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SCSK株式会社の事例から見る「働き方改革・ダイバーシティ戦略と人的資本経営の現場実務」

公開日
目次

2023年3月決算から人的資本が本格的に開示され、まさに今、人的資本経営への取り組みについて社会的に最も佳境の時期に入っています。しかし、人的資本経営の論点については、多くの情報が錯綜しており「人的資本経営とは何のために何を行えばいいのか」は、不明確な部分が大きくあります。

今回は、2017年に厚生労働省主催の第1回「働きやすく生産性の高い企業・職場表彰 最優秀賞(厚生労働大臣賞)」を受賞したSCSK株式会社における人的資本経営と雇用関係の整備の事例について、フォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表の松井勇策さんがインタビュー。人的資本経営と背景とあわせて、同社の人的資本経営の推進方法をご紹介します。

人的資本経営の歴史と背景

人的資本経営は、多くの要素が絡み合った政策であり、下記の理由からわかりにくいといえます。

  • 「グローバル・持続性の課題」「産業構造の変化」「少子高齢化・雇用課題」の3つの流れが合流している
  • 3つの各論が全体と語られることが多いこと
  • 国内の雇用法制度との接続情報が少ない

また、以下のような政策の経緯をもっています。

人的資本経営は、リスキリングや資本市場からの評価などが話題になりやすいのが現状です。しかし、開示が義務化されている情報の項目の量や内容からいえば、むしろ図の一番下にある「働き方改革」からの流れである「多様な働き方の実現」や「ダイバーシティ関係の施策」について、「経営戦略と人材戦略においてどのように位置づけるか」、「さらなる改善にどうつなげていくか」という点こそが重要だともいえます。

人的資本経営は、多くの要素が絡み合った政策であるため、「グローバル・持続性の課題」「産業構造の変化」「少子高齢化・雇用課題」の3つの流れが合流している 3つの各論が全体と語られることが多いこと、国内の雇用法制度との接続情報が少ないなどの理由から、わかりにくい内容となっている。

多様な働き方を実現するための施策は、今までの人事管理や人事・労務の領域における施策の積み重ねと直結している領域です。日本の雇用関係の法令や制度は、少子高齢化の影響もあり、バブル期以降は雇用環境の変革に力を入れ、とくに近年は多様な働き方を成立させるために、整備されてきました。

人的資本経営とは、さらに変革を一歩進め、経営戦略とのつながりにおいて人材戦略を構築し、自社で目標設定や改善を実施し、全体を開示していくことといえます。人材戦略の要素として、「人的資本可視化指針」では、「人材育成・エンゲージメント・流動性・ダイバーシティ・健康安全・労働慣行・コンプライアンス」などの要素をもとに、全体の戦略を決定していくという概略が示されています。

人的資本経営とは、経営戦略とのつながりにおいて人材戦略を構築し、自社で目標設定や改善を実施し、全体を開示していくことである。

今回はSCSK社における人的資本経営、またそれに至る雇用関係の整備についてインタビューしましたが、現在の人的資本経営へと進んできたなかで、根本的な変革が実施されてきたことを深く理解できました。

SCSKが実現した「働きやすい職場環境づくり」とは

  • 松井 勇策

    フォレストコンサルティング経営人事フォーラム 代表、社会保険労務士・公認心理師、情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門領域:人的資本経営・雇用実務)

    先進的な雇用環境整備について、雇用関係の実務知識、特に国内法や制度への知見を基本として、人的資本経営・広報ブランディング・AIやICT等の知見を融合した対応を最も得意とする。ほか国内の上場やM&Aに対応した人事労務デューデリジェンスなどが専門。著書「現代の人事の最新課題」「人的資本経営と開示実務の教科書シリーズ」ほか。

  • 松崎 里枝子

    HCM社会保険労務士事務所 代表、SCSK株式会社 人事・総務本部 労務部

    人事システムの開発・導入コンサルを経験し、2008年にSCSK株式会社の人事部門に入社。労務管理、安全衛生、トラブル対応等の人事業務全般、および働き方改革テレワークの推進を担当。また、グループ会社の人事業務に関するコンサルタントを経験し、2022年にSCSKの勤務体系を変更し、より多くの企業サポートを目的に社労士事務所を開業。

