検討について「活用中」「推進中」の日本企業は87%でした。韓国(93%)や米国(90%)などと比べても大きな差はありません。個人的にも、この1、2年で一気に進んだ印象をもっています。
ただし、効果の実感となると状況は異なります。同調査で、生成AIを「既に活用している」「具体的な案件を推進中」と答えた日本企業に限って効果を尋ねた結果は次のとおりです。
- 期待を大きく上回っている:10%
- 期待通りの効果があった:54%
- やや期待を下回る:20%
- 期待とはかけ離れた結果になった:2%
- まだ効果を評価できていない:14%
(参考)生成AIに関する実態調査2026 春 6カ国比較- PwC Japanグループ

(出典)生成AIに関する実態調査2026 春 6カ国比較- PwC Japanグループ
※ グラフの割合は全回答者ベース(検討中・未検討・断念を含む)、上の箇条書きは活用・推進中の企業ベースのため、数値が一致しません。
他の5か国と比べても、効果が「期待を大きく上回った」の割合はもっとも少ない水準です。「まだ効果を評価できていない」割合の多さも踏まえると、そもそも効果をどう測るのか自体が、明確でない企業も多いのではないかと思っています。
一方で、業務への組み込み自体はすでに進み始めています。生成AIの導入責任者を対象にしたテックタッチ株式会社の調査(2026年8月発表)では、生成AIが「多くの人が使っており、複数の業務で、業務システムの流れの中に組み込まれ、自然に使われている」という回答が39.5%でした。「多くの人が使っており一部業務では、いつもの業務システムの画面内で使えるようになっている」(33.9%)とあわせると、70%を超えます。
(参考)生成AIの業務定着の実態と課題に関する調査 - テックタッチ株式会社
(参考)【大企業における生成AI「業務定着」実態調査】最も定着している業務でも71.5%が「別画面・コピペ」でAIを運用

武田雅子さん
7割が「スキルセットを変える必要がある」と回答
AIの広がりは業務だけでなく、社員のキャリア観にも変化を及ぼしています。

株式会社ビズリーチが年収800万円以上かつ業務での生成AIの利用頻度が週1日以上のビジネスパーソンに実施した調査(2026年7月発表)では、70.2%が「AI時代に向けて、スキルセットを変える必要がある」と回答しました。キャリアプランの見直しやその必要性を感じている人は79.2%、生成AIにキャリアを相談したことがある人も44.7%にのぼります。
キャリアへの向き合い方が変わるなか、これまで人事が提供してきた研修やキャリア支援のあり方も見直していかなければいけないと捉えています。
AI時代に求められる「好奇心で動く、余白のある組織」
では、AIの活用が進むと、組織はどう変わっていくのでしょうか。参考として紹介したいのが、吉田洋介さんと千田和央さんの共著『経営に資する人事制度』です。
これからの人事戦略や人事制度をどのように考えるかが網羅的に書かれており、AIを使った組織づくりが3つの段階で整理されています。
業務効率化
業務プロセス再構築
組織マネジメント再構築

1つ目の業務効率化は、AIによって業務にかかる時間を短くする段階です。メールの文面や資料、人事制度のたたき台をつくってもらうなど、1人で完結できる比較的シンプルな領域です。
2つ目の業務プロセス再構築では、業務の一部をAIが代替し、人が担うプロセスが大幅に減ります。その分、人間とAIの役割分担をより細かく設計する必要が出てきます。
たとえば、すでに一部の企業では求人票の作成や応募書類のスクリーニング、面接日程の調整などの採用業務で活用が進んでいます。業務の一部をAIに任せられれば、採用担当は事務作業から解放され、候補者に会いに行くことに集中できます。人間がやったほうがいい仕事に集中して、業務を組み立て直せるのです。
3つ目の組織マネジメント再構築は、AIを組織に組み込み、組織とマネジメントのあり方を変えていく段階です。少人数とAIで事業を回すようになると、1人のメンバーが50人分の仕事をこなせるようになります。一方でその上司は、その膨大な成果をマネジメントしなければならないので、組織のあり方そのものを見直す必要があるでしょう
好奇心を受け止める組織に必要な6つの要素
組織のあり方そのものが問い直されるなかで、私たちはどのような姿を目指せばよいのか。3つの段階を踏まえ、私自身が考えるこれからの組織の理想形を1枚の図にしてみました。それが「好奇心で動く、余白のある組織」です。

