1. 働き方
  2. キャリア

人事戦略は経営戦略と同じ1丁目1番地、DXを牽引する若きリーダーの人事職キャリア

公開日
目次
伊藤 海さん

1987年、新潟市生まれ。早稲田大学卒業後、2010年大手生命保険会社に入社。2017年PwCコンサルティング合同会社に転職し、2021年Xspear Consulting(クロスピア コンサルティング)株式会社に加わる。フリーランスを経て、2023年株式会社STANDARDに入社、翌2024年10月から代表取締役社長。

「人事・労務キャリアの履歴書」は、人事・労務職の経験を生かしてキャリアを切り拓き、社会で活躍するビジネスパーソンにお話を伺う連載企画です。

記念すべき第1回目にご登場いただくのは、デジタル変革を支援するスタートアップ企業である株式会社STANDARDの代表取締役社長・伊藤海さんです。

大手生命保険会社に新卒入社し、約6年間にわたり人事業務に従事した後、コンサルティング職に転向。いまでは、DX支援の分野で注目を集めるSTANDARDの若きリーダーとして活躍しています。伊藤さんは「人と関わり、人の力を引き出す人事職の経験が役立ってきた」とこれまでを振り返ります。

伊藤海さんの写真と肩書き、経歴。また3つの質問と回答の画像

人事職に就くことになった幼少期のきっかけ

STANDARDは、デジタルトランスフォーメーション(DX:デジタル技術を活用して、企業の業務プロセスやビジネスモデルを革新し、新たな価値を創造すること)支援の分野で豊富な実績を誇ります。伊藤さんは現在、同社の社長を務めていますが、そのキャリアは人事・労務に関する業務から始まったそうですね。

伊藤さん

はい。大学卒業後に生命保険会社に入社し、希望して人事関連の部署に配属されました。その部署を希望したのは、子どものころの経験にもとづいています。

私は昔から学級委員長など、メンバーをまとめるリーダー役になるのが好きでした。小学生のときにクラスで孤立していた同級生がいて、学級委員長としてそれをなんとか解決したいと思い、教室の環境を変えようと行動しました。すると、状況が好転しました。この経験を通じて、自分の行動次第で人や組織を変えられると実感し、人事部のような人と組織を支える役割に関心を抱くようになりました

新卒で入社した会社では、新入社員研修の時にずっとお世話になっていた人事部・人材開発部の皆さんがとても優しく、時に厳しく、人を育て人に貢献しようという情熱を感じました。私が持っていた人への貢献に対する思いとリンクし、この組織で尊敬する皆さんと一緒に仕事をしたいと強く感じ、その部署への配属を希望しました。

話している伊藤さん

人事関連の部署ではどんな仕事をしていましたか?

伊藤さん

採用を担当していた期間が最も長かったです。具体的には、商社やコンサルなどの他業界に流れてしまう優秀な人材に弊社を選んでもらえるように、採用計画を立て募集を実施し、新たにインターンシップの企画・実施するなど、採用における変革に注力しました。採用決定後は、入社までの準備や研修の実施を担当していました。

その過程で、組織のために今後どのような人材や制度が必要かいつも考えていましたね。たとえば、グローバル化が進むなかで海外の保険事情に詳しい人材の必要性を感じ、海外の大学とのコネクションを構築するなどしました。

より活躍するために選んだコンサルティング職

生命保険会社に6年ほど務めた後、PwCコンサルティングに転職したのですね?

伊藤さん

生命保険会社の在職中、2か月半ほどロンドンに留学する機会ありました。留学中はビジネススクールに通っていたのですが、そこで出会った多くの人たちが、起業や転職など高い志をもっていました。スクールで大きな刺激を受け、私も年齢や役職に関係なく自分の意見が求められ、そのアイデアをもとに物事を推進していける業態や業種に転職したいと考えるようになりました。

写真左から5番目、ロンドン留学中の伊藤さん

ロンドン留学中の伊藤さん(写真左から5番目)

伊藤さん

その後、転職エージェントに相談して、次のような条件を提示しました。

・年収が今以上であること
・海外に拠点をもつグローバルな会社であること
・国内勤務の場合は東京を希望できること
・自分より優秀な人が多く在籍し、女性も活躍できる環境であること
・年功序列ではなく、実力次第で昇進できる会社であること

これらを含めて10項目ほど挙げ、転職エージェントから勧められたのがコンサルティング職でした。その結果、新たな職場として選んだのがPwCで、コンサルティング職に就きました。

人事からコンサルティング職に転向することに、不安や迷いはありませんでしたか?

