やさしい日本語は「外国人だけのため」ではない——すべての従業員が働きやすい環境を目指す「すかいらーくとSmartHRの取り組み」
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目次
SmartHRでは、誰もが働きやすい社会の実現を目指し、その取り組みの一つとして「やさしい日本語」をプロダクトへ取り入れ、また、積極的な啓蒙活動を行なっています。
その背景には、社会課題として生産年齢人口の減少があります。労働力不足が深刻化する時代において、外国人や障害者の社会進出を支援し、多様な人財から選ばれる職場をつくることは必要不可欠です。
株式会社すかいらーくホールディングスは人財のダイバーシティ推進に積極的に取り組まれており、外国人従業員の採用活動ではやさしい日本語の採用サイトがニュースやSNSで話題になりました。
誰もが働きやすい社会の実現に向け、先進的な取り組みをされているすかいらーくホールディングス様に、取り組みの背景にある思いやこれから目指す未来をお伺いし、日本企業を取り巻く労働課題に対し「私たちは何ができるのか?」を考えるべく、対談を行ないました。
- 芝山 英也さん
株式会社すかいらーくホールディングス 人財本部 人財採用グループ クルー採用チーム リーダー
- 澤井 真佑子さん
株式会社SmartHR プロダクトデザイン統括本部 アクセシビリティ本部 多言語化対応ユニット チーフ
持続的成長には「人財のダイバーシティ推進」が必要な時代へ
澤井さん
すかいらーくさんが「やさしい日本語」に取り組んだ背景を教えていただけますか?
芝山さん
日本の労働人口が今後確実に減少していくなかで、人財のダイバーシティ推進に取り組みはじめたことがきっかけです。そのなかの1つが、外国人から選ばれる職場づくりでした。
弊社では従来から多くの外国人従業員が働いていますが、せっかく入社してくれたのに辞めてしまう人もおり、定着率が長年の課題でした。
人財のダイバーシティ推進を機に「外国人から選ばれる、働きやすい就労環境を整えよう」と取り組みをスタートさせました。
やさしい日本語のほかにも、外国人求職者へ向けた情報発信や、外国人従業員用のマニュアルを整備し直し、動画も用意するなど教育面も強化しました。
これら取り組みの成果もあり、右肩上がりで外国人従業員数が増えています。
澤井さん
SmartHRのユーザー推移を見ても企業が雇用する外国人の増加は顕著で、この1年で外国人ユーザーの人数は1万人から3万人へと急増しています。
ネパールやミャンマーなど、従来は表示言語対応していなかった国も増えており、実際に「今度○○の国の人が100名入社するが、SmartHRは言語対応しているか」という問い合わせもあったほどです。
芝山さん
国籍はたしかに多様化していますね。弊社でも求人応募の上位を占めるのは中国、ネパール、ベトナム、スリランカ、ミャンマー、韓国とバリエーションに富んでいます。
澤井さん
先ほどおっしゃったマニュアルや動画の翻訳対応だけでも大変ではないですか?
