データだけで組織は耕せない。「現場現物」と共創のマネジメント
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働きやすい環境を整え、効率的な仕組みも導入したはずなのに、なぜか新しいアイデアが生まれない。職場に活気がない。環境整備が進む一方で、そんな状況に頭を悩ませる組織も増えています。多様な人材が集まり、関係性が流動化するなかで、どうすれば信頼を育み、チームの力を最大化できるのか。「場と共創」をテーマに研究を続ける中央大学大学院戦略経営研究科教授の露木恵美子さんに、創造的な場づくりのヒントをうかがいました。
中央大学大学院戦略経営研究科教授
中央大学大学院戦略経営研究科教授。専門は組織論、戦略論、ベンチャー起業論。研究テーマは「場と共創」。2011年より中央大学ビジネススクールに着任。組織における創造的な場のあり方、組織変革プロセスを多面的に研究している。
「場」とは何か。“データ至上主義”に抗う
組織における創造性を高めていくために、「場」の考え方は大きなヒントになるものだと思います。露木先生が研究されている「場」の考え方について詳しく教えてください。
露木さん
「場」とは、「場が盛り上がる」「場がシラける」などと言うときの「場」です。物理的な空間や入れ物、条件だけを意味するのではなく、人と人との関係性やその背景にある文脈(コンテクスト)が含まれているもの。人の感情や感覚に大きく依存しています。

露木さん
私たち人間は、言葉を使って頭で考え、他者とコミュニケーションをとりますね。これを「言語的コミュニケーション」と呼びます。言語的コミュニケーションでは、主に言葉や数値を使いますが、これは「形式知」に属します。
一方、私たちは「会議室の空気が悪いな」「今流れが大きく変わったな」など、言葉になる手前の感覚もやりとりしています。言葉で理解するものではなく、身体全体を使って五官で感じているものです。そうした感覚のやりとりを「情動的コミュニケーション」と呼び、言葉にならない感覚は、「暗黙知」に属します。
目に見えない、言葉にならない情動的コミュニケーションは、言語的コミュニケーションの土台として常に働いています。その2層が重なって「職〝場〟の雰囲気」と表現される状況を生み出しているわけです。情動的コミュニケーションがすべての土台にあるのは、もともと人間は母親とつながって生まれてくるからです。生まれたての赤ちゃんは「宇宙的な身体」を生きていると言われます。赤ちゃんはすべてがつながっている感覚を生きているわけです。
ビジネスシーンでは、形式知が重視されやすく、言語的コミュニケーションに目を向けることが多いように思います。
露木さん
そうでしょうね。わかりやすい言葉や数値に置き換えられる情報は、共有しやすく、重宝されやすい。もちろん組織にとって必要なことではありますが、行き過ぎると科学に対する“信仰”とも呼べる思い込みの域に達してしまうように思います。すべて数字や言語で表現できるという思い込みです。このような状況を約100年前に現象学の始祖であるフッサールは「数学化の危機」と呼びました。AIやICTの発展により、あらゆるデータがリアルタイムで収集・管理できるようになり、どんどん人がデータ至上主義に陥りやすい状況が生まれているわけです。
けれど、科学技術のみで解明できることや形式知だけで解決できることって、ほんのちょっとしかないんですよ。人が生きていくなかでは、簡単に言葉にできなかったり、数値にできなかったりすることがたくさんあると思います。
たとえば、こんなふうに私が「場」についてお話ししていると、「場って客観的に測れないですよね? だからよくわからなくて……」と言われることがあるんです。でも、私は「だけどあなたも今、感じてるでしょ?」と思います。
誰かと同じ空間にいて話しているとき、その場が盛り上がっているか、凍っているかなんて、みんなすぐに感じられるじゃないですか。自分自身がたしかに感じていることを、どうして数値化しなくてはいけないのでしょうか。とりあえず測らなきゃ、すべてをデータにしなきゃ根拠に欠ける、と思ってしまうのだとしたら、“科学信仰”の表れだと思います。