図の左右には、性質の異なる2つの仕事が置かれています。左側の「効率・成果を追う仕事」は、今ある業務を効率化し、成果を大きくしていく、いわば「深める」仕事です。
右側の「越境して実験する仕事」は、新しい領域へと可能性を「広げる」仕事です。AIに任せられない業務や、新しく創造しなければならない領域です。自身の部門や企業、業界の外から新しい知識や経験を取り込み、「今、なぜこれをやるべきか」から問い直す。そのうえで、AIと組んで小さく実験を重ねていきます。
「深める」仕事と、人間が担うべき創造性の高い「広げる」仕事。この2つを同時に回していく、まさに「両利きの経営※」のような組織が、これからより求められていくのではないでしょうか。
※既存事業の改善・効率化を図る「知の深化」と、新たな事業機会や可能性を探る「知の探索」を両立させる経営手法
その原動力となるのが、好奇心です。好奇心は、AIにはない、私たち人間ならではのものだと思います。これまで多くの会社でいろいろなハイパフォーマーを見てきましたが、好奇心は必ず彼らが共通して持っているものでした。
好奇心を発揮でき、実験の生まれる組織に何が必要か。先ほどの図では、6つの要素を挙げました。
- 目的
- 裁量
- 試す余白
- 相談相手
- 失敗の共有
- 学びの仕組み
まず大切なのは「目的」です。「この仕事は何のためにやるのか」という大前提ですね。次に「裁量」です。決まった型で速く回す仕事は、関係性がわかりやすいと思います。一方で、実験してもらう仕事では、裁量をある程度渡して「好きにやってきて。泥臭くなるまでやってきてください」と言えなければなりません。
あわせて、失敗も含めて挑戦できる「試す余白」も必要です。実験の途中で頼れる「相談相手」もいたほうがいい。AIが相談相手になることもあるかもしれません。
そして「失敗の共有」です。実験をたくさんすれば、当然、失敗の山ができます。そこから学べることは多いのですが、組織に心理的安全性がなければ失敗は表に出てきません。
最後が「学びの仕組み」です。成否にかかわらず、実験という経験から得た学びを組織のナレッジとするサイクルは、若手はもちろんチームの成長にとても大切です。
人事は「正解を配る人」から「問いを立てる人」へ
事業の現場で試すHRBP、土台を担う小さく強いCoE
組織が好奇心と実験を軸に動くようになると、人事の役割も変わります。先ほどの図の下段では、その変化を「正解を配る人」から「問いを立て、実験を支え、学びを組織知に変える」存在へと表しました。
少し乱暴な言い方ではありますが、これまでの人事は「こうすれば正しくできます」と正解を示したり、「この人事制度のなかでやってください」と枠を渡したりすることが多かったのではないかと思います。
ですが、これからは人事が問いを立て、実験できるカルチャーを支え、各部門に余白をつくっていく必要があります。制度どおりに動いてもらうのではなく、自律的に動く人をどれだけ育てられるかが、大事になるのではないでしょうか。

この変化は、人事部門の体制にも及びます。組織が実験に踏み出せるようになると、小さく動ける裁量をもったチームが多く生まれます。そうなると、各事業の戦略を実現するために、権限をもった小回りの利く人事をどれだけ配置し、育てられるかが大きな鍵になります。
その担い手となるのが、HRBP(Human Resource Business Partner)です。HRBPは顧客や事業の近くで問い、試し、修正しながら、AIを使って少人数でも幅広い仕事を扱います。
HRBPは人事のプロであること以上に、事業部トップの右腕になれることが大事だと思っています。なので、現場の感覚をもった人がHRBPになり、育成やチームマネジメントといった人事の側面を担うのが理想的な形だと思います。
一方、図の右側の「小さく強いCoE(Center of Excellence)」は、全社原則や専門知、共通基盤・データ、AIガバナンスを担い、学びを横展開して制度に横ぐしを刺す役割です。全社的な人材配置や人的資本開示など、より経営に近い業務がCoEに残っていくと考えています。
これからの人事に求められる3つの資質
では、これからの人事を担う人には、どのような資質が求められるのでしょうか。私は3つあると考えています。
1つ目は「クールヘッド(冷静な頭脳)」です。経営や自社のビジネスモデルへの深い理解にもとづいて、事業に資する人事戦略をつくる能力を指します。
2つ目は「琴線に触れるエモさ」。相手の人生に愛をもって向き合い、言葉で人の心を動かすハートです。働く人の背景はチームによってさまざまですが、それを理解したうえで、社員の動機付けや採用時のアトラクトはもちろん、時に退職勧奨のような厳しい場面にも逃げずに向き合う必要があります。
3つ目は「人たらし」です。人を引きつけて「この人とならやってみたい」と思わせる力です。人を巻き込んでいく力は、永遠に変わらない資質だと思っています。人を引きつけて相手に「ちょっとひと肌脱ぐか」と言わせるような人ですね。
この3つがあれば、AIの時代でもちゃんと生き残っていけるのではないか。まだ私の仮説ですが、これからさまざまな場面で検証していきたいと思っています。
AI時代に見落とせない「疲れ方」の変化
ここまで人事の役割についてお話ししてきましたが、少し心配しているのが仕事の変化に伴う疲労の質の変化です。
これまで自分で黙々と作業する時間は、私にとっては心が休まる静かな時間でもありました。ところが、裏でAIエージェントを複数回していると、「こっちが終わりました、次を選んでください」と常に判断を求められます。量も種類も多くのことを同時に進められるようになった分、ある意味、自分のペースで仕事を進めるのが難しくなっているのです。脳の使い方、疲れ方がすごく変わってきたと感じています。
よく「マルチタスクをする」と言いますが、実際は脳が複数の作業を高速で切り替えているだけといわれています。切り替えるたびに元のペースに戻るまで時間がかかるそうです。これを高速で大量に繰り返していれば、負荷がかかってきます。

