2つの事例から学ぶ。同一労働・同一賃金の実務対応における留意点
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はじめまして、弁護士法人ALG&Associates所属 弁護士の櫻井と申します。
2021年4月1日から、中小企業においても「パートタイム・有期雇用労働法」が適用され、いよいよ本格的に同一労働・同一賃金の時代がスタートします。2020年10月に、同一労働・同一賃金に関する最高裁判決(メトロコマース事件・大阪医科薬科大学事件・日本郵便(東京・大阪・佐賀)事件)が相次いで言い渡され、大きなニュースとなったのも記憶に新しいです。
今回は、このうち、「メトロコマース事件」と「日本郵便(東京・大阪・佐賀)事件」を弁護士目線で解説し、同一労働・同一賃金の対応を進める上での実務上の留意点をお伝えしたいと思います。
【1】メトロコマース事件の解説
(1)メトロコマース事件とは(最判令和2年10月13日)
本件は、地下鉄駅構内における新聞等の物品販売や入場券の販売に関する業務の受託等の事業を行う株式会社メトロコマースに関する裁判です。有期労働契約を締結して、地下鉄駅構内の売店業務に従事していた原告らが、有期労働契約社員に対して退職金を支給しないことが、旧労働契約法20条に違反すると主張して、株式会社メトロコマースに対し、退職金相当額の損害賠償等を求めました。
(2)職務の内容や配置の変更の範囲について
株式会社メトロコマースには、正社員のほかに契約期間を1年とする「契約社員A」、契約期間を1年以内とする「契約社員B」が存在しており、本件の原告らは「契約社員B」として勤務していました。
正社員と契約社員Bの業務内容はおおむね共通していましたが、正社員は通常の売店業務に加えて、休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか、複数の売店を統括して売店業務のサポートやトラブル処理などを行っていました。また、正社員は、配置転換を命じられる現実の可能性があり、正当な理由なく、拒否できませんでした。
これに対し、契約社員Bは、売店業務に専従しており、業務場所の変更を命じられることはあっても、業務内容の変更や配置転換を命じられることはありませんでした。
このように、正社員と契約社員Bとの間では、職務内容や配置の変更の範囲について、ある程度の相違があったようです。
(3)判決内容
最高裁は、結論として、契約社員Bへの退職金の不支給は不合理な労働条件の相違ではないと判断して、原告らの請求を棄却しました。
最高裁は、株式会社メトロコマースにおける退職金の支給目的について、「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から、様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたもの」と認定しました。
そのうえで、正社員と契約社員Bの職務の内容等が異なることなどを考慮し、正社員に対して退職金を支給する一方で、契約社員Bに対してこれを支給しないという労働条件の相違は、旧労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと判断しました。
なお、本判決は、売店業務に従事する正社員が他の多数の正社員と職務の内容及び変更の範囲が異なることについて、「組織再編等に起因する事情」が存在していたとして、これを旧労働契約法20条の「その他の事情」として考慮しています。
【2】日本郵便(東京・大阪・佐賀)事件の解説
(1)日本郵便事件とは(最判令和2年10月15日)
本件は、郵便事業を行う日本郵便株式会社と有期労働契約を締結し、日本郵便株式会社が運営する郵便局において、契約社員として郵便業務に従事していた原告らが、日本郵便株式会社の正社員と同一内容の業務を行っているにもかかわらず、各種の手当等が支給されていないことが、旧労働契約法20条に違反するとして、東京・大阪・佐賀の3つの地方裁判所において損害賠償等を求めた事案です。
本件で争点となった手当等は多岐にわたりますが、このうち、
- a.夏期冬期休暇
- b.年末年始勤務手当
- c.病気休暇
- d.扶養手当
について、最高裁の判断内容を説明したいと思います。
(2)判決内容
最高裁は、上記のa~dの各手当等について、契約社員に与えないことは、いずれも旧労働契約法20条にいう不合理なものであると判断しました。以下、各手当等について、その判断理由の概要を記載します。
a:夏期冬期休暇について(佐賀事件)
夏期冬期休暇を契約社員に与えないことが不合理である理由は以下のとおりです。
■理由1
正社員に対して夏期冬期休暇が与えられているのは、年次有給休暇等とは別に、労働から離れる機会を与えることにより、心身の回復を図る目的によるものであり、夏期冬期休暇の取得の可否・取得可能日数は正社員の勤続期間の長さに応じて定まるものではないため。
