「3ステップで考える!“人的資本の開示”実践型ワークショップ」【セミナーレポート】
- 公開日
この記事でわかること
- 人的資本開示の進め方
- 自社の開示ストーリー構築に必要な要素
目次
2023年6月から義務化された、人的資本の開示。「自社でも取り組みたいけれど、何からはじめればいいかわからない」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。そんな担当者さんの声にお応えして、SmartHRとPeople Trees合同会社は、自社ならではの開示ストーリーを構築できる「3ステップで考える!“人的資本の開示”実践型ワークショップ」を開催しました。
講師は人事コンサルティングを手がけるPeople Trees合同会社の中谷 真紀子さん。本記事では3つのステップに沿って講義とワークをくり返す当日の流れを、そのままレポートしました。
現在、開示義務は大手企業が中心となっていますが、中小企業にも積極的な開示が任意で求められるなど、今後開示の動きが広がっていくと考えられています。さまざまな企業規模の方にご参加いただいたワークショップをぜひ自社の開示ストーリーの構築にお役立てください。
People Trees合同会社 Co-Founder & COO 最高執行責任者
一橋大学卒業後、リクルート入社。人事部門において採用・育成・人事企画・組織開発領域に従事し、ワークス研究所を兼任。江崎グリコに転じ、人事及び経営企画にて採用、人材開発、エンゲージメント向上、DE&I、CSR、働き方改革等を推進。二度の産休を取得。リクルートHDに戻り、Employee Experienceを起点とした企業理念の浸透やエンゲージメント向上に従事。在職中にPeople Trees合同会社を共同創業。その後、大手製薬メーカーにてグローバルのタレントマネジメント責任者を務めた後、2021年4月より独立。人的資本経営の実現に向けた人事体制の構築、経営理念の浸透、タレントマネジメント・人材育成・DE&I推進など、経営と従業員を繋ぐ仕組み作りが強み。ISO 30414リードコンサルタント/アセッサー。
人事も経営議論に参加。人的資本開示で起きた明るい変化
コロナ禍が明けた今、企業の人手不足はいっそう深刻になっています。働く人の価値観も変わり、一度採用した人材もいつ会社を去ってしまうかわからない時代です。企業には働く人を魅了しつづけるマネジメントが、これまで以上に求められています。
そのために必要なのが、自社らしい組織づくりです。どのような理念にもとづき、どのような戦略をもち、働く人に対してどのような価値を提供しているのか。こうした自社の魅力を言語化し、複数の選択肢から選ばれる会社づくりへの取り組みが求められているのです。その一環として、「働く人をどう魅力づけていくか」を担う人的資本にも注目が集まるようになりました。
人材獲得競争が激化する現在、働く人を惹きつける組織づくりのために人的資本開示の重要性が増しているという中谷さん。しかし人的資本が注目される理由は、それだけではないと言います。
中谷さん
企業としても、経営理念を実現するためには、どのような人材が必要かを明確にしなければなりません。今の人事戦略が適切かどうかを見直すという観点から、人的資本に注目する経営層・人事担当者が増えています。こうした企業による「働く人の魅力づけ」は、国が推進するリスキリングにもつながります。人的資本はすべての人にとってのキーワードとなっているのです。
人的資本開示の義務化が発表されてからは、コーポレートガバナンスコードや人的資本可視化指針、人材版伊藤レポート、ISO30414といった開示のための基準を国や関連機関が相次いで公表したことで、今まで以上に注目が高まりました。一定のルールが敷かれたことで、より取り組みを進めやすくなったと思います。
企業の組織づくりのあり方を根本から問いなおす、人的資本開示。中谷さんは「開示をきっかけに、企業における人事組織の立ち位置にも変化があった」と言います。
中谷さん
「経営の議論に、なぜ人事部は入れてもらえないのか」と、会社員として経営企画部にいたときから、ずっと疑問に思っていました。事業戦略を立案するときに、「どのような組織や人でその戦略を実現するか」は、一番と言ってもよいほど大事なことだと思います。それなのに、人事担当者は蚊帳の外というケースが多くありました。昨今の人的資本開示の動きによって、今までの慣習が覆され、人事が経営の議論に参加できるようになったことは、非常によい変化だと思っています。
ステップ1:目指す人・組織像を描く
イベントは3〜4名程度のグループに分かれてのワークショップ形式。簡単な自己紹介のあと、さっそく専用シートを使ったワークがはじまりました。3ステップで自社の人的資本開示ストーリーを完成させる本ワークの最初のステップはどのような内容なのでしょうか。
中谷さん
ステップ1のテーマは「目指す人・組織の姿を描く」です。近年、人的資本開示の基準として、人的資本可視化指針やISO30414などが発表されています。これに沿ってKPIを設定し、開示を進めていけば十分だというご意見もあるでしょう。でも私は、その前の“ベースづくり”であるこのステップが非常に大切だと考えています。
