誰も取り残さないデジタル化を目指してー障害者雇用率8.11%のコープさっぽろの取り組み
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コープさっぽろでは20年以上も前から障害者雇用を積極的に推進しており、法定雇用率2.5%の3倍以上である、8.11%の障害者雇用率を達成しました(各数値は2024年11月時点)。
また、障害者雇用のみならず、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の推進においても同組合は注目されています。2020年には、大手IT企業の役員出身者がCIO(最高情報責任者)として就任し、デジタル推進本部を設置。「コープさっぽろDX」を掲げて、組織全体の変革を加速させてきました。
コープさっぽろDXによるデジタル化は、障害者の雇用や就労にどのような影響を与えたのか。
第2回となる本記事では、障害者雇用の現場におけるデジタル化の推進について、インタビューをお届けします。
- 藤枝 幸子さん
生活協同組合コープさっぽろ 人事部 ソーシャルワークグループ 、株式会社コープ・パートナーズ 代表取締役(兼務)
- 村中 千佐さん
株式会社コープ・パートナーズ サービス管理責任者
- 道見 和也さん
生活協同組合コープさっぽろ 人事部 ソーシャルワークグループ マネージャー
障害者雇用の現場では、段階的なアプローチでデジタル化を推進
全社的な取り組みとしてDXを掲げ、業務のデジタル化を推進されていますが、障害者雇用の現場ではどのような変化がありましたか?
藤枝さん
コープさっぽろは、グループ全体で800名以上の障害のある方を雇用しているほか、グループ会社が運営する障害福祉サービス事業所を通じて障害のある方に業務へ携わっていただいています。
障害のある方が多く働く環境で業務のデジタル化を進めるためには、デジタルツールを使うことに困難さを抱える人たちを取り残さないようにすることが重要でした。
そのため、障害者雇用の現場においてはデジタル化は地道に一歩ずつ、今でも歩みを進めている途中です。

コープさっぽろさまは「SmartHR労務管理」を活用し、年末調整をペーパーレス化されています。障害者雇用の現場では、活用をどのように進めましたか?
村中さん
障害者雇用の現場においては、紙からデジタルへを一気に進めたわけではなく、段階的に展開していきました。

1年目は、はじめてSmartHRで年末調整をするということもあり、障害者のある職員への展開はいったん保留し、まずは私たち支援する側の職員が問題なく使える状態を目指すことにしました。障害を持つ職員には従来どおり紙で申告してもらい、支援を担当する職員が代理でSmartHRへ入力しました。
実際に利用して現状を把握し、障害のある職員へ展開する際にはなにが課題となりそうかを洗い出したのが1年目でした。
2年目は、「障害のある職員も年末調整をデジタルでやり切ろう」という方針を立て、夏頃から準備を始めました。
まず、SmartHRの年末調整のフォームを紙の上で再現し、障害のある職員に配付して事前にシミュレーションしました。その紙を手元に置いて、実際の年末調整では支援担当の職員が付き「○○さんの世帯主はこの人だから、この欄にはこの名前を入力しましょう」といった具合に、一緒に画面を見ながら入力しました。SmartHRへの入力が難しい方については、引き続き紙で提出してもらい、私たちが代理で入力しました。
効果が明確に表れたのは、その次の年でした。
SmartHRの年末調整では、前回入力した情報を次の年末調整でも活用できます。そのおかげで、入力にかかる時間が前年の3分の1ほどに圧縮できました。デジタル化して便利になったな、良かったなという実感がありましたね。
このように効率化を目的にデジタル化を始めたとしても、最初のうちはもどかしいことも多いです。最初から一気に展開しようとせず、使える部分からでも少しずつデジタルを取り入れていくと、あるタイミングで効果が現れてくるのではないかと思います。
支援する側も、される側も使いやすいデジタルツールとは?
まずは支援する側の負担を減らすことから
障害者雇用の現場において、使いやすいデジタルツールとは、どのようなものでしょうか?
藤枝さん
障害のある職員が1人で使いこなせることよりも先に、支援する職員にとって使いやすいかどうかが重要なのではないかと思います。
すべての障害のある方にとって使いやすいツールが登場するのは、まだまだ先のことだと思います。そのため、まず実現可能なものとしては支援する人が自分にとって使いやすく、そして支援する際にも使いやすいデジタルツールであることが大切だと思います。
支援する際に使いやすい、とはどのようなものでしょうか? 必要な仕組みや機能はありますか?
村中さん
利用者の回答に応じて表示される内容が変化する「アンケート形式」で入力が進むものがありますよね。これは、迷わず答えやすくするための工夫だと思いますが、アンケート形式で人により出てくる設問が変わるのは、支援する際の障壁となり得ます。あらかじめ想定される質問項目を把握しづらく、事前準備がしにくくなってしまうからです。
たとえば、「障害者手帳の画像をアップロードしてください」という設問は、事前に出てくる「あなたは障害者ですか?」という設問に「はい」と答えていなければ登場しません。
このような場合、支援する職員が自分が入力する際には目にすることがないまま、支援の現場ではじめて出くわすことになります。そうなると、事前の準備ができないため対応に時間がかかってしまうのです。
要望としては、たとえば「このルートで回答を進めていくと、このような設問が登場する」という全体像が事前に把握できるようになっているとよいかもしれません。
あるいは、本物の画面と同じ「お試し入力用の画面」が用意されていて、支援する職員がそこへ入力しながら「こう答えたから、この設問が出てきたのだな」ということを確認できると便利ではないかと思います。

