女性活躍を本人任せにしない。“支える人”にも変革促す関西電力の挑戦
- 公開日

目次
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)推進、とくに女性活躍の推進は、多くの企業にとって重要な経営課題です。しかし、その実現には制度整備や当事者の取り組みだけでなく、周囲の理解と行動変容が欠かせません。
関西電力株式会社は、伝統的に男性従業員の比率が高いインフラ業界において女性活躍推進に注力。近年は役職者・管理職への女性登用にも力を入れ、着実に比率を高めてきました。
活躍を後押しする制度の整備に加え、上司や同僚など周囲の意識と行動変化をどのように促してきたのか。人財・安全推進室長の坂田さんにお話を伺いました。
関西電力株式会社 執行役員 人財・安全推進室 室長
1991年 関西電力株式会社入社。2012年経理室財務グループチーフマネジャー、2017年経理部長就任。関西電力の財務体質改善に向けて取り組みを進める。2021年に人財・安全推進室長に就任。2023年執行役員就任。中期経営計画に掲げる、「4つの“高める”」の実現に向け取り組む。
"ちがい"をちからに。関西電力のD&I推進への挑戦
はじめに、御社におけるD&I推進や女性活躍推進の位置づけについて教えてください。
坂田さん
D&Iや女性活躍の推進は、経営戦略を支える人財戦略の柱の1つとして明確に位置づけられています。2024年にアップデートされた中期経営計画においても「組織の能力を高める」重点取り組みの一環としてD&Iを推進しています。

D&I推進の取り組みは、どのように発展してきたのでしょうか?
坂田さん
2011年にダイバーシティ推進グループを設置。ファシリテーションスキル研修の実施やメルマガの開始、女性活躍に向けた各種研修の実施、といった取り組みを開始しました。
2015年には「ダイバーシティ推進方針」を策定、女性のキャリア支援に加え、育休7日間の有給化など男性育児参画の後押しや、仕事と介護の両立支援制度など、女性に限らず、多様な働き方を支える仕組みづくりを進めてきました。
2020年以降はさらに対象を拡大し、LGBTQの理解啓発活動などにも施策の幅を広げ、2022年以降は、ダイバーシティだけでなく「インクルージョン」の要素を込め、組織名も方針名も「D&I推進」と見直しました。また、ソフト面だけでなく、トイレや更衣室の整備など、物理的な環境整備にも取り組んでいます。
2023年度からは、社長自らが議長を務める「組織風土改革会議」を設置し、組織風土の改革にも取り組んできました。全役職者を対象に心理的安全性研修を実施するなど、誰もが率直に意見を交わせる職場づくりにも注力しています。
D&Iの取り組み領域も年々広がっているのですね。
坂田さん
私たちはD&I推進において「ちがいは、ちから」を旗印に掲げています。ここでいう「ちがい」は性別や年齢、国籍、障害の有無といった属性だけではありません。考え方や価値観、意見の違いも含めて、あらゆる「ちがい」を多様性と捉えています。
そうした多様な「ちがい」が尊重され、活かされることで、新たな発想や気づきが生まれ、イノベーションにつながっていく。それこそが、関西電力が目指すD&Iのあり方だと考えています。

