派遣労働者の早期離職を防ぐために注力すべきこととは?【人材派遣業の人事カイカク #3】
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こんにちは。特定社会保険労務士の小岩広宣です。
人材派遣を中心とする人材ビジネス業界の人事労務の課題と対策についてお届けする連載「人材派遣業の人事カイカク」。
派遣労働者の満足度をいかに上げて、早期離職を防ぐかは、人材ビジネスにとって非常に大きなテーマです。しかし、あまりにやることが多すぎて、いったい何に注力したらいいかを判断しにくい経営者や担当者も多いと思います。
そこで3回目となる今回は、人材流動の激しい派遣業界において、派遣労働者の早期離職を防ぐために注力すべきことについて解説していきます。
1.人材派遣業界の労務課題とは?企業規模ごとに解説 【人材派遣業の人事カイカク #1】
2.人材派遣業で働き方改革を進めるうえでの障壁と対策とは?【人材派遣業の人事カイカク #2】
本題の前に
人材派遣は、適職を求める派遣労働者(登録者)と、適任者を求める派遣先とを効果的にマッチングすることで成立しています。
派遣労働者の働き方は、雇用主である派遣元を離れて派遣先で就業するため、個人の自主性が発揮しやすく自分のペースで仕事に向き合うことができる反面、人間関係が希薄となり職場や業務に対する帰属心も持ちづらいことから、ふとした感情のもつれやモチベーションの低下によって簡単に退職してしまうことも少なくありません。
管理者がコントロールできない状況で離職が相次いだのでは現場は成り立たないので、人材派遣においては、いかに派遣労働者の離職率を下げるかが運営上の重要ポイントとなります。
さらに、最近では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延によって緊急事態宣言が発令される事態になったことで、派遣労働者をめぐる雇用の危機にも直面しています。
今後、雇用調整の場面にあたって、離職率を下げる努力がさらに求められることも踏まえて、本記事が力になれば幸いです。
【1】派遣労働者の離職状況と要因とは?
日本人材派遣協会の2019年度のデータによると、派遣元のマージン率(派遣先から受ける派遣料金に占めるマージンの割合)は約30%とされています。
このうち、約10.9%が社会保険料、約4.2%が有給休暇費用、約13.7%が諸経費とされているため、派遣労働者の採用コストを確保しながら適正利益を確保するためには、派遣労働者の早期離職の防止と定着が重要であるといえます。
仮に派遣労働者1人あたりの派遣料金が月20,000円だとすると、マージン率は約6,000円となり、社会保険料負担や有給休暇費用を除くと約3,000円となります。
試算として採用コストや管理コストが最低50,000円ほどかかるとすると、おおよそ1年半弱は継続して就業しないとバランスが取れないことになります。
とりわけ採用コストについては、慢性的な人手不足と業種間のミスマッチによって高騰する傾向が続いており、新型コロナウイルス感染症の影響で雇用を取り巻く環境が激変してきたとはいえ、派遣業界をめぐる基本的な収益構造に大きな変化はないと考えます。
(1)派遣労働者の離職状況
それでは、実際に派遣労働者の離職状況にはどのような特徴があるのでしょうか。
参考となる統計としては、「2019年度・派遣社員WEBアンケート調査(詳細結果)」(日本人材派遣協会)が挙げられます。ここでは、派遣労働者の派遣就業期間と雇用期間の実態についてまとめられています。
派遣労働者の約7割を占める有期雇用派遣労働者は「現在の派遣先での通算派遣就業期間」は平均1.2年、「派遣会社での通算雇用期間(勤続期間)」は平均1.9年となっています。
1つの雇用期間の中で複数の派遣先で就業するケースがあるため雇用期間の方が長くなっていますが、安定した環境で就業する場合は平均値として1年を超えているため、傾向としては概ね先ほどの派遣料金の構造と符合しているといえるでしょう。
派遣法では、同一の組織単位(課など)に継続して3年間派遣される見込みがある派遣労働者に対して、 派遣終了後の雇用を継続させる措置(雇用安定措置)を講じる義務を派遣元が負っています。
雇用安定措置は、以下の4パターンに分けられます。
- 派遣先への直接雇用の依頼
- 新たな派遣先の提供(合理的なものに限る)
- 派遣元での(派遣労働者以外としての)無期雇用
- その他安定した雇用の継続を図るための措置(雇用を維持したままの教育訓練、紹介予定派遣など)
実施状況については、厚生労働省の「平成30年度労働者派遣事業報告書の集計結果(速報)」によると、「2.新たな派遣先の提供」を実施している割合がもっとも高く、約34%となっています。統計上、実施義務の対象者がすべてカウントされていない点も考慮すると、現場感覚としては「2.新たな派遣先の提供」のケースが圧倒的に多いように思います。
これを見るかぎりでは、雇用安定措置の対象となるような場面では、新たな派遣先の提供に向けて対応するケースが多く、法律の趣旨に反することですが、現実にその措置を実現できなかった場合に残念ながら離職につながる可能性があると考えられます。
(2)離職を招いている主な要因
派遣労働者の離職を招く理由について直接触れた統計は見当たりませんが、下記のアンケート調査では、「現在の派遣会社で次の仕事を探したくないのはなぜか?」という調査が実施されています(2019年度派遣社員WEBアンケート調査)。
今の派遣会社で引き続き就業したくない理由という意味では、離職理由に通じるところがあると考えられます。
こちらによると、「営業担当者とコミュニケーションが取りにくいから」が26.4%で最も高く、続いて「希望に合った条件(勤務地・賃金)の仕事の紹介をしてくれないから」(23%)、「自身のキャリアに対する支援・アドバイスをしてくれないから」(19.6%)となっています。
