人事×情シス部門連携の鍵とは?データ活用と部門横断による人的資本経営
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目次
人的資本経営の実現には、従業員の経験や資質、キャリア志向など人材にまつわるデータの活用が鍵となります。こうしたデータを効果的に収集・分析するためには、人事部門と情報システム部門の連携が不可欠ですが、両部門間の協力関係をどう構築すればよいのでしょうか。
今回は「人事×情報システム部門の連携がもたらす組織力向上」をテーマに、現場で人事領域を推進してきたソニーグループ株式会社(※)の望月さん、ユニクロ黎明期から24年間におよぶ業務改革とシステム化を牽引したISENSE株式会社の岡田さん、情報システム構築と人材開発の両面に精通する株式会社インヴィニオの土井さん、プロダクト開発の視点を持つ株式会社SmartHRの重松による対話を実施。
人的資本経営の本質から部門間の「風穴」をつくるキーパーソンの重要性、HRBP機能の実践まで幅広いテーマが議論されました。
※記載の肩書き・所属は本イベントを開催(2025年3月)時点の情報です。
※SmartHRでは経営層のみなさまを対象に、ゲストスピーカーを招いたオフライン交流会を定期的に開催しています。本記事は「『人』で繋がる交流会 Executive Premier Talks 人的資本経営フォーラム2025 人事×情報システム ~部門同士の連携が生み出す最強の組織力~」の内容をもとに制作しています。
- 望月 賢一 氏
ソニーグループ株式会社 安部専務室 組織開発アドバイザー(※)
ソニー株式会社入社後、事業所、合弁会社での人事総務に加えて長らくHRBP業務に従事したのち、2016年4月ソニー人事センター長に就任。2020年7月より2022年3月までソニーピープルソリューションズ株式会社 代表取締役社長を務めながら、グローバルHRプラットフォーム部門長、DE&I推進部長を兼任し、HR領域でのITソリューション活用推進(HR DX)に取り組み、ソニーグループのDE&I推進活動もリードしてきた。現在はソニーグループ株式会社 安部専務室付組織開発アドバイザーとして組織開発、人事渉外関連を担当する。
※記載の肩書き・所属は本イベントを開催(2025年3月)時点の情報です。
- 岡田 章二 氏
ISENSE株式会社 代表取締役社長
1993年黎明期のユニクロ(ファーストリテイリング)に入社。 グローバル企業になるまでの24年間にわたり、業務改革とシステム化を推進。日本初SPAのビジネスモデルのシステムを構築したのち、EC立ち上げやグローバル経営を行うための仕組みを構築。その後、RIZAPグループの役員を経て、2019年 情報テクノロジーを企業経営に活かすことを事業目的にISENSEを起業。これまでCIO of The Year 2007 特別賞やIT Japan Award 2018 を受賞し、経済産業省 IT経営協議会委員も務めてきた。現在はDX推進に留まらず、数社の取締役や、経営アドバイザー、次世代リーダーの育成など幅広く支援中。
- 重松 裕三
株式会社SmartHR プロダクトマーケティング本部 ダイレクター
慶應義塾大学商学部卒業後、コンシューマー向けプロダクトを開発する企業で、プロダクトマネージャーとして新規事業の立ち上げを複数手掛けつつ、組織内最大チームのマネジメントを担う。2019年、SmartHRに入社し、プロダクトマーケティングマネージャーとしてタレントマネジメント事業の立ち上げの後、事業責任者に就任。現在はプロダクトマーケティング全体を統括
- 土井 哲 氏
株式会社インヴィニオ 代表取締役 組織能力開発ストラテジスト
1984年 東京大学卒業後、東京銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。89年 M.I.T.スローン経営大学院にてMSを取得。92年 マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社、主に通信業界、ソフトウェア業界のコンサルティング、情報システム構築のコンサルティングに従事。97年7月、株式会社プロアクティア(現インヴィニオ)設立に伴い、代表取締役に就任。人財開発・組織能力開発分野のコンサルティングに従事。米国アラインオルグソリューションズ社と提携し、HRBP育成プログラムを日本に展開する一方で、バーチャルHRBPとして、戦略の実行体制の構築を支援。
目に見えにくい人材データを活かす人的資本経営
土井さん
議論の本題である「人的資本経営」とは何のために実施するものだとお考えでしょうか?
