“やさしさ”じゃなくて“当たり前”に。アクセシブルな企業・社会をつくるためのルールメイキング【WORKandFES2022 レポート】
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2022年12月21日、“働く”の未来を考える「WORK and FES」が開催されました。3回目となる2022年のテーマは「TRUST(信頼)」。パーパスからD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)、リスキリング、チームビルディング、サスティナビリティまで、昨今の“働く”を象徴するさまざまなテーマを通して、企業や人をめぐる“信頼”の在り方をあらためて考えます。
本記事では、D&Iついてのカンファレンスをご紹介します。言葉に注目が集まっているD&Iですが、障害者の労働参加はなかなか進んでいません。「障害の社会モデル」や「無意識の偏見」など、このような現状を変えるために必要な考え方を交えながら、企業や社会をアクセシブルな労働の場にするための条件について議論が交わされました。
- スピーカー辻 勝利
株式会社SmartHR プログレッシブデザイングループ アクセシビリティスペシャリスト/無料でオープンソースのWindows用スクリーン・リーダー NVDA日本語チーム 代表
先天性の全盲で、仕事や日常生活のあらゆる場面でスクリーン・リーダーを介してコンピューターを利用しているエンジニア。約20年間のWebアクセシビリティ向上の経験を生かして、2021年9月からSmartHRでWebアプリケーションをはじめとした業務システムのアクセシビリティ向上に取り組む。すべての人がストレスなく業務システムを活用できるようにするため、自社サービスのアクセシビリティ向上に注力する傍ら、社内外でアクセシビリティを高めるためのコンサルティングや啓発活動を行っている。
聞こえる世界と聞こえない世界をつなぐユニバーサルデザインアドバイザー/日本財団電話リレーサービス 理事 松森 果林 氏
小学4年から高校時代にかけて聴力を失った中途失聴者。筑波技術短期大学在学中、東京ディズニーランドのバリアフリー研究を行い、株式会社オリエンタルランド勤務などを経て独立。「聞こえる世界」と「聞こえない世界」の両方を知る立場から、「社会の課題を楽しく解決したい」と講演活動をする傍ら、主に羽田空港・成田空港のユニバーサルデザインや研修講師などに関わる。2017年ドイツ発祥、静寂の世界で言葉の壁を超えて対話を楽しむ「ダイアログ・イン・サイレンス」を企画監修し日本初開催を実現、現在も「ダイアログ・ダイバーシティミュージアム『対話の森』」に従事。テレビCMの字幕を実現させる活動には29年注力。代表作に『音のない世界と音のある世界をつなぐ―ユニバーサルデザインで世界を変えたい!』(岩波書店)。
- スピーカーシティライツ法律事務所 弁護士
高橋 治
専門はテックとアート周辺の法律実務。アプリやSaaSなどのソフトウェア分野のみならずハードウェア分野の業務も多く、前職では照明一体型プロジェクターの新規開発を法務担当者として支えた。また、国際取引を多く取り扱い、コロナ前には欧米のみならず中国、韓国、台湾など東アジア諸地域を頻繁に行き来した。アクセシビリティ領域の活動としては、多言語対応・バリアフリー配信を掲げた舞台芸術のオンライン配信プラットフォームでリーガルアドバイザーを務めた。
- モデレーター桝田 草一
株式会社SmartHR プログレッシブデザイングループ マネージャー/アクセシビリティスペシャリスト
2014年に製造業向けの法人営業からフロントエンドエンジニアに転身。2017年にサイバーエージェントに入社、ウェブフロントエンド開発や、全社のアクセシビリティ推進を担当。その後、2021年にSmartHRにプロダクトデザイナーとして入社。従業員サーベイ機能のプロダクトデザインのほか、2022年にアクセシビリティと多言語化を専門とするプログレッシブデザイングループを立ち上げ、全社のアクセシビリティ推進に従事。
障害当事者が感じる社会の障壁
桝田
辻さんと松森さんは障害当事者として、さまざまなところで働いたり、プロジェクトに参加されていると思います。そのなかで、日本社会もしくは職場のアクセシビリティについて、どのようなことを感じていますか。
辻
