開示するのは人的資本経営の現在地。SmartHR社が示したかったものとは
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目次
2023年3月決算期から、東証への上場企業に対して、自社の人的資本に関する情報をステークホルダーに開示する「人的資本開示」が義務化されました。SmartHR社は義務化対象の上場企業ではありませんが、この度初めての開示を実施しました。人的資本情報を開示した理由やメリット、プロジェクトへの思いと開示を通じて伝えたかったメッセージ、人的資本の情報開示を推進するポイントについて担当者に聞きました。
- 鈴木 智子
株式会社SmartHR IR部マネージャー
新卒で株式会社丸井グループに入社後、財務・IR、経営企画業務に従事したのち、楽天グループ株式会社にてIRを担当。2023年2月よりSmartHRに入社し、ファイナンス、IR、サステナビリティの業務を推進。
- 太田 弥生
株式会社SmartHR IR部
大学卒業後、大手メーカーに入社後、経理、IR業務に従事したのち、上場企業においてIR、サステナビリティの責任者を経験。2022年10月にSmartHRに入社後、カンパニーセクレタリー(取締役会事務局等)、IR、サステナビリティの業務に従事。
人的資本開示はSmartHRの多彩な取り組みやナレッジを共有できる機会
SmartHR社では、2024年3月に初めて人的資本開示を実施しました。公開義務のない非上場企業にもかかわらず、なぜ開示に踏み切ったのでしょうか?
鈴木
当社は非上場ですが、HRのプロダクトを提供する企業として社会を牽引する立場でありたいと考えています。ですから、「人的資本開示」を通じて当社の人的資本へのさまざまな取り組みを皆さんに知ってもらうよい機会と捉え、他の企業の方に参考になる情報を提供したいという思いで開示に踏み切りました。
IRに限らず、取締役や人事、プロダクトサイドからも「HRのプロダクトを提供する立場として、人的資本開示をしてはどうか」という声が挙がり、プロジェクトがスタートしました。
株式会社SmartHR IR部 鈴木
開示資料の内容はどのように決めたのですか?
太田
今回は、当社として初めての人的資本開示であったこともあり、プロジェクト第1弾として、ゴール設定と読者ターゲットの検討からスタートしました。
人的資本経営・開示において、優れた企業として認められるためには、投資家やサスティナビリティの専門家や他社でのご担当者など、専門知識をもったいわゆる『プロ層』に認めてもらうことが重要です。それを踏まえ、フレームワークを使った「人的資本による価値創造フロー」を作成しました。
一方で、人的資本経営の専門知識がなくても、資料を読んで共感していただける方もいます。そういった方々に対しても当社の取り組みが伝わるコンテンツを入れることも大切にしました。
上場企業ですと、複数の資料を開示するので、公開資料によってターゲットの棲み分けができます。一方、当社は非上場で有価証券報告書は提出していないため、今回は1つの冊子に、2つの読者ターゲットに向けたコンテンツを掲載しました。
株式会社SmartHR IR部 太田
価値創造プロセスをベースにしたストーリーテリング
今回の開示を通じて伝えたいことは何ですか?
鈴木
今回は、初めての開示の試みということもあり、当社が非上場でありながらもHR Tech企業として人的資開示のナレッジをしっかりもっていることが伝わるコンテンツ作成を意識しました。そのため、まずIIRC*の価値創造プロセスや伊藤レポートなどのフレームワークを活用した前半パートに力を入れました。一方で、フレームワークが初見の人でもわかりやすいように、シンプルでわかりやすい表現を追求しています。
*IIRC:International Integrated Reporting Council(国際統合報告評議会)の略称
フレームワークとはどのようなものでしょうか?
太田
「価値創造プロセス」とは財務資本などのさまざまな資本と、その資本の向上により、どう企業が成長するか、経済的価値と社会的価値を生み出すかをストーリーとして表現するフレームワークです。当社では、それを人的資本のみによる価値創造ストーリーとして表現しました。さらに伊藤レポートをもとにしたフィナンシャル・モデルや、一般的に繋がりがわかりにくい人的資本投資と経営戦略の関係図モデルも作成しています。
フレームワークを用いて、どのような情報を伝えようとしているのでしょうか?
鈴木
当社では「人的資本経営」「人的資本開示」という言葉を意識する前から、オリジナリティのある取り組みを実施しています。つまり人的資本の考えと会社の考えの方向性は一致していました。そのため、SmartHRの考えを専門的なスキームで表現し、「SmartHR社がどのような人事施策によって成長してきたのか」について掘り下げています。
太田
また後半部分では、当社のオリジナリティのある人への取り組みの紹介に注力しました。幸い当社は創業以来、成長を続けており、当社の企業成長を推進した人的資本の取り組みをまとめました。
現在、当社はスケールアップ企業として、さらなる成長を目指しています。その過程において、成長フェーズに合ったバリューや取り組みを真摯に検討しています。このように前半で人的資本による価値創造ストーリー、後半で企業成長を支える取り組みを紹介することにより、1つの冊子で、当社が『人の力でどう企業成長していくか』をご理解いただけるものになっています。
暗黙のコンセンサスを言語化し、自社の人的資本経営を可視化する
開示資料の「SmartHRが取り組む2つの人的資本経営」には、どのような意味が込められていますか?
