賃上げ税制・年収の壁・労基法——政治・経済の視点から読み解く法改正の「今」と「これから」
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2026年4月、国会では経済政策の議論が続いています。労働基準法改正、賃上げ促進、税制改正──。これらは人事労務の実務に直結するテーマでありながら、「いつ、何が変わるのか」が見えにくい状況が続いています。
本記事では、人事労務領域で「今、何が起きようとしているのか」、そして「担当者が明日から備えるべきこと」について解説します。
加速する物価高・賃上げ──企業として対応すべきこと

自民党の公約をみると、経済政策の優先順位が非常に高いことがわかります。具体的には「責任ある積極財政」を掲げており、官民連携による投資促進と、物価上昇を上回る構造的な賃上げの実現を最優先課題としています。
(1)賃上げ促進税制は縮小
注目すべきは、賃上げ促進税制の改正です。物価高を上回る安定的な賃上げの定着に向けて、見直しがされています。
これまでは控除率の上乗せなどで、賃上げにインセンティブが発生していましたが、2026年3月31日に全企業向け措置(大企業)が終了しました。一方、中堅企業(従業員数2,000人以下)向けの措置は、基準が見直されたうえで、2027年3月31日に終了予定です。

(出典)令和8年度 経済産業関係 税制改正について - 経済産業省
(2)AI活用・DXが賃上げのカギに
税制の恩恵が限定的になるなか、企業が賃上げ原資を確保するために重要となるのが、AIによる生産性向上です。政府は、AI実装やDXによる省力化を進めることで、人手不足への対応と生産性向上を図ろうとしています。それにともない、IT投資や設備投資を行なう企業を対象とした投資促進税制の拡充や優遇措置の創設が見込まれています。
賃上げを検討する際は、給与テーブルの検討だけでなく、こうした制度を活用して業務効率化でコストを削減し、賃上げ原資に回すといった経営視点でのシナリオを描くことも重要となります。
(3)導入検討が進められている「給付付き税額控除」とは
物価高対策として、給付付き税額控除の導入が公約に明記されています。2026年3月には政府の有識者会議が初会合を開き、具体的な制度設計に向けた議論がスタートしました。
給付付き税額控除とは、中・低所得者の税・社会保険料負担を軽減し、所得に応じて手取りが増えるような仕組みで、給与計算や年末調整業務に影響が出る可能性があります。
(参考)社会保障 - 自民党公約、給付付き税額控除、有識者会議で議論開始(2026年3月24日) - 読売新聞
「年収の壁」今年はどう変わる? 2026年改正の全体像
「年収の壁」については、所得税と社会保険の2つの軸で整理する必要があります。

【所得税の壁】178万円への引き上げ
まず所得税の壁については、課税最低年収額を160万円から178万円まで引き上げる方針が、2026年度税制改正大綱に盛り込まれています。
2026年分の所得から適用される予定で、年末調整では基礎控除や給与所得控除の計算が変わる見込みです。実務担当者は「今年は変更がある」と心構えをしておく必要があります。
【社会保険の壁】106万円の壁の段階的撤廃と130万円の壁の緩和
一方、社会保険の壁については、予定どおり改正が進んでいます。そもそもこの2つの壁には、以下のような違いがあります。
- 「106万円の壁」:勤務先の従業員数や週の所定時間など一定の条件を満たす場合、社会保険への加入義務が発生する境界線
- 「130万円の壁」:106万円の壁の要件を満たしていない場合、社会保険への加入義務が発生する境界線
いわゆる「106万円の壁」は、2026年10月までに賃金要件が撤廃され、実質的になくなります。また、2027年10月以降に企業規模要件の段階的撤廃が始まる予定で、これにより週20時間以上勤務している従業員全員に社会保険加入義務が発生することになります。企業側の負担増と事務手続きの増加は避けられないため、早めのシミュレーションが必要です。