これまで、ウェブアクセシビリティ関連の企業でエンジニアとして仕事をしてきましたが、コンピューターを使えても視覚障害者が超えられない壁がありました。それは紙です。給与明細も社内の掲事物も紙なので、視覚障害者の障壁になっていると感じました。
紙の代替手段として、スクリーン・リーダーを使ってウェブサイトを合成音声で読み上げられますすし、必要な場合は点字で読んで確認もできます。しかし、「手続きは紙でないとダメ」ということも多く、不便さを感じていました。
松森
私たちは手話という言語や文字など多様な方法でコミュニケーションを取ります。一般的に手話通訳は聴覚障害者のためと思われるのですが、実は手話ができない人が、聞こえない人に伝えるために通訳をしてくれる役割もあります。字幕も同じで、聞こえる人たちが聞こえない人に伝えるための手段です。つまり、それらが「お互いにとって、必要な存在であること」に気づいてほしいのです。
私自身は行動においてバリアを感じることは少ないですが、「行動をするための情報」や「コミュニケーション」にバリアを感じることはたくさんありました。たとえば、職場での会議が音声中心で進められると、聞こえない人には伝わりません。
また、職場での業務連絡や仕事に関する指示なども言葉でコミュニケーションが取れないなど、難しい部分がありました。取り残されている雰囲気にいたたまれず、離職する聴覚障害者はとても多いといわれています。
私もいくつかの会社で働いた経験がありますが、情報共有またはコミュニケーションの面で難しいと感じた経験から、今はフリーランスとして、専属の手話通訳と一緒に仕事をしています。自分から職場の環境を整えていくことも大切だと思います。
松森
私が関わっているダイアログ・ダイバーシティミュージアムについてもご説明します。東京都の浜松町駅のすぐ近くにあり、2つのエンターテインメントを体験できます。一つは「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」といって、暗闇の世界を視覚障害者が案内するエンターテイメント。もう一つは「ダイアログ・イン・サイレンス」といい、聴覚障害者が音のない世界を案内して対話を楽しむエンターテイメントです。つまり、視覚障害者と聴覚障害者が共に働く稀有な場です。
また、聴覚障害者は電話ができないと思っている人は多いですが、私たちも電話にアクセスできる環境が整ってきました。「電話リレーサービス」といい、聞こえない人が聞こえる人と電話をするときに間にオペレーターが入り、手話や文字、または音声などで電話を伝えてくれる公的なサービスです。
このサービスを使うことで、聞こえない私たちも電話にアクセスしたり、聞こえる人から電話を受けたりできるようになりました。聞こえない人も、見えない人も一緒に働くための環境が整備されていけば、自由に自分の力を発揮できると思います。
「世間話ができない」という疎外感
桝田
松森さんの話のなかで、「コミュニケーションがうまく取れないから孤独を感じてしまうことがある」という話がありました。辻さんも、職場で孤独だと思うことはありましたか。
辻
たくさんあります。情報が文字ベース、ビジュアルベースで提供されることが多い職場では、自分だけ情報にアクセスできていない孤独を感じました。
桝田
みんなが得ている情報を自分だけ得られていないという恐れや、不安が孤独につながるのですね。松森さんはいかがですか。
松森
仕事に関する大切な情報は、筆談やメモ、メールなどで伝えてもらえます。でも、世間話を教えてくれることは少ないと思います。世間話のなかに大切な情報が含まれていて、それを知らないために仕事につながる機会を失っていました。
高橋
「紙が大きなハードルである」との話がありましたが、私にとっては非常に耳が痛い話です。法律や契約書などはいまだに紙が中心。日本の契約社会は情報保証、アクセシビリティに対する障害の一翼を担っているに等しいと思いました。
それらを解消するために、契約書を紙から電子契約書にしたり、文字を点字で表したりするなどの改善が進んでいます。しかし、それらは健常者の想像力が及ぶ範囲でなされているのが現状であり、障害者が求めるアクセシビリティが進んでいないと感じました。
桝田
辻さん自身が「改善された」と感じたことはありますか。
辻