会社には創業者の思いや企業理念があり、それを実現するために経営戦略や人事戦略があります。このつながりがないと、思わしい成果は得られません。目指す人・組織の姿を描くことは、企業理念や経営戦略と人事戦略とのつながりを再認識し、自社ならではの開示項目を設定するために必要不可欠なステップなのです。
人的資本開示は、経営戦略と根本となる企業理念につながっている。当たり前のようでいて、つい忘れがちな事実を思い出させてくれるのがこのステップです。「当社はもともと、この事業からはじまりました」「創業者がこのような思いをもっているのです」と、自社の原点に思いを馳せる声があがりました。
中谷さん
それでは、具体的なシートの記入方法をお伝えしましょう。まず中央上部の2つのピンクの枠に経営理念・企業理念やマテリアリティ(※)・経営戦略を書いてみてください。つぎにそこからつなげるような形で、目指す人材像を書いていきます。
たとえば、「改革」や「イノベーション」を理念に掲げる会社には「挑戦することが好きな人」「創造性の高い人」といった人材像があげられる一方で、「自社と直接関係がない専門技術をもっている人」はそこまで必要がないかもしれません。このように目指す会社の姿から求める人材像を明確化していくのが、このステップの目的です。(※ 企業や組織が優先して取り組んでいくべき重要課題のこと。)
中谷さん
ここで書いた要素が「EVP(従業員への提供価値)」になっていきます。これは「Employee Value Proposition」の頭文字を取ったもので、自社が従業員に何を提供できるかを言語化するための取り組みや考え方のことです。
どのような人がいる会社か。入社するとどのようなキャリアを歩めるか。風土・文化、職場環境、報酬はどうか。報酬には給与や手当などの金銭的な報酬もあれば、「おもしろい仕事ができる」「この会社で働いているとカッコよい」といった金銭以外の報酬もあるでしょう。ぜひさまざまな側面から自社の提供価値を考えてみてください。自社の魅力を従業員目線で考え、表現できるようになることが大切です。
記入時間はシーンと静まりかえり、皆さん真剣な眼差し。宙を見つめながら、自社の課題について考えをめぐらせる方もいらっしゃいました。
中谷さん
シートに書くのは、必ずしも今実現できていることでなくても大丈夫です。「こうあったらよいな」という、一歩進んだゴールもぜひ書いてみてください。人的資本開示の第一歩は、ゴールを定めること。そうすれば現状とのギャップが明確になり、ゴールまで向かう道筋が見えてきます。その道筋こそが、人事戦略になっていくのです。
シート記入後には、参加者の方々同士の意見交換タイムが設けられました。3〜4名ずつのグループに分かれ、シートを見せ合いながらディスカッション。「求める人材像は1つにしぼれないよね」「若手が管理職になりたいと言ってくれなくて……」といったリアルな声もあがりました。
中谷さん
価値観が多様化するなかで「当社の従業員はこのような人」と表現するのはなかなか難しいですよね。でも、だからこそ目指す人材像・会社像の共有が重要になるのです。さまざまな個性をもった人がいると、従来のように会社の価値観が「なんとなく」共有されていったりはしません。意識的に言語化したり議論したりして、前提の違いをすり合わせていく必要があるということです。
ステップ2:人事戦略を具体化する
会社の理念や求める人材像、自社が従業員に提供できる価値を記入しながら、目指すゴールと現状のギャップを認識したステップ1。つぎのステップでは、そのギャップを埋める具体的な人事戦略を考えるワークが実施されました。
中谷さん
ステップ2のテーマは「人事戦略を具体化する」です。前のステップでは、理想とする会社像・人材像が明らかになりました。つぎのステップでは、理想と現実とを比べて、差を埋めるための人事戦略を考えていきます。
ステップ1で書いた人材像をより具体的なイメージに落とし込み、課題を設定していきましょう。使うのは「課題のピラミッド」のシートです。まず、一番上の白い枠に経営理念、その下の緑の枠に人材戦略を書いて固定します。そして、ピンクの枠に環境整備や人材育成の課題を書いていきましょう。
中谷さん
このとき大切なのが、自社の理想と現状を深く理解することです。要素を移動させたり書き足したりしながら、細かく分析してみてください。そうすれば「理想を実現するために何が壁となるのか」がわかってきます。ぜひ時間をかけて議論し、適切な課題を設定してください。
課題がいくつか出てきたら、それを構造化して施策案につなげていきましょう。施策案は、一番下の白い枠に書いていきます。
人事戦略づくりという本題に突入し、ワークショップも佳境に入ります。シートを見つめて悩む方や何度も書き直す方、グループのメンバーや中谷さんと相談する方も見られ、皆さんの本気度の高さがうかがえました。
中谷さん
