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「なぜリーダーに手を挙げない?」は的外れな問い。DEIB推進のためのカルチャーチェンジ

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目次

人的資本経営には、DEIB(Diversity, Equity, Inclusion, Belonging)の実現が欠かせません。しかしDEIBの推進にはさまざまな壁があり、一筋縄ではいかないのも事実です。
今回は、クレディセゾン、カルビーなど多くの企業でCHROを務めた武田 雅子さんにお話を伺いました。長年女性活躍支援に携わり、ご自身も豊富なリーダー経験をもつ武田さんと、DEIBの推進のあり方を女性活躍を起点に紐解いていきます。

※SmartHRでは日々組織づくりに取り組む経営層のみなさまを対象に、ユニークなスピーカーを招いた少人数制のオフライン交流会を定期的に開催しています。本記事は2025年4月18日の講演内容をもとに制作しています。

登壇者紹介武田 雅子 氏

株式会社ZENTech 取締役

1989年株式会社クレディセゾン入社、現場感覚を大切にするマネジメントスタイルで戦略人事や営業現場の風土改革を推進。2014年に人事担当取締役、2016年からは営業推進事業部担当役員として現場の風土改革を推進。2018年カルビー株式会社に入社、2019年よりCHRO常務執行役員として、コロナ禍における働き方改革や自律型人財の育成を手掛ける。2023年株式会社メンバーズCHRO、専務執行役員。急拡大する組織においてマネジメントの強化や社員のキャリア自律を支援。2024年10月よりZENTech 取締役に就任。

企業を取り巻く人的資本の課題

女性役職者は本当に増えている?

日本における就労者に占める女性の割合は約45%と、決して低くはありません。女性役職者比率は約13%と依然低い水準※1ですが、TOPIX100を構成する大手企業の女性役職者比率は2013年からの10年で3.1%から16.9%※2まで上がりました。プライム市場上場企業のうち「女性役員が1割以下」の会社も、同期間で84%から13%まで減っています。グローバル水準ではまだまだではあるものの、日本も女性活躍推進をがんばってきたと言えるでしょう。

※1:独立行政法人労働政策研究・研修機構 『データブック国際労働比較2024 』.「就業者及び管理職に占める女性の割合」
※2:内閣府男女共同参画局「女性役員情報サイト 上場企業における女性役員の状況」

我が国の女性役員比率の推移グラフ 2013から2023まで

出典:内閣府男女共同参画局「女性役員情報サイト 上場企業における女性役員の状況」

しかし、増加した女性役職者比率の内訳を見ると、弁護士や大学教授といった専門家がほとんどです。取締役のうち複数社兼務の取締役が占める割合でも、女性の割合は男性の約2.4倍にものぼります。女性の役職者が増えているとはいえ、社内で育てるといった理想形にはほど遠く、外部の専門家の力を借りているのが実情です。

男女別の役員人数比較グラフ

出典:日本総研「取締役会のジェンダーバランス調査(2024年度版)」

女性の昇進しやすさは、男性の4分の1の水準

「男女の役職登用の格差はなくなってきているのでは?」と思う方もいるかもしれません。しかし、その根拠となっている多くが「役職全体に占める女性の割合」に関するデータです。男女別の登用割合を見ると、男性1人に対して女性は0.37人しか管理職に登用されていません※3。女性が男性と同じくらい役職に就く機会を得られているとは、必ずしも言えないのが現状です。

役職者への女性登用比

役職者への女性登用比
出典:毎日新聞「女性の昇進しやすさは男性の4分の1 管理職登用に壁 毎日新聞調査」(2025/3/10)
※3:企業の男女昇進格差について、毎日新聞が全国の2083社を分析した結果

女性リーダーはなぜ増えないのか

「オールド・ボーイズ・ルール」の壁

「なぜ女性役員が増えないのか」を問う調査で最も多かった回答が「男性中心の組織文化や人間関係」でした。これは、組織に根強く残る「オールド・ボーイズ・ルール※4」の影響が大きいと指摘されています。
2位以降は「家事や育児の負担が女性に偏りがちな社会構造」「女性に成長の機会が十分与えられていない」「女性本人の自分に対する自信のなさ」と続き、社会や会社内における、女性がリーダーになるのを阻むボトルネックの存在が明らかになりました。

