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オフィスは作業場から“居場所”へ。ベネッセのハイブリッドワーク推進

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目次

“パーパスを実践する企業の挑戦 人手不足時代を乗り越える” をテーマに、2日間にわたり開催されたカンファレンス「SmartHR Agenda #4」。さまざまなゲストをお招きし、「パーパス経営」「DX」に関するセッションを行いました。

「DXでパーパスを加速・持続可能に」をテーマに行われたDAY2では、「オフィス?リモート?『働く場所の価値』を再定義。個とチームの潜在能力を最大化」と題し、ベネッセホールディングスの後藤 礼子さんが多様な個が活きる働く環境づくりを語りました。ファシリテーターを務めるのはコクヨの坂本 崇博さんです。

  • 登壇者後藤 礼子さん

    株式会社ベネッセホールディングス Digital Innovation Partners DX人財開発部 部長

    福武書店(現ベネッセコーポレーション)入社後、進研ゼミ・こどもちゃれんじ・保育事業に従事。退職/再入社後、部門人事を経て2014年より全社人事を担当。人事制度改定、採用、人財開発、教育体系の刷新等に取り組む。ベネッセコーポレーション人財本部本部長を経て、現在は、DX人財開発部 部長として組織のDX能力強化に取り組んでいる。

  • ファシリテーター坂本 崇博さん

    コクヨ株式会社 働き方改革PJアドバイザー / (一社)日本健康企業推進者協会 顧問

    2001年 コクヨ入社。働き方改革ソリューションの立ち上げ、事業化に参画。残業削減、ダイバーシティ、イノベーション、健康経営 といったテーマで、調査分析や制度・仕組みづくり、研修、アウトソーシングの推進まで幅広くサポート。2021年には、国家公務員の働き方改革推進チームに参画するとともに、政府への働き方改革に関する提言書作成にも貢献。

ベネッセの働く環境づくりの土台は、企業理念への共感

坂本さん

いま、変化の時代に対応するため、企業には社員の働く価値観やチームの働き方の改革、いわゆる「ワークトランスフォーメーション(WX)」が求められています。

テレワークとオフィスワークを自由に選択できる「ハイブリッドワーク」や、仕事内容によって働く場を使い分ける「アクティビティ・ベースド・ワーキング(AWS)」など。自由度の高い働き方を導入する企業も増えていますよね。

コクヨでも、オフィス以外に複数の拠点を設け、仕事にあわせて働く場所を自由に選べる環境を整えてきました。その結果、採用できる人材の幅が広がったのはもちろん、バラバラに働くからこそ共通する想いを大事にする文化が育ち、会社の方向性への共感が増したと感じています。

一方、弊社が民間企業を対象にした調査では、コロナ禍の在宅勤務で多くの人がコミュニケーションの質や量の低下に不安を抱いていました。

お話をする坂本さんの様子

同様に、リモートワークやハイブリッドワークを導入し、メリットとデメリットを実感されている企業は多いと思います。本セッションではハイブリッドワークを実践するベネッセさんの取り組みを伺います。

後藤さん

はじめに、ベネッセホールディングスの企業理念とベネッセコーポレーションの組織を紹介させてください。

「Benesse」は、ラテン語の「bene(よく)」と「esse(生きる)」を組み合わせた造語で、「よく生きる」を意味します。「よく生きる」がベネッセホールディングスの変わらぬ企業理念。この実現のために時代にあわせて提供すべき価値を考え続けてきました。

本日メインでお話するベネッセコーポレーションは教育・生活事業をメインに展開しています。現在は社員数が約3,000人、平均年齢が約40歳。男女比はどの年代においてもほぼ1対1、新卒と中途の割合もほぼ1対1です。同規模の日本企業と比べると、女性や中途社員の割合が高い組織だと思います。

ベネッセコーポレーションの人数や平均年齢、男女比率、新規・中途比率をまとめたスライド

また、企業理念に強く共感し、志をもつ社員が多く集まっているのも弊社の特徴です。

社内アンケートやラウンドテーブルでも「理念と社会のめざす方向がここまで合致している企業は本当に珍しい」や「社会課題に対して志をもって実践的に取り組み、小さくとも形にできる個人がたくさんいる」といった声が挙がります。

