歴史ある企業はどのようにDXを実現するのか。事業成長の「次の一手」に向けた人事労務部門の取り組み
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目次
明治38年に日本初の旅行会社として創業した株式会社日本旅行は、代表ブランドである「赤い風船」などを通じて、100年以上の長きに渡り人々に旅する喜びを届けてきました。
同社では、コロナ禍によって打撃を受けた旅行業とは異なる「ソリューション事業」を展開。そして今、次のステージへ進むことを目指して、中期経営計画ではDX(デジタル・トランスフォーメーション)の推進を掲げています。
同社のDXを担う「DX推進本部」では業務の効率化にも取り組んでおり、その一環として人事労務部門にてSmartHRを導入。従業員サーベイ機能を皮切りに、人事から労務へと活用の幅を広げています。
100年以上の歴史を誇る企業は、窮地を経てどのように変革の狼煙を上げたのか。そのなかで、人事労務部門が果たそうとする役割と施策立案や戦略実行のポイントとはなにか。
DX推進本部・デジタルイノベーション推進部に所属し、総務人事部のマネージャーを兼務する三宅佳広さん、総務人事部のマネージャーを務める佐野武弘さんに、お話を伺いました。
- 三宅 佳広 さん
株式会社日本旅行 DX推進本部・デジタルイノベーション推進部 マネージャー/総務人事部 マネージャー
- 佐野 武弘 さん
株式会社日本旅行 総務人事部 マネージャー
窮地からの反転攻勢。「次の一手」に向けDXが必要不可欠に
従業員一人ひとりの諦めない姿勢が新規事業へとつながった
御社の「ソリューション事業」は、コロナ禍を経て旅行事業と並ぶ柱になったと伺いました。事業立ち上げの背景について教えてください。
三宅さん
「人の移動が制限される」ということは、旅行業にとって文字どおり死活問題です。
当時、私は営業部門に在籍しており、ニュースで第一報を耳にしたのは米国出張中でした。まさか、それが最後の海外出張になるとは夢にも思っていませんでした。
社内外問わず、旅行業に対する多くの悲観的な声が聞こえていましたが、世界中のあらゆる事業者も同じ状況のなかで、自分たちだけ下を向くわけにはいきません。旅行が売れないので体温測定器を売るなど、生き残る方法をとにかく模索する日々でした。
そのような状況下で生まれたのが「ソリューション事業」です。
旅行会社が提供する価値の本質は、交通、宿泊、施設などを「手配する」ことです。多くのソリューション事業は、団体旅行の手配とほぼ同じようなことであるということに気が付きました。
「旅行業の老舗として自分たちが培ってきたノウハウ」を活用し、自治体や教育機関、そして一般の法人企業まで、さまざまなお客さまの課題を解決する。現場の一人ひとりが諦めずに模索し続けた結果が、旅行業という枠を超えた新しい事業へとつながりました。
2023年に新型コロナが第5類へと移行し、もともとの主業であるツーリズム事業やインバウンド事業への需要はコロナ禍以前の水準に戻りつつあります。それらに比肩できるレベルにソリューション事業も成長しています。
企業の持続的な成長には「データの活用」が不可欠だった
御社は中期経営計画で「DX推進」を掲げられています。窮地のなか、どのようにDXの機運は高まっていったのでしょうか。
佐野さん
旅行業は伝統産業であり、また当社は社歴が長いこともあって、現在までアナログな業務が多く残っていました。そこでコロナ禍以前から、中期経営計画ではDX推進を掲げて変革を目指してきました。
コロナ禍で一時的に足踏みしたものの、リモートワークなど新たな生活様式への対応とソリューション事業の成長、そして、近年の「多様な働き方」を推進する動きに後押しされて、DXの動きが再加速しています。
三宅さん
多様な働き方を進めるうえで、業務のペーパーレス化やデジタル化は避けて通れません。
たとえば、リモートワークを滞りなく運用するために、今まで紙で配付していた給与明細を自宅でもスマートフォンから見られるようにしよう、といった具合です。
また、ソリューション事業のような「次の一手」を打ち続けるためには、データの活用が必須であると考えています。
データの活用が必須だとお考えなのは、どのような理由ですか?