※4:企業や組織内で男性を中心に培われてきた「オールド・ボーイズ・ネットワーク」の一部で、明文化されていない暗黙のルールや慣習を指す。

自分の成長に何が役立ったか、何が女性社内役員の登用を阻んでいるかの調査をもとにしたグラフ

出典:日本経済新聞「女性役員、生え抜きは1.5倍に 日経・プロネッド共同調査 男性中心風土には戸惑い」

また、「職場において男性と女性のどちらが優位だと思うか」という調査では、女性が「女性が優位」と回答する割合は年代を問わず少ないことがわかりました。これに対して、男性は年代を問わず女性よりも「職場は男女平等だ」と考えている人が多かったのです。この認識の男女差は15〜20%もあります。
男性が無意識のうちに現状の不平等を認識できていない、あるいは過大評価している、いわゆるアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)の存在を示し得る結果と言えるでしょう。こうした認識の差が、女性リーダーが増えない一因かもしれません。

男性は女性より職場は「男女平等だ」と考えている割合が多いと言う調査結果のグラフ

出典:日本経済新聞「『職場は男女平等』男性は割合高く、認識に溝 日経調査」
株式会社インテージによる調査。全国の20〜60代の男女正社員1082人から回答。2025年1月28〜30日オンラインで実施。

“選ばれる会社になるため”の「人的資本経営」事例集

男性のキャリアは「はしご型」、女性のキャリアは「ジャングルジム型」

「リーダーになりたいなら手を挙げないと」は的外れ

「障壁があるにせよ、女性もリーダーになりたいなら手を挙げればいいのに」ここまでの話を聞いて、そう思う方もいらっしゃるかもしれません。でも実は、手を挙げさせること自体が「オールド・ボーイズ・ルール」なのです。

男性のキャリアは「はしご型」だと思っています。「課長をやってみないか?」と言われた場合、多くの男性は断りづらく、キャリアのために受けるというプレッシャーがあるように感じます。はしごが降りてきたら登るという、暗黙のルールがあるのではないでしょうか。

一方、女性のキャリアは「ジャングルジム型」です。それも、ロープのジャングルジムです。目標を決めて登りはじめても、途中で出産や育児、介護、夫の転勤など突発的な出来事が起きた際に、方向転換を迫られやすい。
ロープのジャングルジムにたとえるのは、自分が動いたときに全体のバランスや周囲の状況にも影響がおよび、思うように進めなくなることがあるからです。登るスピードがゆっくりになったり、ルートそのものが変わってしまったりする。それくらい、女性のキャリアは複雑だと思っています。

登壇中の武田さん

望むと望まざるとに関わらず、女性は男性よりもキャリアの選択肢が多いと言えるでしょう。正社員として入社してもある時期から時短勤務で働くかもしれないし、契約社員や派遣社員として働くかもしれません。「ひたすら上を目指す一本道」ではなく、常に複数の選択肢が同時に存在し、選び続けなければならないのです。

一人ひとりが異なる背景や事情を抱え、多様なキャリアを選ぶ必要があるなか「なぜ上に登らないのか?(リーダーになりたいと手を挙げないのか)」という画一的な問いかけは、個々の複雑な背景を考慮に入れていないナンセンスなものとして響いてしまいます。

リーダーに登用したいなら「なぜ今なのか」「なぜあなたなのか」を伝えるべき

女性や若者のように選択肢がたくさんある人にリーダーになってもらうには「なぜ今なのか」「なぜあなたなのか」をしっかりと伝えなければなりません。彼女らは仕事の内容や処遇だけを理由にリーダーになろうとは思わないからです。「あなたのこういうところが、会社のこのシーンに必要だから」というレベルまで、しっかりと説明する必要があると思います。

女性リーダーの存在自体が、変化を促す“触媒”になる

実は私も、リーダー登用の打診をこれまでに2回断っているんです。39歳で人事部長に登用されたとき、当時の部長は「当社史上最年少、女性初の人事部長だぞ。すごいじゃないか」と言ってくださいました。しかし、内示を聞いたとたん私の目からは涙が溢れました。自分が人事部長の仕事をやり遂げられるとは、どうしても思えなかったからです。

その後46歳のときに取締役への登用を打診されたときは、さらに強く拒否しました。毎晩のように接待をし、土日はゴルフや出張の準備でプライベートがない。そうした「オールド・ボーイズ・ルール」のなかで働くのが、嫌で嫌でたまらなかったんです。そう強く思った私ははっきりと断りました。

私が取締役の登用を断ったという話をすると、当時私がメンターのように慕っていた社外の先輩女性にこう言われました。

「限界というなら、これ以上何もしなくていいのですよ。だけど、あなたがその席に座るだけで、間違いなく他の男性陣のたたずまいが変わる。だからあなたは絶対に、その打診を受けるべきだと思うの」

私はハッとしました。彼女の言葉は「たたずまいそのものが場をリードする」ことを教えてくれたのです。
同質化して馴染むのではなく、私がありのままでいること。女性としての視点や価値観をもったまま役員になることが、変化を促す“触媒”になるのだと気づきました。

女性リーダーが大切にすべきなのは、自分の存在やたたずまいそのものが、周囲に影響を与える力を信じること。そして、あえて「異物」であり続ける覚悟をもつこと。
この気づきは、私のキャリア形成において非常に大きな出来事でしたこうして背中を押された私は、登用打診の翌年に取締役になったのです。

登壇中の武田さん

これからは「ロールモデル」より「パーツモデル」の時代

ダイバーシティを他人事にしていませんか?

