人事・労務担当が知っておきたいHRニュース|2024年4月の振り返りと5月のポイント
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こんにちは! 元SmartHR社員で開業社会保険労務士の岸本です。おかげさまで、私が担当するHRニュースは今回で3回目を迎えられました。
これもひとえに記事を読んでいただける皆さまと、いつも掲載まで丁寧にサポートしてくれるSmartHR Mag.編集チームのおかげです。あらためて心より感謝の気持ちをお伝えします。
さて、いよいよ人事労務の年間スケジュールで繁忙期ともいわれる6月が迫ってきました。今回も実務目線で、少しでも皆さまのお役に立てる情報をお届けしたいと思いますので、ぜひご覧ください!
4月のトピックを振り返る
4月は、注目すべき2つの最高裁判決がありました。いずれも今後の人事労務業務に大きな影響を与えそうなテーマであり、非常に興味深い内容となっているので、今回はこちらをピックアップしました。
ちなみに、裁判における判決文は、わかりづらい部分も多く、「人事労務の仕事に関係ありそうだけど、時間もないし全部読むのは面倒だなぁ……」と思われる方も少なくないはずです。
そこで、誰でもわかりやすくポイントを絞って理解できるように、なるべく実務目線で必要な内容をまとめてみましたので、お気軽に目を通してみてください。
トピック1:「事業場外みなし労働時間制」に関する最高裁判決
令和6年4月16日、最高裁判所は、事業場外みなし労働時間制における「労働時間を算定し難いとき」が争点となった裁判で、適用を否定した二審判決を破棄し、高等裁判所へ審理を差し戻しました。
(参考)令和5年(受)第365号 損害賠償等請求本訴、損害賠償請求反訴事件 令和6年4月16日 第三小法廷判決 - 裁判所ウェブサイト
簡単まとめ
- 外国人技能実習生の指導員が、事業場外でのみなし労働に対する残業代の支払いを求めて訴えた
- 労働基準法第38条2による「事業場外労働のみなし労働時間制」が適用されるかどうかが争われた
- 高裁判決では、指導員の業務日報を根拠に「労働時間を算定し難いとき」には該当しないと判断されていた
- ところが最高裁では、日報などの記録に加えて内容に関する客観的な裏づけが重要だとして、「日報のみを重視した二審判決は違法と判断」
- ※最高裁では高裁とは異なった判断がされた
つまり、この指導員については「“事業場外みなし労働時間制が適用されない”とした高裁判決は違法(≒適用されうる)」と最高裁が結論づけたということです。
私は、このニュース速報を聞いた瞬間、実は少し驚きました。
なぜなら、過去に同じく事業場外みなし労働時間制の適用可否が争われた最高裁判例(平成26年1月24日 阪急トラベルサポート事件では、旅行ツアーの添乗員は「労働時間を算定し難いときに当たるとはいえない」(※今回の判決とは逆の判断)とされた例もあるからです。
(参考)平成24年(受)第1475号 残業代等請求事件平成26年1月24日 第二小法廷判決 - 裁判所ウェブサイト
しかし、あらためて今回の判決文をじっくり読んでみると、最後に次の一文が補足されていたので、なるほどと納得しました。
もっとも、いわゆる事業場外労働については、外勤や出張等の局面のみならず、近時、通信手段の発達等も背景に活用が進んでいるとみられる在宅勤務やテレワークの局面も含め、その在り方が多様化していることがうかがわれ、被用者の勤務の状況を具体的に把握するのが困難であると認められるか否かについて定型的に判断することは、一層難しくなってきているように思われる。
つまり、事業場外みなし労働時間制の適用可否の判断については、結局のところケースバイケースであり、その内容によっては認められることもあるし、認められないこともある。ただ、「現代の多様な働き方において、判断そのものがますます難しくなってきている」ことは最高裁も認識済みであるようです。
実務に携わる立場での現実的な感覚としては、スマートフォンを1人1台を所持しているのがスタンダードであるのと同様です。勤怠管理もクラウドシステムを利用する企業が増えている現在において、少なくとも技術面や環境面を理由として、遠隔での指示や報告を含めた時間の管理や把握が困難と思われるシーンもなかなか想定しづらいものです。
さらに、従業員への安全配慮や長時間労働防止の観点で、雇用側には実労働時間の適切把握がより厳しく求められている現状も鑑みると、この事業場外労働のみなし制度の新規導入や今後の継続については、ますます慎重に検討すべきテーマであることは間違いないといえるでしょう。
トピック2:「職種限定の配置転換」に関する最高裁判決
令和6年4月26日、最高裁判所は、仕事を特定の職種に限定して働く男性に対し、使用者が別の職種への配置転換(配転)を命じられるかが争われた裁判で、労働者の同意がない配転命令は違法とする判断を示しました。
(参考)令和5年(受)第604号 損害賠償等請求事件 令和6年4月26日 第二小法廷判決 -裁判所ウェブサイト
簡単まとめ
- 福祉施設で福祉用具などを改造する技師として約18年間勤務した男性に対して、施設側から平成31年4月1日付での総務課への人事異動の内示があった
- 男性本人は、事前に打診のない総務課への配転命令は違法だとして、施設側に対して損害賠償などを訴えた
- なお、施設では福祉用具の改造業務の受注が減り、業務を廃止する方針だったことや、異動先の総務課では欠員が生じていたという背景もあった
