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AI時代の従業員エンゲージメント。カギは対話と聴く力

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“AIとHRのつながり”をテーマとするイベント「SmartHR Connect 〜AIとHRテクノロジーが紡ぐ革新的企業への進化〜」が、2024年7月17日(水)に東京国際フォーラムで開催。
独立研究者の山口さんとGROOVE X株式会社 代表取締役社長の林さん、ファシリテーターにエール株式会社 取締役の篠田さんを迎えた特別セッションでは、“AI時代の従業員エンゲージメント”についてディスカッションされました。

  • 登壇者山口 周 氏

    独立研究者、著作家、パブリックスピーカー

    1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策、組織開発等に従事。著書に『クリティカル・ビジネス・パラダイム』『ビジネスの未来』『ニュータイプの時代』『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『武器になる哲学』など。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修士課程修了。株式会社中川政七商店社外取締役、株式会社モバイルファクトリー社外取締役。

  • 登壇者林 要 氏

    GROOVE X株式会社 代表取締役社長

    1973年 愛知県生まれ。トヨタ自動車でのF1の空力開発等、ソフトバンクでの感情認識パーソナルロボット 「Pepper」のプロジェクトに参画。2015年 にGROOVE Xを創業、代表取締役社長に就任。家族型ロボット「LOVOT [らぼっと]」の開発、販売を行う。著書に「温かいテクノロジー みらいみらいのはなし」

  • ファシリテーター篠田 真貴子 氏

    エール株式会社 取締役

    社外人材によるオンライン1on1研修サービスを通じて、組織改革を進める企業を支援する。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、 ネスレほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)取締役CFOを経てエールに参画。そのほか、株式会社メルカリ社外取締役などを務める。慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大学ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大学国際関係論修士。

エンゲージメントは、“主体的に取り組んでいる自覚”

篠田さん

AI時代における従業員エンゲージメントのあり方をディスカッションしていきます。あらためて、エンゲージメントについて山口さんの考え方をお伺いできますか?

山口さん

エンゲージメントには「夢中になっている」「コミットしている」など、いろいろな定義があります。一方で、夢中になっていないエンゲージメントもあり得ると思っていて、一番近い定義は「自分ごととして引き受けて取り組んでいること」と考えています。

自分ごととして仕事に取り組むエンゲージメントが高い従業員は、仕事を通じて充足感を得たり、人生に意義を見出せます。こうした従業員が多い組織は業績もよく、中長期的に企業価値も高まります。

篠田さん

働いている一人ひとりが「自分は主体的に関わっている」と認識することが大切ということですね。

“適材適所の組織形態”でエンゲージメント向上を図る

篠田さん

林さんは経営者としてチームを動かす立場から、エンゲージメントについて意識されていることはありますか?

林さん

GROOVE Xは研究開発から販売、運用まで一貫して実施するため、業務の幅が広く、関わる人も多いのが特徴です。組織の形態は一般的には企業で統一することが多いですが、GROOVE Xは事業上の特徴もあり、組織形態を1つにするやり方では組織がうまく機能しませんでした。議論が停滞したり、組織が縦割りになってしまうことがあったんです。

さまざまな企業を調べたところ、Amazonの組織形態が非常に興味深かったです。小売部門はヒエラルキー型、クラウド部門はフラット型に近く、1つの会社に2つの組織形態がありました。私たちはそれを参考にして、開発部門はフラット型、販売部門はヒエラルキー型、バックオフィス部門はサーバントリーダーシップ型というように、3つの組織形態を取り入れています

各組織が抱える課題を可視化するために、ギャラップ社が公開しているエンゲージメント調査項目『Q12(キュー・トゥエルブ)』を使っています。フラット型組織は「Q4:この1週間で、よい仕事をしていることを褒められたり、認められたりした」と「Q11:この半年の間に、職場の誰かが私の仕事の成長度合いについて話してくれたことがある」の結果が低い傾向にあります。フラット型は、褒めるという上下関係を感じさせる行動があまり起きないからでしょう。