今の職場で、2つのエピソードがありました。まずは、自分が障害者であることを、周りに伝えるか選択できるようになったことです。一般的に企業で障害者が働くときは、「今度入社された障害者の●●さん」という感じで紹介されます。しかし、必ずしもそれは必要ではないと思っていました。この会社では入社時に「どのように紹介されたいですか」と訪ねられたことがうれしかったです。
もう一つは、「二次元コードを読まないといけないときはどうしますか」との質問に「家に持ち帰って家族に手伝ってもらう」と回答すると、スタッフに「そうした問題は職場のなかで解決したい」と言われたことです。「これが職場の本当のあるべき姿だよな」と思って感動したんですよね。
アクセシブルな労働環境の実現を目指すためには
桝田
皆さんは、情報保証やアクセシブルな労働環境を日本全体で実現していくためにどういうルールが必要か、もしくは、そのルールをつくっていくためにどういうアクションが必要だと考えていますか。
高橋
アメリカ合衆国のAmericans with Disabilities Actという法律では、アクセシビリティを義務づけています。ルールによって縛っていくというか、みんなの目線を合わせることが一つの方法だと思います。
Americans with Disabilities Actも、当初は公共施設や店など構造的なものなどを中心に考えられていました。しかし、最近では法律を応用して、「ウェブサイトのアクセシビリティを高めるべき」という主張もなされるようになっています。デジタル庁でもベストプラクティス集のようなものを交付しているので、ガイドラインのような形で人々の目線を合わせるのも一つの考え方です。
桝田
日本にも「障害者差別解消法」という法律がありますが、それが活用されていくためには、どのようなことが必要ですか。
松森
とにかく、当事者の多様な声を聞いてほしいです。私は「テレビCMに字幕がない」という課題を30年近く前から訴え続け、2022年の10月からようやくCMに字幕をつける環境が整いました。
「聞こえる人と一緒にCMを楽しみたい」「同じ内容を知りたい」。そうすることで、私も消費者の一人として対等の立場になれると思っています。「本来あるべき形の社会とは何か」を改めてみんなで考えるきっかけになるとよいと思うし、もしかしたら、今は元気な人でも明日は聴覚障害者になるかもしれません。障害を“自分ごと”として考えてほしいと思います。
多様性が認められる時代を求めて
桝田
辻さんが思い描く、「こういう世界になったらいいな」「こういう人たちと一緒にいろいろ話をしていきたい」ということはありますか。
辻
日本社会は、手続きが紙でしかできないとか、サービスはコンピューターを使える人でなくては受けられないとか、選択肢が少ないと思います。障害などにとらわれず選択肢を増やしていくことが、未来をつくるきっかけになるでしょう。
高橋
当事者の方に話を聞かなければ、わからないことが多いと感じました。一方、自分たちも想像をめぐらせることは、とても大事だと思います。私も、外国語の動画を見る際は字幕を使って見ますし、字幕で外国語が表示されているほうが明らかにわかりやすい。同様に、日本語が母語じゃない人にとって、日本語の字幕は強い助けになっているはずです。
また、自分自身をアクセシブルじゃない領域に身を置いてみるのも一つの方法です。消費の市場と労働の市場にみんなが等しく参加できるようにして、社会を活性化させることが究極的な目標だと思います。アクセシビリティ=情報保証という領域の究極的な目標のために、何をするべきか考えなくてはなりませんね。
お二人の問題とは離れますが、育児をしているから労働に参加できないというのは、一つの壁がある状態です。その壁を乗り越えるために保育所や公共サービスがあり、育児をしながら労働市場への参加が保証されています。これと似たような問題だと思います。社会への参加率を高める情報保証の在り方を、みんなで考えていくことが必要だと思います。
桝田
最後に、一言ずつ今日の感想をお願いします。
辻
皆さんの意見を聞くことができて、楽しかったです。
松森
x今日のように、さまざまな視点から話を聞く機会をもっと増やしていけるとよいと思いました。そのためにダイアログ・ダイバーシティミュージアムもありますので、大勢の方々に体験に来てもらえたらうれしいです。
高橋
非言語的なアクセシビリティを高めるための手段はたくさんあるはずなので、もっと想像力をめぐらせましょう。
桝田
皆さま、ありがとうございました。