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「健康経営銘柄」9年連続選定企業・SCSK株式会社が取り組む「人的資本経営のKPI設定」と推進の鍵

公開日
目次

前回は、SCSK株式会社でのスマートワークチャレンジについて、同社の人事・総務本部 労務部 松崎里枝子さんにお伺いしました。今回は、SCSK株式会社の今後の取り組みをもとに、人的資本経営推進の鍵について考察します。

  • 松井 勇策

    フォレストコンサルティング経営人事フォーラム 代表、社会保険労務士・公認心理師、情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門領域:人的資本経営・雇用実務)

    先進的な雇用環境整備について、雇用関係の実務知識、特に国内法や制度への知見を基本として、人的資本経営・広報ブランディング・AIやICT等の知見を融合した対応を最も得意とする。ほか国内の上場やM&Aに対応した人事労務デューデリジェンスなどが専門。著書「現代の人事の最新課題」「人的資本経営と開示実務の教科書シリーズ」ほか。

  • 松崎 里枝子

    HCM社会保険労務士事務所 代表、SCSK株式会社 人事・総務本部 労務部

    人事システムの開発・導入コンサルを経験し、2008年にSCSK株式会社の人事部門に入社。労務管理、安全衛生、トラブル対応等の人事業務全般、および働き方改革テレワークの推進を担当。また、グループ会社の人事業務に関するコンサルタントを経験し、2022年にSCSKの勤務体系を変更し、より多くの企業サポートを目的に社労士事務所を開業。

働き方改革からつながる人的資本経営の推進

松井

前回、SCSK社でのスマートワークチャレンジについてお聞きし、働き方改革の取り組みや今までのダイバーシティ・女性活躍推進の取り組みが人的資本経営につながっていると理解できました。

改めてお伺いしたいのですが、SCSK社において、働き方改革やダイバーシティ・女性活躍推進の取り組みは、人的資本経営へと直接つながっているのでしょうか。

松崎さん

はい。働き方改革から人的資本経営への接続性をもって人的資本経営の取り組みを進めていると思います。従来から、働き方変革については、経営戦略として施策を進めてきました。人的資本経営としては、さらにエンゲージメントやパフォーマンス発揮度などの指標を重視して、定期的にモニタリングしながら施策の効果を検証しつつ推進している状態だと思います。

松井

ありがとうございます。「人的資本経営とつながっている」とおっしゃいましたが、どのようにつながっているのでしょうか。

一般的に、人的資本経営とは、「企業の競争力を高めるために、従業員の能力や働き方を最大限活かし、組織全体で価値を創造していく経営スタイル」です。働き方改革と人的資本経営の関係についてですが、働き方改革は「従業員が働きやすい環境を整えることで、能力やスキルを最大限発揮できるようにする取り組みである」と思いました。

SCSK社では、柔軟な働き方の実現に向けて、部署ごとにアイデアの創出を促進するなど、社内での自発的な取り組みを進めています。

こうして柔軟な発想で実現された働き方は、従業員一人ひとりのライフスタイルに合わせられたり、仕事とプライベートの両立が持続可能といえるでしょう。また、企業全体としても従業員が長く働ける環境を整えることにつながります。さらに、経営的な革新性と安定性の両立も実現し、ダイバーシティ関係の取り組みともつながってきます。

これらを継続的に取り組んだ結果として、人的資本が向上すると思いますが、いかがでしょうか。

SCSK社の働き方改革の施策例

松崎さん

おっしゃるとおりです。ダイバーシティや女性活躍推進の取り組みとも関連していますし、人的資本経営として企業の価値向上につなげているのだと思います。

当社では、女性や異なるバックグラウンドをもつ人材が活躍できる環境を整えることで、多様な視点やアイデアが組織内で生まれやすくなり、イノベーションの創出や組織の柔軟性を向上できています。女性活躍関係の開示の分析の進捗については、さまざまな取り組みを進めており、効果を定期的に検証しています。

具体的には、女性の役員就任率や管理職登用率、育児休暇や介護休暇の取得状況などを数値化し、目標と現状のギャップを把握し、今後の取り組みの方向性を見極めて開示していくことです。

SCSK社のダイバーシティ&インクルージョン取り組みの変遷

組織の意識変革が人的資本情報の開示指標につながる

松井

現時点でも、SCSK社では働き方改革やダイバーシティ・女性活躍推進の取り組みを通じて、人的資本経営を実現していると感じました。

多様な人材が活躍できる環境が整うことで、イノベーションや組織の柔軟性が向上し、企業全体としての競争力が持続的に高まります。外部の評価においても、SCSK社の取り組みは高い評価を受けていますね。これにより、投資家や顧客、求職者など、外部のさまざまなステークホルダーからの信頼を得られ、企業としての魅力も向上しています。これは人的資本の開示の中核的な価値といえるのではないでしょうか。