ヒエラルキー型では上から下へは意見が言いやすいですが、フラット型はコミュニケーションが不足すると関係性が希薄になってしまう。そこで、ポジティブフィードバックを増やすことで、徐々にQ4とQ11の数値を改善しています。

篠田さん

さきほど山口さんが言っていた「エンゲージメントは個人の主体性が関係する」という視点と、林さんの「エンゲージメントは環境と仕組みの影響も大きい」という視点の違いがおもしろいですね。

リモートワークで減退するエンゲージメント

篠田さん

林さんのお話を聞かれて、山口さんはいかがでしょうか?

山口さん

ギャラップ社のQ12は、本質的には4つの要素に整理されると考えています。成長実感、貢献実感、職場の人間関係、ビジョンやパーパスへの共感です。

成長実感や貢献実感は、他人から言われて初めて実感できる。つまりコミュニケーションが前提にあるのですが、これは必ずしも業務上のコミュニケーションとは限りません。タクシーの移動中やカフェテリアでの休憩など、すきま時間でのやり取りがきっかけになりうるのです。ですから、リモートワークにより業務以外のコミュニケーションが減ると、中長期的にはエンゲージメントにダメージがあると考えています。

篠田さん

では、会社側はどのような対策を取るとよいですか?

山口さん

出社を増やすと通勤時間が大変などの短期ストレスによりエンゲージメントが低下する事実はありますが、コミュニケーション不足は中長期的に成長実感や貢献実感、人間関係の構築、パーパスの理解に影響します。このトレードオフの関係にある短・中長期の影響度のバランスをどう取るかを人事は意識する必要があります。

篠田さん

時間の無駄として優先度を下げがちなコミュニケーションが、実はエンゲージメント向上に非常に重要な役割を果たしている。中長期的には会社のパフォーマンスにまで影響するというパラドックスは興味深いですね。

AIの登場は、ダイバーシティの1つに過ぎない

講演中の山口さんと林さんの様子を収めた写真

篠田さん

この2年ほどで、AIは極めて安価に使える身近な存在になった実感があります。今後も想定を超えるスピードで変化していくと考えられますが、私たちの仕事や働き方にどのように影響しますか?

林さん

従来は「1が来たら2、2が来たら3」と比較的予測しやすい内容でアルゴリズムを作っていましたが、現在は「1から2、2から3、その次が3.1、5……」などの予測しにくい変化も含めて学習し、予測できるようになりました。これを深層学習と言い、深層学習の機能をもつ機械がAIです。

いま注目を集めている言語処理をする機械は、質問をすれば基本的に80点の回答をしてくれます。私たち人間は、自分の周囲の3人しか話していないことも「みんな言っている」と表現してしまうくらい、物事を抽象化したがる生き物です。AIはそのようなバイアスを修正してくれるため、人間とは異なるタイプの壁打ち相手として活用されるケースもあります。

また、生き物の仕組みに近づき、動物に近い存在にもなります。そのアプローチのひとつがLOVOT[らぼっと]です。犬や猫が人間を癒やすように、ロボットも人を癒やせるのではないかという取り組みにもAIが不可欠です。

もともと私たち人間は非常に多くの種類がいてそれぞれ得意分野が異なります。AIの登場は、その種類が増えたイメージに近いのだと思います。ある分野においてはまったく太刀打ちできなくても、それ以外の分野では人間のほうが優れている可能性も十分あります。

篠田さん

ともにチームを組んでいく仲間のバリエーションが増えた、という捉え方でしょうか?

林さん

AIと人の直接対決では、囲碁や将棋など局所的にはAIのほうが強いことがあります。一方で、AI単体よりもAIと人間が協力したほうが強いとされています。これはダイバーシティの考え方そのもので、AIを使う人が強いというのは、ダイバーシティを活かす人が強いと同じ意味です。

篠田さん

AIの登場による多様性を力に換えていくことが大切なのですね。山口さんはいかがでしょうか?