また定期的に実施しているエンゲージメントサーベイでも、社員の満足度の高い項目は「社会的な影響力」や「社会的意義」「顧客や社会への貢献感」などです。

人事として働く環境づくりを進める際は、常に企業理念に共感し、志をもつ社員の成長や活躍をどう支援するのか?という問いを意識しています。

ベネッセの理念の掲載されたページのスクリーンショット

多様な社員にあわせた人的・物的な環境設定の3つのポイント

後藤さん

働く環境づくりの取り組みの具体事例として、多摩市にある東京本部のオフィスを紹介します。「なぜオフィス街ではなく、多摩に?」と思った方もいるかもしれません。

私たちの事業は、教育や介護など、生活を支える領域です。利便性だけでなく“生活の息遣い”のある地域で働くことを大事にしたいとの考えが背景にあります。

東京本部のオフィスではフリーアドレスを導入しており、社員のコラボレーションを促進しています。オフサイトミーティングなどで利用されることも多いです。

東京本部のオフィスの外観と内観をまとめたスライド

後藤さん

2020年からは、オフィス勤務と在宅勤務を仕事やチームの考え方にあわせて選べるハイブリッドワーク制度を導入しています。

全社一律で「週何回は出社」といったルールは設けていません。組織や仕事の種類によって成果の出せる働き方は異なるからです。「最も生産性の高まる働き方を選択してほしい」と発信しています。

現状、ベネッセの全社平均の出社率は約50%ですが、部門や社員によって出勤率は大きく異なります。私の在籍するデジタルイノベーションパートナーズの部署では、出社率が5%の社員もいれば、40%の社員もいます。社員やチームごとに最適な働き方を選んでもらえているのではと思っています。

部署の社員の実例をご紹介すると、DX推進を牽引しているコンサルティングファーム出身の社員からは前職同様に仕事の要求レベルは高いが、以前より自宅勤務で子育てがしやすくなったという声をもらいました。

他にも、副業経験を本業に活かすことができている、勤務場所は成果を導く手段と考え、自律的に働き成長する時間をつくっているなどの声があります。制度を活かして自分らしい生き方、働き方を実践し、成果を出している人が多くいます。

対談をする後藤さんの様子

後藤さん

これからの働く環境づくりについて、多様性を前提とした人的・物的な環境設定が大事になっていくのではと考えています。背景にあるのが3つの変化です。

1つ目が「異種の『仕事』や『目的』に適した働き方への移行」です。これまで企業のなかで、職種ごとに業務内容や働き方は一定同じなのが普通だったかと思います。ですが、これからは同じ「営業」であっても、担う役割や目的、強みも異なる社員が活躍していくでしょう。一人ひとりが“異種”であるという前提のもと、仕事内容や目的にあわせた働き方を選ぶことが求められます。

2つ目が「ネットワークや横の関係の重要性の高まり」です。個が活躍する組織では、組織の階層が簡素化され組織の境界線があいまいになっていくと考えています。こうした組織で成果を出すには、社員同士の横のつながりが重要です。多様な個がいかに自らの情報をオープンにし、横の関係を構築していくか。関係構築をサポートする環境づくりが必要になると捉えています。

最後に「『居場所』を認識する空間としての『場』の捉え直し」です。多様な個が働き方を自由に選び、活躍すると、どうしても組織の求心力は下がっていきます。自律的に働きながらも一人ひとりが組織における存在価値を感じられること、「ここが居場所だ」と認識できる場が重要です。個人的には物理的な空間を共有するから得られる感覚があるのではと思っています。

フリーアドレスではなく自律アドレス。働く環境を自らつくる意識

坂本さん

お話を伺って「企業理念の実現や成果のためにハイブリッドワークがある」という考え方が、社員の方々にしっかり伝わっている印象を受けました。

テレワークやハイブリッドワークというと、企業から社員へ福利厚生的に与えられるサービスのように受け取られる傾向もあります。

そもそも、なぜベネッセではここまで企業理念が浸透しているのでしょう?

