三井化学、三越伊勢丹、中外製薬の人事責任者に聞く、人事改革を成功させる秘訣
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“AIとHRのつながり”をテーマとするイベント「SmartHR Connect 〜AIとHRテクノロジーが紡ぐ革新的企業への進化〜」が、2024年7月17日(水)に東京国際フォーラムで開催。
当日は三井化学株式会社の小野真吾氏、株式会社三越伊勢丹ホールディングスの中北晋史氏、中外製薬株式会社の矢野嘉行氏が登壇。「逆境を楽しんでこそ人事の姿! 経営を強くするHRXの進め方」というテーマで、人事の現場についてお聞きしました。ファシリテーターは、ポラス株式会社 人事部長の石田茂氏です。
- 登壇者小野真吾氏
三井化学株式会社 グローバル人材部 部長
2000年に三井化学に入社。ICT関連事業の海外営業、マーケティング、プロダクトマネジャーを経験後、人事に異動。労政、採用責任者、国内外M&A人事責任者、HRBPなどを経験し、グローバルでのタレントマネジメント、後継者計画の立案・実施を推進する。
- 登壇者中北晋史氏
株式会社三越伊勢丹ホールディングス 人事統括部 人事企画部 部長
1997年に伊勢丹(現三越伊勢丹)に入社。伊勢丹新宿本店自主編集売り場「リ・スタイル」のバイヤーとして、国内外のブランドの買い付け業務をはじめ、数多くのプロモーション企画を手掛ける。2022年に三越伊勢丹ホールディングス人事統括部人事企画部部長に就任し、中長期人財戦略の策定をはじめ、人事賃金制度、要員・人件費計画を担当。
- 登壇者矢野嘉行氏
中外製薬株式会社 上席執行役員 人事、ESG推進統括
1986年に中外製薬へ入社。営業本部、国際本部、経営企画部マネジャー、調査部長、人事部長などを歴任。2019年に執行役員、2020年に人事統轄部門長、2022年に上席に就任。執行役員 人事、EHS推進統括、サステナビリティ推進部担当 兼 人事部長を務め、2024年1月から上席執行役員 人事、ESG推進統括を務める。
- ファシリテーター石田茂氏
ポラスグループ ポラス株式会社 人事部長 兼 ポラテック株式会社 監査役
1996年にポラスグループへ入社し、以降は28年間に渡って人事に携わる。2013年に人事部長に就任。グループの全社人事機能を主管し、企業カルチャーづくりに重きを置いた制度・政策を展開。過去には複数のグループ関連会社の設立を担い、国内プレカット木材最大手のポラテック株式会社の監査役を兼任。
人事が現場に寄り添い、活躍の場を築く
石田さん
最近は「人的資本経営」をはじめ人事領域に関するバズワードが飛び交い、“採用戦国時代”と呼ばれるほど人材採用に苦労するなど、人事の立場が「逆境にある」と感じられます。この状況をお三方がどのように乗り越えてきたかを聞くためにも、まずは人事における取り組み事例を伺えますでしょうか?