2015年の派遣法改正で、すべての派遣元で希望する派遣労働者に対してのキャリアコンサルティングの実施が義務づけられました。最新の統計によると、派遣労働者の約20%に実施されています(平成30年度労働者派遣事業報告書の集計結果(速報))。
離職を招いている理由として挙げられる、「営業担当者とのコミュニケーション」、「希望に合った仕事の紹介」、「キャリアに対する支援・アドバイス」は、いずれも広い意味でのキャリアコンサルティングの一環だと位置づけられます。
その意味では、キャリアコンサルティングについての周知・啓蒙を徹底し、希望者・実施者の拡大をはかり、キャリアコンサルティングの実施者の経験・スキルを高めることによって、派遣労働者の不安や不満を解消・緩和させ、結果として離職率の低下に繋げられると考えられるでしょう。
【2】派遣労働者の離職を防ぐために注力すべきこと/気をつけたいこと
派遣労働者の離職を防ぐためには、一般的にはキャリアコンサルティングの実施・強化が効果的だといえますが、新型コロナウイルス感染症の影響によって雇用状況が悪化する中で、派遣労働の現場にも変化が起こりつつあります。ここではそのような視点から、離職を防ぐために注力すべきこと/気をつけたいことについて触れます。
(1)注力すべきこと
新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防ぐことを目的に緊急事態宣言が発令されたことで、「派遣切り」が懸念されています。
首都圏や大阪圏に次いで全国が指定地域になったことで、事業休業などの派遣労働者への影響は全国各地に広がっている印象です。
このような状況により、派遣労働者の離職への取り組みにあたっては、今までとは異なる次元の対応が求められるでしょう。
景況の後退による業績の悪化や、在宅勤務やテレワークへの切り替えによる生産性の低下などの影響を真っ先に受けるのが派遣労働者であり、実際に契約不更新や契約解除なども発生しています。
対応策1「助成金活用」
ひとつの対応策としては助成金の活用が挙げられます。
経済上の事情で事業活動を縮小した事業主が労働者の雇用を維持した場合に賃金などの一部を助成する「雇用調整助成金」がありますが、新型コロナウイルス感染症への対応として一部の支給要件の緩和が講じられています。
新聞やテレビでもしばしば報じられていますが、特例措置ではいくつかの要件を満たすことによって中小企業(解雇を伴わない場合)は90%(9/10)の水準の助成を受けられます。派遣労働者の場合は派遣元が休業手当を支給していることが前提となりますが、雇用を守り離職を防ぐ意味でも、有効に活用したいものです。
(※本稿における雇用調整助成金の情報は2020年4月19日時点のものとなります。)
対応策2「登録者に対する情報発信や情報共有」
そのほか、一般的な離職防止策としての取り組み事例としては、登録者に対する情報発信や情報共有が挙げられます。派遣就業前の登録段階で緩やかなコミュニティを形成することで、日常的にキャリアについての当事者意識を持って担当者とコミュニケーションをとりやすくなります。
筆者の経験では、このような環境を置くことで、派遣労働者が離職後も再びその派遣会社で就業する自然な流れができ、結果として離職を防ぐことにも結びついているケースが多いと感じます。
時節柄リアルな交流会や勉強会などは難しいですから、メルマガやチャットツール、ZoomなどのWeb会議ツールを用いたオンラインでのコミュニティづくりから始めていくのがよいでしょう。
(2)気をつけたいこと
続いて、離職防止の取り組みを進める上で気をつけたいことを解説します。
派遣業務や地域、労務管理や企業風土などによっても実態はまちまちだと思いますが、筆者の経験上、派遣労働者を派遣元があまりに強く管理するのはやめたほうがいいでしょう。
派遣元は、日報や週報、報告書などで派遣労働者に業務上の報告を求めるのが一般的です。派遣元としては派遣先における日々の就業状況については派遣労働者から報告を受けることで具体的に把握できますし、それは勤怠管理という点では法律上求められる義務でもあります。
ところが、派遣元があまりに強く介在したり、管理しようとし過ぎると、逆効果になってしまいます。実際に派遣労働者は複数の派遣元に登録していることが多く、会社をまたいで派遣労働者どうしが横のつながりを持っていることも少なくありません。
あまりに報告事項が多かったり、担当者からのフィードバックによって求められることが多すぎると、負担に感じて嫌気が差してしまう派遣労働者もいます。
若年層の労働者を中心にプライバシーについての意識が高い昨今ですが、とりわけ派遣労働者については個を大切にし、他人と関わったり会社から強く関与されたりすることを毛嫌いする人も多いです。
そのようなちょっとした疑問やストレスが蓄積することによって、結果的に離職に結びついてしまうケースもあるように感じます。
派遣労働者に対して、報告や連絡や相談を求めることはとても大切ですが、それ以上に派遣元の担当者からのコミュニケーションやアドバイス、キャリアについての支援が重要です。一方的な上下関係の構図に陥らないよう、バランス感覚に気をつけていくことが大切でしょう。
おわりに
新型コロナウイルス感染症をめぐる国や公的機関などが実施する制度や支援策は、毎日のように情報がアップデートされています。派遣労働者の雇用を守るためには、こうした日々刻々と変化する動きにアンテナを張って、自社の現状に必要なものを柔軟に活用していくことが求められるでしょう。
その上で、日常的なコミュニティづくりを進めながら、派遣労働者のキャリア支援について双方向型の仕組みを展開していくことが大切です。
いずれもすぐに結果が出るものではありませんが、中長期目線でコツコツと努力していくことが求められる時代だといえるのではないでしょうか。