課題や問題点は沢山ありますが、それをバラバラに見ていくのではなく、その課題同士の関連性や優先順位を考えながら構造化していく事が大事です。そうすることで最終的に開示をしていくときの「スト―リー」や「方針」として大事なことが自ずと見えてくるのではないでしょうか。適切な課題を設定することで、有効な施策を間違えることなく打ち出していくことができるのです。
課題や施策の設定が終わったら、具体的な計画を立てていきます。各課題の着手時期や解決にかかる期間を見積もり、3年分ほどのロードマップを作ってみましょう。理想の人材像が働き方や施策に落とし込まれ、ロードマップになっていると、中長期の経営計画を立てるときにも便利です。
ステップ3:戦略にもとづくKGI/KPIを決める
最後のステップは、いよいよKGI/KPIの設定です。課題に合った指標を選ぶにはどうすればよいのか。何を基準に数値目標を決めるべきなのか。人事担当者が抱えやすい疑問に、中谷さんが答えてくださいました。
中谷さん
ステップ3のテーマは「戦略にもとづくKGI/KPIをを決める」です。これまでのステップでは経営理念を振り返り、自社の課題を見直しながら人事戦略を作ってきました。それを具体的な指標や数値に落とし込んでいきましょう。
十分にデータが蓄積されている企業であれば、さまざまな分析を重ねていくなかでどのような数値がどのような数値に効いているのかが少しずつ明らかになっているのではないでしょうか。ただ、そのデータをこれから集める段階の企業も多いのではないかと思います。
指標設定時に参考になるのが、開示の19項目や伊藤レポート、ISO30414といった国内外の基準です。すでに社内で追っている数値や既存のアンケート結果があれば、それを盛り込むのもよいでしょう。ポイントは、最初から完璧なものを設定しきろうと思わないことです。一度KGI/KPIを設定しても「本当にこれでよいのか?」という視点で議論を重ね、必要に応じて指標を入れ替えたり、前のステップに戻ったりしながら吟味してみてください。
中谷さん
指標が固まったら、いよいよ数値目標の設定です。「この数値が1年でどれくらい改善するか」を基準にして、翌年、5年後、10年後など、自社の経営計画において節目となる年の数値目標を書いてみてください。
この数値目標をどのくらいの難易度で設定するかで、実現可能性は大きく変わってきます。ステップ1で描いた理想の数値化だけでなく、これまでの実績から見た現実的な数値を設定してもよいでしょう。
今の段階では、シートを完全に埋められなくても構いません。このワークが目指すのは、人的資本開示の感覚をつかんでいただくこと。ざっくりとでも書けるところから書いてみて、流れを覚えましょう。
最終ステップともなると、皆さんもワークに慣れてきたのでしょうか。数値目標の設定という難しいテーマにもかかわらず、スラスラと書き進める方が多い印象でした。記入したKGI/KPIをグループ内で見せ合い、感想をシェアする姿も見られました。
中谷さん
今回体験していただいた3つのステップは、私たちがお客さまの人的資本開示を支援するときに使っているものです。このステップを経てから有価証券報告書などの資料を作成することで、その会社らしい人的資本開示が可能になります。作ったシートを自社に持ち帰って、ぜひ共有してみてください。
そして「自社の魅力をしっかり言語化できているか」「経営理念や人事戦略と紐づいた人的資本情報を開示できているか」という、大切な議論のきっかけにしていただければと思います。
「ユニークかつ説得力のある人的資本開示」を目指して
最後に中谷さんから、自社で人的資本開示を進めるときのポイントについて、改めてお話しがありました。
中谷さん
人的資本情報を開示するうえで重要なのは、「独自性」と「比較可能性」の2つだと言われています。独自性とは、自社ならではの開示ができているかという観点。今回の3ステップでは人事戦略づくりやKGI/ KPIの設定の前に「目指す人・組織の姿を描く」ステップを設けることで、自社らしい開示ストーリーづくりを実現できるようにしました。
一方で比較可能性とは、他社に引けを取らない情報を開示できているかという観点です。自社らしさばかりを追求していては、説得力に欠ける開示ストーリーになってしまいます。リスクマネジメントやコンプライアンスといった確実に押さえておきたい開示項目への配慮、他社との比較を交えた自社のユニークな魅力の提示が大切です。
人的資本開示が注目されている今、開示自体が目的化してしまう懸念もあります。KGI/KPIを設定して数値を追うのは、自社の将来を予測して改善していくためであって、数値達成が目的ではありません。開示作業は会社の未来のためにあることを、ぜひ今一度社内で共有していただきたいと思います。
参加者同士のコミュニケーションも活発に交わされた本イベント。ワークショップ終了後は軽食を楽しみながらの交流会が開催され、グループの垣根を超えて情報が交換されました。
会場後部には、実際にパソコンを操作しながらSmartHRの機能を試せる体験ブースもあり、人的資本開示に必須のデータ整理・分析について、検討する方もおられました。今後ますます広がっていくであろう人的資本開示の動き。今回ご紹介した3ステップを参考に、ぜひ自社に合った取り組みをはじめてみてください。