佐野さん
旅行業は伝統産業であるため、従来は「蓄積された経験にもとづいて物事を判断する」ことが勝ち筋を見いだす最善の方法でした。
しかし、現代は「多様性」という言葉が広がっており、旅行業もその例外ではありません。多様化し続けるお客さまのニーズに応えるには新しい発想が必要です。
そのためには、過去の経験則で話をするのではなく、可視化されたデータにもとづいて未来を語ることが非常に重要だと思っています。
当社のソリューション事業が旅行業に次ぐ事業として成長したことは、まさに新しい発想が必要だという証拠だと思います。そこにデータの活用が加わることで、さらに次のステージへと進めるのではないかと考えています。
三宅さん
私のミッションの1つである新規事業創出は、まさに「過去の経験だけでは測れない新しいこと」への挑戦です。
データを活用できるようになれば、「研修履歴や保有スキルのデータをもとに必要な社員を選抜し、新規事業の成功確率を上げる」といったことも可能になると考えています。
会社の持続的発展のためには、主業である旅行業、次の柱となったソリューション事業とは別の、さらに次の柱となるものを探し続けなければなりません。そのために必要な武器がデータの活用なのです。
会社全体のDXが加速するなかで、人事労務部門にはどのような動きが期待されていますか?
三宅さん
昨今は企業経営において「人的資本経営」が重要なキーワードとなっており、経営がもっと人事データを活用できる体制を整えることは急務です。
ただ、人事労務のDXは会社より「DXはすべての従業員にとって有益であるように」と常々言われています。
人事労務はすべての従業員に関わるものです。たとえば、新たにツールを導入するにしても、デジタルリテラシーが高い人だけが便利になるのではなく、誰もが便利になるものでなければなりません。
「ペーパーレス化だ、デジタル化だ」とこちらの都合だけで推し進めず、すべての従業員にとって有益となることを前提にしてDXを進めることが、人事労務部門においては肝要だと考えています。
多様な働き方の実現に向け、人事労務のデジタル化を推進
業務の網羅性と使いやすさ、そしてサポート体制が導入の決め手になった
人事労務部門のDX推進において、新たに人事労務システムの導入を検討した背景を教えてください。
佐野さん
導入を検討した理由は、大きく分けて3つです。
1つ目は、既存システムの老朽化です。2000年代はじめに自社開発した人事システムを部分的に改修しながら利用していますが、徐々に運用面・保守面で対応できない事が増えてきました。
2つ目は、人事労務分野では、複数のシステムを目的毎にバラバラに導入していたことです。勤務管理システムや給与システムなど、いくつかのシステムを利用していましたが、それらは一部システムでは自動連携しておらず非効率でした。
そして、3つ目は、先ほどから述べているように業務のデジタル化推進です。人事労務も多くの業務が紙や表計算ソフトで運用していました。たとえば、給与明細も紙でしたので印刷と配布だけで大きな手間がかかっていたのです。
ただ、単独の業務だけ新たにシステムを導入すると、2つ目の課題である「複数のシステムがバラバラに運用されている」という状況に拍車をかけてしまいます。
単独業務ではなく、「人事労務全体の業務を網羅できるものがよいのでは」という話になり、システムの導入検討がスタートしました。
SmartHR導入の決め手はどこにありましたか?
