賃金46%減を生む"子育てペナルティ"。女性の育児とキャリアの両立を阻む構造的課題
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出産や育児をきっかけに、女性の賃金やキャリアに不利が生じる現象は「子育てペナルティ」と呼ばれています。近年の研究により、その実態は明らかになりつつあります。では、子育てペナルティはどのような要因によって生じているのでしょうか。また、企業の経営層や人事はこの課題に対してどのように向き合えばよいのでしょうか。前編となる本記事では、東京大学大学院経済学研究科の山口慎太郎教授らの研究結果などをもとに課題の構造を探ります。

東京大学大学院経済学研究科教授
1999年慶應義塾大学商学部卒業、2001年同大学大学院商学研究科修士課程修了。2006年、米ウィスコンシン大学にて経済学博士号(Ph.D.)取得。カナダ・マクマスター大学准教授などを経て、2017年より現職。専門は、結婚・出産・子育てを経済学的に分析する「家族の経済学」と、労働市場を扱う「労働経済学」。著書に『「家族の幸せ」の経済学——データ分析でわかった結婚、出産、子育ての真実』(光文社新書)など。
データで明かされる子育てペナルティの実態
近年、育児と仕事の両立を支える制度整備が飛躍的に進んできました。2022年の産後パパ育休(出生時育児休業)創設や、2025年4月に施行された改正育児・介護休業法など、男女を問わず柔軟な働き方を支える仕組みが整えられています。「仕事を辞めずに子育てができる」という選択肢は、以前と比べて確実に広がってきました。
一方で、制度が整っても、出産を経た女性のキャリアや賃金は出産前と同じ軌道に戻りにくい現実があります。仕事は続けられても、その後のキャリアや賃金が出産前の水準に回復しない。そうした傾向が、業界や職種を超えて、近年の研究で繰り返し観察されているのです。

出産を経験したグループの収入推移(出典)「Unpacking the Child Penalty Using Personnel Data: How Promotion Practices Widen the Gender Pay Gap」(p.18)
なかでも、日本企業の人事データをもとに実態を示したのが、東京大学大学院経済学研究科の山口慎太郎教授らの研究グループです。論文「Unpacking the Child Penalty Using Personnel Data: How Promotion Practices Widen the Gender Pay Gap」では、日系大手製造企業の社員データを分析した結果、第一子出産から10年間で平均すると、女性の賃金は出産がなかった場合と比べて約46%低い水準にとどまることが示されました。また、出産直後は労働時間の減少が賃金差の主な要因である一方、長期的には昇進機会の差が大きく影響していることも判明しました。
こうした傾向は、特定の業界に限った話ではありません。厚生労働省「21世紀成年者縦断調査」の個票データを分析した財務省財務総合政策研究所の報告書「第3章 チャイルドペナルティとジェンダーギャップ」では、特定の業種にとどまらない全国的な傾向が示されています。第一子出産をきっかけに、男性の労働所得に変化は観察されない一方、女性の労働所得は出産後に約60%減少するという結果です。

(出典)「仕事・働き方・賃金に関する研究会―一人ひとりが能力を発揮できる社会の実現に向けて」報告書 第3章 チャイルドペナルティとジェンダーギャップ(p.47)- 財務省財務総合政策研究所
対象や分析期間が異なるため数値の幅はありますが、両研究が共通して示すのは、出産・育児を経たかどうかで、女性のキャリアや賃金が大きく変わってしまう構造があるという事実です。出産・育児を機に、女性の賃金や就業、キャリアに不利が生じる現象は「子育てペナルティ」と呼ばれ、日本で確かに起きています。
子育てペナルティを生む3つの構造
では、この「子育てペナルティ」はなぜ起こるのでしょうか。政府は2023年に「こども未来戦略」を閣議決定し、女性の就業継続やキャリア形成の支援を掲げています。育児・介護休業法の改正も重ねられ、2025年にはさらなる制度整備が進みました。
しかし、山口教授らの論文が示す約46%、財務総研の報告書が示す約60%という数字は、制度の整備だけでは埋まらない現実があることを物語っています。また、将来の管理職候補層が細り、採用競争力が低下するリスクもあるため、経営の視点からもこの問題は放置できません。子育てペナルティが生まれる背景には、いったいどのような構造があるのでしょうか。
SmartHR Mag.編集部では、複数の調査や研究を踏まえて、子育てペナルティの背景に3つの構造的な要因が絡み合っているのではないかと考えました。
要因1:家庭内での性別分業の規範
総務省「社会生活基本調査」によると、6歳未満の子をもつ夫婦では、夫の家事関連時間が1時間54分、妻が7時間28分。差は縮小傾向にあるものの、依然として大きな開きがあります。