また、「130万円の壁」は社会保険の被扶養者の判定ルールが緩和され、給与収入のみの場合の残業代が年収の計算に含まれなくなります。2026年4月1日からは労働条件通知書などに記載されている「契約上の基本収入」で認定されます。
- 2026年3月末まで:残業代を含めて年間130万円を超えると社会保険の加入義務が発生。
- 2026年4月1日から:契約上の基本収入で判定。
- 含まれるもの:基本給、諸手当、通勤手当、賞与
- 含まれないもの:残業代
「仕切り直し」労基法改正、裁量労働制見直しなど議論が進む
労働基準法の抜本改正をめぐる動きは、現在「仕切り直し」の局面を迎えています。
政府は当初、過労死防止やワークライフバランスの向上を目的として、「勤務間インターバル制度」の義務化や「連続勤務規制」の導入を含む改正案を検討してきました。しかし、実務上の運用負荷や業種ごとの適用難易度をめぐって慎重論が噴出した結果、2026年の通常国会への法案提出は見送られることとなりました。
一方で、直近の3月13日に開催された厚生労働省の労働政策審議会では、「裁量労働制」の見直しに焦点が当てられました。
これらの議論の成果は、政府の経済財政運営の指針となる6月ごろの「骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)」に盛り込まれる見通しです。法案提出が見送られた項目も、今後の再検討に向けたロードマップが示されるかが、注目点となります。
(参考)「裁量労働制」の見直しめぐり 労働者側と経営者側で意見対立 厚労省の審議会 - Yahoo!ニュース
手続きの簡素化は静かに進む可能性も
一方で、労働条件通知書の完全電子化などの手続きの簡素化については、内閣府の規制改革推進会議のワーキンググループで議論が進んでいます。こうした実務直結の規制緩和は、政治的な対立が少ないため、スムーズに決まっていく可能性があります。
法律が変わらなくても、省令やガイドラインレベルでの変更は頻繁に起こるため、人事・労務担当者としてアンテナを張っておくとよいでしょう。
従業員生活に直結する4つの改正を総点検
直近でとくに注目すべきトピックとして、4月〜10月で改正が予定されているものがあります。いずれも人事労務や従業員の生活に直結するため、しっかりと把握しておきたい内容です。

(1)【4月】女性活躍推進法
「男女間賃金差異」「女性管理職比率」の公表義務が対象企業に拡大されました 。自社の現状を正確に把握するための算出方法の検討と、公表に向けた運用フローの整備が急務となります。
(2)【4月】年金制度改正法
在職老齢年金の支給停止基準額が引き上げられるほか、短時間労働者への社会保険加入義務が段階的に拡大されます。 加えて、確定拠出年金(DC)の拠出限度額引き上げや受取開始時期の選択肢拡大など、現役世代から高齢期まで幅広い層の資産形成を支える仕組みが導入されます。
(3)【4月】子ども・子育て支援金
少子化対策の財源として、毎月の給与や賞与から「子ども・子育て支援金」の控除が始まりました 。企業側には給与計算システムの改修や、従業員への制度趣旨(いわゆる「独身税」との誤解解釈など)の説明が求められます 。
(4)【10月】カスタマーハラスメント(カスハラ)・就活ハラスメント対策
顧客等からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)や、立場を利用した就活生へのハラスメントの防止対策が企業に義務付けられます。 相談窓口の設置など、具体的な運用ルールの策定が必要です。
情報感度を高め、変化に備えよう
今後、重要な法案が比較的短期間で成立することもあります。ある日突然、実務フローを根底から覆すような法改正が降ってくるかもしれません。だからこそ、これからの人事労務担当者は、情報を自ら取りに行く姿勢が重要となります。
とはいえ、毎日、厚労省の審議会議事録や内閣府のホームページをチェックするのは現実的ではありません。だからこそ、信頼できる社労士などの専門家や、SmartHR Mag.のようなメディアが発信する情報を活用してください。
「今日のニュース」を「明日の実務」にどう落とし込むか。その翻訳こそが、これからの人事労務担当者の武器になるはずです。
※本稿は2026年4月時点の情報をもとに制作しています