自分らしいキャリア探求を後押しする女性活躍推進
女性活躍推進においては、具体的にどのような施策を展開していますか?
坂田さん
キャリア形成の支援と、働きやすい環境づくりの両面から施策を進めています。
キャリア形成の支援では、以下のようにキャリアの各段階で直面する課題に応じた支援プログラムを展開しています。
- 入社2年目 先輩女性従業員との座談会:先輩の経験談から自身のキャリアパスを具体的にイメージし、目標設定のヒントを提供
- 入社4年目 若手女性キャリアデザインフォーラム:社内外の同世代の女性と交流機会を用意。外部からの刺激や社外の人的ネットワークづくりを促進
- 入社8年目 役職登用に向けたセミナー:リーダーとしてのキャリア意識の醸成・向上と、受講者同士のネットワーク構築を支援
さらに2023年度下期から、部長級以上の女性経営幹部の育成を目的とした「メンター制度」を開始しました。役員がメンターとなり、課長級の女性従業員(メンティ)を個別にサポートするものです。
働きやすい環境づくりの面ではどういった施策を?
坂田さん
多様な人財が能力を最大限発揮できるよう、制度と風土の両面からアプローチしています。
制度面では、コアタイムを設けない「スーパーフレックス制度」を導入し、子供の送迎など、家庭の事情にあわせた柔軟な働き方を可能にしています。
また、出産・育児で休職する従業員の復職支援にも力を入れています。
具体的には、休職中でも本人が希望すれば自宅からオンライン研修に参加できる仕組みを整備しており、職場復帰時のスキルギャップを最小限に抑える工夫をしています。このような取り組みにより、育児休職がキャリアの断絶にならないよう支援しています。
制度と風土の両面から。女性活躍を「支える人」の意識変革
女性の活躍を支える周囲の人たち、とくに男性従業員や管理職層への働きかけについて教えてください。
坂田さん
男性の育児休職取得を積極的に後押ししています。具体的な取得率や日数の目標を設定し、育児に参画しやすい環境づくりを整備した結果、男性の育休平均取得日数が21.8日(2023年度実績)と成果が現れてきています。(出典:関西電力グループ 統合報告書 2024)
また、管理職層に対しては部下育成力向上研修を実施しています。部下の年代や性別の違いを踏まえたマネジメントやコミュニケーションについて、外部講師を招いて実践的に学ぶ内容です。
今回のインタビューでは、研修企画を推進した人財・安全推進室 D&I推進・人財開発グループ チーフマネージャー 池田愛子さんにも、お話を伺いました。
研修内容の設計において、どのような点を重視されたのでしょうか?
池田さん
研修自体は過去から継続していますが、内容を時代背景に応じてアップデートすることを意識しています。数年前までは、男性の育児参画はまだリアリティがなかったのですが、今は、若い世代は当たり前のように育児や家事に積極的に参加しています。
一方、上司は「自分の子育てした時代」で時間が止まりがちなので、「育児休職?男がやることないんじゃないの。休んで何するの?」といった発想をもつのもごく自然なことだと思っています。このため、「今はこういう状況ですよ」と理解できるような内容とすることを心がけています。
また、「これから親になる部下に対して、パートナーの妊娠中や産後にどのような支援や配慮が必要か」といった具体的な場面も想定した内容も盛り込み、上司が部下一人ひとりの状況にあわせたコミュニケーション手法を学べるよう設計しました。上司には、家庭環境の安定が仕事のパフォーマンスにも関わるという視点をもってもらうことを期待しています。
また、研修企画を行うチームは男女半々で構成されています。子育て経験の有無も含め、多様なバックグラウンドをもつメンバーが意見を出し合い、外部専門家の知見も取り入れながら内容を深めています。

坂田さん
研修とあわせて社内サイト「ちが・ちかネット」を通じた情報発信も実施しています。
たとえば昨年には「女性に“下駄”を履かせているという声があるが、むしろ『この仕事は女性には難しいだろう』といった無意識の思い込みによっても女性から無意識のうちに機会が奪われてきたのだ」と、性別による機会格差が存在していた背景を説明し、現在の取り組みがその是正を目的としていることを伝えました。
こうした情報提供を通じて、制度の背景や意義への理解を促し、従業員一人ひとりの気づきと行動変容につなげたいと考えています。
部門も世代も越えて。メンター制度による“双方の変化”
数ある施策のなかで、とくに手応えを感じているものはありますか?
坂田さん
2023年度下期から開始したメンター制度には大きな手応えを感じています。
参加した女性従業員から気づきや高い視座を得られたという感想が寄せられています。同時に、メンター側にとっても貴重な学びの機会になっているんです。とくに技術系の役員など、これまで女性従業員との接点が限られていた方々にとっては、自身の固定観念を見直したり、新たな気づきを得たりする機会となっているようです。
実際に制度を利用した池田さんからも、ぜひ感想をお聞かせください。
池田さん
この制度の特長は業務上の直接的な接点のない役員をメンターに割り当てる点です。たとえば私は営業部門の出身なので、技術部門やコーポレート部門の役員がメンターでした。接点のない方かつ副社長クラスの方と聞いて、最初は正直とても緊張しましたが、得られるものは想像以上に大きなものでした。
具体的な業務のノウハウを得るというより、「働くとは何か」「経営に携わる覚悟とは何か」といった、日常業務では深く考える機会の少ない問いについて、メンターとの対話を通じて自問自答する機会を得られました。この対話を通じ、自分自身の輪郭がはっきりすること、また経営層を身近に感じられたことで、今後のキャリアに真っすぐ向き合うことができたと感じます。
また、部門や職位を越えた直接的な交流が生まれたこと、何より、言葉では語り尽くせない学びや「五感での気づき」のようなものがあり、通常業務や座学の研修では得がたい貴重な体験でした。
女性活躍推進の取り組みにより、組織にはどのような変化が生まれていますか?
坂田さん
定量的な成果として、女性の役職者や管理職の割合が順調に上がってきています。
2030年度末までに、女性役職者比率・管理職比率ともに2018年度比の3倍以上を目標としており、2023年度時点で役職者比率が約1.8倍、管理職比率が約1.9倍と着実に歩みを進めています。
同時に、組織風土の変化も実感しています。男性の育児休職取得が「当たり前」として受け入れられる雰囲気が社内に浸透してきました。
これらの取り組みを通して実際に活躍する女性リーダーが増える。その姿を後進の女性たちが間近で見て「自分もあのようになりたい」とロールモデルにする。そうした好循環により、組織全体としての女性活躍推進が加速していくものと期待しています。
機動性と柔軟性。これからの関電に求められるリーダー像
性別に関わらず、坂田さんがマネジメント層の育成において重視されている軸はありますか?
坂田さん
前提として、関西電力を取り巻く環境は社内外ともに急速に変化しています。エネルギー業界全体のデジタル化や脱炭素化に加え、弊社では2023年4月に経済産業大臣から業務改善命令を受領し、内部統制の強化とともに組織風土改革に本格的に取り組んでいます。
こうした変革期においては、リーダー自身が変化を恐れず、先導していく姿勢が不可欠です。実際に、現社長の森(関西電力株式会社 取締役代表執行役社長 森 望氏)も積極的に変化を起こすスタイルを体現しています。
かつては何事にも動じず「どっしりと構える」ことがリーダーにとって重要だった時代もありました。もちろん、いざというときに責任を取る覚悟は今も昔も変わりません。しかし、威厳を保つために座して待つだけの人は変化のスピードについていけません。部下に『偉そうにしている』と思われている人は、これからの時代には適さないでしょう。変化に即応できる「機動性と柔軟性」を備えたリーダーが求められるのだと思います。

