情熱とチャレンジが組織を作る。元ウォルト・ディズニー・ジャパン社長が語る「これからのリーダーシップ」【セミナーレポート】
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この記事でわかること
- 強い組織を作る3つのステップ
- マネジメントで大切な8つの価値観
- リーダーの役割
目次
会社をよくするために、リーダーはどうあるべきか。経営という答えのない難題を前に、すべての経営者がそう頭を悩ませていることでしょう。SmartHRではこうした経営層の皆さまを対象に、ユニークなスピーカーを招いた少人数制のオフライン交流会を定期的に開催しています。
今回のスピーカーは、世界的なエクセレントカンパニーであるウォルト・ディズニー・ジャパンで代表を経験したポール・キャンドランド氏。第一部の講演ではディズニーストアを日本に広めるために異例のアイデアを実現してきた同氏に、社員が生き生きと働く組織を作るリーダーシップのあり方を聞きました。
元ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社 代表取締役社長
約30年にわたり日本と米国において企業経営に従事し、事業成長を牽引。ペプシコ社での10年以上にわたる勤務を経て、ウォルト・ディズニー・カンパニーにて約20年間のキャリアを過ごす。ディズニー社では、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社の代表取締役社長を10年、ウォルト・ディズニー・アジアのプレジデント職を3年務め、その間日本およびアジア市場におけるディズニーの飛躍的成長をリードした。ディズニー社を退社後はロサンゼルスを拠点とする教育テクノロジー企業にてCEOを務め、現在は日本企業(ヤマハ株式会社、電通グループ)にて社外取締役として活動する傍ら、関西学院大学のMBAコースにて国際ビジネスにおけるリーダーシップ論の教授職に従事。
強い組織には「明確なビジョン」がある
ペプシコやウォルト・ディズニー・カンパニー、そして代表を務めたウォルト・ディズニー・ジャパン。私はこれまでずっと外資系企業で働き、さまざまなタイプのリーダーを見てきました。30代前半でウォルト・ディズニー・ジャパンの社長になってからは、周囲の優れたリーダーの経営を学びながら、少しずつ自分のマネジメントスタイルを確立していきました。今日はそのなかで得たいくつかのヒントを、皆さんにお伝えします。
強い組織を作るためには、3つのステップが必要です。1つ目は、明確で簡潔なビジョンを伝えることです。「1960年代の終わりまでに人類を月面着陸させる」と宣言したジョン・F・ケネディも、GAPの独壇場だった15年前に「世界一のアパレル企業を構築する」と言ったユニクロの柳井 正社長も、周囲が無謀だと感じるほどの高い目標を掲げていました。だからこそたくさんの人が集まり、一生懸命努力しました。
「人に夢を与えられる」「国や地域のため、未来を担う子どもたちのためになる」こうしたビジョンがあれば、パッションがわいてきます。それがお金や地位、名誉のためであれば、そこまで大きな力にはなりません。人は私欲を超えた大きな目標のためだからこそ、がんばれる。だからリーダーは何をおいてもまず、大きなビジョンを掲げることが大切です。
戦略の優先順位をはっきりさせる
2つ目のステップは、戦略を伝えることです。人やお金、技術など、会社を形づくる要素はたくさんあります。そのなかで自社が成功するために何が大切かをプレイヤーである社員に伝えましょう。このとき最も重要なことは、優先順位をはっきりさせることです。
私は経営者になったばかりのころ、事業の立て直しプランを13個作ったことがあります。13個すべてが渾身のプランだったので、社員に向けて自信満々に発表したのですが、発表後まもなく、誰もそのプランを実行していないことに気づきました。
なぜだろうと悩んでいると、ある人からこう言われました。「13個なんて誰も覚えられないよ。多くても3つにしなければ」。私はハッとしました。いくら素晴らしい戦略でも、社員の記憶に残らなければ絵に描いた餅でしかありません。戦略は優先順位をつけて、数をしぼり込むべきだ。そう気づいた瞬間でした。
思えば、私が信頼している社員も「強い会社には3つのプライオリティがある」が口ぐせでした。私は彼にならって戦略を3つにしぼり、わかりやすくキャッチーなメッセージにまとめました。すると驚くほどに社員がついてくるではありませんか。口を酸っぱくして戦略を伝えなくても皆が3つの戦略を理解しているのです。
戦略を伝えるのが苦手なリーダーは意外にも多いものです。「あなたの会社の戦略を3つ教えてください」と言うと答えに詰まってしまいます。それはコミュニケーションが下手だからではなく、戦略の優先順位を決めきれていないからです。
明確で優先順位がはっきりとした戦略は、リーダー自身にもブレない軸を与えてくれます。日によって違うことを言ったり、どの戦略から手をつけようかと迷ったりすることがなくなり、社員と一貫性のあるコミュニケーションが取れるようになります。軸が定まっているおかげで、状況の変化に応じて仮定を振り返り、戦略を適切に軌道修正できるようにもなります。
価値観は「言語化すること」で効果を発揮する
3つ目は、自社の価値観を言語化することです。リーダーが自社の価値観を言語化して伝えることは、非常に重要です。自分にとって何が大切か、社員に何を期待しているかを口に出して伝えないリーダーが意外にも多いです。しかし伝えないと、社員はリーダーの動きから「おそらく社長はこれを望んでいる」と推測し、探り探り行動しなければなりません。そうであれば、はじめから方針を明確に伝えることで行き違いが起きにくくなりますよね。
