『今どきの若いモンは』に学ぶ、世代間ギャップ解消法。叱れない時代の理想の上司とは?
- 公開日
価値観や働き方が多様化し、ハラスメントへの意識も高まるなか、上司と部下との関係はこれまで以上に難しくなっています。そうした時代に“理想の上司”として多くの共感を集めているのが、人気漫画『今どきの若いモンは』に登場する石沢一課長です。同漫画は、職場の上下関係やプレッシャーといった“働くリアル”を丁寧に描き、累計部数は150万部を超えています(2025年12月現在)。
なぜ石沢課長は世代を超えて支持されるのか。世代間コミュニケーションの難しさの本質、そしてその壁をのり越えるには——作者の吉谷光平先生に聞きました。
※本稿は「今どきの若いモンは」をご覧いただけると、さらにお楽しみいただけます。

漫画家
1990年、石川県生まれ。福岡県在住。大学在学中に『サカナマン』でスピリッツ賞(小学館)に入選し、デビュー。2018年からサイコミ(Cygames)で社会派お仕事コメディ漫画『今どきの若いモンは』を連載中で、累計150万部を突破。2022年には、WOWOWプライムでテレビドラマ化された。そのほかの作品は、『ナナメにナナミちゃん』『恋するふくらはぎ』『あきたこまちにひとめぼれ』など。

石沢課長はなぜ“理想の上司”と呼ばれるのか?
『今どきの若いモンは』を描き始めたきっかけは何だったのでしょうか?
吉谷先生
「こんな上司がいたらうれしいだろうな」という思いが直接のきっかけです。当時は短編漫画をいくつかSNSに投稿していて、そのうちの1本だった本作で予想以上の反響がありました。最初は短いページ数で大喜利的なネタを描いていましたが、「これだけでは続かない」と感じ、徐々に会社員の成長物語へとシフトしていきました。
「今どきの若いモンは」という言葉は、主に年長者が若い世代に対して「昔とは違うな」と、ネガティブな意味で世代間ギャップを嘆くときによく使われますよね。
吉谷先生
大学卒業後に2年弱、会社員をしていました。当時は上司や先輩から「今どきの若い子はダメだね」と否定的に言われた経験があります。僕はいま35歳で、いわゆる“ゆとり世代”と呼ばれる世代ですが、同世代なら同じ経験をした人も多いのではないでしょうか。そして、嫌な気持ちになった人も多いはず。
そうした経験から、「今どきの若いモンは」と言いながら逆に若手に寄り添ってくれたら、おもしろいだろうし、部下も喜ぶのではないかと、そんなライトな思いつきから、石沢課長の口癖が生まれました。
作中では、主人公の麦田が新入社員時代、仕事に慣れず苦労していると、石沢課長は「今どきの若いモンは真面目に働きすぎなんだよ」「今どきの若いモンは大変だよなぁ」「今どきの若いモンは気ぃ遣いすぎなんだよ」などと批判ではなく理解を示し、部下を尊重してくれます。

「今どきの若いモンは」と言いながら、残業中の麦田に労いのコーヒーを渡す石沢課長(1話より)
理想の上司と言われる石沢課長の魅力はどのようなところにあるのでしょうか。
吉谷先生
石沢課長の魅力は人の気持ちを先回りしてわかってくれる点だと思います。「かっこよすぎるだろ~」と自分でも思いながら描いていて、読者にも共感してもらえているから、理想の上司と言われるのかなと思います(笑)。
石沢課長は一見コワモテで、多くを語らず不器用なところもあるけれど、細かいところによく気づく人物で、背中で語るかっこいい男です。
「今どきの若いモンは」という口癖は、表面では照れ隠しですが、深い部分では彼自身の昔の苦労した経験からくるものだと考えています。
石沢課長はなぜ、人の気持ちがわかるのでしょうか?
吉谷先生
石沢課長は部下全員を大事に思っているから、寄り添えるのかもしれません。部下が困っていることを察して、気持ちをくみとり、適切なタイミングで励まし導いていく。それだけでも十分なのに、見た目もイケオジ風なので、さらに好感度が上がるんでしょうね(笑)。

部下の細かな変化に気づいてフォローする石沢課長(16話より)
吉谷先生
でも現実は全員を分け隔てなく見守ったり、完全に先回りしてサポートしたりするのは、かなり難しいことですよね。僕自身、憧れはしますけど、実際になれるとは思っていません。
それは漫画だからこそできるマジックで、石沢課長は漫画ならではの “最強キャラ”であり、“理想の上司”なんだと思います。でも読者の方からの感想で、石沢課長を「うちの上司みたい」というコメントがごくまれにあるんです。本当にいるのなら、すばらしいですね(笑)。
現実においても、いろいろな上司、関わる人を通じて、理想の上司像をつくれそうですね。
よい上司を支えるよい部下の存在
では、石沢課長はあくまで理想化された存在で想像上の人物なのでしょうか?
吉谷先生
いえ、キャラクターもストーリーもまったくの空想というわけではなく、僕自身の実体験や取材も参考にしています。思い起こしてみると、つらかった会社員時代の上司や先輩、アシスタント先で出会ったすばらしい漫画家の先生たちと過ごした経験から生まれたのかもなと思います。
たとえば、石沢課長が部下を説教するときにタバコに誘うシーンは、僕の会社員時代の上司がモデルで、厳しいけど言うことはいつも理にかなっていました。それにしても、あのころ僕は本当に何もできず、かわいげもなかったので、怒られてばかりでしたね(笑)。

