労働環境を改善したい!監督署への情報提供方法と手順を元・労働基準監督官が解説
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こんにちは。アヴァンテ社会保険労務士事務所の小菅です。職場の労働環境の改善を求めたい場合、労働基準監督署へ申告をすることで「ブラック企業から報復されてしまうのでは?」と不安に感じてしまう方も多いでしょう。
今回は、労働基準監督署へ申告するときのポイントを元・労働基準監督官が解説します。
そもそもどこに情報提供すればよい?
労働基準法104条または労働安全衛生法第97条にもとづき、会社で法令に違反している事実がある場合、「労働者は、事実を行政官庁または労働基準監督官に申告できる」とされています。この申告は、労働者が自らの権利救済を行政官庁などに申し出るものです。
事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。
労働者は、事業場にこの法律又はこれに基づく命令の規定に違反する事実があるときは、その事実を都道府県労働局長、労働基準監督署長又は労働基準監督官に申告して是正のため適当な措置をとるように求めることができる。
これとは別に、労働者が自分の働く会社で法令違反の事実があり、法令に沿った環境改善を求める場合に、労働基準監督署に対して必要な情報提供に関して申告し、改善のための指導を求めることもあります。
前者の申告は、「労働者個人の権利救済措置を求めるもの」であり、後者の情報提供に関する申告は「会社全体の環境改善を求める」という点で違いがあります。
労働基準監督署とは?
労働基準監督署は、厚生労働省の第一線機関であり、全国に321署あります。労働基準監督署の内部組織は、下記の4課で構成されています。
- 方面(監督課)
- 労働基準法などの関係法令に関する各種届出の受け付けや、相談対応、監督指導や各種許認可、司法警察事務などを担当
- 安全衛生課
- 機械や設備の設置に関する届出審査や、職場安全や健康の確保に関して技術面で指導
- 労災課
- 仕事に関する負傷などに対して労災保険などを給付
- 業務課
- 会計処理などを担当
※署の規模などによって構成が異なる場合もあり
監督署へ情報提供できる内容は?
労働基準監督署へ情報提供できる内容に決まりはありません。法令違反に対する指導などができるのは、労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法など、労働基準監督官が行政指導や司法警察権の発動できる範囲になります。
内容によっては対応してくれないケースも
労働基準監督官が行政指導できるのは、労働基準法などの監督指導や司法警察権の発動が可能な範囲になります。そのため、情報提供があった時点で、その内容が対象法令の範囲ではないと判断した場合には、相談者へ懇切丁寧に説明のうえ、求める指導に応じることは難しい旨の回答をすることもあります。
証拠がないケース
たとえば、このような証拠がないケースです。
「時間外手当が適正に支払われていないので、支払うよう指導してほしい。ただ、相談者が働く会社では労働時間の管理がされておらず、相談者がメモも残していなく、不払いが把握できる客観的な証拠がない」という匿名の情報提供がなされた場合です。
相談対応者は、業種や規模、働き方などの概況を確認したうえで、相談者の労働実態ができる限りわかる方法を聴取します。状況証拠が見当たらない場合、監督官は、実態をできる限り把握できる方法で臨検監督を実施し、情報提供の内容が事実認定できない可能性もある旨の合意を得ることもあります。それでも臨検を希望するかの意向を相談者へ確認し、方向性を決めることがあります。
また、内偵(早朝や夜間に会社の近くで張込みし、必要に応じて入口で出入りする労働者に聴き取りする)を実施することもあります。
法令違反といえるか微妙なケース
情報提供内容が法令違反といえるか微妙な場合もあります。このような場合は、相談内容から、状況に該当しうる条文を懇切丁寧に説明するなど、実際に臨検監督を実施しても法令違反には至らない可能性がある旨を相談者から了解を得ます。
また、相談者がそれでも臨検監督を強く希望する場合には、違反の特定には至らない可能性がある旨を重ねて説明し、了解を得たうえで臨検監督を実施することがあります。
違法性や緊急性が認められないケース
情報提供の内容や相談者の意向などより、すぐに臨検監督を実施する必要が認められない場合があります。相談対応者が相談記録に意見を記載する場合もありますし、署内の方面会議で署長をはじめ、主任・課長を含めた監督官の意見を聞き、月別監督計画に反映させるケースもあります。
申告して監督署が調査した場合、解雇などの報復はありえる?
