結婚とキャリアプランの両立で悩む従業員へのベストな対応例とは?
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2023年6月28日に開催された「Smart相談室のスーパーバイザーと動画で振り返る労務担当者の対応例#3ライフイベントを含むキャリア相談のポイント」では、労務担当者が取るべき対応について、動画をもとに考えるケーススタディが行なわれました。
誰にでも訪れるライフイベントですが、仕事・職業生活とのバランスが取りづらい、メンタル不調や離職を引き起こしてしまうなどの可能性もあります。セミナーでは、産業カウンセラーの養成に長く携わり、企業でのカウンセリング経験も豊富なスーパーバイザーの視点から、企業の労務担当者が取るべき対応を学びました。この記事では当日の内容を模擬面談の動画とともにお届けします。
オフィスファーロ 代表
2005年より大阪にて若年者就労支援施設、大阪府立高等学校、専門学校、大学学生相談室等で若年者に対するキャリアコンサルティング及び教員及び保護者へのキャリア教育の啓発、教材開発に携わるほか、企業領域において勤労者を対象としたメンタルヘルスとキャリア開発支援のカウンセリングを行う。2016年より都内にキャリアコンサルティングオフィスを開設。キャリア(生き方・働き方)の支援を行うほか、国家資格キャリアコンサルタント及び産業カウンセラー等資格保有者の養成および育成にも携わる。一般社団法人キャリアコンサルタント支援協会理事。一級キャリアコンサルティング技能士。2021年よりSmart相談室スーパーバイザーとして活動中。
結婚とキャリアの両立に悩む相談者の事例
前回のセミナーに引き続き、労務担当者と相談者が面談をしているイメージ動画をご用意しました。演じているのはSmart相談室の関係者です。
カウンセラー同士がフィードバックをする際に使う、応答を書き起こした逐語記録を使って振り返っていきたいと思います。
着眼点は、相談者が語ってくれている状況や気持ちに対して聴き手はどのような応答をしているか。そして、相談者自身がカウンセリングを必要とするほど問題が長引いてしまっている要因はどこにあるのかです。
まずは本日の登場人物の設定をご共有します。
- 労務担当者:ロウムさん
- 相談者:目黒花子さん
- 28歳・女性
- 外資系メーカー勤務
- マーケティングに従事
- 部下がいる
逐語記録を見ながら対応を振り返っていきましょう。
※以後、相談者の発言は「相談者1」、聴き手の発言は「ロウム1」と表記。カッコ内は非言語情報。
相談の内容や状況を具体的に共有し合う

まず「相談者1」では、目黒さんが「海外勤務をしたい」と思っていることがわかります。しかし結婚を目前にしていて、自分の描いているキャリアプランの足枷になるのではないかと心配しているようです。
「ロウム1」では、キャリアプランの足枷になるという相談の内容を、もう少し詳しく知ろうと訊いていますね。具体的な相談内容がわからないと解決のための話はできませんから、このスタンスは非常によかったと思います。
「相談者2」では、キャリアプランの足枷が「育児との両立」であると話してくれています。つまり目黒さんの相談は「海外勤務をしながら育児ができるか」という内容であることがわかりました。
「ロウム2」では、気持ちの強さや具体性の確認をしたと考えられます。結婚後のキャリアプランはパートナーとの関係のうえに成り立つので、現時点のコミュニケーションを確認できたのは非常によかったです。
ここで1点付け加えるならば、目黒さんが仰った内容を理解したことが伝わるような応答をし、相談の方向性をはっきりとさせましょう。たとえば、「『キャリアプランの足枷になる』というのは、お子さんが産まれたときのことを想定して考えておられるんですね」と、相談者間における相談内容の共有が有効です。

「相談者3」では、目黒さんの希望についてパートナーと明確な話をしていないことがわかりました。理由はいくつか考えられます。まだ婚約にいたっていないのか、自分のことをはっきり主張しない性格なのか、オブラートに包んで伝えるコミュニケーションの傾向があるのか。ここでははっきりと語られていません。
「ロウム3」では、目黒さんがパートナーに向けて匂わせている海外勤務の希望は、事実として二人の問題になっているのかを確認していました。
「相談者4」の回答からは、具体的な話はしていないと推察できます。そして目黒さんのなかには、パートナーに対するポジティブな予測があることがわかりました。
聴き手の主観を入れた応答はNG
「ロウム4」の応答内容は、もしこれが本当のスーパービジョン(※1)でしたら、発言の意図を訊きたいところです。海外勤務にパートナーの帯同が難しいことを前提のように話していますが、それは会社の制度上の話なのか、ロウムさんの主観や感覚による発言なのか、この記録からはわかりません。目黒さんの相談内容は海外勤務と育児の両立ができるかイメージができていないという内容ですが、ロウムさんはそれを見失っており困っているように見えます。そしてロウムさんは男性ですから、女性である目黒さんの問題にどこまで踏み込んでいいのか悩んだのではないかと思います。
(※1)カウンセリングの初心者が担当したケースについて、カウンセリングの専門家または指導者(スーパーバイザー)に意見または指導をお願いする研修方法
「相談者5」ではあらためて、思い描いているキャリアについて語っています。
「ロウム5」です。「私からするとすごく幸せな状況ですね」とありますが、これは「二兎を得ることは難しい」という意味を含んだ批判的な発言に受け取られる可能性があります。ロウムさん自身が、海外勤務と育児の両立は困難であると考えていたために発せられたのかもしれません。あるいは困り果てて、場をつなぐために発言したかもしれません。
つぎに、「仕事の面で困ったことはないんですか?」と現状の困りごとに話題を転換しています。相談を受ける側は「何か手がかりを探そう」としてしまうことがありますが、これは残念でした。私がカウンセラーとして駆け出しの頃には、先輩に「手も足も出ないなと思うシーンがあったら、違うところから何かを出そうとせず、手も足も出さずにそこに留まっているほうがよい」とアドバイスをもらいました。