保育園からの呼び出しや子供の体調不良時の対応など、日常的なケア責任は母親に集中しやすく、出産後の時間的制約も主に母親に生じます。これが労働時間や働き方の制約につながっていると考えられます。
要因2:職場における評価・昇進の慣行
山口教授らの論文では、第一子出産直後に女性の賃金が下がる主な原因は、労働時間の減少と示されています。一方、数年経つと労働時間は回復します。それでも、出産がなかった場合との賃金差はむしろ広がっていくことも、同論文で説明されています。この長期的な開きの主要因は、役職手当に代表される昇進の遅れです。
多くの職場では、長時間労働や突発的な対応への即応力・可用性が暗黙的に評価されやすく、出産後はその条件を満たしにくくなります。結果として初期の労働時間の減少に加え、昇進の遅れが長期的な賃金差の固定化につながっている可能性があります。
要因3:税制や社会保障の制度インセンティブ設計
税や社会保険の仕組みには、一定の収入を超えると配偶者の扶養から外れ、本人に税や社会保険料の負担が発生する仕組みがあります。その境界を意識した働き方が選ばれる傾向は、実際のデータにも表れています。
市町村税務データを用いた研究によると、配偶者ありの女性の給与収入分布には、103万円・130万円の境界で明確な山ができていることが確認できます。近年は年収の壁の引き上げが進んでいますが、境界を意識した就業調整の傾向は依然として観察されます。

「扶養内で働くほうが世帯としては有利」という制度設計は、出産から復職する際の働き方の選択にも影響を及ぼしている可能性があります。厚生労働省の分析では、出産を機に正社員女性の約53%、フルタイム非正規社員女性の約68%が離職しており、その7割以上は3年以内に復職するものの、復職先の多くはパートタイムなどの非正規雇用です。一度離職し、時短の非正規で復職するという流れが合理的に見える環境が、結果として労働時間や賃金の回復を抑える方向に作用しているとも考えられます。
こうした仮説を踏まえ、前編では子育てペナルティが生じる要因について、山口教授に解説していただきました。

産後就業継続の先に潜む“子育てペナルティ”
「子育てペナルティ」というテーマについて、研究者として、また内閣府男女共同参画会議民間議員として政策立案に関わる立場から、どのように捉えていますか。
山口教授
男女間の賃金格差は多くの国で重要な課題として認識されていますが、日本はとくにその格差が大きいことが知られています。
なぜ格差が生じるのかについては、これまでにさまざまな研究が行なわれてきました。そのなかで明らかになってきたのが、出産をきっかけに女性の働き方や賃金に大きな変化が生じるという事実です。この現象は「子育てペナルティ」と呼ばれ、男女間の賃金格差を説明する大きな手がかりとして注目されています。
子供をもつこと自体は本来、個人の選択です。しかし、その結果として不可抗力的に賃金が大きく低下するのであれば、それは個人の問題にとどまりません。企業の人事制度、さらには社会全体の価値観や規範といった個人ではコントロールしきれない構造的な要因が関係している可能性があります。私はそうした観点からこの問題を捉えています。