三宅さん
SmartHRも含めて7〜8つのプロダクトを比較しました。最終的には、業務の網羅性が高いこと、従業員にとって使いやすいこと、そして、長く付き合えるパートナーであることが決め手となりました。
佐野さん
各業務の担当者に聞いてみると「給与明細はこれがよい」「人事評価はこれがよい」というように意見が分かれました。
しかし、個別最適で選んでしまうと1つのツールではまかないきれず、結局いくつものツールを導入することになってしまいます。全体最適を目指すために、すべての業務をバランスよく網羅できることは重要でした。
また、SmartHRのサポートの手厚さも大きな決め手だったと思います。ちょうど、今日の午前中もカスタマーサクセスの方とミーティングをしていました。これだけ伴走してもらえるプロダクトは、なかなかないと思います。
三宅さん
分からないことがあれば、どんどんサポートに質問させてもらっています。私は人事労務の専門家ではないので、知識面はSmartHRさんのサポートに頼りきりです。
チャットセンターの存在も大きいですね。「カスタマーサクセスの方に、こんな小さなことを質問していいのかな」と気が引けてしまうようなことでも、チャットなら良い意味で距離感があり気軽に質問しやすいです。
佐野さん
ツールを使う側にとっては、一度ツールを導入したら少なくとも数年間は使い続けることになります。そのため、「ツールを提供している会社はパートナーとして長いお付き合いができるか」という視点は重要だと考えています。
全従業員が使うシステムだからこそ丁寧な導入を意識する
従業員側の視点から、新しいツールを導入する際に気を付けていることがあると伺いました。
三宅さん
なにか新しいものごとを始める際には、プラスの作用だけでなく、必ずどこかでマイナスの作用も生じます。マイナス方向に向かおうとする作用をいかに小さくできるかということを常に意識していました。
私がいち従業員として過去の経験を振り返ると、ツール導入の際には社内ポータルで利用開始日とマニュアルがポンと送られてきて、同僚と「これはなんだ?」「またなにか変わるらしい」と話しながら忙しい業務の合間に初期設定をする、ということが当たり前でした。
管理側視点では入念な準備をしていたとしても、従業員視点で見ると唐突な印象を受けるし、なぜ導入するのか目的もよく分からない。これでは、マイナスの作用は起こりやすくなります。
加えて、最近はDXの文脈で新しいツールがどんどん導入され、従業員にとっては導入過多の状態であり、マイナス方向へ引っ張られやすい状況でもありました。
人事労務システムは従業員にとってもなくてはならないものです。最初に悪い印象を与えないよう、とくに丁寧な導入が必要だと考えていました。
具体的には、どのように導入を進めましたか?
三宅さん
導入の数か月前から準備の期間を設け、少しずつ情報を届けるようにしました。
私は、ツール導入とは「テレビドラマのプロモーション」のようなものだと思っています。テレビドラマはある日いきなり始まったりしないですよね。予告編が出て、どんな物語なのか少しずつ明らかになり、視聴者の期待を高めてからいよいよ放送、という順番です。
新しいツールを導入する際にも、社員に対して事前のプロモーションをした方がマイナスの作用を小さくできると考えました。
具体的には、SmartHRはその年の夏に利用開始予定でしたので、5〜6月頃からプロモーションを始めました。
「まずはアカウント登録から始めます」「夏から○○の機能で利用します」と社内ポータルで段階的に告知。同時にSmartHRに用意されていたテンプレートを使って社内掲示用のポスターを作成したり、動画を作って実際の画面を紹介したりもしました。
また、従業員へ配布したマニュアルも、テンプレートをカスタマイズして使いました。たとえば、特定のIPアドレスから接続する必要がある場合に「そもそも“IPアドレスとはなにか”から解説する」といった具合です。リテラシや年齢層を問わず、誰でもわかるようなマニュアルを目指しました。
社内プロモーション活動の効果はいかがでしたか?
三宅さん
「設定方法が分からないので教えて欲しい」という問い合わせはありましたが、「変な通知メールが届いたが迷惑メールですか?」というような、そもそもSmartHRとはなにか分からないという類いの問い合わせはなかったです。
最初のアカウント登録も、想像よりもスムーズに進んだ印象があります。
200拠点とのやり取りがゼロに。「情報の中継役」を担う従業員の業務負荷を軽減
「丁寧な導入」を意識し、利用する機能を段階的に拡大
SmartHR導入の第一歩として、従業員サーベイ機能から使い始めた理由を教えてください。
佐野さん
従業員にSmartHRに慣れてもらうため、最初は「従来とはやり方をガラッと変える」より「既存のやり方をそのままSmartHRに載せ替える」方が良いと考えました。
当社では年に一度、今後の希望する職務や、取得資格などを従業員から自己申告してもらっており、従来は表計算ソフトで申告書を作成、PDF化して本社へ提出してもらっていました。それをSmartHRの従業員サーベイ機能を使って提出してもらうことにしたのです。
また、人員配置時の検討材料にするため、資格の管理についてはスキル管理機能の活用も検討しております。
従業員の方からはどのような反応がありましたか?
