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【実践事例】“経営戦略と人材戦略”をつなぐ思考法|実務ベースで考える人的資本経営の進め方 #05

公開日

この記事でわかること

  • 経営戦略と人事戦略をつなぐ重要性
  • 「経営戦略と人材戦略をつなぐ」3つのポイント
目次

人的資本経営では「経営戦略と人材戦略をつなぐ意思決定がもっとも重要である」といわれます。では、経営戦略と人材戦略をつなぐポイントはどこにあるのでしょうか。

連載第5回目は架空の企業の事例をもとにした「経営戦略と人材戦略をつなぐ思考方法」について解説します。

経営戦略とつながった人材戦略の策定が必須

経営企画や人事担当者の「ファクト(人材情報)は集まったがストーリーを描けない」という悩みを聞いたことがあります。これは「人的資本経営の経営戦略から人材戦略を描けていない」ことを示しており、「人的資本経営を実行できていない」こととイコールなのかもしれません。

そもそも、経営戦略とつながった人材戦略が定まっていないなかで、ファクトだけを把握して人的資本情報を開示するのは難しく、実現できたとしても形式的な内容になってしまいます。経営戦略と人材戦略をつなげた根本の検討がなければ、さまざまなツールの活用や特定の人事施策を実行しても効果はなく、開示のうえでも、本質的な意味はないといえるでしょう。

人的資本可視化指針における「経営戦略と人材戦略をつなぐ」とは?

人材版伊藤レポート人的資本可視化指針でも、経営戦略と人材戦略をつなぐ重要性は指摘されています。

とくに人材版伊藤レポートでは、この重要性が宣言されており、体制面から数多く言及されています。また、人的資本可視化指針の「可視化において経営者に規定されること」の項目には、以下の記載があります。

経営層・中核人材に関する方針、人材育成方針、人的資本に関する社内環境整備方針などについて、自社が直面する重要なリスクと機会、長期的な業績や競争力と関連付けながら、目指すべき姿(目標)やモニタリングすべき指標を検討し、取締役・経営層レベルで密な議論を行った上で、自ら明瞭かつロジカルに説明することが期待されている。

「自社が直面する重要なリスクと機会、長期的な業績や競争力と関連付けながら」の箇所が、「経営戦略と人材戦略をつなげる」を指しています。

また、人的資本可視化指針「有価証券報告書における対応」には、以下の記載があります。

自社の経営戦略と人的資本への投資や人材戦略との関係性(統合的なストーリー)を描き出しながら、独自性と比較可能性のバランス、価値向上とリスクマネジメントの観点などを検討した上で(中略)自社の人材育成方針及び社内環境整備方針(「戦略」)、これと整合的で測定可能な指標(インプット、アウトプット、アウトカム等)やその目標、進捗状況(「指標と目標」)を積極的に開示していくことがきたいされる。

「自社の経営戦略と人的資本への投資や人材戦略との関係性(統合的なストーリー)を描き出しながら」という点が、経営戦略と人材戦略のつながりと考えられます。

しかし上記からは、どの内容について、何をどのように検討すればよいのかを具体的にイメージしにくいのではないでしょうか。人材版伊藤レポートや人的資本可視化指針にも、「経営陣がよく検討する」ことのみが強調されており、今ひとつ具体的な施策が見えてこないように感じられます。

「経営戦略と人材戦略をつなぐ」3つのポイント

これまで筆者は、人的資本経営の実施や開示のシミュレーションを通じて、さまざまな企業の方と経営戦略と人材戦略のつなぎ方を検討してきました。

その結果として、以下の3点に留意する必要があると考えています。

  1. 中長期の経営戦略に対応した人材戦略とは何かを考えて構築する
  2. PLベースの人材配置の最適化や効率化だけでは、人材戦略といえない
  3. 労務ルール整備などの目標を抽象化させず、経営戦略とのつながりを明確化する

上記を留意した人材戦略立案の考え方について、架空のA社を具体例として紹介します。

架空企業・A社の事例から考える「経営戦略と人材戦略のつなぎ方」

A社の経営計画上で重視されるポイントを以下の3点と仮定します。

  1. M&A後の事業成長
  2. 経営陣の固定化の課題
  3. 注力商品の「+α」を中期的に伸ばす方針

上記に挙げた経営上の重視点は、上場企業であれば、有価証券報告書や中期経営計画に記載する内容でしょう。また中小企業でも、なんらかの経営計画が検討されていることも多いと思います。

では、こうした企業において、人的資本経営の戦略はどのように想定されるのでしょうか。

結論として、中長期の経営課題と連動した人材戦略の立案が、もっとも重要な視点になるでしょう。

A社の場合、経営計画の注力点は、すべてが人材戦略とつながるものです。そのため、3つのポイントのそれぞれについて考える必要があります。そのうえで、次段階として考察した人材戦略に優先順位をつけていくことになります。