松井

本日はよろしくお願いいたします。まず、松崎さんご自身についてお教えください。

松崎さん

私は2008年にSCSKの人事部門に中途入社し、その後、労務管理全般の業務に従事しています。2013年からは、当社における働き方改革の推進担当として、社員一人ひとりの生産性の向上、健康増進に取り組んできました。

2015年からは「どこでもワーク」と称したテレワークの推進を支援し、働きやすい職場環境づくりに関わる業務を担当しており、これらの取り組みは、現在の人的資本経営の基盤ともつながっているものとなります。

松井

ありがとうございます。「人的資本経営とつながっている」とおっしゃいましたが、どのようにつながっているのでしょうか。

松崎さん

人的資本経営において、弊社がKPIとしている内容をまずはお話しします。

SCSKは「夢ある未来を、共に創る」という経営理念のもと、デジタル技術を活用して、顧客や社会のさまざまな課題を解決するITサービスを提供しています。ITサービスをとおして、価値創造をするうえで最も重要な経営資源が人財です。

技術進歩が速いなか、技術を習得し、それを活かして新たな価値を提供し続けるためには、心身ともに良いコンディションと、組織への高いエンゲージメントの維持が必要と考えています。この点は、技術の変遷や、事業環境の変化に関わらず求められるものであり、当社が人材戦略を進めるうえでの重要なKPI としています。

そして、その前提となるものが2013年から着手した働き方改革です。残業削減や有給休暇の完全取得を目標とした「スマートワークチャレンジ」、2015 年からは健康によい行動習慣の定着と健康リテラシーを高める「健康経営」を開始し、いずれも組織文化として定着しています。

SCSK社の残業時間・有給休暇取得日数と営業利益の推移

松井

他にはどのようなKPIを設定しているのでしょうか。

松崎さん

さらに、個々の社員が発揮するエンゲージメントとパフォーマンスとに着目し、これらを高めるために、「働きやすさ、働きがい」と「パフォーマンス発揮度」を重要な指標としています。

SCSKの人的資本経営における主要KPI

働き方改革を実現した「スマートワークチャレンジ」

松井

背景について大変よくわかりました。あらためて、スマートワークチャレンジについて具体的にお教えください。

松崎さん

「スマートワークチャレンジ」は、「社員が心身の健康を保ち、仕事にやりがいをもち、最高のパフォーマンスを発揮してこそ、お客様の喜びと感動につながる最高のサービスが提供できる」をスローガンに開始した「仕事の質を高める働き方改革」です。

この取り組みは、企業の成長と社員満足度の向上、そしてステークホルダーへの利益還元にもつながる好循環サイクルを生み出す仕組みです。

具体的には、「全社平均残業を月間20時間以下」と「年次有給休暇の100%取得」をKPIに設定しました。

施策(1):働き方の柔軟性を高める制度を導入

松崎さん

取り組むうえでの環境整備として、1つ目は、働き方の意識や行動を変えるために、フレックスタイム制の拡大や裁量労働制の導入など、働き方(制度)の柔軟性を高めました。2015年からは「どこでもワーク」とあわせて推進することで、さらに「働く場所と時間」の柔軟性を高め、生産性の向上を図りました。

施策(2):変革の熱量をステークホルダーへ伝達

松崎さん

2つ目は社員の意識改革や組織文化を変革するために、会社の本気度(熱量)を社内外にしっかり伝えました。

具体的には、「残業削減=経費削減」とマイナスに捉えられないよう、残業削減や有給休暇の取得状況に応じてインセンティブを支給しました。つまり、残業削減によって浮いた残業代をすべて社員に還元するという仕組みです。また顧客への手紙や新聞広告などを介して、会社としての姿勢を示していくことで、徐々に組織文化が変わっていきました。

また、人事部門では「(1)残業時間や有給休暇の取得状況を定期的に把握し、(2)経営的な意思決定(人材戦略)として、(3)改善の追加施策と新たなKPIを設定し、(4)その結果を社内外に公表して共有」してきましたが、このプロセスはまさに人的資本経営のやり方であると思いました。そしてこのような対応が、働き方改革を持続可能で効果的なものにしたと考えています。

働き方改革への取り組みで整備した内容

松井

取り組みで大変だった点はどこにあったのでしょうか。

松崎さん

先ほどお伝えした社員の意識改革や組織文化を変えることが困難でした。売上利益が低下する懸念や、業界内ではまだまだ残業することが一般的な時代でしたから、働く時間が短くなることで成長機会が奪われるのではないかといった反応もありました。