芝山さん
そうですね。現在は英語や中国語など主要言語を優先している状況です。
ただ、大変だからといって人財のダイバーシティ推進を止めるわけにはいきません。弊社も外国人採用は堅調ですが、全体的な「人手不足感」はじわじわと広がり続けています。中長期にダイバーシティ推進に投資することこそ、企業としての持続的な成長に必要なものだと弊社では考えています。
澤井さん
おっしゃるとおりだと思います。これから毎年約40万人ずつ、1日あたりに換算すると毎日約1,000人ずつ働き手がいなくなっていくといわれる時代(※)において何をすべきか、そしてお客さまへどのような価値を提供できるのか、弊社も常に問い続けたいと考えています。
(※)出典:「労働力調査(基本集計)2022年(令和4年)平均結果の概要」(p.1) - 総務省、「令和2年版 厚生労働白書」(p26)- 厚生労働省
やさしさの押しつけにならないよう「当事者視点」をもつための工夫
澤井さん
すかいらーくさんでは採用サイトのリニューアルで「外国人従業員にヒアリングして意見を取り入れたサイトづくり」をされたそうですね。
芝山さん
電話で話を聞いたり、店舗に出向いて実物を見てもらったりして、50名ほどにヒアリングしました。日本人が「こうすればよいだろう」と考えたものが、外国人にとって本当にやさしいのかどうか。当事者の視点でなければわからないと考えたんです。
たとえば、初期の案はトップ画面に「なぜ日本で働くのか」というコピーや「私たちはこんな人と働きたい」というメッセージを置いたんです。採用サイトではよく見かける構成ですよね。
ところが、外国人従業員に見てもらうと「イメージ的なものよりどんな仕事をするのか、働くメリットは何かをダイレクトに知りたい」と言われたんです。
また、漢字仮名交じりはわかりづらいだろうと、すべて平仮名にしたのですが「かえってわかりづらい」と。簡単な漢字はそのまま使い、ルビを振ったほうが読みやすい、という意見ももらいました。
澤井さん
「平仮名だけだとかえってわかりづらい」という意見はまさに、ですね。弊社でも外国人ユーザーへのベータテストでまったく同じフィードバックがありました。
弊社の場合、「人事労務」というある意味で特殊な分野を扱っているので、単純な「言語の置き換え」以上の部分、つまり日本の制度や文化についてどこまでローカライズするのかは悩ましい点です。
たとえば、「6親等内」という言葉にルビを振っただけではピンとこないから、父母、祖父母、おじおば、と内訳を書いてみるなど、試行錯誤のくり返しです。
芝山さん
試行錯誤という観点では、私たち接客業がよく悩むのは「敬語」ですね。
マニュアルに「お客様をお席にご案内する(おきゃくさまを おせきに ごあんないする)」と書いてあって、日本人ならごく普通の文だと感じるのですが、「“席”も“咳”と勘違いする」とか「“ご案内する”の“ご”がわかりづらい」という意見をもらい、最終的に「座席へ案内する」へ変更しました。
ヒアリングすることで、私たちが考える以上に外国人はさまざまな部分で働きづらさを感じている、と気が付きます。「これはわからない」「これは要らない」とズバッと言ってもらえたりもするので、自分たちだけで頭をひねるのではなく当事者に実際に見てもらうことが大切だと思います。
澤井さん
SmartHRのやさしい日本語では、日本語能力試験のN3〜N5レベルの方でもある程度まで理解できるものを目指しました。
接客業ですと一定レベル以上の日本語能力が求められるかと思いますが、すかいらーくさんでは採用基準を設けていらっしゃいますか?
芝山さん
一律の基準は定めていないです。とくに店舗では、地域性や客層など個別の事情に対応する必要があるからです。
たとえば、都心など混雑する店舗では一定以上の日本語レベルを求めたり、別の店舗では採用時のレベルよりも採用後の教育に力を入れていたりと、店長裁量で採用を実施しています。
澤井さん
なるほど。状況に応じた最適な対応ができるよう、現場が裁量をもっているのですね。
持続的な支援に必要なのは「支える側を支える仕組み」
澤井さん
現場へと視点を向けた際に、当事者はもちろん、現場にとって過度な負担がないかどうかを考えなければならないと感じています。
たとえば、外国人従業員が日本の扶養制度を知らず、扶養家族が増えたのに手続きをしなかったとする。のちに本人が制度を知った際に「控除を受ける権利があったのに、なぜ会社は教えてくれなかったのか」と言われてしまうかもしれない。
そうならないよう、とても気を遣って説明しているとユーザー企業の労務担当者の方から伺ったことがあります。
また、SmartHRが言語対応していない国のユーザーがいらっしゃって、どのように使っているのか伺ったところ「テキストではわからないが、口頭で説明すれば理解できる」そうで、操作の際は労務担当者が付きっきりでサポートしていると。
当事者の支援はもちろん必要な一方で、支援する側の負担が増えるばかりでは持続的な取り組みは難しいと思います。
支援する側を支える意味でも「どんな人にとっても使いやすいプロダクト」をつくらねばならないと強く感じています。
芝山さん
たしかに「どこまで当事者に寄り添えるのか」は現場次第の部分もあり、非常に難しいと感じます。人の力だけに頼るのではなく、仕組みとして現場を支えることが欠かせないと私たちも考えています。
澤井さん
すかいらーくさんでは、どのような現場を支える仕組みをつくっていますか?