露木さん
「場」の考え方に大きな影響を与えている現象学には、「間(ルビ:かん)身体性」という概念があります。みなさんも会議室に入った瞬間に「今日は上手くいきそうだな」「今日は微妙かも」と、空気がわかった経験があると思います。言葉を交わさなくても、そこに居合わせるだけで身体で感じることがある。それが「間身体性」の働きです。「間身体性」が働くのは、先に述べたように、私たちは生まれたときはつながっていて、自他の区別がない感覚の世界を生きていたからです。
「間身体性」という言葉は初めて聞きましたが、その感覚はなんとなくわかる気がします。
露木さん
そうですよね。以前、「職場でみんなで一緒に筋トレをする」というベンチャー企業のお話を聞いたことがあります。社長さんは「筋トレをしていると、お互いのことがわかってくるし、リズムが合ってくるんです」とおっしゃっていました。
1on1や会議の場で、何か意見を聞き出そうと躍起になるよりも、筋トレをしたり、一緒に掃除をしたり、食事をつくったりするほうが、むしろ、効果的なんだと思います。一緒に身体を動かしていると、相手の感覚やクセ、人間性を感じることができますから。
互いの理解を深め、組織の土壌を耕す上で、「間身体性」を意識することはとても有効だと思います。
AIは作業、人は雑談。共創は「現場現物」から
新型コロナウイルス感染症の流行により、一気に一般化したリモートワークから、対面による出社へと戻す会社が増えているのも、そうした感覚的なやりとりの重要性を感じている経営者層が多いからかもしれませんね。
露木さん
そうですね。リモートワークに関して、先日おもしろい話を耳にしました。まさに最近、再びオフィスができたという会社の社員の方が「オフィスに行く日は仕事ができないんです」と言うんですよ。なぜかと聞いたら、「いろんな人に会って、たくさん雑談してるんで。だから自分の仕事はリモートのときに進めています」と。
でも、私に言わせたら逆なんです。みんなと雑談しながら新しいことを考えるのが「仕事」で、家でやるのは「作業」でしょう。たとえば情報の収集も分析も、整ったレポートの作成も、いずれはAIに取って代わられてしまうことですから。
これから先、いわゆる情報のアセンブリ(組み立て)は、AIや情報ツールが担ってくれます。ただし、AIは過去のデータしか扱うことはできません。だからこそ、AIだけでは導き出せない、過去にはないつながりをどう見つけるか、AIには生み出せない価値をどうつくっていくか。そうした問いもより高いレベルで求められていくのだと思います。

露木さん
完全なリモートワークに移行し、社員が個々で働くようになると、たしかに短期的には利益率が上がるでしょう。オフィスの賃貸料や維持費が必要なくなり固定費が下がるから当然です。
だけど、長期的に見たときに、それだけでいいのでしょうか?
今のように、市場がどんどん変化していて、いつ何が起こるかわからない時代においては、ひとつ大ヒット商品を生み出せばずっと安泰なんてことはありません。どんどん新しいモノが見出されていく状況をつくる必要がある。
じゃあ、新しいモノを生み出すにはどうすればいいか。やっぱり、そうした創造性は人と人との出会いと共創の中からしか生まれないものです。多様性を認め、個を認める「場」が必要ですし、失敗したり、「場違い」な質問をしても、受け入れてもらえると信じられる心理的安全性も必要です。創造性を高めるためには多様性が不可欠で、多様性を活かすために心理的な安全性が必要なのです。
そんな「開かれた場」で、みんなが自分が感じていることをどんどん言葉にして、対話し合うなかで、気づきがあったり、コンフリクト(衝突)が起こったり、何らかの変化が生まれる。その変化は誰かが考えて生み出せるものではないし、そのコントロールの効かない変化こそが、新しいモノを創造するきっかけになるんです。
人と人が「共に」働くことで生まれる価値がある。それは直接的な接触からしか生じません。それを蔑ろにしてしまったら、企業が生み出せる価値はすごく限定的なものになってしまうんじゃないかなと思います。
では、職場のメンバーに多様な意見を育んでもらうためには、具体的にどんなアプローチが有効なのでしょうか。
露木さん
よく「意見を出してほしい」と言いますが、その人の単なる思い込みや、インターネットで拾ってきた情報を体裁よく言葉にするだけでは、その人の感覚から生まれた意見にはなりません。それは自己中心的な観点にすぎないのです。創造性に必要なのは、「その人はその場で何を感じたか」という場の観点から出てくる意見なんですよね。顧客や、一緒に働いている人たちとの関係のなかで、自分が何を感じてどう思ったのか。それを「共に」言葉にしていくことがとても重要です。

露木さん
その意味で、私は何よりも「現場現物」が大切だと思っています。感じている世界があってこその人間ですから。社内・社外を問わず、顧客の現場にも行って、五官を使ってあらゆることを感じる。自分に無数のセンサーが付いているつもりで、そこで起こっていることを慎重に観察して、生の情報を集めるんです。インターネットで拾ってこられる情報は既知のものです。そうではなくて、その場からしか得られない未知の情報に五官をフルにつかって接することで、本当に新しい現象に出会うことができます。
どんなことがセンサーに引っかかってくるのかは、個人の感性によって違いますから、できれば複数人で現場に行くといいと思います。そして、必ずすぐに反省会をして、フレッシュな情報をみんなで共有してもらいたいです。
「こっちではこんなことが起こってるよ」「あの出来事ってどう解釈すればいいんだろうね?」と「共に」、簡単に言葉にならないことを「言葉」にする努力を重ねる。共創の価値を高めるためには、そんな習慣を付けていくことが大切だと思います。
「判断停止」は創造性のスイッチ。管理を手放し、対話をはじめよう
共創の土壌を耕すには、やはりリーダーの役割が重要だと思います。管理職など組織のリーダー層が意識すべきポイントや身に付けるべきスキルを教えてください。
露木さん
前提として、「リーダー一人だけが頑張っても創造的な職場はつくれない」ということはお伝えしておきたいです。そこにいるメンバー全員が、場を構成している一員ですから。一人ひとりがリーダーシップを発揮すべき存在だと思います。
その上で、まず大切なことは、場や相手をコントロールしようとしないことです。
みなさんも、上司から「自由に意見を出してね」と言われて、「いやいや言えるわけないよ」と思ったことがあると思います。それは上司の意図、たとえば「本当に自由に意見を言われたらまとまらないよ」とか「どうせ大した意見なんか出ないだろう」「早く結論を出して会議を終わらせたい」といった思いを感じ取っていたからでしょう。