太田
プロジェクト立ち上げ当初に、当社が目指す「人的資本経営」をあらためて言語化した際、1つの軸では収まらないと気づきました。当社が目指す人的資本経営とは「well workingの推進」であり、対象者は「自社」と「社会」の二軸になります。
鈴木
1つ目は、当社自身が人的資本経営によって成長する軸です。もう1つは、私たちの提供するプロダクトが顧客、ひいては社会の人的資本経営への貢献を目指す軸です。たとえば、当社がよいプロダクトを生み出し、その数が増えれば顧客、つまり社会によりいっそう貢献できます。そういったプラスの効果の拡大再生産を目指しています。ロゴにSmartHR well-working・Social well-workingと記載しているのは、2つが循環して高め合っていくことを意味しています。
太田
一般的に、企業には経営理念や創業者の方の考え、経営陣の考え、人材戦略など、さまざまな考えがあり、そのうえで言語化できていない共通認識があると思います。人的資本の開示をする際に何から始めるかというと、社内で言語化されていない『自社の人に対する考え』に関するコンセンサスを言語化することです。1人だけが思っていることではなく、社内の多くが意識せずにイメージしている「コンセンサスとは何か」を考え、言語化していくことが、人的資本開示プロジェクトのミッションになると思います。
社員の声がさまざまな人事施策のエビデンス
今回の開示資料には、社長と社員へのインタビューがあります。それぞれの位置付けを教えてください。
鈴木
CEOの芹澤さんには「スケールアップ企業として、どのような人材戦略に取り組んでいくか」という話を中心にインタビューしました。「経営戦略と人事戦略は表裏一体であり、両者を結びつけるのが人的資本経営」ということをトップメッセージとしてお伝えしたかったのです。
太田
人的資本経営の先進企業のうち、多くの会社はトップのコミットメントがあるように思います。人的資本経営を推進するには経営陣の理解が欠かせません。ですから、社長インタビューでは、当社のトップがどのようにコミットしているかを中心にインタビューを実施しました。
鈴木
社員インタビューでは、人的資本経営が社員に根付いていることを伝えたいと思いました。社員インタビューの位置付けは、さまざまな会社の取り組みが、実際にきちんと社内で受け止められているというエビデンスになります。
インタビューでは多様性といった現状の課題にも触れており、自社の課題自体を社員がしっかりと認識していることも正直に書いています。
人的資本経営の成功には、トップコミットメントが欠かせない
人的資本開示プロジェクトの成功の鍵は何でしょうか?
鈴木
サステナビリティの取り組みは、一般的に超長期の目線が必要になるもので、多くある経営課題の中でも喫緊の課題として捉えられにくく、コミットメントしにくいことは事実です。しかし、経営陣のオープンマインドな受け入れ体制、話を聞いてフィードバックをくれる経営陣が揃っていることは、開示資料のクオリティに影響します。人的資本開示は義務化されるからやるのではなく、経営陣がコミットして課題を解決することが1番の目的である点を意識する必要があります。
太田
私たちが推進したのは、既存の取り組みをベースにその可視化を行う人的資本の「開示」プロジェクトです。一般的に自社の取り組みを客観視し、企業成長の軸における可視化が大事です。
会社が人的資本開示を通じて、自社の人的資本経営を客観的に見つめ直す。そして、また次に実践した人的資本経営を開示で可視化し、効果を測定する。その両輪で人的資本の取り組みは推進されていくと思います。
人的資本開示の目的は、人的資本経営の推進である
人的資本開示の真の目的とは何でしょうか?
太田
人的資本開示というと、まず開示義務化のある指標から取りかかる会社も多いと思います。一方で、本質的に着目するポイントは「どのように企業成長していくのか」「社会に対して、どういう価値の提供を目指しているのか」という成長ストーリーかと思います。その目指すべき視点から、逆算して、求める人材や人事施策を定義しているのが当社の人的資本経営・開示です。
鈴木
人はこれまでコストであり、会社の負担だとみなされていました。でも結局、人がいないと事業は成長しません。人を投資対象の資本だと捉えて経営戦略と結びつけることで、人の成長に伴って事業も成長できます。
そもそも、開示義務化の目的は人材戦略やそれに関連する計測指標を提示させる点にあると思います。開示によって各企業の今までの取り組みを明らかにし、課題の発見やさらなる取り組みを促せると思います。
SmartHR社の資料でも、義務付けられている項目と独自項目の両方を提示しています。
鈴木
当社は非上場企業のため開示義務はありませんが、定量的なデータと定性的な項目の両方を盛り込んでいます。「人的資本ハイライト」や「人的資本KPIデータ」に関しては、定量的な数字を開示することで、人的資本経営が進んでいるかどうかを客観的に示す意図があります。とくに当社は、独自項目を多く含んだKPIデータを開示しました。これは客観的なデータを多く開示することで、さらに課題にコミットする意志を表しています。
義務化されていない企業が人的資本開示をするメリットは何ですか?
太田
人的資本経営とは、従業員の成長をもとに企業成長を図ることです。そのため、人的資本開示をするメリットの1つは、会社として、従業員をコストではなく成長の源だと捉えている点をアピールできることだと思います。ステークホルダーにとって、会社が社員を大事に考えているか、人的資本の視点でも、きちんと対応し、本当の成長意欲をもっているかを判断する手がかりになります。
お役立ち資料
Q&Aですぐわかる!人的資本開示完全ガイド
この資料でこんなことがわかります
- 人的資本開示ガイドラインの考え方
- 自社にあった人的資本開示を検討する流れ
- 人的資本開示をラクに実現する方法