こうした新しい負荷を捉える言葉として紹介したいのが「AI brain fry」です。ボストン コンサルティング グループなどの研究者が米国大企業のフルタイム社員1,488人を対象に実施した調査(2026年3月発表)では「認知能力を超えるAIツールの過度な使用や監督から生じる精神的疲労」と定義されています。臨床的な診断名ではありませんが、AIを日常的に使う人なら、体感として思い当たる方が多いのではないでしょうか。
(参考)When Using AI Leads to "Brain Fry"- Harvard Business Review
AIの活用が、働く人にもたらす変化
こうした新たな負荷は、組織のなかでさまざまな変化として表れてくると思います。
判断の負荷と、終わらない仕事
まずは働く人の内面や働く時間への影響です。AIを積極的に活用すると、1日の判断回数は、膨大な数になります。その負荷の影響や、そもそも集中力をピークの状態でどれだけ長く保てるのかも考えなければなりません。
AIと向き合うなかで、自分の役割や仕事自体を失ってしまうのではという不安を抱く人も増えると思います。自己肯定感や組織への帰属意識にも影響が出てくるでしょう。
仕事の終わりも曖昧になります。AIには夜間も働いてもらえるので、仕事を終えたあとも、本当に仕事が終わったという感覚をもちにくくなるでしょう。3交代で24時間動いている現場のように、何かあれば対応しなければならない状態になるかもしれません。これまでのように「つながらない権利※」の話だけでは済まなくなる。ルールを整備しなければ、常に誰かが働いている状態になりかねないのです。
※勤務時間外の業務連絡への対応を拒否できるとする考え方。フランスをはじめとする諸外国で法制化や議論が進んでいる。

新入社員が、いきなり「任せる側」になる
新入社員の育成も、これまでどおりにはいきません。新入社員がAIを使いこなすようになると、いきなり仕事をお願いできる部下のような存在がいる状態から仕事が始まります。自身が指示を受けた経験も十分にないまま、仕事を任せる立場になる。どう育成するのかを考えなければなりません。
監視ではなく、セルフマネジメントを促す
こうした変化のなかで、人事が社員にどう働きかけるべきか。私は「干渉や監視ではなく、本人が自律して自分の状態を管理できるよう促すこと」が大切だと考えています。
そのためには、個人の工夫だけに任せず、仕事の設計と組織の責任をセットで考える必要があります。その考え方を、本人・マネージャー・組織の3つの視点で整理したのが次の図です。

本人については、AIに任せることと自分で考えることを自ら決め、違和感があれば言葉にすることが軸になります。定期的にセルフチェックをして、自分の判断力などに変化がないかを確かめることも大切です。「今日調子悪いかも」「今日いつもと違うよ、大丈夫?」と言い合える関係性を構築しておけるといいですね。
マネージャーには、判断や監督、例外対応の量をメンバーと一緒に確かめ、やめる仕事とセットで新しい挑戦を設計する役割があります。1on1などで、働き方の変化による負荷を話せる場をつくる。「どこをAIに任せ、どこを自分でやるか」を本人が決められる場を用意する。AIで大量の業務を処理できるようになった分、さらに量を増やすのも一概にダメとは言いませんが、やめる仕事をつくることもできるはずです。
組織・人事が担うのは、役割や権限、AIの出力をチェックする仕組みを設計し、実験と人の負荷を同時に捉えながら仕事を修正していくことです。健康診断の事前アンケートやサーベイに新しい項目を加える、健康リスクについて伝える、産業医・産業保健スタッフや相談窓口への動線を周知する、といった取り組みも欠かせません。何かあったときに人事が介入する場面も、今以上に増えてくるでしょう。
さらに、個人的には働く時間そのものも見直せるのではと思っています。極端な言い方かもしれませんが、みんなが1日7〜8時間フルにAIを使うようになったら、労働時間は半分くらいでもいいのではないでしょうか。
効率や生産性はもちろん大事ですが、組織としての安全配慮や産業保健の視点もセットで考えていくことが、これから求められていくでしょう。AI時代だからこそ、ウェルビーイングそのものも再定義されるべきではないか。これからも検証していきたいと思っています。
AI時代だからこそ、ウェルビーイングを再定義する
AIによって業務の効率が上がり、小さく試して学ぶ余地が広がるほど、組織にできることは増えていきます。一方で武田さんは、AIを使いこなす人ほど、判断の積み重ねによる新たな負荷にさらされかねないという視点も示しました。
そのうえで挙げられたのが、組織・人事の役割として「実験と人の負荷を同時に捉える」ことの大切さです。組織の可能性を広げることと、働く人のウェルビーイングを守ること。これからの人事には、その両方に目を向けていく視点が求められます。
AIによる変化が続くなかで、それをどう実現していくか。SmartHR Mag.でも、人事・労務の皆さんとともに考えていきたいと思います。








