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企業価値を高める人的資本経営とは?取り組み方やメリットをわかりやすく解説

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人的資本経営とは、人材を資本とみなして取り組む経営手法を指します。投資家から注目される可能性があるほか、企業価値の向上、優秀な人材の獲得などさまざまなメリットを得られます。本記事では、人的資本経営の基本から、実践面でのポイントまで詳しく解説します。

人的資本経営とは? 

人的資本経営は世界各国で注目を集めており、日本でも取り組みはじめる企業が増えています。人的資本経営の概要や、求められる背景などを理解して、自社でも人的資本経営を進めていきましょう。

人的資本経営とは、従業員を投資対象とする経営手法

人的資本経営とは、自社の従業員を投資対象とする経営手法です。従業員のスキルや知識を資本として捉え、それらの育成に投資します。こうして従業員(人)の資本価値を高めることで、組織の価値も上昇していきます。

人的資本とは?

カゴメ株式会社の常務執行役員の有沢正人氏は、人的資本経営という言葉と既存の考え方との決定的な違いを人材を「資産」ではなく「資本」と捉えることと述べています。

それは人材を「資産」ではなく「資本」と捉えることです。資産で捉える限り、人材にかかる費用は人件費という「コスト」です。しかし資本で捉えるなら、人材にかける費用は「投資」になります。この考えを徹底するため、カゴメでは会議でも「人件費」ではなく「人材投資」と呼ぶよう徹底しています。

すでに欧米各国では、人的資本経営に取り組む企業が増加しています。日本でも、岸田政権の「骨太方針2022」内で「⼈への投資と分配」が言及されたこともあり、人的資本経営に注目が集まりはじめています。

(参考)経済財政運営と改⾰の基本⽅針2022 – 内閣官房

「人材を資本とする経営が実行されているか」も、企業価値を決める重要な要素となってきていますが、この点をより詳しく知りたい方は下記を参照してください。

人的資本経営が求められている背景

ESG投資の浸透

ESG投資とは、「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の3つの観点から企業の持続可能性を評価する投資方法です。人的資本は、このESGのうち、「Social(社会)」の評価に関わる重要な要素として、ステークホルダーから情報の開示を求められることが多くなっています。これは、事業を持続的に成長させていくために人的資本に対する適切な投資が重要だと考えられているからです。

ESG投資とは、「これら3つの分野での課題を認知し、解決しようとしているか」という非財務情報を基準に企業の価値を判定した投資を指します。したがってESGへの配慮を欠いていると、将来的に価値が低下する恐れが高い企業と認識されやすくなります。

ESG投資とは?

事実、ESG投資に関する投資額としては、日本では2018年から2020年の間で34%の増加、アメリカでは43%の増加を記録しています。2018年から2020年の世界投資総額としては、35兆3,010億米ドル(約3,900兆円/2020年時点)となっています。

(出典)GSIR 2020 – GSIA

EGS投資の普及とともに、非財務情報をも企業価値の判断材料として利用する流れが、より広まりました。そして今日では、人的資本という無形で非財務的なものを重視する投資家・ステークホルダーも増えてきています。同時に企業側では、従業員を資本として積極的に育成し、その事実を情報として開示する必要性が高まっています。

人材や働き方の多様化

働き方の多様化も、人的資本経営が求められている背景のひとつです。フレックスタイムやリモートワークなどが普及した今日では、もはや従来のマネジメント方法では、各従業員のパフォーマンスやモチベーションを維持することが難しくなってきています。

そこで、個々の従業員に、自発的に高いパフォーマンスを発揮してもらう必要が生じました。人的資本経営は、スキルアップの機会をつくることなどで、こうした必要性に応えられます。

そして人的資本の情報開示規格「ISO30414」の存在も見逃せません。これは、人的資本に関する情報開示のガイドラインであり、国際標準として制定されました。世界で人的資本経営への動きが加速化する今日、日本企業にも、この基準に沿った情報開示が求められ始めています。適切に開示できれば、国内外で自社価値を高く判断してもらうことにもつながります。詳しくは下記を参照してください。

人材版伊藤レポートへの注目

経済産業省発表によって「人材版伊藤レポート」(2020年)続いて「人材版伊藤レポート2.0」(2022年)が公表されています。「人材版伊藤レポート2.0」は「人材版伊藤レポート」と比べて、人的資本経営の実績に関して詳しく述べられています。

「3つの視点・5つの共通要素」という枠組みを用いて、取り組みを進めるうえでのポイントを示しています。

3つの視点

・視点1:経営戦略と人材戦略の連動
・視点2:As Is-To beギャップの定量把握
・視点3:企業文化への定着

5つの共通要素

・要素1:動的な人材ポートフォリオ
・要素2:知・経験のD&I
・要素3:リスキル・学び直し
・要素4:従業員エンゲージメント
・要素5:時間や場所にとらわれない働き方

