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パーパスって本当に必要? 企業と従業員をつなぎ、指針として機能させるために【WORKandFES2022 レポート】

公開日
目次

2022年12月21日、“働く”の未来を考える「WORK and FES」が開催されました。3回目となる2022年のテーマは「TRUST(信頼)」。パーパスからD&I、リスキリング、チームビルディング、サスティナビリティまで、昨今の“働く”を象徴するさまざまなテーマを通して、企業や人をめぐる“信頼”の在り方をあらためて考えます。

本記事では、自社の存在意義や社会に与える価値を言語化した「パーパス」についてのビジネスカンファレンスを紹介します。「パーパス」は、組織のメンバーそれぞれが同じ未来へ進むための指針として、今、多くの企業が設定しています。企業と従業員が信頼関係を築くためには、どのようにパーパスを捉え、どのように制度を整えればいいのでしょうか?その在り方から見つめ直します。

  • スピーカー安斎 勇樹氏

    株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO/東京大学大学院 情報学環 特任助教

    1985年生まれ。東京都出身。私立武蔵高校、東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。ウェブメディア「CULTIBASE」編集長。企業経営と研究活動を往復しながら、人と組織の創造性を高めるファシリテーションの方法論について探究している。主な著書に『問いのデザイン:創造的対話のファシリテーション』(学芸出版社)、『問いかけの作法:チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『リサーチ・ドリブン・イノベーション』(翔泳社)、『パラドックス思考』(新刊・ダイヤモンド社)などがある。

  • スピーカー酒井 里奈氏

    株式会社ファーメンステーション 代表取締役

    国内及び外資金融機関、ベンチャー企業でM&Aや経営企画などに従事。発酵技術を学ぶために東京農業大学応用生物科学部醸造科学科に入学、09年3月卒業。同年、株式会社ファーメンステーション設立。独自の発酵技術を活用し、未利用資源を機能性のある素材や製品にする事業に取り組み、サーキュラーエコノミーの実現を目指すテクノロジースタートアップ。事業性と社会性を両立したビジネスの実現を追求し、B Corp認証取得。経産省選定J-Startup。東京都出身、 ICU卒業。リアルテック・ベンチャー・オブ・ザ・イヤー 2021 グロース部門、Japan Beauty and Fashion Tech Awards 2022大賞、EY Winning Women 2019 ファイナリストなど。

  • モデレーター高田 加奈子

    株式会社SmartHR 社長室

    新卒でマーケティングリサーチ企業に入社後、企画営業や事業開発に携わる。2011年からは株式会社ナビタイムジャパンにて新規事業の立ち上げを推進。法人向け新規事業の事業責任者を務め、最後の2年間は別事業部の立ち上げと組織部門長を兼任する。2017年より合同会社DMM.comにて社長室やグループ会社取締役兼COOを務め(後にMBO)事業成長を推進。2020年からSmartHRに参画。現在は社長室にてロードマップの策定や事業戦略、組織戦略の立案に携わる。

思考し続けるパーパスで組織の一体化をはかる

高田

パーパスは「企業としての存在意義」と訳され、企業が何のために存在し、どのように社会に対して貢献していくかを定めたものです。近年では企業経営やブランディングの観点、組織のメンバーがそれぞれ同じ未来へ進むための指針として関心が高まっています。

酒井さんは2021年に、ご自身の会社のパーパスを策定されています。創業12年目のタイミングとのことですが、その背景にはどのような理由があったのでしょうか。

酒井

当社にとって、ここ2年間は激動的な期間でした。こぢんまりとした会社でしたが、近年は事業をスケールさせるため、スタートアップに舵を切りました。しかし、少人数のときは阿吽の呼吸でできていたことが、会社の規模が大きくなるにつれて難しくなるという課題が出現したのです。

経営メンバーとファーメンステーションのありたい姿をディスカッションをした時に「この話はみんなが聞きたいことですよ、広く世の中に伝えるべきです」と言われ、私が考えていることや会社が目指していることが、言語化されてないといけないと、気づかされました。

安斎氏と酒井氏の写真

(左から安斎氏、酒井氏)

高田

酒井さんの会社では、パーパスとバリューを丁寧に設定されているとお見受けしています。いわゆるMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)と呼ばれるミッションやビジョンを策定する方法もあると思いますが、パーパスを策定された理由はありますか?