「相談者6」では、現状の仕事に問題はなく、更なるチャレンジをしたいと思っていることがわかりましたね。
「ロウム6」では、自分以外へ相談しているかと尋ねています。ここでも、元々の相談を見失っている気がしますね。
「相談者7」で目黒さんは上司に「異動の希望を出す」という形で具体的なアクションをしていることがわかりました。パートナーには「匂わせ」ている程度だったので、ここは少し驚きましたね。
「ロウム7」でも、「難しいですね」という言葉で、「一緒に行けない」ことを繰り返し伝えてしまいました。
「相談者8」では、パートナーと一緒に行けなくても、妥協策として行き来ができる国を希望していることを話しています。しかし次の「ロウム8」では「すぐに会えるわけでもない」と、その希望の芽を摘むような発言がありましたね。ロウムさんは、夫婦で一緒にいるのがよいと思っているのかもしれません。

「相談者9」で目黒さんは、似たような前例がないかを訊いています。この質問が、相談に来た潜在的な目的だと考えられます。
「ロウム9」では、海外勤務と出産の二択から「選ぶ」ケースはあったけれども、両立する前例はなかったと伝えています。
「相談者10」です。「子供を産む産まないが、キャリアの選択に響くこともある、ということでしょうか?」と訊ねており、この発言から目黒さんが出産について具体的な情報をあまりもっていない可能性が考えられますね。妊娠期間の過ごし方や妊娠することでできなくなることなど、具体的なイメージがついていないのではと疑問がわいてきます。
労務担当者の立場から、会社が従業員を想うスタンスを示すべき
「ロウム10」ではあいまいな返答を返しています。しかしここは、会社として海外勤務をしながら育児をする場合における配慮の有無や、どのような配慮をしているかといった情報を伝えるチャンスだったのではないかと思います。目黒さんは両立が難しい印象を受け、次の「相談者11」で「わかりました。ありがとうございます」とおっしゃったのだと思います。
「ロウム11」です。「何かほかに困ったことはありますか?」と、話題をつぎへ振ってしまっていますね。話題を変える前に、具体的にどういう配慮があればいいのかを話し合うべきだったと思います。たとえば「今はない制度だけれども、会社として必要だから考えていこう」など、「これは会社としての課題だね」といったような言葉です。

「相談者12」では、自分の思うような配慮や協力を得ることが難しいのなら、会社に結婚を伝えたくないと正直に話しています。さらに「相談者13」では転職や結婚を延期するという選択肢をもってしまったことがわかります。
「ロウム13」では目黒さんのモヤモヤ解消のために頑張る旨を伝え、面談は終了しました。
ロウムさんの対応を振り返る

では、ロウムさんの対応を振り返っていきましょう。
相談者が取り組むべきことを示せればベター
ロウムさんはずっと親身に対応していましたが、困っていることが表情からも見て取れました。プライベートなところにどこまで踏み込んでいいのか、会社としてできることをどこまで伝えるべきか迷っていたのかもしれません。それはなんとかして相談者の力になりたいと思っていたからだと思います。
今回の話は、目黒さんだけでなくパートナーにも関係があるので、パートナーとの話し合いについて何回か触れられていました。上司にははっきり伝えているけれども、パートナーには「匂わせ」たままの目黒さんに、取り組むべきことを明確に伝えたことはよかったです。
相談の目的を見失わないための共有作業が必要
残念だったのは、目黒さんが相談に来た目的が、途中からぼんやりしてしまったことです。
「ロウム2」あたりで相談内容に対する認識を共有しておくと、ロウムさん自身の意識に残りますし、目黒さんには安心感が生まれます。
目黒さんは、「結婚、出産、育児をしながら海外勤務が可能なのか」、「思うような働き方がいつ頃から可能なのか」、「それはどのようにしたら可能なのか」という話をしたかったのだと思いますが、ロウムさんは、「二人で一緒の国に行くのは難しい」という考えから抜け出せず、それゆえに困っていました。
目黒さん自身がもう少し考えたほうがよいことや、明確にしたほうがよいこともあったと思います。ロウムさんがそれを掴み、目黒さんに共有できるとよかったかと思います。たとえば育児の具体的なイメージや、会社の制度としてどういう配慮があるか情報提供できたらよかったですね。
ライフイベントを含む相談に対応するポイント