藤枝さん
たしかに、気軽にトライ&エラーができるようなものがあるとよいですね。
スマートフォンを使い慣れている世代の方などは、デジタルツールの操作自体は抵抗感がない方も多いです。たとえば年末調整のような、すべての項目を正確に入力する必要があるものとなると「間違えたらどうしよう」と心配になり、気が引けてしまって入力が進まない方も多い印象です。
練習用の画面だからどんなに間違えても大丈夫という環境が用意されていれば、支援する側もされる側も双方にとってやりやすくなりそうです。

配慮の1つに「やさしい日本語」を
わかりやすさの工夫が、難しいという先入観を和らげる
「やさしい日本語(※)」は、障害者雇用の現場ではどのような可能性がありますか?
※ やさしい日本語とは、難しい言葉を簡単に言い換えたり、一文を短くする・漢字にふりがなをふることでわかりやすくした日本語です。SmartHRでは、誰もが働きやすい社会の実現を目指し、その取り組みの一つとして「やさしい日本語」をプロダクトへ取り入れ、外国人や高齢者、障害のある方など多様なユーザーの使いやすさの向上を目指しています。
道見さん
障害の特性として、文字を読むことそのものに困難さがあったり、読むことはできても内容を想像することが苦手だったりする方がいらっしゃいます。そのため、普段から業務の指示書や操作マニュアルなどでは大きめの文字を使う、漢字にルビをふる、イラストや図などを用いて動きの様子を可視化するといった工夫をしています。

藤枝さん
やさしい日本語のようなわかりやすさの工夫は、「難しそう」という先入観も和らげると思います。言葉がわかりやすく、視覚的な補助があることで、新しいものへのチャレンジがグッと身近になるんです。
障害のある方だけでなく、高齢の方や、日本語を母語としない方にとっても同じだと思います。実際に、デジタル化に際し、年齢層の高い職員からは「読むのが大変だから、あまり文字を多くしないでほしい」という要望をもらうこともありますね。デジタルツールを使いやすくする工夫としても、重要なポイントになると思います。
日常的な業務ほど、「やさしい日本語」であることの重要性が高まる
「やさしい日本語」がもっと広がってほしいと感じる場面はありますか?
藤枝さん
このような日常的な業務であればあるほど、「やさしい日本語」であることの重要性は大きくなると感じます。
極端な話をすると、年末調整のような年に1回しかないようなイベントごとだったら、そのときだけ支援をがんばってどうにかすることも、できなくはないと思うんです。しかし、支援する側のリソースにも限りがありますから、頻度の高い業務となると隅々まで支援が行き渡らなくなってしまう恐れが出てきます。
村中さん
たとえば、入協手続きです。入協手続きでは、いくつも情報を提出いただかなければなりません。入協手続きが遅れてしまうと就業そのものが開始できないので、私たちも毎回、気を遣っている業務です。
このとき、お住まいが近ければ事業所へ直接来ていただいてサポートできますが、遠方にお住まいの方だと、北海道では移動が大変な場合も多く、電話や書面でのサポートが中心にならざるを得ません。
このような場合に、入力する操作画面やそのマニュアルが「やさしい日本語」で誰がみてもわかりやすく書かれているか、ということは重要なポイントとなりますね。広がってほしいです。
多様な選択肢の用意が働きづらさの軽減へつながる
デジタルツールの選ぶ際、どのような点に注目されていますか?
村中さん
「やさしい日本語」も「支援する側の使いやすさ」もそうですが、多様な選択肢があることです。誰でもこの配慮さえあれば大丈夫、というものはないと思うので、障害特性にあわせて選べる選択肢が2つよりも3つ、3つよりも4つ、と増えていくと救われる人たちもまた増えていくのかな、と思いますね。
藤枝さん
そうですね。人によって理解しやすい形式が異なると思います。「文字を読むのは苦手だが、質問を読み上げてもらえれば自分で回答できる」という方もいらっしゃるので、音声ガイダンスという選択肢もあるとよいかもしれませんね。
現場で培ってきた知見を「見える化」し、共有していく
改めて、障害者雇用におけるデジタル化のポイントと、今後の展望を教えてください。
藤枝さん
これからの時代にデジタル化の推進は必要不可欠ですが、障害者雇用の現場においては、多様な選択肢を担保しながら一歩ずつ進めていくことが大切ではないかと思います。
デジタルへと移行する際は、「障害者雇用では、1年目は従来のやり方を並行して行なわせてほしい」とお願いするようにしています。1年目の運用で課題と対策を明らかにしたうえ、2年目から障害者雇用の現場へと落とし込む。このように段階を踏んで進めていくこともまた、障害者雇用におけるデジタル化推進の1つの方法だと思います。
当組合では、2020年からDX推進の動きが本格化しました。そこから障害者雇用でも新たなチャレンジがはじまり、この5年間でさまざまな試行錯誤をしてきました。もちろん失敗したこともあれば、うまくいったこともあります。
今後はそうした経験を事例集としてまとめ、現場へと横展開していく予定です。現場で培ってきた知見を「見える化」し、共有していくことが、よりよい職場につながると考えます。

執筆:藤森 融和
撮影:矢野 拓実