望月さん
企業で働くことを通じて、従業員1人ひとりが「自分は社会に貢献しているんだ」という感覚を得られるようにするのが人的資本経営の目的だと思います。
今メンバーシップ型からジョブ型への移行が進むなか、社員は「ジョブ」に対しての感度が上がっています。企業にはジョブをどうデザインするのか、会社がどのような社会貢献を目指すのかといったコミュニケーションが問われている。ピーター・ドラッカーも「企業は働く人たちが社会に参画するための器」と述べています。
岡田さん
あらゆるビジネス関係はWin-Winが基本です。サプライチェーンにおいても、企業と社員の関係においても同じです。社員の成長が企業の成長につながる関係性を築くこと、それが人的資本経営の目的だと考えます。
重松
お二人のご意見にたいへん共感します。加えて、人的資本経営の目的には、投資家からの目線という観点もあると考えています。投資家は設備などと同様に、人的資本も投資すべき対象として捉えている点も忘れずに考えるべきだと思っています。
土井さん
人的資本経営の実践には、従業員に社会貢献への実感、企業と個人の成長の重ね合わせ、投資家含む社外への共有などが必要になる。こうした状況を踏まえたときに、企業はどういった情報を把握しておく必要があるのでしょうか?
岡田さん
質問にお答えする前に、前提として人事の仕事を担う主体は、人事部門ではなく現場の上司だと私は考えているんです。上司と従業員が話し合い、適切な目標を設定し、評価し、次の目標へとサイクルを繰り返す。これを現場の上司ができるような環境に整えるのが、人事の役割だと思うんです。
そのうえで人的資本経営において企業が把握すべき最も重要な情報は、目標設定や評価サイクルが従業員の将来のキャリアとどうつながるかという点です。私自身も経営者として、「よい仕事や目標を提供している」と思っていても、それが社員の将来ビジョンに合致しているかを常に意識しています。従業員のチャレンジ志向やキャリア希望、現状の不満など、通常のデータには表れにくい情報こそ、真に価値ある情報だと考えます。こうした情報を活用できれば、評価と個人のキャリア形成を効果的につなげられるはずです。
望月さん
おっしゃるとおり、組織的な資本は異なる人的資本の組み合わせによって高まります。
ここで重要なのは、従来の「人事データ」と新たに必要とされる「人材データ」の区別です。
これまでの「人事データ」は年齢、職歴、保有資格といった表層的な情報を主に扱い、法的な管理業務を支えてきました。しかし人的資本経営では、誰がどんな経験を積み、周囲からどう評価されているかという深層的な「人材データ」の把握と分析が必要です。このような質的な情報こそが、個人と組織の成長につながる洞察を生み出します。
こうした深い分析ができれば、最適な人的資本を組み合わせ、効果的なプロジェクトチームを編成できます。ただし、これを人事部だけで考えるのは現実的ではありません。岡田さんが指摘されたように、こうした人材データを現場が確認・活用できる環境整備が非常に重要だと思います。

望月さんの整理した人事データと人材データの表
行動データを言語化するのは本人でも難しい
岡田さん
企業が把握すべき情報に関連して、望月さんが「従業員の個人のキャリアや意向はLinkedInなどのSNSに書かれているのに、社内にはない」とお話しされていたのが印象的でした。
過去の経験などのデータはログが残りますが、社員の願望などはその人の頭の中にあるので把握が難しいですよね。
望月さん
そう思います。キャリア意向などの人材データは、従業員本人も言語化するのが難しいんですよ。1on1やキャリア面談は、本人も認知できていない能力やキャリアへの志向に気づき、言語化してもらううえでも重要だと捉えています。
岡田さん
以前、ある製薬会社を訪問した際に興味深い取り組みを見ました。その会社では、社員が「将来このポジションに就きたい」と登録すると、同じポジションを希望する他のメンバーや、実際にそのポジションに就いている人たちの学習内容や読書履歴などが共有されるシステムを導入していました。
社員の成長が企業の成長につながる関係性を築くには、こうした社員の自発的な学びや取り組みを可視化し、共有できる仕組みが効果的ではないかと思います。
望月さん
おっしゃるとおりだと思います。今の仕事に限らないつながりが「この組織っていいな」というビロンギングの感情にもつながると思います。ビロンギングは従業員のエンゲージメントなど、人的資本経営に欠かせない要素です。
一方で、個人が特定され得る情報を取得するには目的の明示や本人の同意取得、該当情報のマスキングなどの対応が必要です。こうした場面でも、人事部門と情報システム部門の連携が不可欠といえるでしょう。
人事×情シスの連携は「組織横断の対話」と「個人のつながり」が鍵
土井さん
どのように人事部門と情報システム部門の連携を深めていくとよいでしょうか?