- 高裁判決では、配転命令には男性の解雇を回避する目的があったとして、総務課への異動には合理的な理由があると判断されていた
- ところが最高裁では、職種や業務を限定する合意があれば「使用者は同意なしに配転を命じる権限を有しない」と指摘して、二審判決に審理を差し戻した
- ※最高裁では高裁とは異なった判断がされた
この判決も、これからの時代の労務実務に影響を与える重要な内容だと思います。
なぜなら、いわゆるジョブ型雇用がますます広がっていく可能性のある今後において、「職種を明確に定めて限定した雇用条件で採用する場合には、その後の状況にかかわらず、労働者が同意しなければ別の職種には配置転換ができない」という前提で人員計画などを考える必要があるからです。
ちなみに、一審と二審での「配転命令は適法(職種限定の合意はあったものの、解雇を回避するための配転には業務上の必要性があった)」と、最高裁での「配転命令は違法(職種限定の合意がある場合は、使用者には同意なしに配転を命じる権限がない)」のいずれも、実際の実務観点からはそれぞれに対して一定の理解はできる内容ではないでしょうか。
そのうえで、やはり今後の実務においては、「大幅な職種変更や異動を検討する際には、どのような雇用契約であったとしても、対象となる当事者本人へ丁寧に事前説明し、原則として同意を得たうえでの配転を進める運用が望ましい」かと思います。
また先ほども少し触れましたが、ここ数年でよく話題に出てくるメンバーシップ型雇用からジョブ型雇用への移行の流れや、個人のキャリア形成がより重要視されるこれからの時代においては、会社と従業員の双方がお互い納得する職種や職務内容となるようにできる限り調整し、より高いパフォーマンスが発揮できる環境を整えることが、何よりも大事といえるでしょう。
5月は定額減税の対応に向けて早めのご準備を
トピック1:定額減税の最新情報
今月も、定額減税に関する最新情報をお届けします。
国税庁の令和6年分所得税の定額減税Q&Aが一部更新されていますので、主な更新部分のみを抜粋しています。
- 「所得制限を超える人から控除不要の申出があった場合、月次減税額を控除しなくてもよいか」(2-1)
- 合計所得金額が1,805万円を超えると見込まれるかどうかにかかわらず、控除対象者は一律に月次減税額の控除を受けることになるので、適用の可否を選択できない
- 「休職者に対しては給与の支払いがない場合、基準日在職者に該当するか」(3-5)
- 令和6年6月1日現在において給与の支払いがなかったとしても、基準日在職者に該当する場合、復職後に支払われる令和6年分の給与から月次減税額の控除を受けることになる
なお、SmartHRでは、すでに「令和6年 定額減税に必要な『同一生計配偶者』の情報を収集できるようになりました」とのリリースがされています。
その他、それぞれでご利用されている給与計算システムなどについても、5月以降には続々と定額減税に関してアップデートが予想されるので、引き続き最新情報のキャッチアップを強く意識しながら、早めの準備が求められます。
トピック2:ロクイチ(6/1)報告へ向けて
気づけば、毎年6月1日時点の雇用状況を報告する「ロクイチ報告」(正式名称:高年齢者・障害者雇用状況報告)の提出時期が近づいてきました。
厚生労働省のホームページでは、近日中に令和6年の記入要領等が公開される予定とのことなので、こちらもぜひ早めに確認しておきたいところです。
なお、繰り返しにはなりますが、今年はとくに同時期での定額減税への対応に追われることも想定されます。そのため、SmartHRの分析レポートなどの便利なツールを用いて、必要な集計作業を前倒しで進めることがより重要となってきます。
SmartHRのロクイチ報告用プリセットレポートを使用した例も、ご紹介しているので合わせてご覧ください。
トピック3:労働保険年度更新や算定基礎届の準備もお早めに
令和6年度の労働保険の年度更新についても、厚生労働省のホームページで関係資料が公開されました。
こちらはすでに対応を進めている企業も多いと思いますが、まだ手をつけていない方はお早めに着手されるとよいと思います。
また、社会保険の算定基礎届についてはもう少し先の対応となるものの、こちらも定額減税対応を見据えた事前準備がとにかく大切です。必要な業務が滞らないように、無理のない全体スケジュールを予め組んでおくと安心でしょう。
人事・労務担当者に求められる
「従業員・会社それぞれが納得できる方向へ導く」姿勢
今回は冒頭で、直近での最高裁判決を2つ取り上げてみましたが、原稿を書いているときにふと思い出した私自身の印象深いエピソードをご紹介しておわりにしようと思います。
過去に総合法律事務所で働いていた際、労務案件とは別のある打ち合わせに同席し、当時の上司だった代表弁護士がクライアントへ話した忘れられない一言があります。
その代表弁護士は、クライアントからの相談内容をよく聞いたうえで、ひととおりの法的見解を述べたあと、最後に「そうは言っても法律ではなく最後は人と人との関係性ですからね」と笑顔でアドバイスされました。
労務実務も同じで、法律を学ぶことは当然重要ですが、「従業員と会社のそれぞれの立場をよく理解し、双方がなるべく納得できる方向へと導くこと」が、人事・労務担当者に求められるもっとも大切な役割の一つなのだろう、といつも感じているところです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。それでは、次回もぜひご覧ください!