ビジョンを掲げ、戦略と価値観を共有する。このステップを踏んでいれば、会社は必ずうまく機能するようになります。こうした環境では社員がもてる力を十二分に発揮できるので、組織としても強くなっていくはずです。
大切にしてきた8つの価値観
価値観の言語化が大切と説明しましたが、私はマネジメントにおいて、8つの価値観を大切にしてきました。
情熱
まずは「情熱」です。これは8つの中でも特に重視している価値観で、採用の軸にもしています。頭がいい人と情熱のある人、どちらか1人を採用できるとしたら、私はいつも後者を選んできました。情熱のある人は自分から動き、どうしたら状況をよりよくできるかを常に考えています。その積み重ねは、長い時間をかけて頭のいい人を追い抜くでしょう。どんな才能も頭脳明晰さも、情熱に勝ることはない。僕はそう信じています。
「どうすれば、人を動かせるのですか?」と教鞭をとる大学でよく質問されます。でも、私はその答えを知りません。なぜなら、採用した人を動かそうとするのではなく、情熱を持って自ら動く人を採用しているからです。採用は、会社をより強くするチャンスです。「空いたポストを埋めよう」と焦って採用するのではなく、時間をかけてその人の情熱を見極めることが、会社の成長につながります。
透明性
つぎは「透明性」です。リーダーのなかには、社員に情報を共有しない人もいます。情報を独り占めすることで、自分の力が強くなると思っているのかもしれません。しかし、それは大きな間違いです。ビジョンが共有されて価値観が1つになると、社員はリーダーと同じ判断をするようになります。すると自分の努力が会社を成長させると実感でき、仕事がよりおもしろくなります。会社は1つにまとまり、チームもうまく機能しはじめるでしょう。
コラボレーション
3つ目は「コラボレーション」です。異質なものどうし、異なる力をもつチーム・会社どうしを積極的にコラボレーションさせましょう。多くのアイデアは、既存の要素のかけ合わせから生まれます。コラボレーションから新たなイノベーションが生まれるのは、必然なのです。
楽観的
4つ目は「楽観的であること」です。会社経営には想定外のトラブルや、未知の分野へのチャレンジがつきものです。そんなときにリーダーが慌てたり不安でいては、うまくいくはずのものもいかなくなってしまいます。根拠がなくてもいいんです。困難にぶつかっても「大丈夫、なんとかなるよ」と笑顔と自信を見せられるリーダーでなければ、会社は機能しません。
誠実さ
5つ目は「誠実さ」です。ステークホルダーとの信頼関係で成り立つ会社経営では、クリーンであり、正直であることが非常に重要です。誠実でなければ会社の評判はすぐに悪くなり、生き残っていけません。
リスペクト
6つ目は「リスペクト」です。会社組織は、社員一人ひとりが自分の役割をまっとうすることで機能します。お互いを組織の一員としてリスペクトし、協力しながら仕事に取り組むことが大切です。
クオリティ
7つ目は「クオリティ」です。仕事には100%の力で取り組み、そのときできる最高のクオリティを目指すべきです。もし力を出し惜しむのであれば、仕事に取り組む価値はありません。
イノベーション
そして最後が「イノベーション」です。これは人口減少や経済的な制約に直面する日本企業にとって、非常に大事な要素でしょう。新しいアイデアからつぎのチャンスが生まれるからです。このとき大切なことは、部下に手柄を渡すこと。一方でうまくいかなかったときは、リーダー自らが責任を取りましょう。こうした姿勢が、リーダーと部下の信頼関係強化につながります。
リーダーシップは「仕事が楽しい」と思わせる力
先程も触れましたが、強い組織にはイノベーションが必要不可欠です。では、イノベーションが生まれる環境を作るためには何が必要でしょうか。それは、失敗を許容する風土です。どんなに優秀な社員でも、成功にたどり着くまでには数えきれないほどの失敗をするものだからです。
たとえばロサンゼルス・エンゼルスの大谷 翔平選手は、世界的な野球選手です。しかしヒットが出るのは、10回のバッティングのうち3回。あとの7回は失敗です。大谷選手でさえそうなのだから、普通のビジネスパーソンなら、出すアイディアのほとんどが失敗のはずなんです。だからこそ、社員が「失敗しても大丈夫だ」と思えるような信頼関係を作ることが大切です。そうすれば社員は失敗を恐れずに挑戦でき、結果としてイノベーションが起きる可能性も高まります。
イノベーションを起こすためには、そこにたどり着くまで情熱を持ちつづけることも必要です。入社時にはあった情熱が、だんだん消えていってしまうことはよくあります。高い目標を掲げることでその情熱をキープするのが、リーダーの役割です。社員は目標から自分への期待度を読み取り、それに合わせて仕事に取り組みます。ですから、目標が高いほうが社員は情熱を保ちやすいのです。
どんな人も、仕事が楽しければがんばります。自分がやっている仕事には意味がある。自分は会社から期待されている。社員が心からそう感じられる環境を作る力こそが、真のリーダーシップだと思います。こうしたリーダーシップを発揮できるリーダーを育て、すぐれた人材と組織の力をもって経営に取り組めるかどうかが、さきの読めないこれからの時代において、企業経営の成否をわける重要なファクターになるでしょう。
ポールさんの熱弁に、うなずきながら聞き入る客席。印象的な言葉や講義内容をメモに取る姿もあり、参加者の皆さまの意欲の高まりが感じられました。講義が終わるといったん休憩になり、会場ではつぎに行われる対談の準備がはじまりました。