部下をタバコに誘う石沢課長(5話より)
現実ではなかなか出会えない理想の上司像を見ることで、若い世代は「こんな上司がいたらいいな」と感じ、中堅・ベテランは「こんなふうに部下と接したい」と思うわけですね。
吉谷先生
そうですね。世代を超えてよい関係を築けているのは、上司の石沢課長はもちろん、部下の麦田の存在も大きいと思っています。
麦田は石沢課長が活躍すると、「かちょおおおおッ!!!!」といって、素直に喜んだり、褒めたりします。実際は「すごい」「かっこいい」と思っていても、上司には言いづらいケースも多いと思います。麦田のように素直に褒めてくれる部下がいたら、上司も励みになると思うんです。
麦田が入社して間もないころ、石沢課長の同期の風間部長が会社の飲み会で、麦田にしつこく話しかけたり距離を詰めすぎたりして、現代の感覚ではセクハラ的に見える場面がありました。

飲み会で風間部長に距離を詰められる麦田(10話より)
まさに世代間のズレが凝縮されたあのシーンで、麦田は終始素直で、石沢課長が風間部長をたしなめたときも、麦田は「かちょおおおお!!!!」「課長と飲みたい!!!!」と全力で気持ちを表しています。

石沢課長を飲みに誘う麦田(10話より)
麦田の素直さやフォロワーシップの高さ、コーチャブルな姿勢に救われる部分もあるということですね。
吉谷先生
麦田は、僕自身の憧れが少し入ったキャラクターです。ときにはミスもするけれど、どこか憎めなくて許されてしまう人っていますよね。そうしたうらやましさが、麦田には投影されていると思います。
先輩たちの言葉をまっすぐ受け止め、思ったことをそのまま言い、喜怒哀楽もストレートに出す——そんな素直さがトラブルを招くこともありますが、人を動かす力にもなります。麦田はある意味、作中でいちばんクセの強いキャラクターかもしれません。僕が麦田の上司だったら、ちょっと大変だろうなって思います(笑)。
多様性の時代、選択の難しさのなかに生きるZ世代
麦田のほかにも、作中ではどの職場にもいそうなリアルさをもちながら、少しクセのあるキャラクターたちが登場しますよね。
吉谷先生
キャラクターをつくるうえで意識しているのは、「正義の反対は別の正義」という考え方です。たとえ嫌なことを言うキャラクターでも、悪人ではない。どの登場人物にもそれぞれの立場や考え方があり、一人ひとりが異なる経験をもっている。そうした、さまざまな正義が共存している物語が、僕は好きです。
たとえば、隣部署の恵比寿課長は石沢課長と対になるような存在です。一見、高学歴でイヤミっぽく厳しいけれど、じつは自身の苦労した経験を教訓に若手を導こうと、言いづらいことをしっかりと伝えてくれる人です。
吉谷先生
一方で若手でクセが強いのは、麦田の一つ下の後輩の金松と、麦田がチームリーダーのときに新入社員として部下になった朝日奈ですね。金松は“ゆとり世代”で、働き方改革前に入社している超合理主義者。社会人なんて余裕だと斜に構えているのに、いざ仕事をしてみると現実の厳しさに直面して、思いきり打ちのめされます。

麦田の後輩の金松くん(36話より)
吉谷先生
“Z世代”の朝日奈は、ワークライフバランスや自分らしい働き方を重視するタイプ。上司とも対等な関係を望み、「飲み会は強制参加ですか?」と率直に口にするなど、自分の価値観を大切にします。

新入社員の朝日奈くん(276話より)
やはり世代による考え方の違いはありますよね。
吉谷先生
そう思います。僕らゆとり世代が社会人になりたてだったころは、「こうしておけば間違いない、幸せの型」みたいなものが、まだあったと思うんです。そこにのるか・反るかの二択。
いまの時代はそうした“メインストリーム”的なものが存在せず、価値観がものすごく多様です。結婚する・しない、学校に行く・行かない、仕事をがんばる・がんばらない——すべてが自由ですよね。一見すると、うらやましいけれど、よりどころを見つけにくい大変さもあるのではないでしょうか。
叱れない時代を生きる中堅社員の苦しみ
麦田はどちらかと言うと、メインストリームにのったキャラクターと言えそうですね。
吉谷先生
はい。物語が進み、麦田もアラサーになると、朝日奈くんをはじめとするZ世代の社員たちとの間で世代間ギャップに苦しむことになります。たとえば、朝日奈くんが日報を必要ないと判断して勝手にやめてしまったり、ランチに誘っても断られたりと、困りごとが続きますね。

