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正確性追求のジレンマ〜人事評価制度の運用の難しさ〜人事評価の現在地 #04

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「人事評価制度がうまく運用できていない」「現場の評価への不満が収まらない」。人事評価制度の課題は、多くの企業で抱えているのではないでしょうか。この連載では、人材マネジメントを研究している神戸大学 経済経営研究所・江夏幾多郎准教授が、人事評価についてのさまざまな考え方をご紹介。人事評価制度を導入する企業、評価者、被評価者である従業員のそれぞれが、人事評価のポテンシャルをどのように開拓し、有益な方法としていけばよいか、その道筋を考察します。

第4回目は「人事評価制度の運用の難しさの要因」について紹介します。

つくり込むほどに生まれる「人事評価制度のジレンマ」

前回前々回で、人事評価の正確性に関わるさまざまなポイントを紹介してきた。多くの企業が、従業員による貢献を評価項目として明確に定義し、評価項目に即して従業員の貢献の大小を測定できるような評価尺度を設計・導入しようとしてきた。

従業員による企業への貢献の多くは、数量化できないものであるため、評価者による主観的な判断・解釈の確からしさを高めるための評価項目や評価尺度の設定が重視されてきた。

そして、多段階評価や多面的評価などのように、従業員の貢献についての判断・解釈の精度を上げるため、複数の評価者の視点が組み合わされてきた。評価者には、認知傾向や社会関係に由来するバイアスが人事評価では発生しやすいことを自覚し、バイアスを最小化する行動を日頃から取ることが求められてきた。

しかし実際には、連載第1回目で指摘したように、多くの従業員が人事評価に満足・納得していない。その主な背景としては、すでに述べたような人事評価上の取り組みの不徹底があるだろう。しかし、そのことと矛盾するが、上記の取り組みを徹底させようとすることでも、不満や不納得が生じうる。人事評価制度をつくり込むほど、「実際に運用する評価者が、使いきれなくなる可能性が高まる」というジレンマが存在するのである。

評価項目におけるジレンマ

従業員の企業への貢献は多岐にわたる。このとき、人事評価の正確性に向けて企業が取りうる姿勢として、「さまざまな貢献をできるだけ網羅的に定義する」というものがある。

連載第2回では、コンピテンシーに関する主要な8次元について紹介した。これは1990年代に米国の研究で示されたものだが、それよりおよそ四半世紀前の日本でも、従業員の職務遂行能力に焦点を当てた人事管理を目指す動きのなかで、職務遂行能力の定義が目指されていた。その後の実務に多大な影響を及ぼした『能力主義管理』という書籍(日経連能力主義管理研究会、1969。2001年に再販)では、職務遂行能力を以下の5つの次元からなるものとした。

  1. 適性および性格:気質、パーソナリティ
  2. 一般的能力:理解力、判断力などの天賦の能力
  3. 特殊能力:経験の中で身についた専門的知識や技能
  4. 意欲:能力を成果に結び付ける行動力
  5. 身体的特質:筋力、運動神経、器用さ

それは、能力評価を正確に行うため、職務遂行能力を網羅的に定義しようとした試みである。しかしそうしたアプローチには、いくつかの弊害が生じうる。たとえば、評価項目が多岐にわたるほど、評価者としては作業上の負荷が増してしまう。短期的な成果につながるものと、長期的な成果につながるもののように、複数の評価項目間の矛盾や同時追及の困難さが見られる場合、その傾向は顕著になる。

企業としては従業員には同時追求を求めるものの、従業員としてはつい達成が容易な、評価されやすい行動や業績への注力にモチベートされる(「人事管理―人と企業、ともに活きるために」第6章)。自らの評価行動が引き起こす従業員の行動を抑止しなければならないという難問に、多くの評価者が直面する。

評価尺度におけるジレンマ

評価項目は単体として、従業員の貢献の実態と、絶対的または相対的な大きさを把握できるものではない。そこで、評価項目ごとに単数または複数の評価尺度が導入され、正確な人事評価が期される。

しかし、正確な評価を従業員が望むとはいえ、あまりに正確な評価は従業員の意欲を損ねる可能性もある。従業員の「見える化」が徹底されることで、自らの及ばざる点が、とくに他の従業員との比較によって厳然たる形で示される場合、それを克服する意識よりも、恥入り、打ちのめされる意識の方が強くなるかもしれない。たとえ個人的な思い込みであったとしても、曖昧な、あるいは不正確な評価に対して「会社は、上司は自分のことを何もわかっていない」と愚痴る方が心理的に健全な場合もある。

さらなる問題は、評価項目をもとに評価尺度を生み出すことそのものから生じる。端的にいうと、「評価項目で定義された従業員の貢献の全体を、単一の評価尺度に反映させるのは不可能」なのである。