芝山さん
翻訳ツールを使えるようにする、マニュアルを多言語化・動画化するといったツール面の整備のほか、2021年に外国人専門チームを設置して支援体制をつくってきました。
チームには日本人だけでなく中国やスリランカ、ベトナムなど海外出身の従業員がアサインされており、雇用契約や採用後の受け入れサポートのほか、定期的に巡回して外国人従業員のトレーニングやカウンセリングなども実施しています。
また、「グローバル人財相談窓口」というホットラインを設置し、何かあれば本部へ直接相談できるようにもしています。
澤井さん
専門の支援チームがあるというのは、当事者支援と現場の支援を両立する好事例だと感じました。グローバル人財相談窓口にはどのような相談が寄せられていますか?
芝山さん
実は、思ったよりも相談件数が少なかったんです。また、当事者本人よりも店長から「こういう相談を受けている」「こういうケースではどう対応すべきか」と相談されることがほとんどですね。
最近では1つの店舗に複数の外国人従業員がいることも珍しくありませんので、窓口へ相談する以前に職場の同僚や店長など、身近な人に相談できているのではないかなと考えています。
澤井さん
身近な人に相談できる職場は心理的安全性も高まり、従業員の定着化の観点でも重要ですね。
一人ひとりのマインドが変わると「感じのよい職場」がつくれる
澤井さん
そのような心理的安全性の高い職場をつくるためには、どうすればよいのでしょう?
芝山さん
支援を必要とする人だけを特別扱いしないことが重要だと考えています。
外国人従業員数が右肩上がりの弊社でも、社内にはまだ「外国人と一緒に働くことが日常になっていない、慣れていない」という人も多くいます。ともすれば、それが「外国人だけ特別扱いされている」というネガティブな感情へつながってしまうかもしれません。
そうではなくて、「国籍も年齢も性別も障害の有無も関係なく、誰にでもキャリアが開かれ、誰もが働きやすい環境を目指しているんだよ」とすべての従業員へ示していく。それが職場の心理的安全性を高めることにつながるのだと思います。
システム面では整いつつあるので、今後は従業員一人ひとりのマインドセットを変えていくことが課題ですね。
澤井さん
マインドセットを変えていくために、なにか具体的な取り組みをされていらっしゃいますか?
芝山さん
取り組みの1つとして「感じよい勉強会」というオンラインの定期勉強会を開催しています。雇用形態も国籍も関係なく、全従業員が任意で参加できるようになっています。
澤井さん
「感じよい」ですか?ユニークなネーミングですね。
芝山さん
外国人従業員をサポートするなかで「うちのお店の人はやさしくて感じよいから、ずっとここで働きたい」「うちのお店は雰囲気が悪いからもう辞めたい」という声を聞いたんですね。
これは国籍に関係なくすべての従業員にとって同じことだなと。働く人たちが感じよい職場になれば、誰にとっても働きやすい環境の実現にもつながるのではと考えて、勉強会のタイトルに掲げました。
勉強会では、従業員の定着化に成功している店舗の取り組み事例を紹介したり、採用面接のポイントは何か、入社後はどのようなケアをすればいいか、といったことを共有しています。
澤井さん
給与や福利厚生のような「理(利)」だけではなく、やさしい、感じがよいというような「情」の部分から「この会社で働き続けたい」と思える、というお話はとても示唆深いなと思いました。
弊社は人事労務システムを提供していますが、従業員の方がシステムを使ううえで「自分は読んでもわからない」「自分にとって使いづらい」という状況が続くと、会社のなかで疎外されているように感じてしまうのでないかと思うんです。
また、わからないことがあっても何度も質問したら迷惑ではないか、自分が制度を知らないのが悪いのではないかと考えて我慢してしまう、と伺ったこともあります。
誰もがわかりやすく使いやすい。すなわち「誰にとっても感じよいプロダクト」を提供することで、そうした疎外感を減らし、心理的安全性を高めることにも寄与できるのではないかと思いました。
勉強会では事例も共有されているとのことですが、なにか好事例に共通点はありますか?