山口さん

AIに限らず、これまでもコンピューターやインターネットの登場のたびに、人間の仕事のやり方は変わりました。たとえば、統計データをすべて覚えられるかではなく、インターネットからいかに的確なデータを収集できるかが必要な能力になったようにです。

AIもその延長線上にあると考えると、AIに勝つ・負けるの話ではなく、いかに上手にAIに仕事を任せられるかが評価の対象となると考えます。

今後はデータ管理や書類作成など、正解のある仕事はAIに任せてしまう。正解のない領域で、人が担わなければいけない仕事はどこで、それはどうやったら評価できるのかに向き合わざるを得ないでしょう。とある弁護士事務所では、「クライアントに寄り添う力」が人間にしかないもの、かつ事務所の競争力につながると話していました。

篠田さん

先ほどの林さんのお話とつなげると、「AI 対 人」ではないというところがポイントで、「AIとともに働ける人」が今後は求められますね。

言語化と聴く力がエンゲージメントに影響

篠田さん

AIは多様性の広がりの1つであり、AIとともに仕事を作っていく環境がこれからの時代では必要になってくる。エンゲージメントは組織の仕組みという環境のなかで作られるといったお話もありましたが、これからエンゲージメントを高めていくにはどうしたらいいでしょうか?

林さん

山口さんのお話で興味深かったのが、出社の必要性と人との信頼関係についてです。出社するとコミュニケーションが発生して作業効率が落ちるという意見がある一方で、そのコミュニケーションにこそアイデアやエンゲージメント向上のヒントが隠されていることもあります。

信頼関係もコミュニケーションによって生まれますが、そこに言語は必ずしも必要ないと考えています。それを検証しているのが非言語のコミュニケーションを取るLOVOTです。LOVOTを会社に導入すると、自然とLOVOTのもとへ従業員が集まり、可愛がり、会話が生まれます。これまで接点がなかった人たちとも話をするようになり、エンゲージメント向上や離職率の低下にもつながっているようです。

私たちがLOVOTに言語を喋らせない理由は、コミュニケーションの基本は言語コミュニケーションではなく、非言語コミュニケーションだという信念にもとづいているからです。非言語コミュニケーションのベースの上で信頼関係が構築され、信頼関係の上で言語コミュニケーションが生まれる構造があると考えています。

篠田さん

オフィスのLOVOTを可愛がることで従業員が互いに非言語シグナルを受け取り、職場内での言語コミュニケーションが活発になる。それがエンゲージメントやウェルビーイングの向上につながるのですね。

弊社の分析でも、従業員や管理職の方が社外の人に定期的にじっくり話を聴いてもらうと、本人や職場のエンゲージメントが向上することがわかりました。

じっくり話を聴いてもらうとエンゲージメントスコアが向上することを示したエール社の調査結果

林さん

自分のなかでは考えがあると思っていても、実は口に出して言語化するまでは形になっていないし、思ったほど整理されていません。言い換えれば、言語化することで思考を整理しているのだと思います。

本当は話すだけで解決できるけど、1人ではできないから「誰かが聴いてくれる」環境が非常に重要。その相手は気兼ねなく聴いてくれるほうがよいので、社外の人やAIが適しているのでしょうね。

山口さん

昔は自宅の仏壇など、なにかあれば報告できる場所がありましたが、最近はそうした場所も少なくなっている。だからこそ、聴き手の存在が求められるのは必然なのかなと思います。

篠田さん

人は自分で考えている以上に自分のことをよくわかっていない部分が実は多く、言語化によって理解が深まる。だからこそ、エンゲージメントにも影響する「話を聴いてもらいたい」ニーズも含めて、技術の活用が重要なのですね

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