■理由2
郵便業務を担当する契約社員は、繁忙期に限定された短期間の勤務ではなく、業務の繁閑に関わらない勤務が見込まれているのであって、夏期冬期休暇を与える趣旨は、契約社員にも妥当するため。
b:年末年始勤務手当について(東京事件)
年末年始勤務手当を契約社員に対して与えないことが不合理である理由としては以下のとおりです。
■理由1
年末年始勤務手当は、郵便業務についての最繁忙期であり、多くの労働者が休日として過ごしている期間において、業務に従事したことに対し、その勤務の特殊性から基本給に加えて支給される対価としての性質を有するものであるため。
■理由2
年末年始勤務手当は、正社員が従事した業務の内容やその難度等に関わらず、所定の期間において実際に勤務したこと自体を支給要件とするものであり、その支給金額も、実際に勤務した時期と時間に応じて一律であるため。
■理由3
このような年末年始勤務手当の性質や支給要件・支給金額に照らせば、これを支給することとした趣旨は、契約社員にも妥当するため。
c:病気休暇について(東京事件)
病気休暇を契約社員に与えないことが不合理である理由は以下のとおりです。
■理由1
有給の病気休暇には、正社員が長期にわたる継続的な勤務が期待されることから、その生活保障を図り、私傷病の療養に専念させることで、その継続的な雇用を確保する目的があるため。
■理由2
この目的に照らせば、契約社員についても、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、私傷病による有給の病気休暇を与えることとした趣旨は妥当するため。
d.扶養手当について(大阪事件)
扶養手当を契約社員に与えないことが不合理である理由は以下のとおりです。
■理由1
扶養手当には、正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、その生活保障や福利厚生を図り、扶養親族のある者の生活設計等を容易にさせることで、その継続的な雇用を確保するという目的があるため。
■理由2
この目的に照らせば、契約社員についても、扶養親族があり、かつ、相応に継続的な勤務が見込まれるのであれば、扶養手当を支給することとした趣旨は妥当するため。
【3】同一労働・同一賃金の実務上の留意点
上記の最高裁判決を踏まえ、同一労働・同一賃金対応を進める上で、企業はどのような点に留意すればよいのでしょうか。以下、退職金と各種手当等に分けて私見を記載します。
(1)退職金
最高裁は、上記の判決において、契約社員に対して退職金を支給しないことは不合理ではないと判断しましたが、全ての退職金についてこの判断が妥当するわけではないことに注意が必要です。判決で認定されているように、あくまで、職務内容や配置の変更の範囲等に相応の相違があることが前提となります。
逆に言えば、職務内容や配置の変更の範囲等に明確な相違があり、その相違によって退職金を不支給としていることの合理的な説明ができる場合には、全額不支給という運用が不合理なものではないと認められる可能性があります。
契約社員に対して、退職金を支給しないこととしている企業においては、以下の2点について慎重に精査すべきでしょう。
- 契約社員と正社員との間に職務内容・配置の変更の範囲等について相違があるか
- その相違はどの程度のものであるか
また、前述したとおり、最高裁は、「組織再編等に起因する事情」も「その他の事情」として労働条件相違の不合理性の判断の考慮要素となり得ることを示しており、今後の裁判実務に影響を与える可能性があります。
(2)各種手当等
所定の仕事をしていること自体の対価としてその難易度等にかかわらず手当を支給している場合、正社員と契約社員との間に職務内容や配置の変更の範囲について相違があったとしても、その仕事をしていること自体に違いがないのであれば、契約社員への不支給が不合理と評価される可能性があります。
また、病気休暇や扶養手当などについては、長期の継続的な雇用を確保する目的があるため、最高裁判決でも言及されているように「相応に継続的な勤務が見込まれる」契約社員について、それらの休暇や手当を与えないことは、不合理と評価されるリスクが高まるでしょう。
おわりに
以上、簡単ではありますが、同一労働・同一賃金に関する最高裁判決について解説しました。
パート労働者や有期雇用労働者に対する待遇については、昨今、社会的な関心事となっており、今後も重要な裁判例が多数出るものと予想されます。
経営者・人事労務担当者の方には、今後の裁判実務の動向をフォローいただくとともに、ご不安な点があれば、一度弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談いただくことをオススメします。