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人材派遣業で働き方改革を進めるうえでの障壁と対策とは?【人材派遣業の人事カイカク#2】

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こんにちは。特定社会保険労務士の小岩広宣です。

人材派遣を中心とする人材業界の人事労務の課題と対策についてお届けする連載の第2回。

今回は働き方改革を進める上で、人材業界ではどのような障壁があって、それらを解決するにはどのような対策が考えられるかをまとめたいと思います。

2020年の4月からスタートする「同一労働・同一賃金」など、働き方改革関連の法律は、その複雑さゆえに私のもとにも毎日のように派遣会社のお客様から相談が届いています。

本稿を通じて、「人材業界の働き方改革」を俯瞰的に見て、どうすればより効率的に企業の働き方改革を前進させられるかを考えるきっかけになれば嬉しいです。

【1】人材派遣業界において、働き方改革を進める上での障壁とは?

東京オリンピック・パラリンピックの開催や景気の循環的な流れによって、今後の労働市場には不透明な部分がありますが、慢性的な人手不足の構造はますます加速していくといわれています。

数多くの派遣会社がある中で、今後は「その会社で働く意味」を提示できる会社が生き残っていくことでしょう。

だからこそ、従業員が働きやすい環境が整っている会社や、経営理念が浸透している会社は価値を感じてもらいやすくなります。そのためにも、ベースとして働き方改革への取り組みは欠かせません。

それでは、人材業界で働き方改革を進める上での主な課題を、働き方改革の3つの柱である「正規、非正規の不合理な格差の解消(同一労働・同一賃金)」「長時間労働の是正」「柔軟な働き方の実現」に照らし合わせてお伝えします。

(1)正規、非正規の不合理な格差の解消(同一労働・同一賃金)

派遣労働者の同一労働・同一賃金は、文字通りこれからの派遣事業の行く末を左右するテーマです。「一般賃金」の水準を守るといったコンプライアンスの遵守はもちろん、人材の採用と定着をはかるためには、さらなる格差是正の方向性を打ち出していくことが求められます。

同一労働・同一賃金が悩ましいのは、法律を守るという視点や取引先である派遣先と合意をはかるという視点に加えて、派遣労働者の「納得感」と信頼を得るための視点が強く求められるところにあります。

同一労働・同一賃金の法律は、労使協定方式の場合、国が定める実質的な最低賃金である「一般賃金」を上回ることに加えて、適切な評価制度の実施による待遇の改善が求められます。どのような評価制度を導入するかは派遣会社が決めることができますが、いずれにせよどうやったら評価されるかの“モノサシ”を設定する必要があります。

特に、件数や金額といった数字管理が困難な業務については、明確な基準が伝わらないと現場の不満にもつながってしまいます。

同一労働・同一賃金は、施行前においては「一般賃金」の当てはめや労使協定の締結などが大きな課題となりますが、施行後はどんな人材を評価するのかについて、会社のメッセージが正確に派遣労働者に伝わるかどうかが課題となっていくことでしょう。

(2)長時間労働の是正

昨年4月から大企業に施行された労基法改正による時間外・休日労働の上限規制の強化が、今年4月から中小企業でもスタートします。

時間外・休日労働の上限規制4つのルール

  1. 年720時間以内
  2. 2〜6ヶ月平均80時間以内
  3. 月100時間未満
  4. 月45時間を超える時間外は年6回まで

という「4つのルール」は、間違いなく人材派遣の現場で頭を抱える複雑な仕組みです。

「派遣で働く理由」について、日本人材派遣協会が実施したアンケート調査では、「働く時間や時間帯を選べるため」が約43%で第1位となっています(2019年度派遣社員WEBアンケート調査より)。

働き方改革によって長時間労働の是正が国策となっていますが、アンケート結果でわかるように、派遣労働者にとってはいかに自分にマッチした働き方ができるかは非常に重要なポイントです。他の業界以上に長時間労働削減のための仕組みづくりに注力すべきといえるでしょう。