小野さん
三井化学はESGを起点としたカーボンニュートラルやソリューション事業の創出に取り組むなど、事業の転換期にあります。ビジネスを素材提供型から顧客基点型に変え、バリューチェーンを伸ばすためには、今までにない能力が現場で要求されます。さらに、海外の事業をM&Aするうえでは、グループという観点も欠かせません。
そこで、事業を牽引するような人材を採用・育成するとともに、選抜したリーダーの育成に向けた戦略的なタレントマネジメントを導入してきました。現在は選抜されたリーダーに加えて、“グループの全従業員を戦力化する”ために、従業員の自主性を活かしつつ、協働させるプラットフォームを作成しています。
小野さん
こうした人事変革はトップダウンではなく、ミドルボトムアップでも可能です。たとえば、採用した従業員が活躍できる環境を作るために、人事もM&Aや事業創出のプロジェクトに参画します。一緒に伴走し、事業の再構築など、事業に寄与する人事施策を実行していくのです。とはいえ、人事が現場に寄り添うためには、人事部内のトランスフォーメーションや企業文化の改革が必要となります。
百貨店の“編集力”を活かした人財戦略
中北さん
三越伊勢丹グループでは、次期中期経営計画との連動のもと、企業風土改革に向けた「人事の感性」、持続的な生産性向上と人的資本投資の両立を目指す「人事の科学」、”ならではの事業価値”を生み出す「縦の事業人財確立」、”組み合わせによるイノベーション”を生み出す「横のイノベーション人財創造」を4つの基本枠組みとして、グループの「人財」戦略を進めています。
中北さん
逆境という観点では、実は百貨店は「逆境の繰り返し」です。新宿に高島屋さんが来ると百貨店戦争が勃発し、大規模小売店舗立地法の施行では駅ビルが発展し、その後もECの発展や、リーマンショックやコロナ禍など、そのたびに大きな影響を受けてきました。
そんな中、百貨店は環境変化に合わせて”変化すること”で、さまざまな逆境を乗り越えているので、実は百貨店というビジネスモデルは「逆境に強い」と考えています。たとえば、婦人服が難しいならメンズに、ファッションが厳しければデパ地下にと、「編集」の観点をもちあわせ、時代の変化を先読みし、変化を遂げています。さらに「組み合わせの力」による新たな価値創造も変化に強い要因です。デパ地下と宅配事業を組み合わせた「イセタンドア」、サステナビリティと個客基盤を組み合わせた買取事業「アイムグリーン」などの新規事業が、若手発信で順次スタートしています。このような編集や組み合わせによる価値創造を、現在はグループ全体に拡げていこうとしています。
従業員すべてが主役になれる“厳しくて暖かい会社”
矢野さん
中外製薬は2002年にロシュ社と戦略アライアンスを実施しました。その後、20年余りで売上げは約7倍、営業利益は約17倍となりましたが、飛躍的な成長の根底にあるのが人です。
矢野さん
中外製薬では2021年に成長戦略「TOP I 2030」を策定しました。この「i」には「イノベーション」や「イノベーター」、そして「従業員の一人ひとり(私)が主役になる」という意味が込められています。
現在は「TOP I 2030」に基づいて、ポジションをデザインし、人をアサイン。そのうえで、年齢・属性にとらわれずに評価し、従業員が自ら挑戦できる環境を整備しています。
当時のCEOはこれを「優しくて暖かい会社から、厳しくて暖かい会社に変える」と言い表しました。人事制度を変え、年功序列や評価の中心化傾向をやめ、会社のカルチャーを変えようと務めています。
人事制度改革を始めるにあたって、私はCEOと1つの約束をしました。それは、“毎月の経営会議で、根回しをせずに改革の話をすること”です。ぶっつけ本番で会議に挑んで、時には提案を突き返されても、議論を生みたい。そのなかで経営のコミットが生まれ、人事制度の運用に繋げる必要があると考えました。
経営戦略を実現するうえでは、必要とされる「人財」を中長期的に描いていきます。人物像を分解し、重視すべき専門スキルやコンピテンシーを可視化し、育成のプロセスに落とし込んでいく。それを経営・人事・事業部門が三位一体で実行し、新たなカルチャーを生み出す行為に、すべての妙があるのではないでしょうか。
“誰もが口出しできる”からこそ、人事は対話が重要
石田さん
HRは経営事業にアプローチしていきますが、経営や事業にどのような変化や改革をもたらしてきたかを、方法論と合わせて教えてください。
小野さん
三井化学では戦略的タレントマネジメントを導入していますが、その起点となったのが海外企業の買収です。
これは以前にヨーロッパの企業を買収した時の話ですが、私はキャリア採用したプロジェクトマネージャーや役員とともに、交渉からPMIまでの一連の現場に立ち会いました。そこで実感したのが、“後継者となる人材の重要性”です。