芝山さん
共通点とまでいえないかもしれませんが、私が実際に勉強会で「なるほど」と思ったのは、一人ひとりに寄り添ってあげることと、店舗のなかにコミュニティができあがっていることですね。
もしも自分が海外で働いていたらと想像すると、職場で自分だけが外国人だとしたら孤独でつらいと思うんです。
そこに、職場で誰か寄り添ってくれる人がいたら「このお店はよいな、働きやすいな」と感じる。そして、同郷の友人が仕事を探していたら「うちのお店はよいよ」と紹介し、その友人がまた次の友人へ紹介して……とつながって、職場のなかでコミュニティができあがっていくんです。
好事例の店舗では、そうしたコミュニティづくりに店長が積極的に取り組んでいました。
勉強会で大切なことは、こうした事例共有などを通じて「こうすればうまくいくんだ」「これならうちのお店でもできるかもしれない」と思ってもらうことだと考えています。
最初は小さくてもいいので「できるかもしれない」と思ってもらう。それが、ひいては従業員一人ひとりが働きやすい環境の実現へとつながっていくのではないかなと思います。
「できるかもしれない」を実現するため今後も取り組みを続ける
澤井さん
従業員一人ひとりが働きやすい環境の実現に向けて、今後どのようなことに取り組む予定ですか?
芝山さん
採用を強化し入社してくださる人を増やすことはもちろんですが、それと同じくらいに、長く弊社で働きたいと思ってもらうことが重要だと考えています。
先ほど申し上げた「感じよい職場」を増やす取り組みも、その1つですね。
「このお店に入れてよかった。また明日もここでがんばりたい」と思ってもらえる従業員が1人でも多くなることで、それが周囲へ波及し、さらに感じよい店舗になっていく。そんなサスティナブルなサイクルをつくれればいいなと。
澤井さん
私たちもプロダクトを通じて、ぜひそのお手伝いをさせていただきたいと思います。
外国人採用に限らず、障害者雇用や女性活躍推進など、人財のダイバーシティ推進について「必要だと思っているが取り組む余裕がない」「がんばってはいるが実現しきれなくても仕方がない」という企業様がまだまだ多いと感じます。
先ほど、芝山さんが「できるかもしれない、と思ってもらうことが大切」とおっしゃっていましたが、まさにそのとおりだと思います。
SmartHRがシステムや仕組みの面を支えていくことで「従業員一人ひとりが働きやすい環境を、本当に実現できるかもしれない」と可能性を感じていただくこと。それこそが、私たちが次に取り組むべき課題なのだと、今日の対談を通じて感じました。
芝山さん
そうですね。手続きや管理の部分で「大変だと思っていたけど、SmartHRを使えばこんなに便利で、これならできるかもしれない」と後押ししてくれることを期待しています。
すかいらーくグループでは、経営理念として「価値ある豊かさの創造」という言葉を掲げています。
お客様にとって価値あるものを提供し続け、「すかいらーくのお店っていいよね」「ここにすかいらーくがあって良かった」と思っていただきたい。
そのために、まずは従業員一人ひとりが楽しく生き生きと働ける「感じ良い職場」を増やしていけるよう、引き続き取り組んでいきたいと思います。