人的資本経営のメリット

人的資本経営に取り組むメリットを、「企業としての魅力や価値を向上させられる点」「投資対象として注目される点」「自社イメージが向上する点」の3つにわけて解説します。

人的資本経営のメリット

(1)企業価値の向上

スキルやエンゲージメント、働く環境の整備といった人材に対する積極的な投資により、従業員の能力やモチベーション向上につながり、仕事でのパフォーマンスアップが期待できます。

従業員個々の能力が高まることで、チームや会社全体の業務効率も向上し、総合的な生産性が高まります。限られた人員でより多くの成果を生み出せるようになり、人手不足の解消にもつながります。

また従業員側も、組織から積極的な投資を受けられる状況に身を置くことで、仕事に対するモチベーションを高めやすくなります。「自分たちの成長に投資を惜しまない会社」と認識してくれれば、エンゲージメントも高まるでしょう。結果として、離職率の低下にもつながります。

(2)投資対象としての認識

先述のESG投資の浸透にともない、現代の投資家は「人材への投資を積極的に行っている企業かどうか」を重視します。そのため、人的資本経営に取り組み、従業員の成長を促している企業は、投資対象として認識される可能性が高まります

大和証券グループ本社による「第5回 ESG投資取り組み状況アンケート結果」では「ESGファンドに対して投資家の需要は拡大していると感じている運用会社が多い。特に金融機関からの需要が拡大していると感じている運用会社が多かった」と指摘されています。

(参考)株式会社 大和ファンド・コンサルティング - 第5回 ESG投資取り組み状況アンケート結果(2023年)

自社への投資額が増えれば、さらなる発展と成長が見込めます。新たな商品やサービスの開発にも力を入れられるようになり、規模の大きな新規事業の立ち上げも可能です。

また、投資される資金が増えるほど、人的資本をさらに充実させられます。従業員の能力向上や成長に惜しみなく資金を投入できるようになれば、企業全体の生産性が高まり、企業価値が向上します。そのため資金を投入してくれる投資家がさらに増えていくでしょう。こうした好循環が生まれやすくなるのも、大きなメリットです。

(3)企業イメージの向上

すでに海外では、人的資本の情報開示を義務づける動きが加速しています。日本でも2023年3月期より、上場企業に対して有価証券報告書に新しく「男女間賃金格差」「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」の記載を義務づけられました。

情報開示義務化後は、要請に対して情報をオープンにしなくてはなりません。今後そうしたケースでは、「しっかりと予算を割いて従業員を成長させており、業績向上にもつなげている」という情報を示せたほうが有利です。それにより、現代社会に適合し、将来にも期待できる企業とイメージしてもらいやすくもなるからです。

要請を受けずとも、人的資本経営実施の事実を積極的にアピールすることは、ブランディングとして有用です。社会での自社イメージが向上すれば、売上や利益の拡大につながります。同時に、「この会社で働きたい」と考える人が増え、人手不足に陥る恐れも減少するでしょう。優秀な人材も獲得しやすくなります。

人的資本経営の取り組み方

人的資本経営に取り組むには、まず現状と目標とのギャップを正確に把握しなくてはなりません。そのうえで、ギャップを埋めるための施策を計画し、実行に移し、効果検証をします。

(1)現状と目標のギャップを定量的に把握

最初に、自社がどのような組織になりたいのかを目標として設定します。このゴールが明確になっていないと、そこへ向かう方策も立てられません。

そのうえで自社における現状を正確に把握しましょう。「自社にどのような人材がどれくらいいるのか・どの部署にどういった人材がいるのか」を正確に把握します。

次に、設定した目標と現状にどれくらいの差があるのかを把握しましょう。「特定のスキルを有する人材が〇〇人足りない」など、具体的な数値で把握することが大切です。

(2)現状と目標のギャップを埋める施策の検討

現状と目標のギャップが明確になったら、それを埋める方法を考えます。

たとえば現状、「特定のスキルを有する人材が〇〇人規模で足りない」という課題が検出されているとします。この場合は、社員教育への投資に注力する施策が考えられます。具体的には、研修やセミナーの実施、資格取得への金銭的な支援などです。

当該スキルをもつ従業員を会社に留めるためには、待遇改善も有効です。とくに同業者間でのニーズが高い人材は、「自分の能力に待遇が見合っていない」と感じたら、辞められてしまう恐れがあるため注意してください。またこの点を踏まえて、待遇・条件の工夫による、新規従業員の採用も有効です。

(3)施策を実行し効果検証

人的資本経営への具体的な取り組みをはじめたら、決して放置せず、定期的に効果検証しましょう。これにより、施策がどの程度成果をあげているのかを把握します。

効果検証の際に重要なのは、PDCAサイクルの意識です。継続的にPDCAを回していくために、あらかじめ各種データを収集・分析する仕組みを整えましょう。各従業員について、人事データを収集したり時系列的に可視化したりするには、BIツール(データの分析・可視化をサポートツール)なども有用です。