こうした経験から、私が最近DEIB推進に取り組むうえで大切だと考えている視点は4つあります。

1つ目は、「誰もが多様性を構成する一員である」です。「多様性って大事だよね」「うちの会社はダイバーシティを尊重してるんだよ」―こうした言葉には、多様性やダイバーシティを「自分の外側にあるもの」として捉えているニュアンスが感じられます。
でも、本当にそうでしょうか。今マジョリティ側にいる人も、環境や立場、視点が少し変わればマイノリティになりうるはずです。自分自身が多様性を構成している――そのことをまず自覚しましょう。組織における自分の存在意義や役割を見つめ直すきっかけになるはずです。

2つ目は、完璧なロールモデルは存在しない」です。特に女性は「この人のすべてに共感できる」という存在を見つけるのが難しいかもしれません。この部分はAさん、この部分はBさんの考え方を取り入れる、そんな「パーツモデル」のほうが、今の時代にフィットするのではないでしょうか。パーツモデルは男性でも女性でもいいし、アニメのキャラクターでもいいんですよ。いろいろなパーツをコレクションする力を身につけることが大切だと思います。

登壇中の武田さん

感情を扱えるリーダーへ──オールドボーイズ世代の再評価

3つ目は、「『オールド・ボーイズ・ルール』が生まれた背景を再考しよう」です。何かとオールド・ボーイズ的な価値観は時代にそぐわないものとして語られがちです。しかし、かつてその価値観が組織を安定的に機能させてきた時代があったことも事実です。ただ昇進や出世の階段を登ることが唯一の選択肢だったとしたら、もしかすると当時の男性陣にとって、それはそれで息苦しさもあったの出ないでしょうか?彼ら自身もまた、知らず知らずのうちに「時代の枠組み」に縛られていたのかもしれません。

そうした世代の方々を見ていると「感情を出すのが苦手な方が多い」と感じます。おそらく「仕事に感情を持ち込むな」といったまさに滅私奉公という価値観を長年すり込まれてきた結果ではないでしょうか。
しかし今、職場において「感情を扱うこと」はマネジメント力の一部として見直されつつあります。オールドボーイズ世代が感情面での自己理解や対話力を高めていけば、組織全体がより人的資本を活かせる環境になると感じています。

マジョリティがもつ特権を自覚し、意識的に配慮を

4つ目は「マジョリティがもつ特権を自覚すること」です。マイノリティ側に「がんばれ」とエールを送るだけでなく、マジョリティ側も変わらなくてはいけません。

日常の場面や特定の状況下では、私たちは誰しも、ある場面ではマイノリティであり、別の場面ではマジョリティにもなる経験をします。これは社会の構造によって特定の属性をもつ人々に与えられる特権とは区別されるべきです。ただ他者の立場を想像し、よりよい関係を築くうえでは役立つかもしれません。

今の時代「オールド・ボーイズ」も一時的にマイノリティ側の存在となる場面もあると言えるでしょう。もちろん、これは彼らが歴史的・構造的に有している特権がなくなるという意味ではありません。ですが、私自身を振り返ったとき、特定の状況においてはオールドボーイズに対して必要以上に厳しく接していた場面があったかもしれません。もっと歩み寄れば、みんなで腹を割って話せたかもしれないと思うこともあります。

大切なのは、自分がどの文脈でマジョリティであるのか自覚し、自らが無意識のうちに享受している特権や状況的な優位性に気づき、意識的に譲歩や配慮することです。そうした視点が、多様性を「他人事」ではなく「自分ごと」として捉える第一歩になるのではないでしょうか。

DEIBはファッションではなく生存戦略

DEIBは企業の生存戦略であり、全員が活躍するためのHRマネジメントです。「DEIBに取り組んでいればカッコいい」というファッション感覚で実践するものではありません。本質的に組織力を高める取り組みであるべきです。

問われているのは、一人ひとりがもつ人的資本をいかに気持ちよく差し出してもらえるか。そのために、組織は何を変えていかなければならないのか、なのです。「まだまだがんばれますよ」という伸びしろがある人材は、組織のなかにたくさんいるはずです。こうした人材をいかに見つけ出し、組織の力に変えていくか──。今、改めて組織全体で考えるべきテーマではないでしょうか。

登壇中の武田さん

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