神戸大学の國部克彦教授(2017)の考えを借りるならば、評価尺度によって可視化された従業員の貢献の「価値(value)」とされるものは、本来の貢献、すなわち「真価(worth)」をありのままで表現できない。真価から価値への置き換えのなかでは、どうしても断片化や歪みが生じるのである。

従業員の貢献のありのままの姿は、本人にも表現しきれない、体感的にしか把握できない数値化が不可能なものである。それを擬似的に把握するために数値化を進めるほど、体感から遠ざかるのである。さらにいうと、そうした尺度が一人歩きすることで、誤った貢献行動を引き起こしかねない。従業員の内面に関わるものが含まれるほど、評価尺度のつくり込みは難しくなる。

評価尺度が歪んでしまう問題は、完全な解決は不可能だが、従業員の誤った貢献行動を引き起こしにくい評価尺度を、評価者や従業員の経験や知見を十分に反映させる形で見出すしかない。しかし、そこまで手をかけて評価尺度を設計する事例は多くないだろう。企業の現場を十分に理解しているわけではない外部コンサルタント、あるいは人事担当者などによる「お手盛り」の評価尺度の導入は少なくない。

評価体制におけるジレンマ

複数の評価者が人事評価に関わることで、人事評価にまつわる労力の総量は大きくなる。さまざまな評価者が自己流で従業員を評価するだけでは不十分で、人事評価の場面のみならず、日常業務のなかで、評価上の多角的な視点のすり合わせや共存を進めることが必要となる。

もっとも、評価上の複数の視点を交えて人事評価の正確性を高めようとするほど、各評価者の人事評価への負担感は高まり、動機づけが低下しかねない。

パーソル総合研究所が2021年に実施した「人事評価制度と目標管理の実態調査」では、人事評価の手段としての目標管理における期末時点での主な課題として、「最終の評価調整が不明確な基準で行われる(48.6%)」「目標の達成レベルが判定できない(48.4%)」などが指摘されている。

パーソル研究所の「人事評価制度と目標管理の実態調査」によると、期末時点での目標管理の課題として、最終の評価調整の不明確さと、目標の達成レベルが判定できないことが浮き彫りになった。

(出典)人事評価制度と目標管理の実態調査 - パーソル総合研究所(p.22)

評価項目や評価尺度のジレンマに各評価者が対処しきれないことが、「人事評価の調整の困難さに結びつく」という経路が推測される。

「評価結果のすり合わせ不足」が納得感の低下を招く

前回の連載では、評価対象となる従業員の直属の上司(一次評価者)とその上司(二次評価者)が互いの見解をすり合わせ、人事評価の正確性を高める事例を紹介した。こうした事例が実現するなら、人事評価の結果はフィードバックしやすく、従業員も納得しやすくなるだろう。しかし、上述調査などからも推測されるように、すり合わせがうまくいく事例は決して多くはない。

このとき、従業員へのフィードバックの責任を負う一次評価者は、最終的な評価結果について十分な根拠にもとづく理解をもてなくなる。人事評価の調整が一次評価者と二次評価者のみならず、大組織で典型的に見られるような二次評価者と三次評価者、あるいは二次評価者間で実施されるような場合に、この傾向は顕著になる。そして一次評価者にとって、人事評価の決定プロセスは不明確なものとなる。自分の認識とは異なる評価結果について、自分の言葉でメンバーに伝えなければならない場合、一次評価者によるフィードバックの精度、フィードバックへの意欲、ひいては従業員による納得感が落ちやすくなるのは当然だろう。

さいごに:評価行動におけるジレンマ

正確性を期して人事評価制度をつくり込むほど、実際に運用する評価者の負荷が重くなり、評価結果の正確性が低下する。さらには、人事評価に向けた前向きなモチベーションが低下する。こうした事態に対照するために、評価者訓練が実施されることも多いが、ことはそんなに単純なものではない。

評価者は管理者として、職場の管理監督、従業員の育成や動機づけに関する責任も負っている。さらに近年、彼らの責任は、従来はメンバーが担当していた実務への従事も含め、野放図に拡散する傾向にある。当の企業が、人事評価制度の複雑化のみならず、評価者の業務環境の整備を怠ることで、評価者が人事評価に注力する余地を奪いかねないのである。

経営資源や管理者=評価者の能力に限りがある以上、人事評価の正確性に関するジレンマの完全克服は不可能である。しかし、人事評価、とりわけその正確性の意義について捉え直し、「ジレンマを緩和する」「ジレンマに由来する問題の最小化」は可能である。この点について、本連載の残りのパートで検討していきたい。​

お役立ち資料

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