近年は育児休業制度の拡充などもあり、出産後も働き続ける女性は増えています。一方で、先生の研究では出産を機に賃金が大きく落ち込むことが示されています。この「就業継続は進んでいるのに賃金への影響が残る」という状況について、どのように考えられていますか。
山口教授
かつては出産を機に離職するケースが多く、一度正社員を辞めると再び同じ立場に戻ることは非常に難しい状況でした。その意味で、「辞めずに働き続けられるようになった」こと自体は大きな変化です。
ただ、データを詳しく見ると、就業は継続していても、その後のキャリアに大きな変化が生じていることがわかります。たとえば昇進の遅れや役割の変化が積み重なり、結果として賃金に差が出てきます。
実際、出産を経た女性の賃金推移を見ると、まるで崖から落ちるように賃金が大きく落ち込み、その後も回復しにくいことがわかります。こうした傾向は日本に限らず、多くの先進国で共通して観察されています。

つまり、出産を経て「働き続けられるようになった」ことと「キャリアを築けること」は、必ずしも一致しないということですね。
山口教授
そのとおりです。就業継続は前提ですが、それだけでは十分ではありません。キャリア形成や評価のあり方まで含めてみなければ、出産を機に生じる影響は解消されないと考えています。
性別分業の規範意識がもたらす影響
では、「子育てペナルティ」が発生する構造について詳しく教えてください。私たちは「(1)性別分業に関する規範意識」「(2)職場評価・昇進の慣行」「(3)税制や社会保障などの制度」といった複数の要因が重なっていると考えました。先生はどのようにご覧になりますか。
山口教授
どれも無関係ではなく、複数の要因が組み合わさって影響していると考えられます。そのなかでもとくに指摘されてきたのが、「家庭内の役割分担はこうあるべきだ」という無意識の前提、いわゆる性別分業に関する規範意識です。
日本の場合、法律や公的制度といった制度設計や、育児休業制度や保育サービスの充実度は国際的にみても高い水準にあります。それでも実態がともなっていないとすれば、規範の影響が大きいと考えるのが自然です。
ただ、この「規範」という存在は非常に捉えにくい。どのように形成され、どうすれば変えられるのかについては十分に解明されていません。
「社会生活基本調査」によると、6歳未満の子供をもつ夫婦において、1日の家事関連時間は夫が1時間54分、妻が7時間28分と依然として女性に大きく偏っていることが示されています。
山口教授
そうしたデータからも、性別分業の規範が子育てペナルティの根本的な要因の一つであることがうかがえます。
私たちの研究でも、出産後に時短勤務を利用する女性は約8割にのぼる一方、男性の利用は限定的でした。制度上は男女ともに利用可能なはずなのに、実際の役割分担は大きく偏っているのが現状です。
また、私たちの調査対象だった企業のアンケートによると、家族のケアに関連して業務上の配慮を求める声は女性に多く、男性ではあまりみられませんでした。こうした点からも、育児や家事の負担が女性側に集中している実態が確認できます。
合理的な判断が性別分業規範を固定化する
共働きが一般化しているにもかかわらず、役割分担が女性に偏るのはなぜでしょう。
山口教授
どちらがより多く働くかを考えたときに、現時点の収入や将来の昇進の見通しから、男性のほうが収入を伸ばしやすいと判断されやすい。その結果、世帯所得の最大化を考えると、収入の高い側が仕事を優先し、もう一方が家庭を担う分担が選ばれやすくなります。これは各家庭にとって合理的な判断ともいえます。
しかし、その前提となる男女間の賃金格差や昇進機会の差自体が公平だとは限りません。個人では変えにくい構造を前提にした「合理的な判断・行動」が、性別役割分業をを固定化してしまう側面もあるのです。
また、男女で管理職比率に差があることもこうした判断に影響しています。男性のほうが管理職に占める割合が高いという現実を前提にすると、「どちらが家計に貢献しやすいか」という判断にも自然と偏りが生じますよね。

