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地方企業の離職防止戦略 ─ 賃上げだけでは解決しない「働きがい」の創出法

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目次

多くの地方企業にとって、深刻化する人手不足は喫緊の課題です。さらに今後予定されている社会保険適用拡大や最低賃金の上昇を受け、人事戦略や経営手腕がより問われる時代に突入します。

地方の特性を活かし「優秀な人材を確保しながら生産性を向上させる」には、どのようなアプローチが必要なのでしょうか。

今回は、青森市で社会保険労務士として活躍し、『人手不足時代を生き抜く地方の会社の人事戦略』の著者である本田淳也さんにお話を伺いました。地方企業が直面する課題と、その打開策について掘り下げていきます。

※SmartHRでは人事・労務の業務に役立つセミナーを多数開催しています。本記事は2025年1月に開催したセミナーの内容をもとに制作しています。

本田 淳也 氏 

本田社会保険労務士事務所 代表

1975年、青森県深浦町生まれ。北海道自動車短期大学を卒業後、国家二級自動車整備士を取得し札幌市内のディーラーにメカニックとして勤務。その経験を活かし、四輪駆動車専門誌「4×4MAGAZINE」編集部で数多くの記事を執筆。2014年1月青森市内にて開業。社労士としての一般的な給与計算、労働社会保険手続き、労働相談、就業規則作成等のほかに、社外人事部長として、企業の組織運営もサポートしている。主な著作『自動車整備業の経営と労務管理』(2019)、『人手不足時代を生き抜く地方の会社の人事戦略』(2024)など。

地方企業が直面する深刻な課題

地方企業は都市部に比べて十分な利益を上げにくく、人材も都市部への流出が続いています。その結果、深刻な人手不足に直面しているほか、デジタル化の取り組みも遅れがちなのが実情です。今後10年ほどの間に、事業の継続が困難になり、廃業を余儀なくされる企業が相当数出てくる可能性が高いと考えます。

さらに、今後予定されている社会保険の適用拡大により、週20時間以上の労働者が社会保険加入となる制度変更も控えています。サービス業など、パートタイムで働く従業員が多い業種では、その割合が高い企業ほど、より大きな影響を受けることになります。

今後の採用の鍵になる知人や関係者からの「紹介」

ここからは書籍の内容を土台に、人手不足の解決に向けた重要な取り組みについてお話ししたいと思います。まずは「採用」です。

厚生労働省の「労働市場における雇用仲介の現状について」という興味深い資料があります。経路別入職割合の推移を見ると、地方で第一選択肢となるハローワークが3番目で18パーセント。それより多いのが「縁故」で25パーセントです。

経路別入職割合

出典:厚生労働省「労働市場における雇用仲介の現状について」P15より

縁故とは多少異なるものの、今後は戦略的な「紹介」での人材確保に力を入れるべきだと考えています。

というのも地方に行けば行くほど、企業や人同士のつながりはより密になるからです。そのため、地域に根ざした関係性を活かし、「紹介」によって人材を確保する視点が重要です。

実際、知人や関係者からの紹介を通じて応募につながるケースは多く見受けられます。こうした傾向を踏まえ、今後は「紹介」を活かした採用活動への注力が有効だと考えます。

社員の離職につながる「鉄板3要素」

採用後の離職防止も、地方企業にとって重要な取り組みです。社員が辞めてしまう理由には、次の「鉄板3要素」があります。

  1. 労働条件(賃金、休日など)
  2. 人間関係(ハラスメントはNG)
  3. やりがい

とくに人間関係については注意が必要です。いくら賃金や休日などの労働条件が良くても、人間関係が良くないことでストレスに耐えきれず辞めてしまう人が少なくありません。また若い人には「やりがい」の要素が占める割合が大きく、労働条件は良くても仕事のやりがいを見つけられずに離職してしまうケースが多く見られます。

似て非なる「働きがい」と「働きやすさ」

離職防止に関連して、「賃上げ」についてもよく相談を受けます。やる気に関していえば、賃上げをしてもモチベーションは上がりませんし、上がったとしても限定的です。

では、本質的に従業員のモチベーションを上げるためにはどうしたらいいか。それにはハーズバーグの二要因理論を理解する必要があります。

この理論では、「働きやすさ」と「働きがい」の2つの要素があり、「働きやすさ」は不足すると不満をもたらすが満足はもたらさず、「働きがい」こそが真の満足と動機づけをもたらすとされています。

「働きやすさ」は、賃金、労働条件、対人関係、雇用保障、会社の方針、管理監督の質です。十分でないと不満をもたらすが、十分であっても満足はもたらされず、やる気を喚起しない要素です。

一方、「働きがい」となる要素は、昇進、成長機会、承認や認知、仕事の責任、達成感、やりがいのある仕事。これらに積極的にアプローチして、満足度を高めていくことが重要です。そうすれば自ずとモチベーションも上がっていきます。