ポイント1.プライベートな話題こそ安心感が重要
結婚、出産といったライフイベントを含む相談はプライベートな話ですので、どこまで踏み込んでいいのかわからないという声をよく聞きます。プライベートな話だからこそ、まずは安心して話ができる関係性をつくりましょう。
ポイント2.計画できるイベントは具体的なイメージを描いてもらう
ライフイベントのうち、自分の意思で計画ができるイベントについては、なるべく具体的にイメージできるように支援しましょう。話しているうちに具体化、明確化できるはずです。たとえば「結婚の時期は決まっているのか」「パートナーと話し合っているのか」など、具体化している部分を明確にしていくことで、目黒さんも計画的に考えられると思います。
ポイント3.計画が難しいイベントはあらゆる事態を想定してもらう
ライフイベントには、妊娠など自分の意思でコントロールできないイベントもあります。望んだときに授かるかわかりませんし、妊娠期間中は自分が思うほど仕事ができないこともあります。そういった状況をある程度具体的にイメージできるように支援していきましょう。たとえば「出産のタイミングはどう考えているか」という質問をすれば自分自身の体力についてイメージしてもらいやすくなります。妊活期間や妊娠中の身体は人それぞれです。運動ができるくらいに元気な方もいれば、ずっと安静にしていなければならない方もいます。「そういうこともあるかもしれない」「こういう場合はどうするか」と、なるべく幅広くイメージできていると、備えておくべきことが明確になります。
ポイント4.キャリアの方向性を明確にしてもらう
そして、自分自身のキャリアに対する考え方や志向性が明確になっているかを確認するのも有効です。海外でどのようなことをやりたいのか、どのくらいのエネルギーがいるのか、海外勤務と出産を両立するには、どのように時間を使うことになるのかを、目黒さん自身が具体的にイメージできるよう支援できればさらによかったですね。そうすればパートナーとの連携や協力がどのくらい必要なのか、どのようなサポート体制が必要でそれをどのように求めたらいいのかなど、具体的に考えられます。
ポイント5.聴き手の主観を押し付けない
最後に注意点として、相談を受ける側が経験したライフイベントが話題になると、主観が入ったり、経験談を言ってしまいがちです。1つの例として、経験談を話すのはよいと思いますが、思い込みの押し付けや怖がらせる発言はあってはなりません。
今日は、結婚、出産といったライフイベントを含む相談の関わり方についてお話しました。
性別や年齢が違うと寄り添いづらい部分があると思いますが、ぜひご参考にしていただけると幸いです。
質疑応答
Q1. ロウムさんの上司が、今回のヒアリングに対してできるアドバイスはありますか。
ロウムさんは「ロウム4」と「ロウム7」で「(海外勤務時にパートナーの帯同は)難しいと思う」という発言をしています。本人の主観なのか、会社の制度なのかわかりませんが、上司に確認をしてからお伝えするべきことだったと思います。
Q2. 面談時に情報がなく、即答できない会社の制度や類似事例は、どのように紹介すればよいでしょうか。
これは社内の労務担当による面談を想定しているので、「確認してから連絡します」でよいと思います。会社として社員のキャリア形成をどのように支援しているかはモチベーションにも影響します。今回の面談ではそこがあいまいになっていたので、目黒さんに離職の選択肢ができてしまいました。あいまいなのであれば、すぐに回答しなくてもいいと思います。
Q3. 「ロウム6」での「上司の方と相談されたりしてますか?」という発言は、どういった意図をもって訊いたのでしょうか。カウンセラーから見て、ほしい情報や見ているものがわかりますか。
おそらく労務さんは、困ってしまったのだと思います。カウンセラーは困ったときに「このことを誰かに相談していますか」という質問を使ってしまうことがあります。ですが本当は、上司はどう話しているのかを聴きたかったのかもしれません。
Q4. 相談を受けたうえで、「別の労務担当者(たとえば同性の方)に代わってみましょうか?」という提案をしてもよいのでしょうか。匙を投げる感じにならないような配慮は必要ですか。
相談者が話しづらそうであれば、質問してみてもよいと思います。でも最初から「自分より他の人がいいだろう」と決めつけずに、「デリケートな話なので、自分よりも女性のほうがよいですか?」と訊ね、相談者さんが望んだ場合に代わるとよいです。
Q5. 会社の制度を利用して自分本位な主張をする従業員に対して、厳しく接してしまうと信頼関係を崩す恐れがありますか。
言い方に配慮しながら、会社としてできることとできないことは明確に伝える必要があると思います。ここが、カウンセラーと労務担当の役割の違いです。
Q6. ヒアリングで「海外赴任中に妊娠、出産、育児をしたい」という希望が引き出せたとして、前例がなく、制度としても決まっていない、そして会社としては好ましくない場合についてです。「確認して連絡します」と保留して、労務内で検討し、答えを出してから回答する対応がよいのでしょうか。
会社としての対応はこの機会に話し合いましょう。今後の進路を決めるのはご本人なので、現状できる配慮の情報提供をするとよいですね。
【執筆:まえかわ ゆうか】

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