伊藤さん

職種にはこだわりがなく、自分が社会でどれだけ活躍できるかが重要だと考えていました。というのも、社会人になったときに「だらだら過ごしていては、あっという間に人生が終わってしまう」と感じ、目標を立てました。その目標とは「社会にインパクトを与える」というものです。

先ほど申し上げたように、私は「自分がどれだけ活躍できる組織か」どうかを転職の大きな軸として考えていました。ですのでPwCも含め数社の最終面接で、「私はどのように御社で活躍できると思うか、そのために何に気を付けるとよいか」と、少々生意気なのを承知で質問してみたのです。

その時、PwCの最終面接でお会いした上長から「君は猪突猛進で、素晴らしい原動力を持っている。また、その進む道はほとんど正しいだろう。ただ、まだまだ粗削りなところがあるので僕がその道を整える。そうすれば君は大きく活躍するはずだ」というアドバイスをいただきました。

私自身も自分は猪突猛進であり、粗があると感じていたので、この短時間で見抜けるこの方のもとで努力すれば間違いなく活躍できるだろうと確信し、入社を決めました。

入社してみて、仕事は実際どう変わりましたか?

伊藤さん

PwCでは、M&Aや合併後の人事制度の構築、人材育成、人材ポートフォリオ戦略など組織や人事の課題解決を目的とした戦略的にアドバイスする、組織人事戦略のコンサルティング業務を担当しました。

コンサルティングの業務では、顧客企業の組織課題を細かく分析し、仮説を立てて解決策を導き出し、施策の推進をサポートします。施策の推進を支援する点では、前職の人事業務に近い部分もありますが、明らかな違いは、上流工程に関わることです。経営に対して現状の課題を整理し、施策を練り出すというプロセスは、私にとって新しい挑戦であり、仕事の幅が大きく広がりました。

人事職の経験が生き、大きなプロジェクトを担当

前職の経験が役立った点はありましたか?

伊藤さん

はい、人事職の経験が大いに役立ちました。コンサルタントがファーストキャリアの人だと、顧客の多くを占める事業会社の実情を理解しづらく、そもそも実行が困難な施策を提案してしまう場合があります。意思決定までにかかる時間の長さや、予算の制約などを無視した、理想的な「あるべき姿」を掲げてしまうのです。

その点で、事業会社に務めていた私は人事・労務の仕事を通じ、事業会社特有の“くせ”を理解していたため、実情を踏まえた実行可能な提案をするよう心がけることができました。

なかには、人事・労務の部署が会社の「なんでも屋」のような多くの役割を担っているケースも珍しくありません。仮に伊藤さんが新卒でそうした会社に勤務し、バックオフィス全般の業務をこなす「ひとり人事・労務」として働いていたとしても、その経験は転職後の仕事に役立ったと思いますか?

伊藤さん

もし、いわゆる「ひとり人事・労務」の役割を担っていたなら、その経験はさらに役立ったかもしれません。広い業務を把握できていたら、事業会社の実情をより深く理解できたでしょう。コンサルティングは社内の業務の連動性をきちんと整理することが重要ですが、カバー範囲が多ければ多いほど、私は強みになると思います。

では、人事・労務の経験が役立ったことで、希望どおり大きな仕事にも挑戦できたのでしょうか。

伊藤さん

プロジェクトマネージャーとして、金融業界のある顧客企業で、数億円規模の業務効率化支援をリードし、子会社設立の戦略設計やビジネス設計などの推進を担当しました。このプロジェクトに携わったのは入社して2年目で、大きな学びとやりがい、達成感を得られました。

その後は、2021年にDXコンサルのスタートアップであるXspear Consultingに転職します。

伊藤さん

PwCでこのままキャリアを積むべきか迷いが生じ始めたころ、ビジネス向けのSNSでスカウトメールを受け取りました。それがXspear Consultingでした。

しかし、当初想像していた環境とは少し異なる部分もあり、もともと20代は学びのフェーズ、30代からは実行のフェーズと捉えていたため、思い切って自分で起業するつもりでほどなく退職しました。

DX推進にも人事・労務の力が不可欠

それで、縁あってSTANDARDに加わることになるのですね。

伊藤さん

3社目を退社後、起業資金を用意するため、フリーランスでコンサルティングの仕事を始めました。その最初の取引先が、STANDARDでした。

あるとき、STANDARDからの依頼で私が営業して受注した仕事を、実際に担当する人がいないから、入社してほしいと頼まれました。それならば、求められている場所で価値を発揮しようと思い、起業は後回しにして入社することにしました。

当時、STANDARDは経営的に厳しい時期で、この会社を建て直したいという思いも入社を後押ししました。私が加わればそれも可能だと感じ、少し大げさに言えば、会社の立て直しを実現できるのは自分しかいないと確信していました。というのも、STANDARDは会社の営業力が強かったため、私の提案力と組み合わせることで成功への道筋が明確に見えていたからです。