露木さん
相手の意図を感じ取れば、「こういう意見を言ってほしいんだろうな」と相手の期待に添った自分を演じるか、もしくは「答えがあるんならわざわざ聞かなきゃいいのに」とその場が嫌になってしまうか。周囲の反応は2択です。
つまり、誰かが「場をコントロールしよう」「議論をこっちに誘導しよう」などと考えた瞬間に、場の創造性は失われてしまいます。
なるほど。とはいえ、実際に議論を進めるファシリテーターや、部下を束ねる管理職の立場になると、全体の進捗や成果を優先してしまい、コントロールしたくなってしまうことがあるような気がします。そういうときの具体的な処方箋はありませんか。
露木さん
対話に対する意識を変えることが大切だと思います。
対話の基本となるのは、聞く側の「傾聴」の態度です。繰り返しになりますが、口では「いつでも相談してね」と言っていても、心のなかで「何度も声をかけられたら面倒だな」と思っていたら、それは必ず相手に伝わっています。情動的コミュニケーションは常に働いていますから。
そんなふうに、聞く側に傾聴の態度がなければ、相手は口を閉ざしてしまいます。もし、一度でも頭ごなしに否定すれば、相手はもう二度と本音で話してはくれなくなるでしょう。
傾聴のための有効な方法論として、現象学では「判断停止」という考え方があります。人は、何かを見たり、人の話を聞いたりするときに、常に自分なりの判断を下しています。「この人はこういうことを言いたいんだな」「この話に対してはこうアドバイスをしよう」「これには価値がないな」などですね。その判断を一旦止めてみることが「判断停止」です。これは思考を止めることではありません。自分なりの判断は横に置いて、ただ相手の話に集中するんです。
たとえば、誰だって「あなたの言ってることは間違ってますよ」と言われたら、ムッとしますよね。私もそうです。

露木さん
でもムッとしたり、怪訝に思ったり、面倒だなと思っても、そんな自分の感情や判断は一旦保留して、「どうしてそう思うの?」と相手の意見を聞いてみる。「この人は何を伝えたいんだろう」と相手に興味を持って、質問したり、話を促してみてください。そうした「判断停止」を伴った傾聴の態度ができて初めて、対話の入口に立つことができます。
傾聴は、自分にとって心地よいことだけを聞きたいと思っていたら到底身に付かない態度です。自分がすべての答えを持っている、と信じている人にも無理でしょう。
一方、「より良いものを生み出したい」「より良い場をつくりたい」と本気で思っていたら、誰しもが身に付けられる態度でもあります。
リーダーがそんな傾聴のスキルを持てるかどうかが、職場の創造性を左右するカギになりそうですね。
露木さん
はい。でも、一般的にマネージャーになる人は優秀で、成功体験を持っているからこそ難しかったりもするんですよね。そういう人は、部下に「自分で考えてやりなさい」と言いながらも、仕事の進め方を細かくコントロールしたくなったり、「こうすれば上手くいく」という自分の成功体験に基づいた強い先入観のもと、チームを運営してしまったりしがちです。
しかも、自分ではそんな「成功体験の罠」に気づけないから厄介なんです。「成功体験の罠」とは無意識だから「罠」なんですよね。その罠にはまったままでは、傾聴なんてできるはずもなく、部下たちはどんどん口を閉ざしていくでしょう。職場は「閉じた場」となり、創造性が発揮されることはなくなります。
私は、管理職の仕事は「部下を管理すること」ではなく、「部下と対話すること」だと思っています。相手の感じていることや、わからなさを共有して、一緒に言葉にしようとしていく。そんな本質的な対話を通して、職場のなかで新たな価値を生むために尽力するのが、管理職の仕事だと思いますね。
今社内にいる管理職の人たちから率先して変わっていくことで、チームが変わり、会社はまったく異なる「場」へと変身すると思います。そうして、職場に良い「場」がたくさんできていけば、日本はもっと良くなるだろうと私は思っています。

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取材・執筆:水沢環
撮影:小池大介
編集:野路学(株式会社ツドイ)