「機動性と柔軟性」とは、具体的にはどのようなことでしょうか。
坂田さん
たとえば、固定観念にとらわれず、新しい情報や異なる意見を積極的に取り入れたうえで意思決定する力。あるいは、多様な価値観をもつメンバーそれぞれの持ち味を最大限に引き出し、組織全体の力として結集していく力。こうしたものが、これからのリーダーには必要だと考えています。
また、多様性が高まる組織において効果的にコミュニケーションを図る力も重要です。
近年、ハラスメントに対する意識が高まったのはたいへんよい変化です。一方、それを過度に恐れるあまり、建設的なコミュニケーションまで回避してしまう傾向も見受けられます。しかし、それでは新しいアイデアが生まれにくく、変化への対応も後手に回ってしまいます。
もちろん、相手への配慮と尊重は大前提です。そのうえで、恐れずに本音で「よりよくするためには、どうすべきか」を議論できる風土づくりが重要だと考えています。まさに弊社が組織風土改革のために定着させたい行動として掲げる「気づく、言える、行動する」に通じますね。
- 気づく:リスクやチャンスに対する高い感度をもつ
- 言える:心理的安全性が高く風通しがよい状態をつくる
- 行動する:気づき、声を上げたことを踏まえ、自ら主体的に動く(受け止めて組織として対応する)
決して簡単なことではありませんが、私自身も心がけているつもりです。
池田さんにとって、坂田さんはどのようなリーダーですか?
池田さん
坂田さんの特長を一言で表すなら「本音で話す」リーダーだと思います。
役職や立場で態度を変えることがなく、私たちメンバーの意見にも耳を傾けてくれます。よい意味で感情にブレがなく、よりよい成果に向けて「もっとこうしたらいいのでは」という意見をくれるので、受け取る側も納得して改善に取り組めます。
「変に機嫌を損ねてしまうかも」といった心配が一切ないんです。だからこそ「言ったらどう思われるだろう」と恐れず、前向きな議論に集中できていると感じています。

多様な「ちから」を信じ、「ちがい」の輝く組織へ
D&I推進、女性活躍推進における今後の展望を教えてください。
坂田さん
まずは、私たちの設定したKPIの達成が喫緊の目標です。
KPIは私たち自身で議論を重ね、従業員アンケートをもとに「成長実感指数」や「多様性実感指数」といった指標を設計しました。この指標を向上させていくことで、D&I推進の成果を可視化し、さらなる取り組みへと弾みを付けていきたいです。
さらに、専門性を高めたいと考えるスペシャリストが、能力を十分に発揮し正当に評価される制度や文化の確立も必要だと考えています。
多くの日本の大企業では、専門性を追求するスペシャリストよりも、幅広い業務経験をもつジェネラリストの方が評価されやすい傾向があったかと思います。
しかし、今後は画一的なキャリアパスにとらわれず、多様な専門性を活かせる道も拓いていく必要があるでしょう。変化の激しい時代において真に強い組織とは、多様なキャリア志向に応えられる組織ではないかと考えています。

そうした組織の土台となるのは、1人ひとりの「ちから」を信じる姿勢です。
人は、誰もが何かしらの強みや可能性を秘めている存在だと思っています。これは私個人の信念でもあります。個々の能力を最大限に引き出せるよう適材適所に配置し、組織全体の活性化へとつなげる。それにより、多様な「ちがい」が輝き、組織の「ちから」へと昇華されていくこと。それこそが、私たちの目指す関西電力の姿です。
(文/藤森ユウワ、取材・編集協力/髙柳真希、写真/其田有輝也)