昇進の慣習が賃金差を固定化
出産後に多くの女性が短時間勤務を選択し、それが出産しなかった場合との賃金の差につながることも指摘されています。また、先生のご研究では、通常勤務に戻った後もその差が解消されないことが示されています。この点について詳しく教えてください。
山口教授
今回の研究では、賃金の額面だけでなく、その内訳や労働時間、評価、昇進といった要素を分解して分析しています。
出産直後についてみると、賃金の落ち込みの大部分は労働時間の減少によって説明できます。時短勤務による控除や残業代の減少など、「働いた時間に応じて賃金が下がる」という直接的な要因です。
大切なのはその先です。子供の成長にともない労働時間が戻っても、出産していない同世代の女性との賃金差はほとんど埋まりません。その理由を賃金の内訳から分析すると、長期的には「役職に応じた賃金」、つまり昇進の差が大きく影響していることがわかりました。
さらに分析を進めると、労働時間・評価・昇進が連動している構造が浮き彫りになります。労働時間が長いほど評価が高くなり、その評価が昇進につながる。出産後に時間制約が生じると評価が伸びにくくなり、その影響が昇進の遅れとして蓄積され、働ける時間が戻った後も賃金差が残るという構造です。
女性社員の業務負担を軽くするなどの配慮も、評価や昇進に影響しているのでしょうか。
山口教授
研究では評価プロセスそのものを直接みているわけではありませんが、労働時間と評価の関係からみると、「配慮」が意図せず評価や昇進に影響してしまう可能性はあります。たとえば、業務負担や残業の軽減は必要な対応ですが、その結果として労働時間が短くなれば、評価や昇進に影響が及びやすくなります。
また、「子供がいるから負担の大きい仕事は難しいだろう」といった前提で、挑戦的な業務や機会からあらかじめ外されるケースもあります。こうした対応が経験機会の差につながっているとも考えられます。
突発対応できる、長時間働けるなどの“可用性”も評価に影響しているのですか。
山口教授
その影響も大きいと思います。制度上は可用性を評価対象にしない設計になっていても、実際の評価は現場で行われます。現場では「困ったときに対応できる」「突発的な業務を担える」といった点が評価に反映されやすい傾向があります。
もちろん、そうした対応自体は評価されるべきです。ただし、そのまま昇進の基準にしてしまうと長時間働ける人が有利になりやすく、人材配置に偏りが生じる可能性があります。
必ずしも「長く働ける人=リーダーに適した人」ではありません。労働時間とは別の軸で評価しないと、本来リーダーにふさわしい人材を見落とすおそれがあります。

「年収の壁」より根強い「損する」認識
所得税課税対象となり税制上の扶養から外れる103万円、社会保険の扶養から外れる130万円といった“年収の壁”によって、働き方を調整する人が多いともいわれます。こうした税制や社会保障の仕組みは、子育てペナルティにどのような影響を与えているとお考えですか。
山口教授
制度そのものについては、これまでに細かな見直しが重ねられてきたこともあり、年収の壁の影響は以前ほど大きくはなくなっています。また、最低賃金の上昇により、一定程度働けば年収の壁を超えるケースも増えており、収入を細かく調整する余地は小さくなりつつあります。
一方で、「このラインを超えると損をする」という認識が強く残っている側面もあります。とくに130万円を超えると社会保険料の負担が新たに発生するため、一時的に手取りが減ることはあります。ただ、将来の年金や医療保障も含めて考えると一概に不利になるとは限りません。
こうした点を踏まえると、制度そのもの以上に、「働くと損をする」というイメージが行動を左右している実態があるといえるでしょう。
ここまでみてきたように、子育てペナルティは、家庭内の役割分担、職場における評価・昇進の慣行、そして年収の壁に対する認識といった複数の要因が重なって起こっていると考えられます。制度を整えるだけでは解消しきれない、「構造」そのものに根差した問題です。
では、こうした構造的な課題に対して、企業や人事はどのように向き合い、どこから変えていくべきなのでしょうか。後編ではその具体的な打ち手について考えていきます。
(取材・文/POWER NEWS編集部、写真/横関一浩)