長時間労働の是正における注意点

実務的には、派遣労働者が時間外労働や休日労働をするには、派遣元と派遣先それぞれの36協定で定められた上限を遵守する必要がありますが、いうまでもなく実際の指揮命令は派遣先の上司が行うことになります。

複雑になった上限規制の「4つのルール」を確実に守っていくためには、現場で働く派遣労働者の勤怠や労働時間といった就業状況を派遣先と派遣元がタイムリーに把握、共有していくことが求められます。

そのためには、派遣元責任者や実務担当者が日常的に派遣先と連携・協力していく体制が不可欠です。必要に応じてクラウドサービスや業務管理ソフトウェアなどを活用していくのも効果的でしょう。

(3)柔軟な働き方の実現

2020年の1月頃から新型コロナウイルス感染症「COVID-19」が日本国内でも蔓延しつつあることが、大きな社会問題となっています。部分的とはいえ人事・労務管理上の課題ともなり、在宅勤務制度や勤務時間の変更などの措置を実施する企業も出てきています。

派遣労働とテレワーク

柔軟な働き方の実現は働き方改革の一つのテーマとなっており、在宅勤務が可能となるテレワークの推進や副業・兼業の促進についてガイドラインが公開されたり、モデル就業規則が更新されたりと、国の方向性が幅広く示されつつあります。

テレワークなどの新しい働き方がそのまま現在の派遣労働のあり方にフィットするとは思いませんが、今後の雇用形態や勤務形態の多様化が進む中で、派遣のニーズが高まることや派遣労働者の役割が多角化していく可能性も十分にあります。

ビジネスモデルの変革も求められる?

従来の人材派遣のビジネスモデルとしては、単独の事業以外に職業紹介事業をからめた紹介予定派遣が定番で、業種業態によっては適正な業務請負事業を兼業する形態が多くみられました。

今後は、クライアントの柔軟な働き方の相談指導を行うことで側面支援したり、一部を派遣労働によって担うことで業務の効率化を後押ししたりするモデルも想定されます。

派遣元は、当面このような社会の変化と従来のビジネスモデルとをいかにマッチングさせるかをめぐって、苦悩する場面が増えてくることになります。

人と仕事とをマッチングさせるビジネスから、クライアントの「人」に関連したテーマを支援するビジネスへと変化していくためには、克服すべき壁が存在するといえるでしょう。

【2】人材派遣業界において、スピーディに働き方改革を進めるためのポイント

働き方改革を派遣元において確実に推進していくためには、まずは派遣労働者の意識を高め、会社の方針を理解してもらうことが肝要です。

働き方改革のテーマについての派遣労働者の認知は、時間外・休日労働の上限規制や有給休暇の取得義務化が約9割であるのに対して、同一労働・同一賃金については7割を下回るなどの開きがあります。

【図表66】「同一労働同一賃金」認知【SA】 N=4,342

出典:一般社団法人 日本人材派遣協会「2019年度派遣社員WEBアンケート調査」より

派遣労働者は、多くの派遣先や部署で個別に就業しているため、働き方改革をめぐる具体的なテーマも現場によって違いがあり、必ずしも同じ派遣元だからといって一律ではありません。とりわけ同一労働・同一賃金については、個別の事情による変化が出やすい分野だといえます。

その意味では、法改正に対応するための実務を進めるという視点の前に、会社のトップによる働き方改革についての方針を、派遣労働者を含めた全従業員に示していくことが大事です。

たとえば、「同一労働・同一賃金」の取り組みの方針、具体的にどのような基準によって評価制度を実施していくのかなど、経営トップ自らが丁寧に発信することが求められるでしょう。「時間外・休日労働の上限規制」や「有給休暇の取得義務」の運用にあたっては、全社的に運用できる共有のシステムを導入・改変することが課題となります。すでに多くの派遣元で実施されているように、勤怠管理の自動化や有給休暇管理表の仕組み化などによる情報共有は、これからの必須のテーマとなっていくと思います。

