OKRの成功事例。“あえて”報酬と紐づけない目標設定
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この記事でわかること
- アルマ・クリエイション、メルカリが取り組むOKRの実践例
- OKR運用のヒントは名著にあり
- OKRをワクワクするチームづくりに生かすには
人材マネジメントのプロフェッショナル・坪谷邦生さんとの共同企画として、全5回となるセミナー「個と組織がともに勝つための目標管理」を開催。
3回目は「『非常識な成功法則』と『メルカリのOKR』から学ぶ目標設定」を実施しました。日本企業ではまだ少ないOKRの成功実績をもつアルマ・クリエイション株式会社代表取締役の神田昌典さん、株式会社メルカリの岸井隆一郎さんをお招きして話をうかがいます。
- 登壇者神田昌典さん
アルマ・クリエイション株式会社 代表取締役
上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。 アルマ・クリエイション設立後は、経営者から学生までを対象に創造的問題解決やマーケティングを支援。 2007年GQ JAPAN調査「日本のトップマーケター」に選出、2012年 アマゾン年間ビジネス書売上ランキング第1位、2018年 ECHO賞・国際審査員選出 、2020年 ウォートンクラブオブジャパン理事。
- 登壇者岸井隆一郎さん
株式会社メルカリOrganization & Talent Development manager
株式会社メルカリのOTD(Organization/Talent Development)&HD HRBP Teamにて、組織/人材開発、HRBP領域のマネジメントに従事。 新卒より株式会社ポーラにて、採用・育成・人事制度企画・企業文化改革(インターナルブランディング)などを経験。その後PwCコンサルティングにて人事戦略策定、人事制度設計、M&Aに伴うDD・PMI、チェンジマネジメントなどに携わる。PwC退職後はFintech、デジタルマーケティングなどの企業にてHR Managerや人事部長を経験後、現職。
- 進行坪谷邦生さん
株式会社壺中天 代表取締役 / 壺中人事塾 塾長
20年以上、人事領域を専門分野としてきた実践経験を活かし、人事制度設計、組織開発支援、人事顧問、書籍、人事塾などによって、企業の人事を支援している。 主な著作『図解 人材マネジメント入門』(2020)、『図解 組織開発入門』(2022)、『図解 目標管理入門』(2023)など。
あえて結び付けない、OKRと人事評価
坪谷さん
まずは、鼎談前の単独講演を終えていかがでしょうか。
神田さん
私はOKRの生みの親であるジョン・ドーアさんの書籍『Measure What Matters』に感銘を受け、すぐに自社でOKRを実践しました。OKRについて相談できる機会は多くないので、この場で岸井さんと話せるのがとても嬉しいです。メルカリさんがOKRを実践して、これほどの優良な組織に成長したわけですから、弊社にもそんな日が来るかもしれないと希望をもっています。
坪谷さん
ありがとうございます。では早速いただいている質問に答えていきましょう。岸井さん、「OKRの達成・未達成は定量評価に入れなくていいのか」という質問についてお願いします。
岸井さん
まずは、メルカリにおける評価と達成基準についてお話します。OKRの目標は、必ずしも定量の数字である必要はありません。定量・定性のどちらも目標になり得ます。メルカリでは目標達成の判定のために、目標設定時点で「何を達成しなければならないか」の基準を明確に定めています。
もう1つ重要なのが、OKRは決して評価に使うものではないので、達成・未達成を評価に結びつけない点です。達成・未達成よりも、「高い目標にどうすれば到達できるか?」の共通言語化に時間をかけています。
坪谷さん
達成度が気になる方は、OKRを評価や処遇と紐づけているのかもしれませんね。OKRの目標については、むしろ達成し過ぎていてもよくないはずです。
岸井さん
そのとおりです。弊社はミッションとしてGo Bold(大胆さ)を掲げているので、あまりにも達成でき過ぎていると「目標に大胆さや挑戦が足りていなかったと判断」します。
名著からOKR運用のヒントを得る
神田さん