人的資本経営に取り組む際のポイント

人的資本経営は企業の持続的成長に不可欠ですが、実践には慎重なアプローチが必要です。ここでは、人的資本経営に取り組む際の重要なポイントを解説します。

(1)経営戦略と人材戦略を連動させる

人的資本経営の成功には、経営戦略と人材戦略の連携が重要です。まず、経営戦略が社内で十分に共有されているか確認しましょう。そのうえで、戦略実現に必要な人材像を描き、具体的な施策を策定します。

(2)全社で共通認識をもつ

人的資本経営は人事部門だけでなく、全社で取り組むべき課題です。各部門の管理職は人材育成や評価に直接関わり、一般従業員も自己啓発を通じて人的資本価値を高める主体です。

全社的な共通認識を醸成するには、経営層からのメッセージ発信、全社向け説明会、部門横断的なワークショップなどが効果的です。また、人事評価制度や報酬制度に人的資本経営の考え方を反映させることも重要です。

(3)手段を目的にしない

人的資本経営の本質的な目的は、人的資本の価値を最大化し、企業価値を高めること。

開示のために都合の良い数字だけを集めたり、実態を伴わない情報を並べたりすることは避けましょう。従業員の能力開発、働きがいの向上、多様性の推進など、実質的な人材価値向上の取り組みを着実に進め、その過程や成果を誠実に開示することが重要です。

人的資本の価値を高める3つの方法

人的資本経営のポイントを3点に整理します。まずは「経営戦略にもとづく人材戦略の組み立て」が重要です。また「各従業員へ役割や権限を明確に与えつつ、個々のスキルを伸ばすこと」「適材適所な人員配置」も必要です。

人的資本の価値を高める3つの方法

(1)経営戦略にもとづいた人材戦略を策定

まずは、優先的に解決すべき課題・達成すべき目標を明確にし、それに向けた人材戦略を組み立てなくてはなりません。「自社が掲げている目標を達成するにはどのような人材が何人必要なのか」「課題解決にはどういった人材を確保しなければならないのか」といった点に応えられる方法で、人的資本経営を展開します。

たとえば、数年後に大規模な新規プロジェクトの開始が予定されているなら、それを見越した人材戦略が求められます。プロジェクトで必要なスキルや求められる人物像などを整理してから、適切な育成課程・資格取得援助制度の設置など、具体的な取り組みを進めます。

(2)人材の役割と権限を明確化

人材の役割と権限の明確化によって、対象となる従業員が備えるべき知識やスキルも明確にできます。必要な知識・スキルが定まれば、取得に向けた育成課程を迅速に立てていけます。

明確な育成課程が用意されていれば、従業員側も「会社が自分に求めているもの」を理解できます。同時に、今の自分に足りていないものも把握できるので、スキルアップへ向けた努力をためらいなくはじめられます。

(3)従業員のスキルを把握し適材適所へ配置

どれほど優れたスキルや知識を有する人材であっても、配置部署や担当業務が適切でなければ本来のパフォーマンスを発揮できず、モチベーションの低下も招きます。従業員個々の知識やスキルを正確に把握し、それに適した人材配置が必要です。

適切な評価も大切です。配置や評価に納得できない人がでないよう、1on1のようにマンツーマンで対話したり、フィードバックしたりする仕組みづくりも求められます。

マネジメント側が適材適所と捉えていても、従業員本人はそう感じていないかもしれません。「なぜこのような配置や評価になったのか」といった点を、客観的な基準を使って、丁寧に説明しましょう。また評価改善に有効なスキルや、その取得のサポート体制などを併せて教示することも大切です。

こうした取り組みの前提になるのが、データによる人材の見える化です。カゴメ株式会社の常務執行役員の有沢正人氏は、人材やスキルをデータで把握できるようにする重要性を以下のように述べています。

経営戦略に対して、今の人材の状況はどうか、どういったギャップがあるのかを定量的に把握できないと、戦略的な人材活用は難しいでしょう。社長が感覚的に「今の人材は“いまひとつ”だよね」というような議論からは脱しなければいけません。

適切な人的資本経営で企業価値の向上を

人的資本経営に取り組む企業は世界的に増えており、今後日本でも導入を進める企業が増加すると考えられます。適切に取り組みを進めることで、企業価値の向上や企業のイメージアップ、投資してもらえる確率の向上、優秀な人材の獲得などさまざまなメリットを得られます。

また人的資本経営の推進には、従業員データの適切な可視化と活用が不可欠です。SmartHRの分析レポート機能では、SmartHRに蓄積した従業員データを集計し、グラフや表でレポートを作成できます。

さらにHRアナリティクス機能では部署・役職・雇用形態などのデータだけでなく、人事評価やスキル管理機能など幅広いデータを横断して分析可能。ハイパフォーマーの特定や離職分析など、組織力強化に向けた示唆を得られます

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