使用者は、労働者が労働基準法第104条などにもとづいた申告を理由として、「労働者に対して解雇やその他不利益な取り扱いをしてはならない」とされています。しかし、申告時における会社との関係性によって、その後の状況が変わることもあり得ます。指導できるのは法令に関する部分ですので、民事にかかわる争いとなっている事実が他にある場合は、両者争いの原因になることも考えられるのです。
表向きは申告の事実とは理由を異にする「配置転換」「業務内容の変更」「人間関係の変化」などが起き、退職を余儀なくされる場合もあり得ます。このため、労使で話し合いが尽くされているかという点も重要です。
労働基準監督署へ情報提供し、臨検監督を希望するときの手順
まずは相談者が働いている会社の労働環境を伝えることが大切です。そのうえで、労働基準監督署に「どこに問題があると感じているか」「どのように改善してほしいか」の説明が重要になります。
法令に違反していると思われる事実がわかるメモやメール記録などがあればベターです。しかし、記録していない場合でも、どこを見れば実態が見えやすいかなどの説明でカバーできることもあります。
手順1:事実関係と証拠を整理
一例として箇条書きなどで違反と感じている事実を紙に書き出します。そして、違反事実を特定するための証拠(勤務記録やメール記録など)があると、監督官が臨検監督を実施するうえでのポイントを把握しやすくなります。
手順2:監督署に求める内容を文書で作成
もちろん、口頭で来署時に伝えたり、電話で伝えたりしても構いません。より詳細に説明するために、必要に応じて文書を作成し、「来署時に説明する」「文書を郵送する」方法もあります。
ポイントは、把握している違反事実と求める内容の記載です。求める内容が「個人の権利救済なのか」「会社の違反事実改善なのか」「会社あるいは責任者の社会的責任追及なのか」によって、個人の権利救済にかかわる調査(情報を伏せて、あるいは相談者の希望により情報を伝えてなど)の情報監督や、告訴・告発による司法捜査と手段が変わります。
手順3:労働基準監督署に連絡
労働基準監督署へ連絡する方法は複数あります。来署のほか、電話、匿名での投書、労働基準関係相談メールからの連絡などが考えられます。
匿名の情報提供を会社に知られないための対策
匿名で労働基準監督署へ情報提供する場合、労働基準監督署の判断で名前や情報があったことを会社へ伝えることはしません。とくに在職者の場合は、情報提供した人や事実を会社に知られたくないことも多いです。以下に情報提供する場合における3つの留意点をご紹介します。
匿名の有無を問わず、監督署へ申告することは、法令に沿った働き方や環境整備に向けた方法の1つです。法令違反を見つけたからといって、まず労働基準監督署へ相談するのではなく、社内で解決できる方法を模索し、それでも難しい場合に第三者による解決援助を求めるという考え方が望ましいです。
留意点1:証拠収集をする場合
できるだけ違反証拠となるものを集めるため、仕事中にメモや録音などをする場合です。環境を改善してほしいという目的で行ったことであっても、社内ではネガティブにとらえられる可能性もあり得ますので、証拠収集をする場合はこの点留意する必要があります。
留意点2:同僚などに相談している場合
「働く環境を改善したい」という気持ちで、周囲に相談する場合です。相互の信頼関係が軸になりますが、他の労働者を通じて社内に広がる可能性もゼロではありません。
環境が改善され、皆が働きやすくなることを目的で申告しているにもかかわらず、結果的に労使が対立することにもなりかねないため、留意が必要です。
留意点3:労働者数が少ない会社
たとえば10人未満などの労働者数が少ない会社では、社長と社員が日々の行動を共にする時間が長いなどにより、社長が労働者の日々の状況を把握しやすいこともあります。
相談の段階で、相談者が匿名で監督指導を希望すると伝えても、労働基準監督署がアポなしで突然臨検に入る不自然さに社長が怪しみ、「誰が相談したかを把握する可能性がある」「労働基準監督署の相談対応者が相談者へその旨をあらかじめ説明する」場合もあります。
とくに在職者の場合、労働基準監督署はできる限り配慮したうえで、臨検方法を検討することになりますが、相談者が特定される可能性は残ります。