働き方改革法における「客観的方法による“労働時間の把握義務化”」とは?基本的概要を解説
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こんにちは、特定社会保険労務士の榊 裕葵です。
働き方改革関連法における労働安全衛生法の改正に伴い、2019年4月1日より「客観的方法による労働時間把握」が義務化されます。
本稿では、法改正の背景や、企業はどのように法改正に対応していくべきかについて解説させていただきます。
従来の労働時間把握における課題
従来の労働時間把握における課題は、端的に言えば「根拠が曖昧であった」ということです。
「出勤簿」は「賃金台帳」、「労働者名簿」にならび「法定三帳簿」のひとつとされているものの、労働基準法上には出勤簿に関する個別具体的な定めはなく、「賃金台帳には労働時間数を記入しなければならず、また、残業代の計算も行わなければならないから、出勤簿の作成はその前提資料として当然必要になるものである」というような、回りくどい説明がされてきました。
労働基準法の条文と紐づけるならば、第109条の「その他労働関係に関する重要な書類」のひとつに含まれていると解釈するしかありませんでした。
【労働基準法第109条】
使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を3年間保存しなければならない。
また、上記に法的根拠を求め、出勤簿の作成が法的に必要であるとしても、出勤簿に何を記載すべきかということや、どのような基準に基づいて勤怠把握を行えば良いのかという法的根拠は曖昧なままでした。
この点、確かに「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(以下「ガイドライン」)」というものが存在するのですが、行政指導の根拠にこそなれども、法的な根拠になりうるのかは“微妙”と言わざるを得ない状況でした。
加えて、仮にガイドラインに何らかの法的根拠があったとしても、同ガイドラインは、管理監督者や裁量労働制の適用者には適用されないこととされていました。
このような状況であったため、従来は「うちの会社は出勤したら出勤簿に押印するだけ」とか「管理監督者については残業代は関係ないから労働時間は把握しない」といったような状態も、曖昧な状況のまま実務上は黙認されてきたというような印象があります。
また、未払い残業問題の表面化に加え、長時間労働による過労死や精神疾患も大きな社会問題となりました。
しかしながら、長時間労働による過労死や精神疾患のリスクは、残業代の支払義務の有無に関わらず、管理監督者であれ、裁量労働制の適用者であれ、直面するものです。
そこで、労働時間の把握は、単に残業代の計算という面だけではなく、健康管理という側面からも重要なので、働き方に関わらず、労働時間を客観的に把握することを法的義務にしなければならないのではないか、という法改正の機運が高まってきたわけです。
「客観的方法による労働時間把握義務化」の具体的概要
その流れを受け、働き方改革関連法には「客観的方法による労働時間把握の義務化」が盛り込まれることになりました。
労働時間の把握義務化が、労働基準法ではなく「労働安全衛生法」の条文に加えられ、また、一般の労働者のみならず管理監督者や裁量労働制の適用者にも労働時間の把握義務が適用されるのは、まさに「健康管理」という観点があるからに尽きます。
今回の法改正により、使用者は労働時間を客観的に把握し、長時間労働等が見られた場合は医師との面談を行わせなければなりません。
【労働安全衛生法 第66条の8の3 】
事業者は、第66条の8第1項(*1)又は前条第1項の規定による面接指導(*2)を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者(次条第1項に規定する者(*3)を除く。)の労働時間の状況を把握しなければならない。
*1 第66条の8第1項=長時間労働者に対する医師の面接指導
*2 前条第1項の規定による面接指導=「新たな技術、商品又は役務の研究開発に係る業務」に就く労働者に対する医師の面接指導
*3 次条第1項に規定する者:高度プロフェッショナル制度の対象者
このように今回、上記の「労働安全衛生法第66条の8の3」という条文が新たに定められたことにより、使用者が労働者の労働時間を把握しなければならない法的根拠が明確になったわけです。
企業における新法の注意点
新法の適用が開始されるにあたって、各企業が特に気を付けるべきは、新設された条文内の「厚生労働省令で定める方法により(中略)労働時間の状況を把握しなければならない」という部分です。
つまり、これまで曖昧であった労働時間の把握の方法についても、法律上に「厚生労働省令で定める方法」という委任の文言が明記されたため、これに基づき定められた厚生労働省令は明確な法的根拠を持つことになります。
この点、厚生労働省令には「タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間(ログインからログアウトまでの時間)の記録等の客観的な方法その他の適切な方法により、労働者の労働時間の状況を把握しなければならない」という内容が織り込まれる予定であるため、各企業は自社に合った客観的な労働時間の把握方法を検討し、4月1日の法施行までに準備を整えなければなりません。
加えて、繰り返しになりますが、この客観的な労働時間の把握義務の対象は、健康管理の観点から、一般従業員だけでなく管理監督者や裁量労働制の適用者も(残業代の支払とは別問題として)対象に含まれるため、この点も踏まえた対応が必要です。
企業における新法への具体的対応事項
対応にあたっての具体的なポイントは2つです。
(1)労働時間把握ルールの整備
1つ目のポイントは、ルールの整備です。
これまで、紙の出勤簿やエクセルシートなどで、労働者の自己申告に任せっきりにしていたり、紙の出勤簿に押印をするだけになっていたような場合は、どのような形で客観的な把握を実現していくのかルール決めが必要です。
より具体的に言えば、職場への入退場を労働時間とするのか、パソコンのオンオフを労働時間とするのか、勤務開始・終了と同時にスマホやPCのアプリで打刻をして労働時間を把握するのか、など自社の業務や職場環境にあった労働時間の把握ルールを決めるということです。
既にタイムカードなどを導入済の会社も、それが形骸化していないか、今一度確認が必要です。
実態としての業務開始時刻や業務終了時刻とタイムカードの打刻に大幅なズレが生じていたならば、労働時間の客観的な把握義務を果たしていることにはなりません。
(2)自社に適したツール選定
2つ目のポイントは、自社に適した労働時間の把握方法を実現できる「出入場管理システム」や「クラウド勤怠管理ソフト」などのツールの選定です。
たとえば、「当社ではクラウド勤怠管理ソフトで勤怠管理をする」と決めた場合において、ひと口にクラウド勤怠ソフトと言っても、多種多様なソフトが存在します。
その中から、自社に合った打刻方法(タイムカード、指紋認証、顔認証等)、自社の勤務体系への対応可否、インターフェースの使いやすさなどを踏まえ、労務担当者や従業員が使いやすいソフトを選定する必要があります。
もちろん比較検討や導入準備を行う時間も必要ですので、対応にあたっては可及的速やかな着手が望ましいと言えるでしょう。
まとめ
「客観的方法による労働時間把握の義務化」の法改正が施行される2019年4月1日まで、あと2ヶ月ほどとなりました。自社の現状把握および法改正への対応準備を含めると、残された時間は多いとは言えません。
「健康経営」という言葉はあちこちで聞かれるようになったよう、従業員の健康管理はこれからの時代、重要な経営テーマであることは間違いありません。
労働時間の客観的把握義務への対応は、健康経営への第一歩になりうるはずです。
(了)