後藤さん

「よく生きる」という企業理念は、例えるなら「世界平和」と同じくらい普遍的かつ抽象的です。日々の仕事にあてはめて自分事として捉えるのはなかなか難しい。

だからこそ「私たちのパーパスとは?存在価値とは?」についての議論が日常的に起きています。

また、企業理念に共感する人に入社してもらっているのも大きな要因だとは思います。

対談をする坂本さん、後藤さんの様子

坂本さん

先ほど出社率の違いの話がありました。ハイブリッドワークの導入など働き方の支援をしていると、よく「社員が不公平感を感じないようにしたい」と言われます。出社率の違いに対して「うちの部署は出社が多くて不公平だ」といった声はありませんでしたか?

後藤さん

もちろん社員の皆さんから正直な気持ちは出ますよ。ですが、ハイブリッドワークは社員がよりよく働き、より成果を出すための手段。仕事のフェーズによって必要な出社回数はバラつきがあります。目的にそった手段を検討した結果として不公平になることもあるけれど、チームで話し合って自律的に成果を出せる働き方をしてほしいと伝えています。

坂本さん

会社として成果を出し、より社会に貢献するためにあるという前提を、繰り返し伝えているのですね。

後藤さん

あと弊社にはよりよい職場のためのルールを現場が話し合う風土があると思います。

たとえば子どものお迎えのために早退する社員に対し、職場に残される独身の女性や独身の男性から不公平感が生まれるといった事例はどの会社でもあることではないでしょうか。その際に誰かが解決してくれるのを待つのではなく、現場で葛藤しながらルールをつくる、そうした社員たちが自律的な働き方をつくってきました。

そうした過去の積み重ねも、社員やチームが制度をどう活かすかを考え、実践する姿勢につながっているのかもしれません。

お話をする後藤さんの様子

坂本さん

人事が制度をつくって終わりではなく、制度をどう活かすのかという視点を社員にもってもらえるのが理想ですよね。

弊社でもフリーアドレスを導入しているのですが、独自のレイアウトを試したり、週に一度集まる機会をつくったりするチームがいる一方、なんとなく自由に座っているだけのチームもいる。調べたら、前者のチームが生産性の高まりを実感できているという結果が出ました。

最近、社内ではフリーアドレスではなく“自律”アドレスと呼んで、どう活かすかを考えてもらえるといいのではとも話しています。

自律した個の協働を支える。これからのオフィスの役割

坂本さん

働く環境づくりを社員が主体的に議論していくには、率直に話し合える心理的安全性や社員一人ひとりのエンゲージメントなども必要になると思います。それらを高めるための交流の場としても、オフィスが機能するといいのかもしれませんね。

後藤さん

空間と時間を共有するからこそ一体感が醸成されたり、腹を割った議論ができたりといった良さがオフィスにはあると感じます。弊社でもチーム一丸となって取り組むべきイシューのあるときはメンバーが頻度高くオフィスに集まっていますね。

坂本さん

オフィスという場所は1990年代ごろまであくまで作業場として位置づけられていました。短期的な生産性を最大化するための場として設計されていたわけです。

ですが、これからは長期的な生産性も重視される時代です。企業が人材をどう育て、価値を最大化するのかが重視される「人的資本投資」も注目を浴びています。オフィスも社員の成長やチームの関係構築など、長期的な成果を生む場所に進化していくでしょう。

多様な人たちが入り交じり、単なる作業ではなく、議論や学習、コラボレーションを重ねる。その姿は大学のキャンパスに近いようにも思います。勉強をして、食事をして、恋愛もして、遊びもする。まさに「よく生きる」ための場所ですね。

後藤さん

よく生きるための場所という観点だと「居場所」としての空間をつくるのも大切だと感じています。オフィスで実際に人と触れ合って「自分が存在していいのだ」や「誰か役に立っている」と感じられる。そうした実感が生まれる環境づくりも意識していきたいですね。

坂本さん

今日お話を聞いて、ハイブリットワークにはパーパスの浸透や自律的に議論するための心理的安全性、社員一人ひとりのエンゲージメントが重要なのではと、あらためて感じました。

とくにハイブリッドワークを成功させるには「自分たちの会社は一体何のために存在するのか」から落とし込む必要がある。これを数十年もかけて地道にやっていらっしゃるベネッセさんから学べて非常に有意義でした。後藤さん、本日はありがとうございました。

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