酒井

当社のメンバーは、全員がいわゆるビジネスバックグラウンドがあるわけではありません。また、「ミッション」「パーパス」「バリュー」など、カタカナが並ぶと混乱することもあるかなと思いました。わかりやすさを重視し、「パーパス」が選ばれました。

ちなみに、社名であるファーメンステーションは「発酵の駅」という意味です。発酵技術の駅のような存在になりたいと思い名づけました。当社のパーパスは「Fermenting a Renewable Society」です。これは、会社を設立した時からスローガンとしても使っていた言葉です。

分解すると、Fermentingは「発酵させる」の動詞です。発酵は微生物が何かを何かに変えたり、よりよしたりすることです。不要なものを機能性の高いものに変えることもそうですし、さらに今まで出会わなかった人が出会って変わるといった、色々なものが「絶対によくなる」という思いを込めました。

そして、Renewableは「変身」です。ビジネスには地域、社会といった「Society」も必要であると考えて、「Fermenting a Renewable Society」としました。

高田

すごく端的でわかりやすいパーパスですが、設定した後の社内外の反応はいかがでしたか。

酒井

当時のメンバーとのオフサイトミーティング時に「これからスタートアップとして本格的に舵を切ります!」「そこで、パーパスも決定しました」と発表したのですが、今までと同じフレーズだったのでみんな一瞬不思議な顔をしたものの、スライドを見せて説明すると納得してくれました。

さまざまなステークホルダーとお付き合いがありますが、背景の想いをお伝えすると「わかりやすい」と言ってもらえて、ビジネスでもプラスになっているのではと感じています。

高田

安斎さんも会社のコンサルティングのなかで、いろいろな会社のパーパスに触れたり、考えたりする機会が多いと思います。パーパス設定の必要性をどのようにお考えですか。

安斎

 私は、パーパスを考え続けることは企業活動において必要だと思います。会社の人格と創業者や経営者の人格と社員の視座がずれていない時は、言語化しなくてもいいかもしれません。しかし、ズレが生じると「法人という人格」「それぞれの個人の人格」「経営者の人格」がバラバラになり、考えに乖離が生じます。

パーパスによって、一緒の会社に所属している理由を今一度考える。それを言語化し、みんなで合意しておくことは必要だと思います。

一方で、パーパスが決まったことで思考能力が停止する「パラドックス」があります。完成したパーパスではなく、それをもとにパーパスを考え続ける機能が会社に備わっているほうが重要です。酒井さんの会社のように「駅のような存在になれているだろうか」と、自問自答したくなるパーパスは素晴らしいと思います。

笑顔で語る安斎氏の写真

社外にも目を向けたパーパス浸透

酒井

パーパス自体は社員に向けてつくったわけではなく、当社の存在を内外に伝えるための宣言、そして自分への宣言としてもつくりました。さらに、ビジネスのやり方を伝えるための約束事として、大事にする「コミットメント」も制定しました。

実は、今週から「ファーメンステーションは、これらにコミットした会社です。あなたの会社も一緒に進めていきましょう」という案内を全取り引き先にお送りしました。

それも原材料や資材などを買わせていただいているサプライヤーさまだけではなく、事業でご一緒しているお客さまなどに当社が考えていることをお伝えして、ご賛同のサインを返していただいています。とにかく、あの手この手でステークホルダーに私たちのことを知っていただくことを考えています。

高田

面白いですね、安斎さんはいかがですか。

安斎

パーパスの浸透、理念浸透が重要な課題となるケースはあります。会社が大きくなると、パーパスがポスターになってオフィスに貼り出されることがありますが、「内容が従業員には浸透していない」という問題を耳にします。

そんな時は「従業員へいかに浸透させるか」にフォーカスされがちですが、むしろステークホルダーとか、クライアントに対する浸透が重要だと思います。

ブランディングの話にも関わりますが、自分たちが何に存在意義をもち、何にコミットしている会社なのか。ファーメンステーションが、外内の循環でパーパス浸透に取り組んでいる点に興味を持ちました。

酒井

外と内の循環でパーパスを浸透させることは、何が重要とお考えですか。

安斎

B to Cのサービスの特徴といえますが、従業員がパーパスを理解していても、お客さまは知らないことがあります。ブランドメッセージをマーケティング目線でつくる以外に、「何のために存在する会社なのか」ということを外にも届けることはおろそかになりがちです。そうしたことに気づき、取り組んでいることに驚きました。

安斎氏と酒井氏の写真(横からのアングル)

パーパスを機能させるための社内文化

高田

次に、「パーパスを機能させるとはどういうことか」について話したいと思います。近年、「やりがい搾取」とか「静かな退職」というような言葉を耳にするようになりました。パーパスで描く内容や理想の姿と、従業員の給与や労働時間、仕事内容などが乖離することが一因といわれていますが、そのバランスについてどのように考えていますか。