悪気なく日報をやめてしまう朝日奈くん(272話より)
吉谷先生
以前なら、上司からの飲み会の誘いに若手が「なぜ行かなきゃいけないんですか?」と抵抗しても、上司が「業務の一環だから来い」と言われて半ば強制的に参加させられていたはずです。でも、いまはハラスメントの問題もあってそうはいかない。若手の意見をしっかり聞いて、尊重しないといけない時代になりました。
それ自体はもちろんよいことです。けれど、マネジメント層にとっては、コミュニケーションの難易度が上がっていて、すごく大変だろうなと感じます。取材でさまざまな方と話していても、若手との向き合い方に悩んでいる声は多かったです。
まさに、麦田が苦しんでいるのもその部分ですよね。
吉谷先生
はい。Z世代の後輩が何を考えているのかわからない、パワハラになることを恐れて何も言えない。その結果として、ついに麦田が愚痴のように「今どきの若いモンは」と口走ったシーンは、麦田に“失敗してほしい”と思って描きました。

部下の愚痴を吐く麦田(273話より)
吉谷先生
麦田の成長物語としてのゴールは、石沢課長のような、部下に寄り添う理想の上司になることだと思っています。ただ、最初から完璧な上司になったら現実味がないし、物語としてもつまらないですよね。
僕は、石沢課長は失敗させてくれる上司で、麦田は失敗してくれる部下だと思っています。読者のなかには、「麦田はなんでそんな失敗しちゃうの?」とイライラする人もいるかもしれません。でも同時に、マネジメントの失敗は実際によくあることだから、「わかる」「自分も失敗したことがある」と共感する人も多いと思うんです。
フィクションが教えてくれる上司のあり方
石沢課長のように、若手に寄り添う上司は部下にどのような影響を与えると考えますか?
吉谷先生
まず、どの世代も、仕事に不安はつきものです。人間関係に悩んだり、「ずっとこの会社にいてよいのか」と悩んだり、みんな常に不安を抱えている。でも、実際のところ正解はないんですよね。
そうしたなかで、石沢課長のように自分に寄り添ってくれて、かっこいいと思える上司がいたら、 正解がわからなくても、「この人についていけば間違いはないかも」と少し安心できるのではないでしょうか。
仕事のやり方なんて、ネットで調べても大した答えは出てきません。そうしたなかで、石沢課長のような人の“背中”が、これからの時代もますます大事になってくる気がします。

石沢課長や先輩の背中を見て成長しようと意気込む麦田(15話より)
あらためて、吉谷先生が思う理想の上司とは、どのような人ですか。
吉谷先生
あらためて「理想の上司とは」と聞かれると難しいですよね(笑)。
強いて言えば、だれからも尊敬されて、だれでも育てられるのは、不可能だと割り切れる人だと思います。具体的には、教えられることは最大限教えてくれるけど、育つかどうかは部下次第と考えている人。少し冷たく感じるかもしれませんが、「自分のおかげで部下は成長できた」という考えのほうがよっぽど傲慢で、「どうなりたいか」を、部下自身に託してくれるのが理想の上司だと考えています。

「伝えて、待つこと」の大切さを教えてくれた石沢課長のスピーチ(312話より)
最後に、読者へのメッセージをお願いします。
吉谷先生
何歳になっても、どんな仕事だろうと働くことは大変なことばかりで、現実には理想的な上司部下の関係なんてそうそう築けるものではありません。だからこそ、フィクションの世界でよい上司や良好な人間模様を見て、少しでも希望を感じてもらえたらうれしいです。
日々の仕事のなかでも、ごくまれに光り輝く瞬間があると思います。その瞬間を大切なだれかに、次の世代に、苦笑いしながらでも伝えられるようにがんばっていきましょう!
(取材・文/POWER NEWS編集部)
編集後記
吉谷先生のお話でとくに印象的だったのは、「だれからも尊敬されて、だれでも育てられるのは不可能」と割り切り、「伝えて、待つ」ことの大切さです。だれもが自分なりの正義をもっていて、ときにはどうしても譲れなかったり、ときには受け入れられずに落ち込んだり──そんな経験がある人も多いのではないでしょうか。
コロナ禍やハラスメント意識の高まりなど、昨今のめまぐるしい環境変化によって世代間で価値観が分断されやすくなり、正義の多様化が進んでいます。そうした正解がない世界で「完璧な上司・部下」を追い求めるのは非常に難しいことです。相手の正義を信じ、自分の正義にも誇りをもつ姿勢こそが、世代を超えた信頼関係を築く第一歩なのかもしれません。
マネジメント苦難の時代、理想の上司と部下の関係は簡単には築けないからこそ、『今どきの若いモンは』のようなフィクションから学び、日々の小さな「光り輝く瞬間」を大切にしていきたいですね。