評価との連動は私もすごく悩みました。確かにジョン・ドーアさんも著書で「OKRは評価と連動してはいけない」と述べてています。でも、できればOKRと評価を連動させ、ボーナスに反映させたいと思ったのですが、うまくいきませんでした。
現在はメルカリさんと同じように個人評価とOKRを切り離し、MBOとOKRを並列で活用しています。また、MBOは個人評価ではなく、チームごとに評価しています。チームで目標値以上の成果を達成できたら、3か月おきのボーナスに反映させるようにしています。
坪谷さん
本の教えを守ったほうが、結果として上手くいったのですね。
神田さん
ジョン・ドーアさんはAmazon、Facebook、Googleといった名だたる成長企業のボードメンバーでした。『Measure What Matters』は、発売当初あまり売れなかったと聞いていますが、どうしてこんなにもよい本が売れないのかと不思議でたまりませんでした。
坪谷さん
目標の開示性に関して、お二人はどう思われますか。以下の資料は約1,000人の方を対象に目標管理についてのアンケートを実施した調査結果です。
坪谷さん
1,000人中、目標管理を実践している方は520人程度いらっしゃいました。そのうち、個人が立てた目標を社内で公開していると回答されたのが49%。その中で、全社員に公開しているのは16%で、部門・チームのみで公開していると回答した人が33%です。残りの方々は個人の目標を非公開にしています。ちなみに、公開範囲が広くなるほど、満足度も高い傾向になるようです。
神田さん
私の会社でも目標は公開しています。OKRとスクラムというフレームワークを組み合わせたところ、上手く運用できるようになりました。スクラムは15分のミーティングにおいて「私のOKRは〜」と発表し、上長がアドバイスする方式です。OKRとスクラムの親和性は非常に高いと感じますね。
坪谷さん
個人目標は、公開した方がメリットが大きそうです。しかし、非公開の企業が半数であり、部門内のみに公開する企業が33%というのは、やはり処遇との結びつきが原因なのでしょうか。
岸井さん
原因の1つかと思います。「OKRを評価につなげない理由はあるのでしょうか?」という質問もいただいていますが、やはり評価や報酬に結びつけると、目標が保守的になりがちです。現代のビジネス環境は、数字だけでは語れない要素が多く、新しい価値を生み出すことや、新しい取り組みを実践し続けるといった企業姿勢が求められていると感じます。数字だけで目標を管理すると、打算的な目標になってしまい、新しいものが生まれにくい環境になるでしょう。
坪谷さん
目標の達成度 = 処遇とすると、誰しも低い目標を置きたくなりますよね。この点が、評価と結びつける弊害になりそうです。
魅力のない目標に求められるリフレーミング
坪谷さん
続いて、「所属部署の目標達成への取り組みに参加したくないという理由で異動願いを出す従業員にどう対応したらいいですか?」という質問です。
神田さん
そもそも従業員が魅力を感じない目標設定が問題です。足並みが揃わない従業員がいるのであれば、それをきっかけに目標をもっと大きくするべきです。目標に魅力を感じられないのは、ワクワクできるゲームがないからです。たとえ、従業員にとって気の進まない目標でも、「目的達成に必要な経験を積むため」と、上司が人生の先輩としてリフレーミングしてあげないといけません。そのためにも、目標を管理する立場の人もスキルを磨く必要があります。
坪谷さん
目標に共感しない従業員に対して、必要性を理解できるように伝えるのが大切だということですね。岸井さんはいかがですか。
岸井さん
神田さんに全く同意です。「やりたくない」と感じている従業員の意識を変えるには時間が必要です。そして簡単にはいきません。また、目標設定において避けて通れないポイントでもあります。人の意識を変えるには、「本人が何をやりたいのか」「何をしていたらワクワクできるのか」に耳を傾けて引き出していく必要があります。もしも従業員の希望が、チームの目指す目標と合致していなければ、そのチームに所属し続けるのは本人にとって不幸であり、別の選択肢をつくる必要があります。どのチームであれば、当人が活躍できるかを考えるのも人事・上司の役割ですので、まずは従業員が何をしたいのか、本人の希望にしっかり耳を傾けましょう。
坪谷さん
ありがとうございます。ほかに気になる質問はありますか?