ハーズバーグの二要因理論

従業員のやりがい創出に必要な「貢献感」

やりがいを創出する考え方のひとつで、「教会を見せる」という有名な寓話にもとづいたアプローチをご紹介します。

ある旅人が、レンガを積む3人の職人に「何をしているのか?」と尋ねました。

1人目の職人は辛そうな表情で「レンガを積んでいる。暑い日も寒い日も、大変なんだ」と答えました。

2人目の職人は必死な表情で「大きな壁を作っている。家族を養えるからありがたいよ」と答えました。

そして3人目の職人は嬉しそうに「大聖堂を作っているんだ。歴史に残る建物に関われて、毎日が楽しい」と語ったのです。

この話は、同じ作業でも「自分の仕事が何につながっているか」を理解しているかどうかで、やりがいや意識が大きく変わることを示しています。

また、従業員のモチベーションを高めるには、次の3つも鍵になります。

  • 「連帯感」
  • 「成長感」
  • 「貢献感」

なかでも「貢献感」は、会社や部署への貢献、顧客への貢献、さらには地域社会への貢献など、多面的に存在します。

事例1:金銭的報酬を超え、「町への貢献」という精神的報酬が従業員のやりがいを大きく向上

例として、青森県深浦町の「深浦マグロステーキ丼」の事例をご紹介します。

東日本大震災発生後の当時、街の観光産業に危機感をもった役場観光課の担当者からの依頼に応え、オリジナルの新メニューを開発し、爆発的な人気を生み出した実話です。

新・ご当地グルメの開発に協力した飲食店のオーナーは、「忙しくて戦場のようだったが、従業員にも一体感が生まれ、本当にやってよかった」、「ずっと町のために何かしたかったが、その機会を与えてくれたのがこのプロジェクトだった」と語っています。地域への貢献が、スタッフのモチベーション向上に直結した好例です。

  • 事例:青森県深浦町の「深浦マグロステーキ丼」
  • 背景:青森県の人口約6,700人の町で、東日本大震災後に観光産業が危機的状況に
  • 取り組み
    役場観光課の鈴木治朗さんが「地元への想い」を胸に、休日に講演会へ参加し講師に協力を依頼
    飲食店の料理人と試作を重ね、約1年後に「深浦マグロステーキ丼」をデビュー
  • 成果:
    爆発的な人気で1年目に約4万食を販売
    デビュー10周年となる2023年6月に累計販売275,964食を達成
  • 飲食店オーナーの声:
    「忙しくて戦場だったけど従業員にも一体感が生まれたり、やって本当に良かった」「ずっと、町のために何かしたかったが、その機会を与えてくれたのが新・ご当地グルメの開発だった」
  • ポイント:
    金銭的報酬を超え、「町への貢献」という精神的報酬が従業員のやりがいを大きく向上

また、人は誰しも、他者から認められたい、褒められたいという欲求をもっています。SNSの「いいね」に代表されるように、日常のなかでの承認は強いモチベーションの源になります。

だからこそ、社員の小さな努力や成長を見逃さず、日ごろから「認める」「褒める」ことが大切です。経営者や管理職が、「否定しない」「話をしっかり聞く」「労をねぎらう」といった姿勢をもち続けることで、職場全体の信頼感と活力が生まれていきます。

事例2:地域資源を活かした挑戦により、高い生産性と持続的成長を証明

地方企業の生産性には、依然として厳しい現実があります。たとえば、1人当たりの県民雇用者報酬は、東京都が約577万円であるのに対し、青森県では約383万円と、かなり低めの水準となっています。単純には比べられませんが、東京都と比較して地方は35%ほど生産性が低いとも考えられ、この水準差の是正は喫緊の課題といえます。

そんななか、生産性向上の成功事例として注目されているのが、津軽おのえ温泉・福家を運営するタグボート株式会社(青森県平川市)の取り組みです。

同社では、業務効率化に向けたデジタル化を積極的に推進。たとえば、これまで5時から22時まで対応していた電話受付時間を、9時から17時に短縮。温泉パック商品はすべてオンライン予約に切り替え、勤怠管理も従来のタイムカードからクラウドシステムに移行しました。

さらに本業とのシナジーを活かした新事業として、地元青森のりんごを活用したシードル(CRAZY CIDER)およびアップルブランデー(CRAZY DAYS)の製造・販売にも挑戦。2024年1月6日から開始したクラウドファンディングでは、わずか5日間で目標額の500万円を達成。その後も支援が広がり、2月25日の終了時点で1,011人の支援者から合計2,100万円以上の支援を受ける結果となりました。

  • 事例:津軽おのえ温泉 福家・タグボート株式会社
  • 背景:日帰り温泉を運営する地方企業として生産性向上が課題
  • デジタル化の取り組み
    ・電話受付時間を5時~22時から9時~17時に短縮
    ・温泉パック商品をすべてオンライン予約に切り替え
    ・勤怠管理をタイムカードからクラウドシステムに移行
  • 新事業への挑戦
    ・本業とのシナジーを活かし、地元青森のりんごを使用
    ・シードルおよびアップルブランデーの製造・販売を開始
  • クラウドファンディングの成果
    ・2024年1月6日開始、目標額500万円を5日間で達成
    ・2月25日終了時点で1,011人の支援者から2,100万円以上を調達
  • ポイント
    業務効率化によるデジタル化と、地域資源を活用した新事業展開を同時に進めることで、生産性向上と事業拡大を実現

同社の水口清人社長は次のように語っています。

「世界に認められるブランデーに育て、青森県のりんご産業と地域の子供たちに未来の夢をもってもらいたい。東京に就職した青森県出身の優秀な若者たちが、『この会社でチャレンジしたい』と思えるような、首都圏と遜色ない収入と、誇れるメーカーを目指しています」

このように、デジタル化による業務改革と地域資源を活かした挑戦の両輪によって、地方企業でも高い生産性と持続的成長を実現できる可能性が示されています。

地方企業がもつ大きな「伸びしろ」

最後に、地方は「デジタル化が遅れている」といわれがちですが、裏を返せば、これから取り組めることが数多く残されているということです。つまり、それだけ大きな「伸びしろ」があるともいえます。

冒頭でもお伝えしたように、まだ着手できていない課題が多く残されているのが現状です。だからこそ、まずはそれらに優先順位をつけ、一つひとつ着実に取り組んでいくことが、未来を切り開く確かな一歩になると考えています。

私は、地方にはまだまだ大きな可能性があると思っています。ありがとうございました。

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