また、優秀な技術者が難しい仕事を一人で抱え込むことも課題でしたが、働き方改革の必要性を納得したうえで、仕事の捉え方や進め方自体を変える必要があります。この点は現場の方々の協力や粘り強い活動のなかで進んできたといえます。

SCSK社の働き方改善に向けた施策の一例

経営陣のリーダーシップと人事のフォローアップで理解が深耕

松井

具体的にはどのような施策を実施したのでしょうか。

松崎さん

まず、経営陣がリーダーシップを発揮して、働き方改革の重要性を伝えました。具体的には、経営会議で月に2回、KPIに関する状況(残業時間と有給休暇の取得状況)を報告し、その内容を社内ポータルで共有しました。

また、状況に応じて現場をフォローアップすることで、社員が経営陣のメッセージをダイレクトに感じられ、かつ前向きに推進できる体制を構築しました。これにより社員の働き方改革への理解が深まり、意識改革の醸成につながったと感じています。

次に、働き方改革に関わる全社員が、自分たちの意見やアイデアを持ち寄り、参画しました。これによって、社員たちの働き方改革に対する抵抗感を減らし、そして自ら考えて、自律的に働き方を変えるきっかけにもなりました。

開始2年目でKPIを達成。さらなる改善に着手

松崎さん

こうした取り組みを通じて、開始2年目にはKPIを達成できたので、新たなKPIを追加しながらさらなる改善を目指しました。

追加したKPIの1つは「自らを高める時間を増やす」ことです。これは効率化によって創出された時間を利用して、社員の成長の促進を目的としています。

施策としては、技術習得やビジネス知識などの社内研修やeラーニングの受講時間を組織別に集計し、可視化して全社で共有しました。また、社員の自己研鑽を支援する仕組みとして、全社員を対象に2019年に学び手当を新設しました。

「スマートワークチャレンジ」の構造

松井

なるほど、そういった形で困難を乗り越えて実現を図ってきたのですね。KPI設定と定期的なモニタリング・施策実施は、仰るとおり人的資本経営の一環の活動だと思いました。

内容のなかで、とくに女性活躍やダイバーシティとの関わりについてはいかがでしょうか? 

松崎さん

今まで申し上げたすべての取り組みは、ダイバーシティの施策にも関連しています。SCSKのスマートワークチャレンジは、女性の活躍推進にもつながっています。働き方改革を通じて、全社員にとって働きやすい環境を整備することは、特に女性のキャリア形成や活躍にも貢献できます。

取り組み(1):リモートワーク・フレックスタイム制度による柔軟な働き方の実現

松崎さん

そのためにまず取り組んだのは、柔軟な働き方を可能にしたことです。

たとえば、リモートワークやフレックスタイム制度の導入により、育児や介護などの家庭や私生活と両立しやすくなり、誰もがキャリアを継続しやすくなります。これによって、女性社員の組織内での活躍の機会が増えるでしょう。

取り組み(2):健康的に働ける環境の整備

松崎さん

2つ目は、残業削減によって、すべての社員が健康的に働ける環境を整えられたことです。

取り組み(3):評価内容の変更

松崎さん

3つ目は、所定時間内で効率的に業務を進めて成果を出すことが評価されるようになったことです。このことで、育児などを理由に残業ができない社員も、安心して働けるようになりました。いずれの環境整備も女性社員に限った話ではありませんが、誰もが働きやすい環境を整えることで、女性活躍推進の一助になったと思います。

取り組み(4):スキルアップ・育成プログラムによる女性社員のキャリアアップ支援

松崎さん

また、スキルアップや育成プログラムを提供し、女性社員のキャリアアップを支援しました。これにより、女性社員が管理職になることや専門分野で活躍する機会の増加が期待できます。

女性社員が働きやすい環境を整え、活躍の場を広がっていると思います。

日本経済新聞に広告を出稿するなど、広くステークホルダーへの告知も実施した

松井

ありがとうございます。現在の人的資本経営において、より徹底される前提となる、働き方改革とその中心的な取り組みであるスマートワークチャレンジについて大変よくわかりました。

さらに、女性活躍推進やダイバーシティ施策とのつながりもよく理解できました。次回は、さらに人的資本経営との関係性についてお話しできればと思います。

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