佐野さん
「既存のやり方をそのまま載せ替えた」ということもあり、従業員サーベイ機能では再現しづらい部分があったため、「わざわざ新しいツールを使う理由はあるのか」という声も一部にはありました。
一方で、各拠点の管理職や駐在の人事担当者からは、「集計や保管が楽になった」「回収書類のチェックや、本社へ送付する手間がなくなった」などのポジティブな反応も多く寄せられました。
佐野さん
また、回収状況の進捗管理はとても楽になりました。表計算ソフトで運用していたときは、対象者のリストを別途作成し、進捗状況チェックして未提出の人には上長経由で催促してもらう、というやり方でした。
従業員サーベイ機能ならこちらから直接本人へリマインドを送れますので、情報の中継役となっている従業員の負担を大きく軽減できていると思います。
三宅さん
ツールに限ったことではありませんが、なにか新しいことを始める際に、従業員の100%が賛同してくれることはありません。もちろん全体最適は目指すのですが、「100%にならないことを前提に95%くらいを目指す」ような感覚です。
大切なことは、ネガティブなフィードバックがあったとしても「元には戻さない」という覚悟を決めることです。元に戻すことを認めたら、せっかく前に進もうとしている動きを止めてしまうことになります。
「これからの時代、こういうツールも使いこなさなければならない」という覚悟で従業員にも慣れてもらうしかありません。人間は、一度慣れてしまえばそれが段々と普通になっていくものです。
従業員からのさまざまなフィードバックは真摯に受け止めつつ、一方では、多少の無理をお願いしてでも進めるべきところは進めて行く姿勢も重要だと思います。
SmartHRで「人」の情報をつなぎ、戦略的人事の実現を目指す
今後、SmartHRの活用をどのように進めていくご予定ですか?
佐野さん
当社は人事系の機能から利用を始めましたが、SmartHRの一番の強みは「労務領域で蓄積したデータを人事領域で活用できること」だと思いますので、今後は労務領域での活用も進めていきたいと考えています。
今年度はこの夏に給与明細を実装し、年末調整についても鋭意準備を進めています。2024年度からSmartHRに切り替えを推進しています。
今後はさらに利用する機能を広げ、人事労務に関するあらゆる情報をSmartHRへ集約・分析できる体制を整えたいです。そうすることで社内業務はもちろん、行政への提出資料作成なども効率化できると期待しています。
三宅さん
最終的には、会社の「人」に関する情報がすべてSmartHRとつながっていることが理想です。
現在は人員配置を現場からの要望をベースに検討することが多いです。SmartHRに情報を集約・分析できるようになれば、現場から要望が上がった際に、人事からも有効なアドバイスができるのではと考えています。
現場から人員補充の要望があった際に、その拠点の収益と年間の労働時間とをかけ合わせて、1人当たりの生産性を算出する。その結果、「人が足りない」という要望に対して人員を増やす以外の解決策を提示できるようになるかもしれません。
また、人事側でタレントマネジメントができるようになれば、「この人にはこういうポテンシャルがあるから、こういうキャリアプランを描いてもらいたい」という戦略を立てて現場と異動の調整ができるようにもなります。
このような戦略的人事を実行すれば、日本旅行はさらなる進化を遂げられると考えています。そのための武器の1つがSmartHRです。
これまで、紙や表計算ソフトをSaaSに置き換え、業務効率化を進めてきました。それはDXの土壌を整えるために必要なことですが、あくまでデジタル化(デジタライゼーション)であって、デジタルによる変革(トランスフォーメーション)ではありません。
人事データを主軸にした経営・販売データとの掛け合わせにより、経営戦略と人事上の適材適所やキャリアプランを実現。人的資本経営によって新たな価値創造を具現化する、そこを目指していきます。人事データを基軸とした社内データの活用が、社員の幸せと企業の発展双方に寄与する、この思想がベースです。それこそが、私たち人事労務部門に求められている役割だと考えています。
執筆:藤森 融和
撮影:矢野 拓実