注力ポイント(1):M&A後の事業成長

「実現するための人材戦略にどのようなことがあり得るのか」を短期と中長期において考えていく必要があります。

M&Aの課題などには、中長期的な人材課題や短期的な人材戦略も含まれるでしょう。たとえばM&A後に、部署や属性別にエンゲージメントを計測し、各部署における仕事へのスタンスや人事の検討など、さまざまな施策が考えられます。

またダイバーシティ観点では、カルチャーが異なる社員の間での課題も挙げられます。これは、実務の仕組みから従来の育成指針まで、人材戦略が関わってくるでしょう。そのため、M&A後の組織風土において、「どのような部分のダイバーシティ施策を考えていくか」は、ステークホルダーの認知や雇用継続面からの検討が重要になります。

ほかにも育成面では、M&A後の相乗効果を図るために、「どのようなスキルやコンピテンシーが欠けているのか、生かしていけばよいのか」も検討するべきでしょう。

中長期の経営課題に対する人材戦略の計画・実行が重要

「経営戦略と人材戦略をつなぐ」とは、「経営上の中長期課題に対応した人材戦略構築を重視する」と考えられますが、多くの場合、あまり認識されていないように感じます。人的資本経営の実行と開示の促進において、重要な観点の1つは「まずは中長期の経営課題とつながる人材戦略を考えて実施し、成果と内容を開示すること」だと思います。

上記のM&Aと同様に、「経営陣の固定化をどのように解決していくか」と「注力商品をどのように伸ばしていくか」も、中長期の人材戦略とつながる課題です。この2点についても、M&Aと同様に考えていけば、人材戦略の思考法がつかめるのではないでしょうか。

注力ポイント(2):経営陣の固定化の課題

A社では、経営計画の2点目に「経営陣の固定化が課題視されている」という課題もありました。これは、サクセッションプランニング(後継者計画)の実行が該当します。

典型的には、経営陣の交代や育成がうまくいっていない場合や、グローバルレベルで経営計画を策定できる「経営陣の育成・配置計画までを視野に入れた人材戦略」が考えられるでしょう。

ほかにも、創業社長や創業期のメンバーが経営陣を務めている場合に、退陣後の体制をどう考えるかも含まれます。こうしたサクセッションプランも、中長期での人材育成や人材配置と関わります。また、人的資本の開示情報には、女性管理職比率の向上も該当します。そのため、社内のダイバーシティ観点で全体を捉え、どのようによりよい状態にするか、といった非常に広範囲な問題も含まれるのです。

「中長期的な人材戦略の検討」が経営戦略と人事戦略をつなぐ

経営戦略と人材戦略をつなぐためにもつべき視界は、上記のように広範囲にわたります。経営上の中長期課題は、あくまで事業上の計画として、有価証券報告書などでさまざまに記載がされているでしょう。

経営戦略の項目には端的に表記しており、事業リスクの箇所などにも、避けるべき状況についての記載が多いと思います。

事業リスクは、経営戦略や財務戦略上、人材戦略に直結する記載がある場合も多いと思います。そのため、上場企業でなくても、経営計画を立てていれば中長期の事業計画があるはずです。

「経営戦略と人材戦略をつなぐ」ことは、難しい抽象的な思考が必要なわけではありません。「財務・経営上の戦略だけではなく、中長期的な人材戦略の検討」が、経営戦略と人材戦略をつなぐことなのです。

注力ポイント(3):注力商品の「+α」を中期的に伸ばす方針

注力商品を伸ばす場合に、「体制の構築」という人材戦略を設定する場合が多いでしょう。また「人件費と生産性のバランスを取るべく生産性の向上を進める」ことが想定される場合も多いと思います。

これも一つの人材戦略なのですが、注意しなくてはならないのは、中長期的な視点ではないことです。よって、こうした観点は、現在の「人的資本経営」とは異なります。

注力商品を伸ばす場合、現在の人的資本経営の議論で重視される人事戦略とは、「中長期的に売り上げが増加し、継続的な企業の成長につながる人材像や風土・環境などを含めた人材戦略」を指しています。

中期的な商品の成長には「多様な観点での施策検討」が必須

中長期にわたり、商品や納品形態を発展・改善させるためには、以下の観点が重要になります。

  • ダイバーシティ観点で問題はないか
  • 社内での分業や体制構築の上で、ライフステージや特性に応じて十分に活躍できる状態か
  • どのようなエンゲージメントを求め、当事者意識の状態で働けばよいのか
  • DX関係や多様なスキルに関連する育成体制が整備されているか
  • 経営陣や管理職の育成観点での課題や解決方法はどのように検討しているか
  • 管理職を担う人材が、どの部署でどのような課題を抱えており、課題解決方法は確立しているか

今回は具体的な企業事例をもとに、比較的よくある経営戦略から人材戦略の例を解説しました。次回は、さらに「よくない人材戦略の例」をもとに、考察を深めていきます。

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