酒井

給与や働き方は、パーパスとは別の問題として整備しなくてはならないと思っています。「パーパスにあることをやってください」と言うつもりもありませんが、大きく外れると意味がないので、社内のメンバーとのコミュニケーションが大切になります。

安斎

大企業や成長したベンチャー、メガベンチャー企業でも悩んでいる会社は多いと思います。当社に相談いただく内容を見ても、コロナ禍や2020年の節目で理念を再策定したり、パーパスを開発したりする相談が増えています。そこから遅れて連動し、社内の評価制度や制度設計、組織構造のような「組織戦略をどう体現するか」という相談が後追いで増えています。

パーパスを掲げて経営戦略や事業戦略に近いものをつくっても、現場がそれと切り離されている場合は1 on 1がうまくいかなかったり、エンゲージメントが下がったりします。「評価制度」や「どのような組織構造で働くのか」、また「組織自体の形」や「目に見えない文化」についても相談を受けるようになりました。

「社内の文化を醸成したい」「バーパスに合わせた文化づくりをしたい」「社内の関係性をつくりたい」というようなハードの部分や組織構造の部分と、ソフトである文化を一緒にやっていかないと、バラバラになる感じがします。

酒井

パーパスに沿った評価もそうですが、パーパスやB Corp企業だったりすると、そこにフォーカスされがちですが、普通にスタートアップとして当然、事業を成長させねばなりません。当社の場合、パーパスは浸透してきていますが、同時にビジネスパーソンとして目指すべきことなども、期待値とうまく合わせる必要があります。

安斎さんは、どのように社内の文化を醸成しているのですか?

安斎

文化は積み重ねのなかでつくられるものです。繰り返し使う言葉や、繰り返し行うこと。毎日押すSlackのスタンプもそうですし、頻繁に繰り返して文化をつくっていくことが重要です。

当社の場合、第1金曜日の午後に全社総会を実施しています。どのように時間を使い、どのような話をするかあらかじめ計画し、社員に周知することで文化づくりにもつながっていると思います。

高田

酒井さんのほうでも、あえて時間を設けることはありますか。

酒井

日常的に議論するようにしています。たとえば、「コミットメントをつくります」と言っているだけでは駄目なので、ソーシャルインパクトボーナス制度をつくりました。自分たちでソーシャルインパクトに対する目標を決めて、実践できたら次の目標を決めるような取り組みを行っています。

安斎氏と酒井氏の写真(正面からのアングル)

安斎

バリューの話で制度設計や文化に関する話題が挙がりましたが、バリューのような理念とパーパスを、どう連動させるかが重要だと思います。最初は人格が一致しているのに、会社が大きくなるにつれて法人の人格と個人の人格、従業員の人格がバラバラになるという話がありました。マネジメントの本質は人格の主語のすり合わせではないでしょうか。

どんなに素晴らしいパーパスを掲げても、社員数が1万人になると、従業員個々とパーパスの桁が合わなくなります。バリューもいい感じのままパーパスを実現するためには、チームでの目標がワンクッション入ると機能しやすいので、パーパスをつくった後は戦略的に主語の調整、主語のレベル間の調整が重要だと思います。

酒井

今のところ当社は人数が少ないので可視化できていますが、パーパスを「自分ごと化」するのは難しいと思います。当社のパーパスは今のところ遊びが多い感じなので、自分なりの解釈ができているのではないでしょうか。

比喩は創造性を刺激する

安斎

当社も「Cultivate the Creativity(創造性の土壌を耕す)」をミッションに掲げ、ファーメンステーションと同じく理念に比喩を使っています。

もちろん、本当の意味での発酵もするし、考え方も発酵する。比喩は創造性を刺激するものだと思っていて、たとえば仕事のなかで「駅的存在になれているだろうか」と考えた時に、自分の視点で物語を語り直さなくてはなりません。比喩を通して理念が浸透し、何かに例え直すことは有効な手段だと思いました。

酒井

当社では、最近「ファーメステーションがどういう存在か」を伝える手段として、絵を使うチャレンジをしました。ファーメンステーションという駅を描いて、そこに何が入って何が出るかとか、駅の周りにどんな人がいるかといったことをディスカッションしたのですが、とても盛り上がりました。メインのインプットは私が担当し、全員がそれぞれいろんな駅をもつことができたら、会社になりそうだとひらめきました。

安斎

人によって違いますね。どれぐらい大がかりなものなのかとか、ローカルなのかとか。

酒井

無人駅をつくる人もいるかもしれません。無限にアイデアが広がります。

高田

物語を絵にすることは大事ですね。また、パーパスに比喩の言葉を入れることは、重要なポイントであることがわかりました。本日はありがとうございました。

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