また、人的資本経営の開示事項のなかに「男女の賃金差の是正」や「女性管理職の育成」「男性の育児休暇取得率の向上」などがあります。また、ジェンダー平等の取り組みも積極的に進めているので、こうした指標にも好影響を及ぼし、開示の価値ともつながるのだと思います。

松崎さん

当社では、従来から女性が活躍できるように、女性のキャリア形成やスキル獲得をサポートしています。また、組織の意識を変えるために、ダイバーシティやジェンダー平等に関するセミナー研修やeラーニングも実施しています。そのため、社員がさまざまな価値観を理解し、互いに尊重し合う環境ができました。

こうした取り組みは、人的資本経営で開示される指標にもつながり、モニタリングする意味があるのではないかと思います。

松井

開示する指標はすべて実態を把握し、モニタリングをしていくためにあるものだと思います。特に男女の賃金差の把握などは、より細分化して分析すれば、男女活躍の実態の可視化につながります。このような形でより工夫できますね。

松崎さん

可能だと思いますし、人的資本経営の進展でさらに発展した工夫が求められているとも考えています。働き方改革や女性活躍で目指したものが、より充実していけばと思っています。

人的資本開示に必要な2つのKPI設定

松崎さんのインタビューで見てきたように、日本における人的資本経営において、多くの企業で重要な課題として「ライフステージと個人の特性に応じた活躍の実現」があるといえます。ライフステージとは「人生の時期」を表し、時期ごとのイベントや特性に応じた働き方の課題が、日本における働き方の大きな課題になります。SCSK社の取り組みにおいても、こうした人的資本経営の課題と対応が表れているといえます。

たとえば育児の時期においては、雇用の存続や評価に大きな影響を及ぼします。日本では諸外国よりもこうした女性活躍を含むダイバーシティ問題が大きいことも、人的資本経営推進の大きな課題でもあります。

  • 自社で働く一人ひとりが、どのように活躍し得るのか
  • 属性別のダイバーシティ・エンゲージメント、スキルや育成、労働慣行においてどのような課題があるか

上記の2つを重要なKPIとして設定し、ライフステージ課題や個性の発揮について、人材戦略や人的資本開示を考えていく必要があるでしょう。

有価証券報告書の開示事項において、社内環境整備指針・人材育成方針は、総括的な定量・定性的な記載が求められるものと考えられます。その内容を考えるうえでも、「多様性」として開示が定められている項目が重要になります。

「多様性」の項目では、「男女賃金格差の開示」「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」の開示が定められています。これらの多様性に関する項目は、雇用関係の法制度とすべて関係があり、労働関係法のなかでも、各企業で実態把握と課題を設定して、施策と結果を含めた開示が求められています。

(出典)ディスクロージャーワーキング・グループ報告-中長期的な企業価値向上につながる資本市場の構築に向けて-概要 - 金融庁

人的資本経営推進の基本は「男女の賃金差異の分析」

一歩踏み込んだ各論として、この多様性の項目について考察します。

男性育児休業取得率の対象は、育休取得対象の男性ですし、女性管理職比率は管理職女性の比率なので、対象が従業員全体からいえば一部です。その一方で、男女賃金格差の対象者は全社員であり、セグメント分析をして格差の生ずる原因を探れば、ダイバーシティ・育成などの課題の全体像を捉えられます。また、管理職の昇進の実態や育休の施策実施の影響なども推論できます。

このように論理的に考えると、

  1. 男女の賃金差異の分析がまず基本となる分析
  2. 重要な要因が女性管理職比率と男性育児休業取得率

になるため、その視点で全体を分析して背景に踏み込んでいくことが重要になります。

厚生労働省が発表している統計的な研究によると、男女賃金格差が生じる主要な要因の第1位が「職階の差」、第2位が「勤続年数」によるものです。

(出典)男女間の賃金格差問題に関する研究会報告 - 厚生労働省

つまり、男女賃金格差の解決には、多くの場合に第1位である役職登用を改善する必要があります。また、役職への登用や、要因の第2位の勤続年数などに影響する大きな要因が、育児による離職や育成の停滞となります。

これは育児休業の取得や社内の認識と結びつくため、男性の育児休業取得率も重要なKPIとなり、育児に関する認識の改善などが施策の一つになってきます。このようにして把握された社内の実態は、定性・定量の開示項目である「社内環境整備方針」の根本的な問題点を示すものとなり、「人材育成方針」の合理性の根拠にもつながってきます。

重要指標とあわせた人材戦略の考察が人的情報開示の鍵

今回の事例で見たような、働き方の変化は社内の環境整備のなかでも非常に大きなものです。こうした変化が、働く人にどのような影響を与え、特に働きやすさ・働きがいへの影響を把握します。さらに経営戦略上の方向性とどのような関係にあるのかの考察が重要です。

そのうえで、情報開示で重要視されている指標とともに、今後の人材戦略の検討が、人的資本経営の実施のなかで、特に開示指標との関係性で考察されるものになるでしょう。

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