岸井さん
「神田さんの会社の目標設定評価はどのように進めていらっしゃいますか?」という質問もいただいています。
神田さん
ジョン・ドーアさんやGoogle創業者のラリー・ペイジさんは、最初に決めた目標の10倍の成果を目指す「10X」という思考法を推奨していて、弊社でもそれにならって目標を設定しています。また、社内のキーマンを集めた目標設定合宿を実施しています。合宿の場では参加者同士で意見交換をしながら、自分たちが目指すべき目標を設定していきます。
OKRによる成果はすごく感じていて、弊社は中小企業2,400社の「社長の成績表」という指標において2年連続で財務成績トップになれました。DXを実施したのも大きな要因ですが、加えてOKRの成果も大きいと思っています。大企業で導入するのは、運用方法の設計などが大変かもしれませんが、まずは部署単位で数名からはじめてもいいと思います。
岸井さん
スモールスタートできるチームで試して、どれぐらい自分たちの組織が強くなったか、対応可能範囲が拡張したかの実感値をみんなで共有できるとよいですね。
ワクワクするチームづくりのためのOKR
坪谷さん
元も子もない話かもしれないですが、そもそも企業の目的に共感する人が集まっているからこそ、OKRを実践できているのではないかと思いました。その辺りはいかがですか?
神田さん
それはそうですね。だからこそ、OKRはベンチャー企業の方がうまくいきやすいと思います。カリスマ性をもった創業者が描くビジョンは従業員にとって魅力的ですから。しかし、大きな企業で実践できないわけではありません。規模が大きい企業でも元気な部署が1つ2つあれば実現可能性はあります。1つだけだと潰されてしまうので、2つ生じさせることがポイントです。他チームでの成功を見て、それが社内に広がりを生むんです。
加えて、OKRの評価における報酬は金銭的なものでなくてもよいと思っています。たとえば、「目標達成したら、チームのみんなで食事に行く」でもうまくいくと思います。個別評価ではなく、みんなで力を合わせるのがポイントとなるのは、マネジメントコミュニケーションとしてOKRの面白いところです。先ほども言ったとおり、弊社ではOKRと評価は連動させていませんが、OKRが達成できたら自ずと評価は上がります。
岸井さん
結果的に成果が出ますからね。
神田さん
確実に出ます。従業員の気持ちとして、みんなで達成したいと感じる達成欲がありますよね。そういった面で、私はOKRは「ワクワクするチームをつくるゲーム」のためのツールだと捉えています。従業員が面白いと感じてくれる環境を叶えるための手段ですね。
目標設定はあえて高い数値を求める
岸井さん
OKRで数字にもとづいた目標設定の際に、効果を高めるテクニックがあります。たとえば、従業員が最初に決めた数値目標に対して、目標の管理者はその倍の数値を目標を置くように指示するのです。当然、従業員は戸惑うでしょうが、目標として設定された以上、どうやったら達成できるのかを考えなければいけなくなります。そうすると、その人のエネルギーに火がつくはずです。平時の従業員のやる気が凪の状態になっているところへ火を点けるには、このような方法で誘導するのが効果的です。
坪谷さん
目標の目線を上げさせるのですね。
岸井さん
高い目標をどうやったら達成できるかを考えて取り組んでもらうと、きっと最初に決めた目標は達成できるでしょう。その成果をしっかりと評価すれば、チャレンジングな目標を掲げる面白さを実感して貰えると思います。
坪谷さん
目標を掲げる面白さは目標管理における非常に重要な要素だと思います。おそらく、うまくいってない組織は「仕事が面白くない」という前提が強く根付いているのではないでしょうか。先ほど神田さんが仰ったような、ゲーム感覚で楽しめる仕組みをつくれたら、大きな変化を生み出せるかもしれないですね。最後に、お二人に本日の感想をお聞きしたいと思います。
神田さん
現代の「個の時代」は、従業員の「個」を解放させるのが企業にとって重要です。人事は、仕事への取り組み方を改善させて、従業員の生きる力を活性化させられる職種であると、もっと自覚するべきだと思いました。
岸井さん
やはり目標の話をしていると、自然とワクワクしてきますね。話しているだけで何だってできるんじゃないかと、不思議な自己効力感が湧いてくる。セミナー視聴者の方にも、大胆な目標をぜひ掲げてもらいたいと感じました。
坪谷さん
ありがとうございます。私も、設定した目標達成に向けて努力して得られる「自分の器が広がるような感覚」をより多くの人に知ってもらいたいと強く思いました。お二人とも本日はありがとうございました。