望月さん
いわゆるコーポレート部門全体の対話量が必要だと強く感じています。
たとえば、あるソリューションを導入して社員に活用してもらおうとする場合。人材マネジメントに関するソリューションなら人事部門とIT部門が一緒に取り組むでしょう。しかし同時に、背景の意図や将来のビジョンをきちんと伝えるためには広報との社内コミュニケーション施策が必要になるでしょうし、事業計画の前提に盛り込んでもらうには経営企画部門との連携も必要です。コーポレート部門がそれぞれの役割で仕事をするなかで、全体として同じ方向を目指しているという認識が重要です。
そして出発地点が違っても同じ目標に向かっていると認識し、連携するには組織間の連携に加えて、個人同士の強いつながりも非常に大切だと思います。
土井さん
組織といっても結局は人の集まりですからね。
望月さん
部門代表のような形で腹を割って話し合える個人がいると、部門間に風穴が開き、その人たちを通じて会話が流れてくるようになります。そうすれば、部門間の連携も図りやすくなるでしょう。そういうキーパーソンの存在が、部門間連携の鍵になるような気がしています。
重松
たとえば社内公募など部門間を超える機会が機能していると、そういった風穴が開きやすいかもしれませんね。もともと別の部門にいた人を通して会話が広がるような効果もありそうです。
望月さん
まさに公募がもたらす副次的効果ですね。人材公募の本来の目的は一人ひとりにチャレンジの機会を提供することですが、結果として生じる効果として、お互いの部門を理解できる人材が増えていくんです。そこまで見据えた制度設計ができるかどうかが非常に重要だと思います。
変革を実現する部門横断プロジェクトとHRBP機能の重要性
岡田さん
風穴を開ける人材が必要という点、私も同感です。変革を起こすためには、部門間の壁を低くする必要があると考えています。
最近、ある大手企業のCDOから興味深い話を聞きました。プロジェクトの体制図を見せてもらったのですが、すべてのプロジェクトにシステムの戦略部門と経営企画部と人事部が必ず入っていたんです。戦略部門とITと人事が横断的に全プロジェクトに関わっていました。
なぜかというと人が仕事にコミットし、異動し、評価の仕方まで変わっていかないと本当の変革はできないからです。これまでIT部門が横断的に関わることは当然と思われてきましたが、人事部門も同様に重要な位置づけなのだと痛感しました。
土井さん
関連する話として、私の知り合いがおっしゃっていたのですが、多くの会社の役員会ではCEOとCFOが主導して意思決定をしてしまい、CHROが呼ばれないケースが多いそうです。
つまり、人についての議論抜きで投資やM&Aなどの重要事項が決まってしまう。後から「誰がやるの?」という問題が発生するのだと。岡田さんがお話しされた会社は人事がちゃんと戦略的位置づけを得ているのですね。
岡田さん
そうですね。その会社の人事部は複数の事業部門を経験した人材が集まっているので、事業に対する理解が深く機能しているとおっしゃっていました。
重松
いわゆるHRBP的な人材ですよね。事業部門とか人事部門の連携ではHRBPの役割が大きいと感じています。事業部門が部署の人事を考える際の支援や、必要なデータの取得・整理などHRBPの力が発揮される場面は多いでしょう。
土井さん
私もHRBP育成プログラムを開発し、複数社で営業していたころ「経営戦略に踏み込む内容は理解できるが人事メンバーが実践できるイメージがない」という話をよく聞きました。
最近は現実的な解決策として、人事部門のメンバーと事業部門のメンバーがプロジェクトチームを組んでHRBP機能を果たす形を模索しています。
望月さん
お話のなかで思い出したのが、若いころに事業本部の人事にいた経験です。今思えば副本部長がHRBPの役割も担っておられたと思います。
私に対しても「ビジネス理解のため」と経営会議への参加や書籍を通じたインプットを促してくれました。こうした育成があれば、人事部内でもHRBP機能を担える人材は育てられるかもしれません。
岡田さん
かつては情報システム部門も人事部門と同じような組織的課題に直面していたといえるかもしれません。
ファーストリテイリングでシステム統括をしていたころ、重要な意思決定に関われず決まってから「実行」の命令が降りてくる状況に直面した経験があります。「私ならこうする」と強く反論した覚えがあります。人材が不足するなかで適切な計画もなく実行を迫られ、難しい場合に批判されてしまう状況は変えていく必要がありますよね。
部門間連携で異なる知識・経験をもつ人との交流が可能に
土井さん
最後に、今日のお話を踏まえて人的資本経営や部門間の連携について、感じたことなど自由に伺えますか?
望月さん
個人が人的資本を伸ばしていくためには、自分とは異なる知識や経験をもった人たちと触れ合う機会が必要です。今後は人事部門と情報システム部門の連携によって、企業はこの課題にアプローチするソリューションを提供していかなければならないと思っています。
重松
人的資本経営を実現するにはデータの取得・分析が必要不可欠です。人事部門と情報システム部門の連携はそれを可能にする重要な手段だと感じました。SmartHRでもデータの取得・分析に焦点をあて、生成AIなどのテクノロジーも取り入れながら機能開発を進めていきたいと思います。
岡田さん
組織ビルディングにおいては、社員が会社を「Our Company」と捉えていなければなりません。これが社長の「My Company」になると、社員にとってはすべてが他人事になってしまいます。社員に「Our Company」だと思ってもらうための仕掛けを、人事部門と情報システム部門、そして現場が連携してつくっていければいいと思います。