複数の拠点の人事・労務などの管理機能を一元化している派遣元では、担当者個人の裁量や判断から切り離して勤怠管理や給与計算、有給休暇、その他の社内ルールの管理を実施していくことができるかどうかが、この先の派遣元としての管理機能の成否にも関わってくるといえるでしょう。

【3】企業規模ごとの働き方改革に関するよくある悩みと対策

働き方改革をめぐる課題や対策は、派遣元の企業規模などによっても違いがあり、担当者や経営陣が抱える悩みの傾向も異なります。ここでは、具体的にどのような課題が考えられるかについて簡単に整理します。

(1)〜50名

50名以下の規模では、経営者や経営陣が自ら派遣労働者と向き合う機会が多いことから、有給休暇や労働時間といった基本的なコンプライアンスについて、正しいメッセージを伝えることが大切となります。

このような段階では、派遣労働者が現場で抱く日常的な疑問や不安について、対面でタイムリーに応えていくことが重要です。具体的には、派遣先の巡回時の接触や日報等の受け渡しなどの基本的な管理の仕組みを整えていくことになります。

小回りが利く規模であるがゆえに労基法や派遣法の基本的なルールで足元をすくわれることのないよう、経営者自らが率先してコンプライアンス遵守について徹底していく姿勢が求められるでしょう。

(2)51名〜300名

この規模になると派遣元事業所として他業種展開するなど多角的な運営をはかるケースが多いことから、同一労働・同一賃金へと対応する上での実務的なルールづくりが必要となっていきます。

多くの場合は労使協定方式を採用すると思いますが、ひな型的な手続きで完結するわけではなく、業種や派遣先ごとの実態に合わせた賃金テーブルの設定や評価制度の運用など、きめ細かな対応が求められることになります。

同一労働・同一賃金への取り組みによって派遣労働者のモチベーションが向上することもあれば、公正な評価の仕組みをつくることができずに不満や不安が広がる恐れもあります。後者のようにならないように、真摯に対応していきましょう。

(3)301名〜1,000名

これくらいの規模になると複数の拠点展開を通じて事業を拡大する企業がほとんど。働き方改革に取り組む上で、経営陣や拠点責任者によるベクトル合わせが大切となります。

同一労働・同一賃金の対応にあたっては、コンプライアンス遵守の視点はもちろんですが、拠点や派遣先業務ごとの業務の効率化や生産性向上による目標を管理する目線も求められます。

残業の削減など労働時間の管理についても、属人的な管理方式を離れて全社共通のシステム化をはかることで、タイムリーかつ正確にすべての派遣労働者の就業状況が把握でき、改善しやすくなるでしょう。

(4)2,000名〜

2015年の法改正で特定労働者派遣事業が廃止されたことで派遣業界の再編が進み、多数の派遣元で合併・吸収・廃業・組織変えなどの動きが見られましたが、働き方改革・同一労働同一賃金の施行によっても同様の傾向が訪れると予想されます。

合併や吸収などの動きがどこまで加速するかは流動的ですが、すでにそのような事案が飛び交っている現実もあり、契機を具体化することで事業拡大をはかるケースが出てくることは間違いないと思います。

また、働き方改革が加速することを武器にクライアントへの新たな提案の動きを強化したり、関連する他業種との連携なども含めた新たなビジネスモデルを積極的に打ち出すことも考えられるでしょう。

おわりに

派遣労働者の同一労働・同一賃金は、取り組み方を間違うと派遣事業の運営の大きな壁となります。複雑なルールに足元をすくわれないよう、それぞれの規模と事業内容に応じて慎重な対応が求められるでしょう。

有給休暇や労働時間の上限規制についてはすでに実務対応が進められていますが、派遣事業の実態に合わせた透明化と仕組み化がポイントとなります。改正への取り組みをピンチではなくチャンスととらえて、必要な対応をしていきたいものです。

【編集部より】働き方改革関連法 必見コラム特集

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