同僚と打ち合わせ中の伊藤さん

同僚と打ち合わせ中の伊藤さん

実際に、いまでは社長を務めていますね。

伊藤さん

STANDARDは、eラーニングを活用したDX人材の育成とDXコンサルティングの両輪があることが強みで、“ヒト起点のデジタル変革”を支援しています。2017年の創業以来、上場会社100社以上、のべ930社にサービスを提供してきました。

現在、デジタル領域のソリューションは成熟しており、企業がデジタルソリューションの導入でつまずくことは少なくなっています。しかし、問題は“ヒト”に関わる部分です。導入しても十分に使いこなせず想定した効果が得られない、あるいは、人材育成が進まないといった“ヒト”に起因する課題でつまずく企業が数多く存在します。こうした背景を受け、STANDARDは“ヒト起点のDX”推進を提案しています。

​私は現在、STANDARDの社長として売上を確保し、組織を守っています。“ヒト起点のデジタル変革”を実現するには、DXソリューションに関する技術を習得し、実際に活用してもらうことが不可欠です。そのためには、人に働きかけ理解を深めてもらうしかなく、この意味で、人と関わり、人の力を引き出す、かつての人事職の経験がここでも役立っていると感じています。

人事職としてのキャリアは、大変多くの点で強みになるようですね。

伊藤さん

2020年前後、日本にも、人的資本経営の考え方が導入されました。もともとアメリカの証券市場で人的資本経営が注目され、その影響が日本にも及んだものです。結果として、日本でも人事戦略の重要性が高まってきています。それにともない、これまで人事部は管理系の部署として扱われてきましたが、人事戦略を扱う人事部は1丁目1番地。いまでは経営戦略と並ぶ重要な要素として認識されています。

人事・労務の部門が率先して、社員の価値を最大化するために必要なデジタル技術や戦略を論点思考で考え、それをもとにDX戦略における人事施策・育成施策を設計していくことが求められるのです。

具体的に言うと、2点あります。「人事・労務業務そのものの変革」と、「人事ミッションとしての社員の変革」です。前者は効率化の余地が大きく、SmartHRさんのサービスもまさにそうですが、こういったシステム化・デジタル化を通じて、人事が人でしかできない業務にシフトすることで、より戦略領域の検討にリソースを割くことができます。後者は、ヒト起点の全社変革を指し、組織としてのあるべきを検討し、戦略の実現のために社員のデジタルスキルはどうあるべきかなど、ずっと人に携わってきた人事担当者が追求することで、人事評価制度や育成施策の高度化にもつながると思います。

人事・労務の仕事を重視される理由が理解できました。貴社では、弊社のSmartHRもお使いいただいているのですよね。

伊藤さん

SmartHR労務管理を2019年頃から継続利用しています。操作性やサポートもよく、年末調整などレギュラーで必ず行わなければいけない労務関連の業務が効率化され、取り組むべき戦略領域の検討へリソースを割くことができています。

伊藤さんの手元

「私は失敗したことがない」という理由

伊藤さん、そしてSTANDARDは今後、何を目指していきたいですか?

伊藤さん

私自身は常にいまの自分を超えることを目指しています。何か挫折や失敗の経験はありますかと聞かれることがありますが、思いつかずいつも回答に迷います。私は失敗したことがないというより“失敗の箱”に物事を入れないのだと思います。失敗=期待する効果が得られなかったことですが、そこには常に学びがあります。そのため、「いい経験をしたな」と考えて、いつも“成功の箱”に入れるのです。そして、それを次に生かすため、自分のロールモデルは、いつも未来の自分です。少し成長した自分を目標に設定し、それをクリアしたら、さらに成長した自分をイメージして行動しています

そして、今後はDXで地方創生に寄与してきたい。DX支援によって、地方の中小企業の業務効率化や、新たなビジネスモデルの構築が進めば、企業自体の成長が促進されるだけでなく、地域全体の経済活性化や雇用創出といった地方創生にもつながるのではないかと考えています。

STANDARDは、まだ地方の中小企業まで支援を広げるための営業力や実行力を十分に確保することが難しい状況です。しかし、近い将来には上場を果たし、地方創生にも本格的に取り組んでいきたいです。さらに大きなビジョンをいえば、DXの文脈のなかで、“日本経済の再興”というインパクトを社会に与えたいですね。

話している伊藤さん

人事職からキャリアをスタートし、志高く、目標に向かい力強く進む姿勢が深く印象に残りました。とても貴重なお話をありがとうございました!

(取材・文/杉原由花、POWER NEWS編集部、写真/横関一浩)

  • 心理的安全性を低下させる3つの問題
  • SmartHR Mag.メールマガジン
  • 「働く」を考えるラジオ by SmartHR Mag.

人気の記事