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日本の「サービス業の労働生産性」はアメリカの約5割・・・。国を挙げて解決すべき根深い課題とは?

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こんにちは、特定社会保険労務士の榊 裕葵です。

公益財団法人日本生産性本部が平成30年1月26日に発表した統計資料、「質を調整した日米サービス産業の労働生産性水準比較」(*1)によると、日本サービス産業の労働生産性(※)は、米国と比べると単純比較で30%~40%しかなく、サービスの「質」を調整したとしても、約50%の労働生産性しかないということです。

(※労働生産性:【会社が生み出した付加価値(≒売上-仕入原価)」÷「その会社の労働者の総労働時間数」】の計算式で求められる、そのサービスが生み出す、1時間あたりの付加価値の大きさ)

先日、この内容に関する話題がテレビで取り上げられ、SNS等で様々な声が上がりました。

とはいえ、上記統計資料は、あくまで数字だけの比較であり、「その理由」についてまでは言及がなされていません。

そこで、何故これほどまでに、サービス業における労働生産性の差が生じているのかを、私なりに分析しました。そこから得られた5つの考察を述べてみたいと思います。

(1)過剰品質による労働生産性のロス

第1は、過剰品質による労働生産性のロスということが考えられます。

「おもてなし」という言葉に代表されるよう、我が国のサービス業の「質」の高さは世界的にも評価されています。

日常生活を思い浮かべても、「秒単位の正確なダイヤで鉄道が運転される」「イチゴが整然と向きを揃えてパック詰めされて売られている」「有人のガソリンスタンドでは給油の際に窓を拭いたり車内のゴミを回収してくれる」といったような風景は、私たち日本人にとっては当然という感覚です。

私たちが快適な生活を送ることができるのは素晴らしいことですが、このような丁寧で正確なサービスを行うためには、人手をかけたり、教育訓練を行ったりすることが必要ですから、過剰すぎるサービスが、我が国から労働生産性を奪っているという見方をすることもできるのではないでしょうか。

上記統計では、日米のサービスの「質」の差を加味して調整した上でも、なお労働生産性が倍も違っていたというのですから、私たち日本人は、自分たちが受けるサービスの水準にもう少し寛容になって、意識的に過剰品質を求めないようにしていかなければ、国全体としての労働生産性を向上させることはできないのかもしれません。

(2)過度の無料サービスによる労働生産性の押し下げ

第2は、過度の無料サービスによる労働生産性の押し下げが考えられます。

例えば、米国では、弁護士・会計士・ファイナンシャルプランナーといった専門家に相談したら、特段の成果物を受け取る場合ではなくとも、相談自体に報酬を支払うというのが当然の文化です。

しかしながら、我が国では「相談までは無料であるべき」とか「目に見えないサービスにはお金を請求しづらい」という風潮がまだまだあります。

無料相談や、無料の情報提供は、労働生産性の計算式の分母である付加価値には反映されませんが、分子である総労働時間にはカウントされますので、過度の無料サービスが労働生産性を低めているという一面もあるのではないかと思われます。

「モノ」が中心であった20世紀まではそれでも良かったのかもしれませんが、21世紀は「モノ」以上に、「情報」や「サービス」が重要な時代になっています。

そのため、目に見えない「情報」や「サービス」を有料化させる仕組みやビジネスモデルを、我が国でも機能させていかなければならないのではないでしょうか。

(3)IT投資の遅れが労働生産性向上の足を引っ張っている

第3は、我が国のIT投資の遅れが、労働生産性の向上の足を引っ張っているのではないかということです。

総務省などの統計によると、1990年代には日米のIT投資額に大きな差はなかったものの、2000年代に入るとその差が倍以上に開き、現在はさらに広がりつつあるという傾向にあるようです。

ITによる顧客情報の管理や分析で効率的な営業活動を展開したり、「フィンテック」や「HRテック」でバックオフィスの効率化を実現したりと、ITによる業務の効率化は米国のほうが進んでいるようです。

人海戦術の営業部隊、タイムカードを手計算で集計するような非効率なバックオフィス、データ検索ができる紙の書類をひっくり返す日々は、いずれも労働生産性を大きく低下させます。

個別企業を見ると、我が国でも積極的にIT投資をして労働生産性を高めている企業は少なくありませんが、国全体として、これまで以上にIT投資を促進していかなければならないでしょう。

(4)デフレの影響

第4は、デフレの影響です。

労働生産性の計算式の分子である付加価値の源泉は「売上」です。売上を増やすことも労働生産性を高める処方箋の1つです。

しかしながら、我が国ではデフレが続き、モノやサービスの値段をなかなか上げることができない状況が続いています。

たとえば、物価の国際比較の目安となる「ビッグマック指数」で比較しても、2018年現在、米国は5.28ドル(585円)に対し、日本は380円です。

マクドナルドの店員が「ビッグマックを1つ売る」という同じことを行うにしても、その結果得られる売上は1.5倍も違っていて、この差も労働生産性に影響を与えています。

もちろんインフレが良くてデフレが悪いということは一概には言えませんが、デフレが異常な長期間続いてきた我が国においては、モノやサービスの値段を値上げすることができず、企業が売上の確保に苦労をしていることが、労働生産性の低さに影響を与えている原因の1つであることは間違いないでしょう。

(5)「低賃金」や「長時間労働」を美徳とする文化の影響

第5は、低賃金や長時間労働による影響です。

第3のIT投資の遅れの項目で述べたことの裏返しになりますが、最新のIT技術を導入すれば効率化や自動化できることを人手をかけて人海戦術で行っていると、労働生産性の計算式の分母である総労働時間が過大になってしまい、その結果として労働生産性は低くなります。

米国の最低賃金は州によって様々ですが、ニューヨーク、カリフォルニア、ワシントンなどの都市部では既に時間当たり10ドルを超え、日本円にすれば1,000円以上です。したがって、米国の経営者は日本以上に少ない人員で効率的に仕事を回すことを考えなければならない動機があります。また、サービス残業は言うまでもなく、長時間労働を美徳とする文化も米国にはありません。

これに対し、日本では、東京では最低賃金が958円まで上がりましたが、まだまだ国全体(全国加重平均 848円)では米国よりも低い水準にあり、また、サービス残業を含め長時間労働を厭わない文化も根強く残っています。

そのような環境の中でも、人海作戦や長時間労働で辻褄を合わせようとする企業を減らしていかなければ、労働生産性の計算式の分母である総労働時間は改善しません。

国を挙げてのさらなる啓蒙や、長時間労働・サービス残業への厳しい取り締まりが求められるでしょう。

まとめ

ここまで、我が国の労働生産性が米国の半分しかない理由を私なりに分析してみましたが、どれか1つの理由が悪影響を及ぼしているというよりも、様々な要因が絡み合って、現状につながっているのだと思います。

各企業が取り組めることもあれば、国全体で取り組まなければならないこともありますが、これから高齢化が進み働き手が減っていく我が国において、労働生産性の向上を実現させることができなければ、死活問題になると私は危機感を持っています。

過剰なサービスを求めすぎたり、目先の利益だけを求めたりするのではなく、私たち日本人1人1人が長期的なビジョンを持って、働き手として、場合によっては消費者として、労働生産性の向上に取り組んでいかなければならないのではないでしょうか。

【参照】
*1:質を調整した日米サービス産業の労働生産性水準比較 – 公益社団法人日本生産性本部

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