たとえば、次に必要となるタレントパイプラインを精査できていなければ、経営層の適切な再構築ができません。後継者育成やタレントマネジメントにおいては、現場で何が起きているかの把握が重要なのです。
中北さん
三越伊勢丹ではCXOの方々と毎月、人事の取り組みについての定期ディスカッションをしています。人事については正解がないので、”多くの人”が、”いろいろな視点”で、”さまざまなこと”を言うのも人事だと思います。そのなかで、経営戦略との連動するうえでも、経営の方々と少人数で、定期的に、深く議論することが大事だと思います。一方で、”多角的な視点”をもち、検討することも重要ですので、経営の方々だけでなく、現場の方々とも定期的に対話することを大切にしています。
矢野さん
たしかに、一般の案件では担当の役員しか質問しませんが、人事についてはほぼ全員がなんらかの意見を言いますよね。そのなかで私が気をつけてきたのは、対話とストーリーテリングの2つです。
たとえば、人事制度の改革を提案するのであれば、「なぜ改革するか?」が重要です。理由をストーリーテリングし、経営者が従業員と対話すれば、物事は先に進みます。
人事改革に必要なものはなにか?カギを握る対話デザイン
石田さん
HRをどのようにトランスフォーメーションしてきたか、もしくはその必要性についても教えてください。
矢野さん
人事を変えるには、「僕らがなぜ人事を担当するか?」を考える必要があります。
たとえば、人事異動の申請に対して「なぜ部署を異動するか?」を確認した際に、「事業部長が言っているので…」で話が終わったら駄目ですよね。異動先でどのようなキャリアを積んで、その先をどのように捉えているのかを、事業部門と議論しなければいけない。人事の在り方がオペレーションからストラテジックに変わってきたのを感じています。
中北さん
三越伊勢丹でいうと、社長のメッセージである「生涯CDP」が、グループ全体の人財戦略のキーワードになっています。この生涯CDPの意味は、会社に退職まで面倒を見てもらうのではなく、生涯を通して成長してほしい。そのために、上司が部下のキャリア形成を支援できるように、目標設定時に部下とのキャリアイメージについての対話内容を必ず記入するなど、上司としての責任を明確にする施策を実施しています。
その考えのもと、マネジメント層は半分以上がキャリアチェンジして別領域の部署に異動しています。視野の拡大とグループ全体を意識した経営マインドの習得のために、こうした方針をとっています。私自身も人事への異動は予想していませんでした。実際に取り組むと勉強しなくてはならないことだらけですが、やりがいはあるし、成長できます。会社は思った以上に人を見てくれるので、上司層にもこのような「生涯CDP」を浸透させることが大事だと思います。
小野さん
人事の変革は難しくて、「役員に駄目と言われた」、「事業部の人に受け止めてもらえない」といった言い訳が多いんです。でも、飲み会の席では愚痴が出てくるので、そうした愚痴を拾って、未来につながる議論に転換することもできます。
たとえば、人事部の皆に諦めきれない気持ちがあると気づいて、“自分たちの心のなかを全部吐き出すこと”を目的としたセッション「ハラグロ会」を開催しました。心理的に安全な場ですべてを吐き出したうえで、「自分たちは何を目指すのか?」を確認し、その会のなかで人事改革の骨格を取りまとめました。
他者尊重、リーダーシップマインド、そして挑戦する勇気
石田さん
最後に皆さんが今後人事で検討している取り組みを教えてください。
小野さん
複雑かつ変化の激しい世の中で、社会的な課題解決を事業に織り込もうとすると、リーダーだけでは物事を決められません。すべての従業員が活躍できる世界観が必要です。
変化し続ける時代のなかでは、ゴールに向けて一直線に変革するのではなく、環境変化に伴い変容を受け入れるリーダーシップマインドの醸成が大切だと考えています。
中北さん
人事の課題はいろいろありますが、一言にすると「他者尊重」だと思っています。
来年度から60歳以上の従業員の制度を改定するのですが、従業員の声を確認すると、マネジメント層もシニアの方々もお互いに対して課題や不安を感じています。それでも、同じグループの仲間ですし、さらに言うなら、今後は関連企業の方々との協業も不可欠ですし、中長期にはキャリア採用の方々も増えていくと思います。そういう観点も込めて「多様性を受け入れる環境」「他者尊重」と「共創」の風土づくりこそが大切と捉えています。
矢野さん
人事には本当にいろいろな要求があるので、挑戦する勇気が必要です。会社が目指す方向性と自分の志向を繋げて、課題解決に指示がなくても動ける人材をいかに増やすかが、究極のアプローチだと思います。
石田さん
個々が際立ち、下意上達によって戦略実現するような組織開発がこれからは大切ですね。改めて、人事は「ピープルファーストに、動く人事、戦う人事」にならなければなりません。業界や企業の枠を超えた交流などを通じて、みんなでHRトランスフォーメーションを進めていきましょう。